第115話 真の魔王との謁見

 魔界首都時間午前11時57分。

 魔界惑星に到着した俺たちは、すでに魔王城玉座の間の入り口に立っている。

 トメキアによると、謁見開始は12時からで、終わりの時間は決まっていないそうだ。

 

「説得は俺とトメキアさんがやる。久保田と村上は、戦闘がはじまらない限り、特に何もしなくていいからな」

「分かりました」

「ちょっと待て! てめえが説得するんじゃ、俺の手柄にならねえじゃねえか!」

「村上がいなけりゃここに来ることもできなかった。説得の内容は村上に言われた通りにした。そういうことにするから良いだろ」

「はあ!? そんなん納得できねえよ!」


 手柄を全部譲ってやると言っても、村上は納得できない様子。

 まあ、はっきり言って、村上が納得しようがしまいがどうでもいい。

 講和派勢力の異世界者は俺だけなんだ。

 俺とトメキアが佐々木を説得するのは、当然のことだろう。

 

 ガミガミと騒ぎ、俺の胸ぐらを掴む勢いの村上。

 だがそんなことは気にしない1人の少女が、俺に話しかけてきた。

 

「ねえねえ、研究成果を言えば良いんだよね! 良いんだよね!」

「あ、ああ。ただ、俺が合図したらだぞ」

「やった! あぁぁぁあ! ついに私の研究成果が、日の目を見るんだ!」


 大量の資料を抱えたメルテムは、なんとも嬉しそうな表情で、興奮しはじめている。

 村上に詰め寄られ、隣ではメルテムの情緒不安定が炸裂。

 なんだか、佐々木に謁見する前に、俺が疲れてしまいそうである。

 早く12時になってくれないかな。


 周りで起きる喧噪を全て無視しながら、心の中で愚痴を爆発させる俺。

 そんな俺の愚痴に、ロミリアはもはや慣れてしまったのか、顔色一つ変えない。

 むしろ彼女は、他に心配事があるようで、俺の愚痴など聞こえないのかもしれん。


 ほんのしばらくして、玉座の間の扉が開きだした。

 ただ扉が開いているだけなのに、それは非常に禍々しく重苦しい。

 さらに、扉が開いたことで、玉座の間に溜め込まれた魔王の魔力が、俺たちを包み込む。

 自然と恐怖を呼び起こすこの雰囲気に、村上とメルテムもさすがに沈黙した。

 しかしこれで怯えているようでは、戦争を終わらせることはできない。


 覚悟を決め、玉座の前に歩を進める俺たち。

 赤い絨毯を踏みしめる度、恐怖が心の中で肥大化する。

 だが、玉座の前に到着し、頭を下げる頃には、俺の心はやる気に満ちていた。


 玉座に座るのは、1度しか見たことのない、しかしその1度のみで脳裏に焼き付いた、巨大な人影。

 全身をローブに隠した魔族。

 トメキアによると、あれが先代の魔王の姿らしい。

 しかし現在、真の魔王はあいつではない。


「よく来た異世界者たち。魔王様は貴様らを歓迎してくださっている。貴様らが話しやすいよう、部下も全て、玉座の間から追い払っていただいた」


 まるで魔王を代理してそう言っているような佐々木。

 だがその魔王の言葉は、佐々木本人のものだ。

 真の魔王は、佐々木なのだから。


「アイサカ、久々デアルナ。ソコニイルノガ、モウ1人ノ異世界者、ムラカミカ。サア、顔ヲヨク見セヨ」


 片言に聞こえる先代魔王の言葉。

 最初はその片言にも恐怖した俺だが、今では逆に、哀れみすら感じる。

 顔に生気がないのも、言葉が片言なのも、先代魔王がすでに死んでいるためなのだから。


「失礼ながら、魔王様は村上の顔を知っているはずです」

 

 死人との挨拶など不要。

 俺はさっさと本題に入るための行動をとる。


「主ハ、何ヲ言ッテイル? 我ハ一度タリトモ――」

「俺が話しかけているのは、あなたですよ、佐々木さん。いや、魔王」


 単刀直入とはこのこと。

 いきなり最大の隠し事を暴かれた佐々木は、どのような態度をとるのか。

 見物である。


「妄言を言うな! 魔王様の前で失礼だぞ、アイサカ!」


 おっと、さすがにすぐには正体を認めないか。

 まあ、そりゃそうだろうな。

 ならば証拠を出してやる。

 これで逃げることはできないはずだ。

 

「これ、見覚えないか?」

「それは……」


 俺が右手に持つ、1冊のノート。

 このノートが何か、ノートの持ち主を知る佐々木なら答えられるはず。

 佐々木も意外な物の登場に驚いたようで、口を閉ざした。


「これは先代異世界者、あなたの仲間であり、あなたが殺した冬月静の日記です。俺たちはこれを読んで、あなたの正体を知った」


 言い逃れができないのか、佐々木は口をつぐんだまま。

 仕方ないので、彼が自分の正体を認めるまで、俺は話し続ける。


「あなたは人間界惑星への絶望から、魔王になる道を選び、3453年7月17日、カワカミを殺した。そしてそれから1週間後、そんなあなたを止めようとした冬月までをも殺した。冬月さんが、それを教えてくれたんです」


 そこまで言って、ついに佐々木の様子が変化した。

 突如、彼はしゃがれた魔女のような声で、高らかに笑う。

 もはや仕方がないと、もはや騙せぬと、そう言わんばかりに笑う。

 よくぞその真実に辿り着いたと、賞賛するように笑う。


「ようやく、我の正体を見破る者が現れたか! ようやく! 62年もの間、我が被り続けた仮面を剥がす者が! しかもそれが、貴様らとはな!」


 なんとも嬉しそうな佐々木。

 大口を開けて笑い、そう言う彼の目は、どこか狂気に満ちている。 

 これが佐々木の本当の姿なのだ。

 冬月の言う通り、彼はおかしくなっているのだ。

 

「ならば、この人形は不要か」


 その言葉と同時に、玉座に座る先代魔王は魔力に溶け、佐々木の体に吸収される。

 すると玉座の間を覆っていた禍々しい雰囲気はなくなり、代わりに、佐々木がその雰囲気を一身に纏いだした。

 彼はそのまま、聞いてもいないのに、自らの半生を勝手に語りだす。


「我が魔王になったのは、58年前である。魔王になるためには、まず封印した魔王を復活させる必要があったのだが、それには3つの剣が必要でな。4年間探しまわったが、冬月を殺したおかげで、最後の1つだけは、ついに見つけられなかった」


 彼の言う最後の1つの剣、その在処を俺は知っている。

 知っているが、当然ながら黙っておくべきだ。


「唯一、探しきれていない場所があってな。冬月の隠れ家だ。まさかそのノート、その隠れ家にあったのではなかろうな? 剣もあったかのか?」


 あら、剣の在処がバレそうだぞ。

 そういや、冬月の隠れ家の存在を知ったのは、佐々木の忘れ物のおかげだった。

 じゃあ知ってて当然か。

 スチア一家に剣を預けて良かったよ。


「まあよい。仕方なく、我は2つの剣を使い、不完全な形ではあったが、魔王を復活させた。それと同時に、我は魔王の魂に気に入られ、ついに魔王となることに成功した」


 魔王の魂に気に入られたのは、佐々木が十分な怒り、恐怖、哀しみを持っていた証拠。

 きっと元老院への怒り、元の世界に帰れない恐怖、妹に会えぬ哀しみ、といったところだろうな。


「だが先代の魔王の権威は絶大であり、我が魔王に成り代わろうとも、我が魔族を率いるのは、非常に難しいことであった。故に、我はこの人形を生み出し、我の意思と行動を人形にやらせることで、先代の魔王が今でも魔族を率いているかのように偽っていたのだ」


 そんなところだろうとは思っていた。

 まったく、魔族もはた迷惑だな。

 魔王の言葉と信じてやっていたことは、その実、全てが佐々木のためだったんから。


「それでも問題は残った。不完全な形での魔王の復活により、その魔力は3分の2しかなく、魔界と人間界を繋いでいた転送地を維持できず、全てが消えてしまったのだ。これでは人間界を滅ぼすことはできない」


 なるほど、転送地が突如として消えた理由はそれだったか。

 佐々木が人間界を滅ぼすため魔王になったことで、転送地が消える。

 そのために人間界は、魔界の脅威から解き放たれる。

 皮肉だ。


「我は諦めなかった。幸いなことに、魔界と人間界は同じ宇宙の惑星同士、宇宙船の開発が成功すれば、再び魔族が人間界を襲うことができる。そして我は60年もの歳月をかけ、魔界艦隊を揃えたのだ。河上から奪った軍艦の設計図は大いに役立った」


 うん? それってつまり、魔界艦隊は河上の共和国艦隊構想が元ってこと?

 共和国艦隊と魔界艦隊のはじまりは、一緒だったの?

 なんてこったい。


「70年、長い月日であった。記憶に残された元の世界の建築物を模倣し、城下町にビルを建てさせることもあった。元の世界を再現するため、魔族に科学技術の発展をもたらしたのだ」


 またも謎が解明されたぞ。

 魔王城の周りに建つ、場違いな摩天楼。

 あれは佐々木の自己満足を満たすためのものだったのか。

 おかげで魔族の生活水準は上がったようだけど、良いんだか悪いんだか。


「それでも我の心は満たされない。魔界艦隊が揃い、我は遂に、各種族へ人間界惑星への攻撃を命じ、ようやく人間界惑星を滅ぼす段階に来ても、満たされない。元の世界に帰らぬ限り、我は何をしても満たされぬのだろう」


 カワカミと冬月を殺し、魔王となり、戦争をはじめても、心が満たされない?

 己の憎しみに多くの人間や魔族を巻き込んでも、心が満たされないだと?

 当たり前だ。

 それは元の世界に帰れないことへの、鬱憤晴らしなんだからな。

 そんなことも気づけないのか、この耄碌じじいは。


 だんだんイライラしてきた。 

 人間や魔族が命をかけ、命を落としてでも必死で戦っているのに、戦争をはじめた張本人は心が満たされないとのたまう。

 最悪じゃないか。

 この戦争で死んだヤツは、佐々木の鬱憤晴らしのために死んだことになっちまう。

 そんな戦争、取り返しのつかないことになる前に、さっさと終わらせないと。

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