第131話 誕生日

 アルバーのリーダー格を取っ捕まえた俺たちは、さっさとマグレーディに帰る。

 正直、共和国とアルバーの殺し合いを長くは見たくないって気持ちもあった。

 だから、マグレーディに帰ったというより、ノルベルン王都から逃げたって感じだ。


 さて、マグレーディに到着するなり、まずはリーダー格の女を牢屋にぶち込む。

 次にスチアを呼び、ヤンを呼んだ。

 俺を含めたこの面子3人で、リーダー格の女の取り調べを開始するのである。

 今は、アルバーとヴィルモンの関係を明らかにしなければならない。


 マグレーディ城の牢獄、檻を挟んで、リーダー格の女と対峙する俺たち。

 女に抵抗の意思は見られない。

 どこにでもいそうな女性が、単に檻の中で座っているだけだ。

 あとは素直にこちらの質問に答えてくれれば、問題ない。


「ねえ、こっちが質問するから答えろコラァ。暴れんなよコラァ」

「答えます! 暴れません!」

「ウソだったら、あんたの家族にあんたの指が届くことになるからねコラァ」

「絶対に答えます!! 絶対に暴れません!!」


 必死の叫びで、顔をぐちゃにぐちゃにする女。

 当然だ。

 誰だって、家族のもとに指だけになって帰りたくはない。


 これで、女は恐怖のどん底に落とされた。

 やはりスチアの恐ろしさは、全人類共通の観念だな。

 でも安心したまえ、次は女好きの男の出番だ。


 見た目だけ可愛くセクシーな鬼に代わって、今度は質問者が前に出る。

 見た目だけ女の子の、軍師ヤンだ。

 ……なんかコイツ、女の子っぽさを強調してるぞ。


「ボクはヤンって言います! ねえねえ、お名前はなんていうですか?」

「あ、あたしの名前か!? あたしは、チャロだ」

「チャロさん! チャロさんチャロさん、ボクとお友達になってくれませんか?」

「はあ」


 しゃがみ込み、顔を寄せ、ぺこりと首を傾け、お願いする美少女。

 邪気のない笑顔とリスのような動きが、とってもキュート。

 軽い女の子的存在に、リーダー格の女は安心し、早くもヤンに心を許してしまいそうだ。

 これって尋問じゃなくて、ヤンの趣味だよな。


「やった! ならチャロさん、いくつか質問させてください!」

「な、なんだろう……?」

「あのぉ、闘争党の革命資金はどこから出てきたんですかぁ? 海賊さんはみんな逮捕されちゃったのに」

「ええと、シャロルとかいう気前の良い商人が、あたしらの革命に賛同してくれたんだ。資金はそいつからもらった」

「他には?」

「いない。その商人が全部やってくれた」


 気前の良い商人って、気前が良すぎだ。

 1人でテロ集団の革命資金を全部出しちゃうなんて、怪しすぎる。

 教育水準の低い人たちだからしょうがないけど、闘争党も変だと思えよ。

 

「シャロルって商人ですねぇ。その人の詳しい情報を教えてください」

「詳しいことは分かんない。でも確か、ヴィルモンにシャロルーズとかいう店があるらしい」

「そうですかぁ。ありがとうございます、チャロさん!」


 目を輝かせ、チャロの手を強く握るヤン。

 ちょっとした情報を引き出したのは評価するが、尋問する気はあるのか?

 あと、地味にセクハラしようとしてないか?

 

「次の質問! そのとっても綺麗なアクセサリー、見せてくれません? 興味があってぇ」

「これか? ほら、あたしのたった1つの宝物だよ」

「うわー、とっても綺麗です!」


 そう言うヤンの視線が集中するのは、アクセサリーよりもチャロの方ばかり。

 おいおい、もう完全に尋問する気ないじゃないか。

 完全に、邪のかたまりになってるじゃないか。

 取り調べはどうなった?


 正直こうなると、俺がここにいる必要はないかもしれない。

 きっと、いつの間にか取り調べは終わっているのだ。

 デブリーフィングもあることだし、さっさとガルーダに帰っちまおう。


「スチア、俺はガルーダに帰るけど、お前は?」

「あたしはヤンの護衛があるから残る」

「そうか」


 それだけの会話の後、俺は1人ですぐに、牢獄から装飾の一切ない廊下に出る。

 マグレーディ城の装飾の少なさは、ノルベルン城と良い勝負だ。

 だが、この城に陰湿な雰囲気はなく、むしろ活気がある。

 簡単に言ってしまえば、庶民っぽいのだ、マグレーディ城は。

 

 城を出れば、庶民感はさらに増す。

 開拓者の多い街だけあって、人々や建物の雰囲気は、割と陽気な方だ。

 決して豊かではないが、それ故の豊かさが随所に存在する。

 それが月面ドームの中に広がるという光景は、今でもまだ慣れないけど。

 しかしなんだろう、変な緊張感もなく、落ち着ける。


 十数分でガルーダに到着すると、俺は真っ先に艦橋へと向かった。

 ところが艦橋には、誰1人としていやしない。

 まあ、最近の度重なる苦労と疲労を考えると、1人の時間は嬉しい。


 それからさらに十数分、いつもの司令席に座り、何もしない時間を過ごした。

 窓の外、どこまでも続く宇宙空間に浮かんだ、青い人間界惑星を眺めながらの休憩。

 こうして見ると、人間界惑星は地球にそっくりだ。

 ……なんだか故郷が懐かしい。


「あれ? アイサカ様、まだフォーベック艦長たちは来てないんですか?」

「ニャーム?」

 

 孤独な空間を暖かく震わす、鈴のような少女の声。

 冷たい宇宙に癒しをもたらす、元気いっぱいなネコの鳴き声。

 最も安心できる2人の声が、俺の鼓膜を震わせた。


「ああ、ロミリアにミードンか。艦長たちはまだ来てないよ」

「そうですか……、ちょっと早く来すぎちゃいましたか?」

「少なくとも俺よりは早くないぞ」

「言われてみればそうですね」


 特に中身のない会話。

 だからそれ以上に話が続くことはない。

 俺は司令席に深く座ったまま、再び外を眺めた。

 ロミリアも黙って、ミードンを優しく撫ではじめる。

 

「あの……アイサカ様。そういえば今日って、アイサカ様の誕生日ですよね」


 ちょうど某SF映画のラスト、反乱軍が帝国軍に勝利するシーンを思い浮かべていると、ロミリアがそんなことを言い出した。

 そうだ、そうだよ、今日は俺の誕生日だよ。

 最近ずっと忙しいせいで忘れていた。


「2月22日か……。確かに俺の20歳の誕生日だな」


 これで地球でも、俺は大人の一員だ。

 あんまり実感はないけどね。

 ついでに、2月22日はネコの日だから、ミードンの日でもあったりする。


「でしたら……その……アイサカ様、お誕生日おめでとうございます」

「ニャーニャ、ニャーニャ、ニャーム」

「あ、ありがとう……」


 まるで天使のような表情のロミリアに、さすがの俺も嬉しい。

 親以外できちんと誕生日を祝ってくれたのは、これがはじめてだ。

 うむ、さすがはハイスペックロミリア。

 彼女が俺なんかの使い魔だなんてもったいない。

 

「でも……最近忙しかったせいで、プレゼントが用意できてなくて……。ごめんなさい」


 打って変わって、ロミリアが申し訳なさそうにそう言う。

 そんなこと気にしなくて良いのに。


「誕生日を祝ってくれただけで十分だよ。むしろ、お祝いの言葉自体がプレゼントみたいなもんだし」

「アイサカ様……」


 言ってから気づいたが、すごくクサい台詞を放った気がする。

 ロミリアも照れちゃってるし、変な空気も流れ出しちまってるぞ。

 おや、ちょっと恥ずかしくなってきた。

 

 なんでこういうときだけ、ミードンは黙ってるんだ!

 というか微妙にニヤニヤしてないか、このネコ様!?


「お、アイサカ司令に嬢ちゃん、もう来てたのか。……なに2人して固まってんだ?」

「いえ、別に」


 いつだってどこでだって、フォーベック艦長は俺たちを救ってくれる。

 今回も彼の登場で、変な空気は払拭された。

 よく見りゃダリオとモニカ、スチアもいるじゃないか。

 ローン・フリートのチームワークに感謝。


「ほお、そうかい。もしや俺たち、アイサカ司令と嬢ちゃんのお邪魔だったか?」

「か、艦長!? 変なこと言わないでください! 今日はアイサカ様の誕生日だから、ちょっとお祝いしてただけで……」

「誕生日? そうか、今日がそうなのか。確か20歳だったか?」

「ええ」


 フォーベックもフォーベックで、俺の年齢を覚えてたのかよ。

 意外とみんな、俺のことを空気扱いしてないのね。


「だってよ、アイサカ司令指揮下の艦長さんたちと、戦闘部隊隊長さん」

「それはおめでたいことです。ダルヴァノクルーを代表して、おめでとうございます」

「司令、あたいからも誕生日おめでとう! いつも迷惑かけてすまないね」

「おめでとう。アイサカ司令って、あたしより3歳も年上なんだ」

「っつうことで、俺からもだ。アイサカ司令、誕生日おめでとさん」


 部下、というよりも、戦友たちからの祝いの言葉。

 はっきり言うが、この状況は照れる。

 たくさんの人間に誕生日を祝ってくれたのは、幼稚園の誕生パーティー以来だ。

 こういうとき、どんな顔をすればいいのか分からないけど、ともかく笑っとこう。


「プレゼントは、俺たちの日頃の働きってことでいいな」

「できれば、これからの働きの方が良いです」

「贅沢言うぜ。ま、俺らの司令閣下の願いだ。今後の俺たちの仕事に期待してくれ」


 プレゼントじゃなくても働いて、なんて言っちゃいけない。

 すぐそういったマイナス思考が働くのは、俺の悪い癖だ。

 だから友達いないんだよ。


「さて、仕事に戻るぞ。現状報告だ」


 フォーベックの切り替えの早さは、こんなところでも変わらない。

 俺に対するささやかな誕生日パーティーは、早くも終わってしまった。

 しかしそれでも、ここ数日間の疲労を忘れるだけの嬉しさはあった。

 どうやらロミリアとミードンも満足そうだし、まだ俺も頑張れるだろう。

 

 今日は最悪の1日だったが、これで少し落ち着けた。

 ほんの一瞬だったけど、俺の心に横たわった重荷が、少しだけ軽くなった気がする。

 ロミリアたちが味方で良かったと思うのは、これで何度目だろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る