第128話 王へのお願い

 地上に向けて急降下する小型輸送機。

 眼前には、放火と略奪を繰り広げる暴徒の姿。

 イヴァンを殺そうとする彼らに、容赦する気はない。


「撃て!」


 俺の指示と同時に、小型輸送機に備え付けられた機銃が攻撃魔法を放つ。

 魔力カプセルを使った、高出力熱魔法の連射だ。

 連射された熱魔法は地上を耕し、土ぼこりで暴徒たちを覆い隠す。

 あの土ぼこりの向こうが、どれだけ凄惨な状態かは分からない。

 だが、魔王親衛隊ですら敵わないような攻撃を、ただの暴徒が耐えられる訳がない。

 これでヤツらも、しばらくは動けないはず。


 文字通り、一蹴だ。

 暴徒たちはたった一度の熱魔法掃射で、沈黙した。

 おかげで、イヴァンの乗る小型輸送機を襲っていた攻撃魔法も沈黙する。

 

「もう一度、攻撃しますか?」

「もういいだろ」


 相手の殲滅を狙うなら、旋回して再び攻撃するべきだ。

 だが今回の攻撃の目的は、相手を沈黙させること。

 それはすでに達成しているのだから、これ以上に暴徒を攻撃する必要はない。

 俺だってそこまで鬼ではないからな。


 さて、イヴァンは無事だろうか。

 遠望魔法を使って、俺はイヴァンの乗った小型輸送機を見てみる。

 

「……ん?」


 何か違和感を感じる。

 イヴァンの乗った小型輸送機は、高速バスと呼ばれる旅客機仕様だ。

 それにしては、窓が少なくないか?


 いや、あれは窓が少ないんじゃない。

 窓が窓に見えないんだ。

 なぜなら、窓が血によって赤く染められているから。

 ……それってヤバくない?


 内側から血に塗られた窓。

 その時点で、小型輸送機の中で何かあったのは明白だ。

 イヴァンが無事なら良いのだが……。


《こちらフード、小型輸送機内の敵は殲滅。イヴァン陛下は確保しました》


 不安と焦りに襲われていた俺に、そんな通信が届く。

 最初、俺はフードの言葉の意味が分からなかった。

 フードはイヴァンを確保したと言うが、彼は側を飛ぶ、小型輸送機の中にいるはずだ。

 しかし、小型輸送機の窓に付いた血と、敵を殲滅という言葉は繋がる。


「パーシング陛下が、フードを騎士団に紛れさせていたんですよぉ。きっと今頃、イヴァン陛下を殺そうとした騎士団は、みんな死体になってます」


 騎士団と一緒にいるイヴァンはヤバい状況だけども、ヤバくないというのは、そういうことだったのか。

 さすがは特殊部隊、潜入任務は完璧だな。

 無事にイヴァンを確保したらしいし、俺たちもう必要ない気がする。


「さてと、ボクたちの出番ですよ」


 ヤンはそう言って、おもむろに紙を取り出し、それを床に敷いている。

 どうやら、ここからが俺たちの出番らしい。

 何をするんだろうか。


「ロンレンさん、それって、転移魔方陣ですよね。もしかして、イヴァン陛下を私たちのところに転移させるんですか?」

「ロミーちゃん大正解! 実はボクに良い考えがあるんだ」

「良い考え?」

「ニャ?」

「まあ見ててよ。アイサカさん、魔方陣に魔力を」


 わざわざ俺たちの乗る小型輸送機に、イヴァンを転移させる。

 正直なところ、その真意は分からないが、ともかくヤンに従おう。

 さっきから分からないことばかりで、いちいち疑問に思ってても意味なさそうだしな。

 とっとと魔方陣に魔力を込めよう。


 魔力を込め、輝きだす魔方陣。

 これで転移魔法の準備は完了だ。

 フードにもそのことを伝えておこう。


「こちら相坂からフードへ、転移魔方陣の準備は終わったぞ」

《分かりました。すぐに転移します》


 短い報告の直後、魔方陣から強い光が発せられる。

 その光に俺たちが目を瞑っている間、イヴァンとフードが転移を完了していた。

 つまり目を開けると、目の前に2人の姿があったということだ。

 まさしく報告通り、2人はすぐに転移してきたのである。

 転移魔法はすでに何度も目撃しているが、やはり突如として人が現れるのは、不思議な光景だよ。


「アイサカ=マモルか。予を救っていただき、ありがたい」

「い、いえいえ、礼ならヤンとフードに」

「ああ、君はマグレーディ軍師のヤン=ロンレンだな。君が予を救ってくれたのか。感謝する」

「陛下がご無事で何よりです」


 イヴァンの表情には、厳しさと安堵が織り交ぜられている。

 いくら王様といえども、命が救われ喜ぶのは、普通の人と変わらない。

 だが現在の王都の状況を見て、一国の王様としては、ただ喜んでもいられないのだろう。

 大変そうだ。


「すまぬが、足を治療してくれ。治癒魔法を使える者がいなかったのでな」

「分かりました。ロミリア、治せるか?」

「少し時間が経ってしまったので、もしかすると、後遺症が……」

「予の足は、もはや使い物にならんのか?」

「そこまで酷い怪我ではありません。杖があれば、歩けるかと」

「ならばよい。この足で立てるのならば、問題ない」


 おお~、王様の風格がこれでもかと溢れてくるぞ。

 消えることのない決意を持つ、イヴァンの玉のような瞳が頼もしい。

 彫刻のような彫りの深い顔も相まって、なんだか同じ人間とは思えない。


「西に針路を向けてくれ。暴徒鎮圧の指揮を執らねば」

「すみませんけどぉ、陛下には行方をくらませてもらいます」

「何を言っているのだ?」


 全く以てイヴァンの言う通り、ヤンは何を言っている。

 王が行方をくらませてしまったら、ノルベルンはどうなる。

 

 そう思っていた矢先、窓の向こうで、イヴァンの乗っていた小型輸送機が爆発した。

 どうやら暴徒の攻撃魔法が直撃し、エンジンがやられたようである。

 炎上する小型輸送機は地上に真っ逆さまとなり、木っ端微塵に吹き飛んだ。


「あれで、誰しもがイヴァン陛下は死んだと思うはずです。リシャール陛下も含めて」

「……リシャール? 騎士団が予を襲ったのは、やはりリシャールの指示なのか?」

「陛下も感づいてましたかぁ」

「暴徒が騎士団を買収したとも思えない。騎士団を動かし、予を討ち取ろうとするのは、リシャール以外に考えらぬからな」

「さすがですねぇ」


 いざ攻撃されてしまえば、さすがに誰が敵なのかもはっきりする。

 これでイヴァンも、リシャールの持つ野望に気づいたはずだ。

 彼が味方になってくれれば、これほど嬉しいことはない。

 なのになんで、ヤンはそんなイヴァンに、行方をくらませるようお願いするんだ?


「陛下、この暴動はリシャールが裏で手引きしたものです。つまり、いくら暴動を鎮圧したところでぇ、元凶の排除はできません。暴動を鎮圧しても、リシャールはきっと、あの手この手で陛下を潰してきますよぉ」

「リシャールに屈しろと言うのか」

「違いますよぉ。しばらくリシャールの思う通りにさせるんです。そうすればきっと、いつか必ず、一発でリシャールを潰せる絶好の機会が訪れます」

「……我が国の国民はどうする? 闘争党の暴力に晒し続けろというのか?」

「リシャールは、闘争党を潰す気でしょう。彼の狙いはたぶん、元老院議長権限の拡大だと思いますからねぇ。それさえできれば、闘争党は用なしです」


 一体、ヤンはどこまで見通しているのだろう。

 どれほどの策略を練っているのだろう。

 彼の言葉には、確信めいた何かと、絶対的な自信が滲んでいる。


「予は、ただ死んだフリをしていろと」

「闘争党を倒すまでは、です。それ以降は、再びノルベルンの指導者として、リシャールを打ち倒す準備を秘密裏にしていただければなぁ、と思ってます。そして、リシャールを潰す機会が訪れれば、本格的に生き返ってもらいます」


 大国の王様にこれだけのお願いをするとは。

 ヤンがそういうヤツなのは知っていたが、どうやら想像以上に大胆だ。

 商人気質なのか、ただバカなだけなのか。

 しかし少なくとも、ヤンの意思だけは、ちゃんとイヴァンに伝わったようである。


「ロンレンの策略は、おぼろげながら見えた。だが危険だ」

「危険を恐れるのなら、危険な戦争を終わらせましょうよぉ」

「……しばらく考えさせてくれ」


 すごい、見た目女の子の軽い男が、イヴァンを考えさせた。

 9ヶ月前、ヴィルモン王都でヤンと出会った時、まさか彼がこんな人間だなんて予想だにしなかった。

 世の中って分からないもんだね。

 

「じゃ、アイサカさん、マグレーディに戻りましょう。たぶんすぐに、リシャールから出撃要請が来ると思いますよぉ」


 相変わらず、可笑しそうな笑みを浮かべるヤン。

 今回は彼を信じたおかげで、イヴァンの命が助かった。

 今後も、俺はこのマグレーディの軍師を信じて行動しよう。

 面倒なことにはなるだろうが、必ず良い結果が得られるはずだからな。

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