第129話 ノルベルンの政治問題

 2月20日、ノルベルンで発生した元老院議会襲撃事件。

 これにより3人の王と、各国大臣を含む28人の人間が死亡した。

 さらにノルベルン王イヴァンの乗った小型輸送機が撃墜され、イヴァンは行方不明。

 襲撃事件を起こしたアルバー労働者闘争党は、数千人の暴徒を率いてノルベルン城を占領した。

 そして闘争党は、20日のうちに革命の成功と、新国家アルバーの設立を宣言する。

 

 新国家アルバーは、即座に共和国へと宣戦布告した。

 この共和国崩壊の危機に、元老院は魔力通信による緊急議会を開く。

 元老院緊急議会が開かれたのは、第7次人魔戦争開戦以来のことだそうだ。


 緊急議会は、完全にリシャールの独擅場だった。

 結果、議長権限拡大が、元老院で承認されることとなる。

 何もかもがリシャールの望んだ通り。

 もはや彼を止められる者はいない。


 本来の元老院は、軍事行動を承認するのに全会一致が求められる。

 人魔戦争開戦後は非常事態宣言によって、軍事行動承認が多数決へと変更。

 それが今回の議長権限拡大によって、軍事行動は議長ただ1人の承認で決定されることとなる。

 さらに、軍事に少しでも関連する政策等も、議長権限に含まれた。

 議長であるリシャールが、共和国の軍事と一部政策を、独裁的に行える仕組みになったのである。

 2月21日の朝、議長権限が拡大したことで、元老院は有名無実となった。


 さて、俺たちはどうなったのか、簡単に説明しよう。

 まずイヴァンがヤンの作戦に同意し、行方不明を装った。

 俺たちはイヴァンと共にマグレーディに帰った。

 議長権限拡大が決定した直後、リシャールから出撃要請があった。

 以上である。


 リシャールはノルベルン各地での暴動発生を抑えるため、主要都市への共和国艦隊派遣を決定したらしい。

 ローン・フリートは共和国艦隊でないため、リシャールは〝要請〟という言葉で〝命令〟してきた。

 断る理由もない俺たちは、仕方なく人間界惑星に出撃することとなる。

 

 超大陸西方時間9時30分頃、ローン・フリートはノルベルン西部の都市上空に到着。

 そこに4時間程、留まり続けた。

 

 今まで魔界艦隊や共和国艦隊と対峙していたため、俺は知らなかった。

 艦隊というのは、地上の人間から見ると無敵の存在だ。

 軍艦以外の何を使っても倒せないものであり、絶対に敵対してはいけない相手。

 故に、艦隊が上空にいるだけで、地上の人間は大人しくなるのだ。

 それほどまでに、艦隊とは大きな力なのである。


 地上の人間が艦隊を恐れる理由は、フォーベックの言葉に尽きる。

 彼は俺にこう教えてくれた。


「艦隊の地上攻撃ってのは、えらく簡単な任務だ。地上に向けられる砲を全部使って、テキトーに砲撃すりゃ良いだけだからなあ。こっちは、敵からの攻撃魔法にちょっと注意しときゃ十分。まさに、一方的な殺しだ」


 20世紀初頭までの地球では、戦艦という存在が、国同士の外交をも左右させる強大なものであった。

 しかしその戦艦も、航空機の登場によって、単なる巨大な鉄のかたまりと化した。

 では、戦艦と航空機が融合したらどうなる?

 とてつもない化け物が生まれるんじゃないか?

 

 共和国艦隊や魔界艦隊は、そんな化け物によって編成された、化け物の集合体である。

 さらに人間界惑星の地上兵器は、地球の15世紀と変わらぬのだ。

 地上の兵士がどう足掻こうと、化け物を倒すことはできない。


 俺は、そんな化け物の中でも最上級の力を持つ艦隊の司令なのだ。

 多大な魔力を持つ俺は、俺個人だけでも強い。

 にもかかわらず、艦隊という集団的な力までも手にしている。

 普通に考えて、俺はヤバいヤツだ。


 人間界惑星を、地球人の艦隊司令として生きてきた俺は知らなかった。

 俺は街の1つや2つ、それどころか、国の1つや2つを破壊できる力を持っている。

 俺を潰せるのは、魔王か地球人、共和国艦隊か魔界艦隊のみ。

 異世界者追放令が出されるのも納得だ。

 まさにチートじゃないか、俺。


「暴動の気配はありませんね。街の人々はみんな、普通の生活を送っています。これなら、民間人の命を奪わずに済みそうです」

「ニャー、ニャーム」

「こら、油断はダメだよ、ミードン」

「ニャム……」

 

 油断はダメと言っておきながら、ロミリアの表情は明るい。

 きっと、久々に人が死なずに済みそうな任務に、彼女は安心しているのだろう。

 なんやかんや、ロミリアは16歳の少女だ。

 連続するバイオレンスな状況よりも、平和な状況の方が良いに決まってる。


 まあ、その平和な状況を作り出してるのが、艦隊への恐怖なんだけど。

 いわゆる抑止力ってやつ?

 ミリオタかじった俺的には、この状況を普通に受け入れるけどさ。


 ところで、アルバー労働者闘争党ってなんなんだ?

 ヤツらはテロリストの域を出ない、暴れん坊集団にしか見えなかった。

 マグレーディに潜伏中のイヴァンに聞けば良かったな。

 ノルベルン出身のフォーベックなら、知ってるかもしれん。


「フォーベック艦長、アルバー労働者闘争党ってなんです?」

「テキトーに説明するか、詳しく説明するか、どっちだ?」

「詳しくでお願いします」

「分かった」

 

 さすがは情報通のフォーベック。

 俺の質問に、彼はスラスラと答えてくれた。


「俺の国は工業国家、つまり産業で発達してる。となると、そこで儲けようと考えるヤツらが出てくるのは当然だな。つうことで、ノルベルン国外から大量の労働者が詰めかけた。ここまでは、特に問題なかった」


 産業と国外からの労働者って……。

 なんだか、地球でも起きている問題の話になりそうな予感。


「問題が起きたのは、国外からの労働者の質が落ちた頃だ。だんだん、学校にも行けなかったような貧困層が、金のためにノルベルンに群がるようになっちまってなあ。そういうヤツらに与えられる仕事は、必然的に給料が安い」


 今のところ、誰も悪くないな。

 貧困層が夢を追って、豊かな国に行くのは問題ない。

 だが、教育水準の低かった人たちに高い給料が払われないのも、仕方がない話だ。


「給料が安けりゃ、金持ちになるどころか、生活が厳しい。ノルベルンの生活水準は高いからな。ところが、教育水準の低い貧困層は、働けば金持ちになれる国でなぜ辛い生活を送るのだと疑問に思った。結果、豊かなノルベルン人を憎んだ」


 う~ん、社会の仕組みを知らなきゃそうなるか。

 めんどくさい問題になってきた。


「国外からの労働者は、ノルベルン人を憎み不満を蓄積。そこを元海賊のクソ野郎共が、煽りに煽って、革命思想まで出る始末。ノルベルン人との対立も深まり、ついにアルバー労働者闘争党が誕生したってわけだ」


 移民問題と労働者問題から発生した、国内の対立。

 なんでファンタジー世界で、そんなリアルな問題が発生してんだよ。

 ファンタジー世界なんだから、ドラゴンとか100年の冬とかに頭悩ませろよ。


「イヴァン陛下はそれを問題視し、元老院や共和国各国と問題解決の道を探りはじめた。国外からの労働者や闘争党に、一定の地位も与えた。一方で、国外からの労働者の入国制限と、政府による労働者活動の監視、元海賊の一斉摘発もやった。典型的な飴と鞭作戦」


 おお、やはり優秀な王様のイヴァン。

 やることはきちっとやってくれる。


「鞭を先に与え、その後に飴を与える。それがイヴァン陛下の作戦。ところが鞭を与えた直後に人魔戦争がはじまり、飴を与えるのが遅れちまった。鞭が与えられただけの労働者と闘争党は、そういう趣味じゃねえんで不満爆発。そこをリシャールが利用し、この様だ」


 要するに、運とタイミングが悪かったと。

 マーフィーの法則だな。

 いや、それだと起こりえることは必ず起こるだから、ちょっと違うか。


「まあ、闘争党の正体は、海賊に煽られ不満を爆発させ、破壊を繰り返すだけの暴徒だ。政治的な思想や能力は一切ない。指導力すらない。実際、地上のヤツらはいつも通りに過ごしてるだろ。ヤツらの革命なんて、所詮はそんなもんだ」


 呆れたような口調のフォーベック。

 最後についた大きな溜め息が、彼の本音を物語っている。

 

「随分と複雑な問題ですね。で、テキトーな説明だと?」

「自分で自分の首を絞めたヤツらが、腹いせにノルベルンの首を絞めようと躍起になってる」

「あ、なるほど」


 長ったらしい説明より、なぜかそっちの方が分かりやすい。

 テキトーなのに、分かりやすい。

 フォーベックが祖国の混乱をどう見ているのかも、これで理解できた。

 

 まあでも、闘争党の指導力がないおかげで、今回は戦闘が起きそうにない。

 それはそれで良いことだ。

 ここ2日間、忙しすぎるからな。

 命をかけた戦いなんて、毎日やるもんじゃない。


 なにより、ロミリアが笑顔でいられるのは良いことだ。

 ミードンも楽しそうに、艦橋を走り回っている。

 こんな日が続けばいいのだが。


「ところでアイサカ様、今日はいつも以上に愚痴が多いですね」

「え? そうなの?」

「はい、闘争党に対する愚痴が激しいです」

「そ、そうか……」


 もしや俺がいなきゃ、毎日のように愚痴を聞かされることもなく、ロミリアはもっと笑顔でいられるんじゃ……。

 いやいや、嫌なことは考えないようにしよう。

 余計に愚痴が増える。

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