第116話 元の世界

 佐々木の長話に、俺たちは疲れている。

 長話に対する俺のイライラと、それに起因する愚痴が、ロミリアを困らせはじめた。

 村上は長話に耐えられず、脳の半分ほどが停止、やはりリュシエンヌを困らせる。

 久保田とルイシコフは黙って佐々木の話を聞いており、感情を表に出さない。

 トメキアは佐々木の自分勝手さに怒りの表情、メルテムは退屈した様子だ。


 こうしていつまでも佐々木の話を聞いているわけにもいかない。

 本来は和平交渉のためにここへ来たんだ。

 いい加減、こっちにも話をさせてもらおう。


「俺たちは――」

「だが! 今の我の心は、存分に満たされている! 我は見つけたのだ! 元の世界を! 帰れるかもしれんのだ! 元の世界に! 異世界者たちよ、我の同志たちよ、我に付いてこい。良い物を見せてやる」


 クソ、話を遮られた。

 いつになったら和平交渉に入れるんだ。

 さっきからずっと、佐々木の自叙を聞かされてるだけだぞ。

 

 まあ、なんやかんや俺たちは、佐々木に言われた通り、彼に付いていくけどさ。

 佐々木が上機嫌になりゃ、交渉もうまく行く可能性が高くなる。

 焦ってはダメだ。

 それに、良い物とやらも気になるしな。


 すでに90歳を超えているはずの佐々木だが、彼の表情はまるで少年。

 ただでさえ年齢に見合わず足腰はしっかりしているのに、若いにも程がある。

 それだけ彼の心は満たされているというわけだ。


 佐々木は玉座の後ろに立ち、そこで何かしらの魔力を放つ。

 すると驚くことに、玉座の後ろに広がる狭い床が動き出した。

 数秒後に現れたのは、地下へと続く階段。

 ファンタジーでよく見る隠し部屋ってヤツじゃないか。

 なんだかワクワクしてきた。


「こっちだ」


 俺たちを手招きしながら、佐々木は地下へと歩いていく。

 この階段の先に何があるのか分からないが、俺たちは彼に付いていくしかない。

 

 魔力によって現れる、地下へと続く階段。

 そこまではファンタジーだったが、いざ廊下に差し掛かると、そうでもなかった。

 いくつかの部屋に繋がる直線の廊下は、窓がなく、一面が白く塗られ、光魔法を使った強いライトで照らされている。

 1つの汚れすらありはしない。

 これではただの、映画によく出てくる近代的な研究室じゃないか。

 

「ここは、我の研究室だ。我はここで、元の世界に帰るための方法を模索してきた。長年の研究結果の全てが、そこにある」


 なんてこった、マジで研究室だった。

 魔界の研究室って、もっと暗くて、本棚に囲まれてて、おどろおどろしい場所だろ。

 白くて清潔感たっぷりの、密閉された、明るい無機質な場所じゃないだろ。

 

 いやはやしかし、これは少し考えれば分かることだ。

 この研究室は、佐々木が元の世界に帰るための研究を行う場所だ。

 つまり、佐々木の帰りたい思いが、どこよりも詰め込まれた場所ということになる。

 ファンタジー感皆無なのも当然だろう。


 しばらく直線の廊下を歩くと、俺たちはとある部屋に案内された。

 部屋の中は、開けられた扉から射し込む光以外、どこまでも続く真っ暗闇。

 何も見えはしないが、広いことだけは分かる。

 廊下とは明らかに室温が違い、ひんやりとした空気が肌寒い。

 

「なんなんだよ、ここ。いい加減に説明しろ」


 ここまでなんの説明もないことに、村上が声を荒げた。

 隠し扉から地下への階段を下り、謎の研究室を歩かされ、真っ暗な部屋に案内される。

 確かに、説明がないと意味不明だ。

 

「これから説明するところだ。なに、ここにあるものを見れば、貴様も驚く。絶対に驚く」


 村上の不満に、ニヤリとした笑みを浮かべ、そう答えた佐々木。

 正直、余計に意味が分からなくなっただけな気がするが。


「ジョエル! 明かりを!」

「かしこまりました」


 突如として大声を出す佐々木と、どこからともなく聞こえてくるジョエルの返事。

 2人の声はよく響き、暗闇の部屋が広いことを証明する。

 この部屋に何があるというのか。

 暗闇の向こうに、何が隠されているのだろうか。


 部屋中に響き渡った佐々木とジョエルの声が、暗闇に消えた頃である。

 俺たちの頭上から部屋の奥へと順番に、ライトが輝きだし、ついに闇を払う。

 最初は強い光が眩しく、何も見えやしなかったが、それも徐々に目が慣れていく。

 未だぼんやりとしか見えないが、部屋はおそらく倉庫のようだ。

 そしてようやく、佐々木が俺たちに見せたかったものが、その姿を現す。


 倉庫のど真ん中には、ある物体が天井から吊るされていた。

 物体の大きさは、倉庫が広いために分かりにくいが、小型輸送機程度。

 円環状のソーラーパネルのようなものに囲われた、細く長い、筒状の物体。

 まるで人工衛星だが、どこかで見たことがあるような……。


 どうもこの物体、記憶には残っているが、どこで見たものなのか思い出せない。

 しかし、そんな俺の、記憶力の悪さを救ったのは、驚愕した様子の久保田だった。

 

「これは……夢に出てきた人工衛星……!」

「ほお、クボタ、貴様もその夢を見ていたのか」


 夢に出てきた人工衛星。

 これで俺は、完全に思い出した。

 俺たちの目の前に吊るされる物体は、2301年に国際連携宇宙開発部が打ち上げた、無人銀河探査衛星デスティニー号だ。

 夢の中では2304年に消息を絶っていたけど、まさか――。


「あ! あの夢か! なんか、元の世界の未来に行くヤツ!」

「ムラカミ殿も知っているのか?」

「あの、アイサカ様、もしかしてアイサカ様も……」

「見たよ、元の世界の未来の夢」


 おやおや、久保田や佐々木だけでなく、村上までその夢を見ていたのか。

 ここにいる異世界者全員が、元の世界の未来の夢を見ていたんだな。

 というか、なんで夢の中に出てきたデスティニー号が、ここにあるんだよ。


「貴様らの見た夢。それは我が見た夢と同じであろう。首都直下型地震や東アジアでの戦争、核融合炉と反重力装置の開発、人類の太陽系の制覇、そして、2301年のデスティニー号の打ち上げ。そうであるな?」


 まったくその通りだ。

 俺たちは佐々木の言葉に、黙って頷くしかない。

 だが1つだけ、夢の内容が抜けている。

 

「2304年にデスティニー号が失踪、地球近辺にワープ航法を使った未確認飛行物体が――って夢は? それは、みんなも見てるのか?」

「俺もそれ、ちょっと前に見たぞ」

「僕もです」


 どうやら久保田と村上は、その夢を見ているようだ。

 でもなぜだろう。

 佐々木は〝その夢を見た〟とは言わない。

 言わないどころか、口を歪ませ、笑っている。


「我はその夢を見ていない。当然である。失踪したデスティニー号を回収し、地球近辺に現れた未確認飛行物体に乗っていたのは、この我であるからな」


 何を言っているのか分からない。

 地球って、元の世界だろ?

 もしや佐々木は、とっくに元の世界に帰る方法を見つけたのか?


「詳しいことは、私が説明いたしましょう」


 混乱する俺たちの前に、レイモン――ジョエルが現れそう言った。

 彼が口にする説明に、少なくとも俺は、夢中になる。



「1ヶ月程前でしょうか。ササキ様は正体不明の電波を発見したようです。その電波の発信元を確かめるため、ササキ様は魔王の外出と同行という形で、数日間宇宙を探索なされました」


 そういや、リナの任務の前に、魔王と佐々木が行方不明とかいう情報があったな。

 あれってこれのことだったのか。

 帰還した佐々木が上機嫌だったってことは、電波の発信元は……。

 

「探索の結果、電波の発信元が、このデスティニー号だったのです。ササキ様はこれを回収し、分析をしました。するとデスティニー号は、ある地点に向けて電波を発していたことが判明します。その地点を遠望魔法で確認すると、青い惑星を発見しました」


 デスティニー号が、異世界の宇宙にいるなんておかしい。

 だから俺は、デスティニー号が異世界に迷い込み、失踪したもんだと考えていた。

 しかそれだと、ジョエルの言った青い惑星は何だ?

 遠望魔法で見られるってことは、同じ世界にその惑星があるということだ。

 となると、デスティニー号は異世界に迷い込んだわけではなくなる。


「ジョエルの言う青い惑星、遠望魔法でそれを見たとき、我は心が躍った。我はついに見つけたのだ。元の世界を、いや、地球を!」


 目を見開き、嬉しさと興奮、高揚感に浸る佐々木。

 俺は彼の言葉が信じられない。

 なぜ、異世界に地球があるんだ。

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