第145話 意志は死なず

 小型輸送機は、いつでも出発可能な状態であった。

 少数ながら戦闘部隊もセットである。

 俺とミードンはすぐさま輸送機に乗り込んだ。


 後部格納庫内で軽く浮かび上がった輸送機。

 エンジンは青く輝き、格納庫扉が開かれ射し込む太陽の光と混ざりあう。

 まだ出発はしないのか。

 ロミリアに対する不安と焦りが俺の中で大きくなる。


 ようやく小型輸送機が後部格納庫を飛び出したとき、俺は待ちきれず、すでに後部ハッチの前で待機していた。

 実際は2分ちょっとでの出発だったのだが、今の俺にはそれが長く感じたのである。

 ちょっと焦り過ぎかもしれんな。


 窓からは、ロミリアとレジスタンスを援護するローン・フリートの姿が見える。

 あの巨大な艦がいれば、帝国騎士団など雑魚に過ぎない。

 グラジェロフ国民が立ち上がった今、帝国に勝ち目はない。

 ロミリアも必ず俺が助ける。

 帝国にわずかな勝利も与えてたまるか。


「司令、まもなく到着します」


 パイロットからの報告。

 地上では今まさに、戦闘が繰り広げられている。

 油断は禁物だ。


 パイロットに続いて、戦闘部隊の1人が口を開いた。

 戦闘前の、短いミーティングである。


「今回の任務は、司令を守り、ロミリア様を救出することだ! 地上に降りる前に、司令が我らに防御魔法をかける! 地上に到着後は、司令がロミリア様のもとへ、我々は墜落した偵察機の周りを囲み、レジスタンスと協力して護衛を行う!」

「了解!」

「マスタースチアの顔に泥を塗らぬよう、司令とロミリア様には傷1つ負わせるな!」

「了解!」

「マスターの剣術を忘れるな! 私情を挟むな! 命令には忠実に! 戦闘は本能を信じろ! 全員、覚悟を決めろ!」


 おお、スチアの戦闘部隊って、こんな感じなんだ。

 なんやかんやスチア本人に守られてたから、彼らのことはよく知らないんだよね。

 いやはや、隊長がアウトローなだけにどんなヤバいヤツらかと思っていたが、正当派っぽくて安心した。


 ミーティングが終わると、俺は戦闘部隊全員に防御魔法を掛ける。

 相手は騎士団、魔法だって使えるプロ集団だ。

 どんなに劣勢でも、強いことに変わりはない。

 念のため、膨大な魔力を使って強力な防御魔法を掛けておこう。


 戦闘部隊全員とミードン、そして自分に防御魔法を掛け終わった頃である。

 輸送機のエンジン音が変則的になった。

 地上はすぐそこ、もしくは地上に到着したのだろう。


「後部ハッチ、開きます!」


 再びパイロットからの報告。

 ハッチの先は戦場だ。

 地上とは違い、生身の人間が戦う血なまぐさい場所。

 スチアなしで戦場に突撃するのは、やはりはじめての体験だ。


「ミードン、準備は?」

「ニャ!」


 緊張はするし、体も震える。

 でもロミリアを助けるためなら、俺はなんでもする。

 地球人である俺を受け入れ、理解し、いつも助けてくれた、彼女のためならば。


「よし! 行け行け行け!」


 ハッチが開ききり、グラジェロフの街が目の前に広がる。

 リナが殺された時に見た景色と、ほとんど同じだ。

 そこに一気呵成に戦闘部隊が飛び出していった。

 俺は冷気に凍えながらも、彼らの後を追い、外に向かって走り出す。

 

 外に出ると、辺り一面から聞こえる人間の叫び声。

 あまりにも多くの感情が渦となっているのだ。

 それでも、今なお鳴り続ける鐘の音が王都を包み込み、国民たちの結束を強めている。

 まるで革命でも起きたかのようだ。


 小型輸送機が着陸した場所のすぐ先には、黒煙を吐く鉄のかたまりが。

 道を削り、墜落の衝撃に機体を歪ませ、横倒しになった武装小型輸送機。

 ロミリアの乗っていた偵察機の残骸だ。

 不時着だったのか原形を残しているものの、ガラスは全て吹き飛び、とてもじゃないが無事では済まない見た目。

 俺は自然と、墜落した偵察機のもとに駆け寄った。


「ロミリア! 大丈夫か! ロミリア!」

「ニャーーム! ニャーーム!」


 すぐ近くでは、レジスタンスと帝国騎士団が戦闘を繰り広げている。

 しかしそんなこと、俺は気にしていられない。

 そちらは戦闘部隊に任せ、慣れない大声を使って、俺はロミリアの名を呼んだ。


「ロミリア! 助けにきたぞ!」

「ア、アイサカ様!? こ、こっちです!」


 偵察機の中から聞こえる、聞き慣れた優しい声。

 俺はすぐにそちらへ向かう。


「ロミリア! 良かった、無事で」

「ニャー!」

「アイサカ様にミードン……。なんでここに?」

「助けにきたんだ。もう安心してくれ」

「あ、ありがとうございます! じゃあアイサカ様、けが人の治療を手伝ってください!」

「え? あ、ああ、分かった」


 颯爽と登場した俺に、ロミリアは嬉しさのあまり涙を浮かべ、俺に抱きつく。

 そんな妄想もするにはしたんだが、ロミリアが強い女の子であるのを勘定に入れてなかった。

 彼女は乗機が墜落し敵に囲まれても、怯えることなく、けが人を介抱していたのだ。

 だから俺が到着しても、嬉しさより自分のやるべきことを優先しているのだろう。


 せっかく救出に来たのに、ロミリアは逞しすぎる。

 これじゃ俺の救世主っぽさが少ないじゃないか。

 まあ、ロミリアらしくて良いけど。


 偵察機の中には、ロミリアを含めた数人の男女が集っていた。

 ロミリアと、彼女に介抱されるのはパイロット、他3人のけが人も俺の部下だ。

 一方で、ジェケットに身を包む3人の男女は、どこのどいつだ?

 

「アイサカって……あなたが異世界者! お、俺たちはレジスタンスです!」

「会えて光栄です! グラジェロフ解放へのご協力、ありがとうございます!」

「異世界者様が帝国艦隊を倒してくれたおかげで、私たちもこうして立ち上がれました!」


 むむ、熱気が強い3人だ。

 これがレジスタンスか。

 みんな若いな。

 若いだけあって、その熱意も凄まじい。

 暖房とかにちょうど良いな、コイツら。


「ご苦労、感謝する。俺の使い魔をよくぞ守ってくれた」


 妙に力の入った言葉には、妙に異世界者ぶった言葉で返す。

 ちょっと芝居がかっていたかもしれないが、感謝の気持ちは本物だ。

 こうしてロミリアがけが人の介抱に専念できるのも、レジスタンスのおかげである。


 にしても、随分と若い3人だ。

 年齢はロミリアと同じ16歳ぐらいだろう。

 16歳なんて、地球ではまだ高校生になったばかりの頃。

 使い魔でもなく、死の危険もあるのに、なんでレジスタンスなんかに。


「君たち、なんでレジスタンスに志願した?」


 何気ない質問。

 だがレジスタンスの3人は、若さ故の情熱を前面に、はっきりと答えてくれた。


「共和国の結束とグラジェロフの独立、そしてなにより、リナ王女殿下のご意志を守るためです! リナ王女殿下はその身を賭して、リシャールから祖国を守ろうと立ち上がった。なら俺らだって、祖国のために立ち上がります!」

「グラジェロフ政府は、伝統と憲章に縛られ、リナ様を死に追いやってしまった。でもグラジェロフは、私たちの祖国です。私たちの祖国は、私たちのやり方で決める。何百年も前の憲章には縛られたくありません。リナ様からそれを教わりました」

「リナ殿下の守ろうとしたものを帝国から守れるのは、俺たちだ! 俺たちの民衆が、この手で守るんだ!」

 

 相変わらずの凄まじい熱気に、勇ましい様。

 自由とリナのために戦う、使命感に燃えた若者たちってところか。


 民主主義とはちょっと違うが、それに近いものが生まれている。

 たぶん自由主義とナショナリズムの勃興といったところかな。

 結果的とはいえ、それを生み出したのが帝国とは。

 おいおい、これじゃまるで、リシャールがナポレオンみたいじゃないか。

 

 今回のレジスタンスの蜂起は、正直なところ嬉しい。

 なぜなら、みんなが立ち上がったその原点には、リナがいるからだ。

 リナの祖国への思いが、今こうして成就したんだ。

 どれだけ嫌がらせを受けようと、命を奪われようと、リナは祖国を救ったんだ。

 死してなお、リナは国民と共に、祖国を守り抜いたのである。

 この光景、久保田に見せてやりたかった。


「死せるリナ、生ける帝国を走らす、ってところか……」 

「アイサカ様?」

「いや、なんでもない。ここはレジスタンスに任せて、ガルーダに帰ろう」

「はい」


 騎士団は、どれだけヴィルモンの力が強かろうと、多国籍部隊。

 帝国への忠誠心も疑わしい。

 対してレジスタンスは、国を守るというはっきりとした意志、そしてリナへの忠誠心が根底にある。

 勝負は決まったも同然。

 ローン・フリートは、上空で支援をするだけで十分だろう。

 それはロミリアも理解しているようで、素直に従ってくれた。


「あの、アイサカ様」


 重力魔法を使い、けが人を運ぶ最中、ロミリアが俺に話しかけてくる。

 表情はとても柔らかい。


「なんだ?」

「ここは、リナ殿下が亡くなった場所のすぐ近くです。そのせいか、レジスタンスの皆さんが助けにきたとき、リナ殿下が助けてくれたような気がして……」

「それ、あながち間違ってないと思うよ」


 実際に、リナはロミリアを救った。

 間接的ではあるが、それは紛れもない事実だ。


 ところで、ロミリアが突如として俯きはじめた。

 なんとも申し訳なさそうな表情である。

 どうしたのだろう。


「まだ何か?」

「ごめんなさい! 私が無茶したせいで、偵察機を墜落させてしまって……」


 ああ、そのことね。

 確かに司令としては、怒らなきゃいけないかもしれないな。

 でも俺は、甘い司令である。


「ロミリア、俺はいつもロミリアに迷惑かけてる。だから今回は、その仕返しをされたんだと思ってるよ。幸い、パイロットも生きてたし」

「なんだか、意地悪な言い方ですね」

「ニャー」


 わざとらしく膨れっ面を作り、すぐに笑いはじめるロミリア。

 彼女のこの可愛らしい笑みが見られて、俺もようやく安心できた。

 

 グラジェロフのレジスタンスと国民の一斉蜂起。

 鐘の音に高揚する彼らは、騎士団など恐れてはいない。

 一方で騎士団は、帝国の敗北を痛感し、投降する者も続出。

 俺とロミリアがガルーダに帰った数時間後には、グラジェロフは勝利した。

 リナの想いが、帝国を打破したのだ。

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