第14章 前夜編

第147話 凱旋

 人間界惑星暦3516年3月10日超大陸西方時間午後2時30分頃、帝国は降伏した。

 成立からわずか18日での降伏。

 リシャールの強引な手段は、共和国の結束をさらに高め、自らを滅ぼす結果となったのである。


 ローン・フリートと第1艦隊はヴィルモン王都上空に待機、俺たちはそこから元老院ビルへと向かった。

 いつもなら小型輸送機を使ってひとっ飛びで行くところだが、今回は事情が違う。

 村上たち共和国艦隊は、帝国を打破した英雄たちだ。

 そうした英雄たちの凱旋式が執り行われるらしく、俺もそこに参加することになったのである。


 港からヴィルモン城までの距離は約5キロ。

 さすがにその道のり全てが凱旋式の式場というわけではなく、城までの約2キロが、英雄たちに用意された舞台だ。

  まあ、時間が掛かることに変わりはないんだけど。


 凱旋式に参加する俺は、ロミリアやフォーベックと共に、やたら豪華な馬車に乗せられた。

 もはや無駄なまでの装飾、黒塗りに金をあしらった、この世界でも何度か目にしている馬車。

 王族が乗っているのと同じ型だろう。

 よし、この馬車をロールスロイスと名付けるか。


 ヴィルモン城まで繋がる大通り。

 辺り一面にはヴィルモン国旗と共和国の紋章が掲げられ、街並は色鮮やか。

 多くの民衆が道のほとりに集まり、大歓声を上げている。

 建物の窓から身を乗り出し、英雄たちを歓迎する人も少なくはない。

 男性女性、子供から老人まで、今を喜ばぬ者はいないのだ。

 

 ただし、グラジェロフ国民のような高揚感は見受けられない。

 彼らはクーデター軍の打破と戦争の終結を喜んでいるのであって、帝国からの解放を喜んでいるわけではないからだ。

 それどころか、ヴィルモンは帝国として敗北している。

 国民たちが忠誠を誓いきる前に帝国が破れたため、国民たちの敗北意識は薄いが、自国の王が降伏宣言をしているのだ。

 喜びはしても、高揚はできぬのだろう。


 とはいえ、英雄たちを歓迎する心は本物のようだ。

 其処彼処から、英雄を讃える言葉が投げかけられる。


「勇者様だ! 勇者様が俺たちを救ってくれた!」

「これで戦争も終わりだ! 俺たちと勇者様が、戦争を終わらせたんだ!」

「ようやく私たちも安心して暮らせます! ありがとう!」

「ぼくも勇者さまみたいになりたい!」


 戦争が終わり、平和がやってくる。

 それを嫌がる人間など、どこにもいない。

 そして、その平和をもたらした人間界惑星の勇者様を、皆が讃えないはずがない。

 

 勇者様とは村上のことだ。

 彼はもう、異世界者様とは呼ばれない。

 あの単純バカは、人間界惑星の一員として、超ビッグな最強の人生勝ち組になったのだ。

 あらゆる物語に登場する勇者の1人に、彼はなったのだ。


 一方で、俺は勇者様と認められていないのか、俺に対する礼賛の声はほぼない。

 異世界者様という言葉もなく、俺は誰にも相手されていない。

 当然だ。

 共和国艦隊司令の村上と違って、俺の知名度は抜群に低い。

 それどころか、ちょっと前まで〝悪魔の手下〟扱いされていたのだ。

 凱旋式に参加できているだけでも、名誉回復としては十分なのである。


 だが、寂しいもんだ。

 つい先ほど、俺は自分が人間界惑星の一員ではなく、地球人なんだと自覚したばかり。

 その上で、異世界の街並と人々に囲まれ、しかし無視され、浮いた存在として凱旋式に参加し続ける。

 沸き上がる歓声の中ですら、俺はボッチなのだ。

 異世界に迷い込んだ異質な存在、本当のボッチになってしまったのだ。

 地球にいたときの方が、異質じゃないボッチなので楽だったよ。

 なんとも虚しいものだね。


「アイサカ様は1人ではありません。フォーベック艦長やロンレンさん、スチアさん、モニカさん、ダリオさん、ミードンが、それに……私がいますから」


 俺のネガティブな愚痴を聞き続けていたであろうロミリアが、ついに口を開いた。

 それも、とびきり優しい言葉を、俺にくれた。

 この世界と同質の存在であり、異質な存在でもあるロミリアがいる限り、俺は完全なボッチではないのだ。

 ヤンやフォーベックたちもいるのだ。

 異質な存在である俺を、異質な存在だからこそ、支えてくれる人々が、俺にはいる。

 ネガティブになりすぎる必要もないのだろう。


 ロールスロイスは民衆の歓声を掻き分け、数時間かけて、元老院ビルに到着した。

 はっきり言うが、俺はもう疲れている。

 あんな人だかりに囲まれ、あんな熱気に包まれちゃ、平穏なんか保てやしない。

 しかも褒められるのは村上であって、俺じゃないんだから、ネガティブな気分にもなるさ。

 

 元老院ビルを前にして、俺はなんとなしに、漠然とした安心感に浸る。

 異世界の人間、異世界の感情、異世界の街並。

 それらと比べ元老院ビルは、地球文明を基に、地球人が構想したものだ。

 ファンタジー世界の中で、明らかに浮いた存在。

 俺が浸る安心感は、この超高層ビルが、俺と同質の存在であるが故に生まれたものなのかもしれない。


 村上は多くの人間に囲まれ、元老院ビルの中に消えていった。

 とても満足げな表情をした村上は、英雄として特別扱いなのだろう。

 ああいう待遇はあまり好きじゃないので、俺たちは俺たちの勝手で動こう。

 

「うん? あ! アイサカさ~ん!」


 元老院ビルに入った途端、俺の名を呼んだ美少女ならぬ美男子。

 帝国打破のための作戦を考え、実行し、成功させてしまったマグレーディ軍師。

 女好きで、軽い口調の、商人の娘のような息子。


 しかし俺は、そんな立派な軍師様よりも、その隣にいる5人の方に目がいってしまった。

 1人は、帝国の打破のために共和国の復活を呼びかけ、人間界を1つにした、気弱な王様。

 1人は、元異世界者の使い魔、今ではヴィルモンの一官僚として、リシャールの悪事を白日の下に晒した、車いすに座る男。

 1人は、魔力カプセルという革命的な道具を開発した少女。

 1人は、その年老いた見た目とは裏腹に、魔物を一刀両断してしまう老婆。

 そしてもう1人が、可愛らしさとクールさを併せ持つ鬼。


「セルジュ陛下にジョエル、それとイダさん! 無事だったんですね」

「アイサカさんじゃないか。元気そうで何より」

「彼女たち、特にスチアさんが……その……頑張ってくれたので」

「そうでしたか。スチア、よく耐えてくれたよ」

「耐えられて当然だよ。騎士団にはリュシエンヌみたいなのがいっぱいいるのかって、期待してたんだけどね」

「は、はぁ……」


 こいつらが簡単に死ぬようなタマじゃないのは分かっていた。

 でも、ここまでピンピンしてるとは思わなんだ。

 キャンプから帰ってきました、みたいなノリだぞ。

 

「あの……なんでメルテムさんがいるんですか?」


 至極真っ当なことを言ったのはロミリアだ。

 俺も気になっていた。

 なぜメルテムがここにいるのだろう。

 それに答えたのはジョエルだ。

 

「私たちは御2人に護衛され、召還の間へと向かいました。あの部屋は、地下にありながら入り口が1つのため、篭城がしやすかったので。護衛の御2人は非常に強く、私の防御魔法と合わせれば、騎士や魔術師の誰1人として召還の間に入ることはできませんでした」


 あれだろ、血に飢えた少女と老婆が、召還の間に続く階段に死体の山を積み上げていったんだろ。

 光景が目に浮かぶ。


「篭城3日目ぐらいでしょうか。私がふと、召還の間の研究に関してメルテム嬢の名を出したところ、スチアさんが食料調達をするついでに、メルテム様を連れてきてしまったのです。あのときは驚きました」


 は? え、どういうこと?

 スチアは騎士団の包囲を抜けて、食料調達して、メルテム呼んで、メルテム連れて騎士団の包囲を抜けて、召還の間に戻ったってこと?

 は?


「おかげでおかげで、研究がすごく捗ったの! ああぁぁ! 最高の数日!」


 よりにもよってメルテムははしゃいでいるが、俺は瞬きが止まらない。

 どうかしていると思ったのは俺だけではないようで、ジョエルとセルジュ、フォーベックもまた、小さな声で呟いている。


「彼女はバケモノなのでしょうか?」

「もはや悪魔ですよ……」

「そんな生易しいもんじゃねえ気がするが?」

 

 おや、この流れだと、俺が答えを出す感じか。

 ならちょうど良い答えがある。


「ああいうのはな……鬼神って言うんですよ」


 俺の答えに、皆納得した様子だ。

 納得し、自然とスチアから距離を取っていた。

 おお怖い怖い。


「アイサカさん、これからリシャールに処罰を言い渡すところですけどぉ、同行します?」


 いつの間にロミリアと手を繋ぎ、ボディタッチを繰り返すヤンが、後ろからそう言ってきた。

 リシャールの処罰か。

 一応はこの世界にやってきてはじめて出会った王様だ。

 パーシングやイヴァンと同じくらい、彼は俺にとって特別な王様である。

 

「リシャールとはいろんな因縁があるからな。行くよ」

「そう言うと思いました。じゃ、こっちです」


 幾度も敵対し、時には利用し利用され、争ってきたリシャール。

 そんな彼の処罰が決定するときは、俺もその場にいるべきだろう。

 このファンタジー世界で、魔王よりも魔王らしかった王様も、いよいよ打ち倒すときがきた。

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