第130話 革命の末路

 ノルベルン西部での牽制は功を奏し、街は平穏を保っていた。

 誰1人として死ぬことのない、平和な状態。

 暴動を起こそうとした人間はいたかもしれないが、彼らは艦隊を恐れて動かない。

 他の都市も同じようである。

 うん、平和だ。


 さすがに2日連続で大変なことは起きないよな。

 アルバーの指導力も少ないし、しばらくは共和国とアルバーの睨み合いが続くだろう。

 俺はそんな風に、平和ボケをはじめていた。


 そんな俺の平和ボケも、風に晒された灰のように、一瞬で吹き飛ばされる。

 21日の夜、人間界惑星の都市53カ所に1隻ずつ、魔界の軍艦が現れたのだ。

 またもや奇襲かと、共和国は大慌て。

 急ぎ共和国艦隊が招集されたが、幸い、魔界の軍艦は一切の攻撃を行わなかった。

 代わりに、魔界の軍艦は各都市に、大量のビラをまき散らした。


 ビラの内容を知ったのは、その日の深夜である。

 ガーディナでビラを拾ったパーシングが、魔力通信で送ってくれたのだ。

 内容は以下の通り。


『 人間界惑星の住民よ、我々魔界は、あなたたちの味方だ。

 我々の敵は元老院であり、この戦争も、人々の平和と降伏を破壊する元老院を打ち倒すためのものだ。

 我々魔界は、邪悪なる元老院と共和国を打ち倒すため、決意を新たにしている。

 証拠として、3月2日、人間界への総攻撃を行う。

 これは決して脅しなどではない。

 邪悪なる元老院に対抗する人間たちよ、どうか我々に協力し、3月2日に一斉蜂起することを期待する。

 邪悪なる元老院に味方する人間たちよ、我々は悪の使いに容赦はしない。』


 パーシングによると、このビラは魔王の意志を示したものらしい。

 つまり、新たな魔王である久保田が、自らの意志を人間界惑星に示したのである。

 明らかに好戦的な、脅迫に満ちた通牒。

 こんなものを久保田が書いたなんて、信じたくない。

 

 そういや、佐々木の死や久保田、地球に関する話は、すでに講和派勢力に伝えた。

 だから講和派勢力は、このビラに書かれたことが久保田の意志であることを知っている。

 講和勢力が久保田を敵と認定するのは、正直なところ嫌だな。


 だが、このビラの嫌な部分は、久保田に関することだけじゃない。

 このビラを、好機と捉えたヤツがいたのだ。

 自らの権力拡大に邁進する男、リシャールである。

 22日の朝、彼は魔界軍との決戦準備と称して、アルバーの完全排除を宣言した。

 魔界からバラまかれたビラが、人間界惑星内の戦いを激化させたのである。


「あ~めんどくさい。なんで俺たちまで出撃しなきゃいけないんだよ」

「講和派勢力からのお願いなんですから、仕方ないじゃないですか」

「そうだけど……。面倒事が3日連続……そろそろ休ませてくれ……」

「アイサカ様はいつも休んでばっかりなんだから、たまには頑張りましょうよ」

「……はいはい」


 俺はローン・フリートを率いてノルベルン王都上空に来ている。

 すでにアルバーへの攻撃ははじまっているようで、街の至る所から黒煙が上がっていた。

 城も騎士団に包囲され、勝負の行方は決まったも同然。


 アルバーへの総攻撃は、22日の朝、リシャールの宣言直後に開始された。

 俺に対する攻撃参加〝要請〟はなかったが、代わりに講和派勢力から参加命令があった。

 どうやらリシャールは、アルバーの人間を1人も生かす気はないそうだ。

 だから俺たちが戦闘に参加し、アルバーのリーダー格を1人ぐらい捕まえてほしいとのこと。

 

 しかし王都を見る限り、暴徒は完全に追いつめられた様子。

 もはやアルバーは、風前どころか雨前の灯火である。

 この状態からアルバーのリーダー格を捕まえるのは、明らかに面倒な仕事だ。

 面倒なので、リーダー格を捕まえる任務はスチアに丸投げした。


 少数の戦闘部隊を連れ、小型輸送機で城に潜入するスチアたち。

 彼女たちが無事に任務を達成し、帰ってくるのを、俺たちはガルーダで待つしかない。


 暇なので、しばらく艦橋から外の景色を眺めていると、恐ろしいものを目にしてしまった。

 積もる雪を溶かす程の勢いで、騎士団めがけて突撃しようとする暴徒たち。

 そんな暴力のかたまりと化した集団に、共和国は苛烈な攻撃を仕掛けた。

 遥か上空を飛ぶ、その姿すら見えない軍艦が、艦砲射撃を行ったのだ。

 天から降り注ぐ無数の熱魔法ビームに、文字通り、暴徒たちは蒸発していく。

 残されたのは、黒く焦がされたクレーターのみ。

 改めて、軍艦の圧倒的な強さを思い知った。


「随分と派手にやりやがるもんだなあ。相手は暴徒とはいえ、民間人だ。あれじゃ虐殺と言われても文句は言えねえよ。リシャール陛下は、何をそんなに急いでんだ?」


 大勢の人が消し飛ぶ瞬間を見た、フォーベックの疑問。

 暇な俺は、彼の疑問に答えてみる。


「魔界軍が人間界惑星に攻撃を仕掛けるのは、1週間後ですよ。その時に人間界惑星内がぐちゃぐちゃだと、いくらなんでもマズいでしょ」

「共和国とアルバーの戦力の差を見りゃ、1週間もあると考えるべきだ。正攻法でも5日ありゃ勝てる。なのに、リシャール陛下は1日で勝とうとしてる。俺は、リシャールの目的は別にあると思うぜ」

「別の目的って……さらなる権力の拡大とか?」

「まあ、そんなとこだろう」


 これ以上の権力拡大って、リシャールは何をする気だ?

 あのポーカーフェイスおじさんが、単に権力が欲しくて権力拡大に躍起になってるとは思えない。

 必ず何かのために権力を拡大してるはず。


《おや、暴徒が降伏をはじめたようです》


 報告なのか、雑談なのか、どちらとも言えない通信が、ダリオから寄せられる。

 一応は戦場の動向を伝える言葉だ。

 なんとなくだが、俺も降伏する暴徒を探してみる。


 いつの間にか雪が降りはじめているため、暴徒を探すのは一苦労だ。

 散々いろいろなところを探しまわった挙げ句、意外と近い場所に、白旗を揚げる暴徒を発見。

 ヤツらはとっくに武器を捨て、騎士団に囲まれ、膝をついている。

 艦砲射撃に恐怖した結果だろうか。

 この状況だったら、降伏は正しい選択だ。


 だが次の瞬間、俺は目を疑った。

 降伏した暴徒を囲い込む立派な騎士たち。

 連中、突如として剣や槍を暴徒に向け、降伏した人間を次々と殺しはじめたのだ。

 真っ白な雪が、徐々に赤く染められていく。


「おっと、マジかよ」

「そんな……いくらなんでも酷すぎます!」


 呆れ果てるフォーベック。

 口を覆い、絶句するロミリア。

 魔力通信からは、怒りを露わにしたモニカの声が届く。


《あいつら……! おい! あいつらを止めるよ!》

《待てモニカ! 落ち着くんだ!》

《あたいはあんなの見せられて、落ち着いてなんていられないね!》

《気持ちは分かる! 分かるけど、今は落ち着いてくれ》


 明確な虐殺行為に、人情派のモニカが黙っている訳がない。

 そんな妻を必死でなだめるダリオ。

 俺的にも、騎士団の行為には腸が煮えくり返るが、モニカに暴走されても困る。


《あんたは、あいつらを許せるのかい!》

《そうじゃない! モニカ、君が騎士団を攻撃すれば、司令が困るんだ》

《……でも、あたいは――》

《頼む、我慢してくれ》

《……司令! なんか言ってくれないかい!》


 おっと、モニカの矛先が俺に向いた。

 そうだなあ、ここは本音をそのまま口にするか。


「こちら相坂からモニカ艦長へ。さらに死者が増えるのは御免だ。以上」


 ちょっと厳しすぎたかな?

 いや、感情的になったモニカには、厳しすぎるぐらいが良いだろう。

 司令の言うことは絶対。

 いくらモニカでも、それくらいは分かっているはず。


 もし今ここで、俺たちと騎士団が戦闘を開始すれば、死者はあれだけじゃ済まない。

 最悪、ノルベルン王都は荒れ地と化してしまう。

 虐殺行為を止めるためにそんなことになっちゃ、本末転倒だ。


《……分かったよ。我慢する》


 ほら、分かってくれた。

 ああ見えて、モニカは聞き分けが良い。

 なんやかんや彼女は、きちんとした大人なのだ。


 にしても、騎士団は何をやってやがる。

 降伏した暴徒も殺し尽くすなんて、どうかしてるだろ。

 上からの命令なのか一部の暴走なのかは知らんが、どっちにしろクソみたいな話だ。

 これでもう、暴徒たちに降伏という選択肢はなくなった。

 以降の戦いは、共和国によるアルバー狩りになっちまうんだろう。


《アイサカ司令、リーダー格捕まえたから帰るね》


 最悪の光景に気分を害されていると、スチアからそんな報告が入った。

 さすがは鬼、任務もきっちりこなしてくれる。


「よし、よくやった。そっちはどんな感じだった?」

《城の中は死体だらけだったよ。革命家とか暴徒とか一般市民が殺し合いしてた。おかげで簡単にリーダー格が捕まえられちゃって、つまんない》

「そ、そうか……」


 鬼の価値観は分からん。

 というか、城の中で殺し合いって、アルバーは内ゲバでもしてんのか。

 一般市民まで巻き込んで、ただ破壊と殺人を繰り返すとはね。

 まったく、今日は気分が悪い。

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