第103話 召還の間
結局、俺たちはササキに従った。
最初はルミアが、騎士団を突入させると主張していた。
しかしロミリアとリュシエンヌが、強大な魔力は本当に王都の半分を破壊できると主張し、騎士団突入を撤回させる。
やっぱりルミアはリシャールの孫、現実的な判断をする。
俺たちは、召還の間の扉をごく普通に開け、何事もなく部屋に入った。
騎士団は扉に触れることもできず、途方に暮れていたらしい。
一体どういう仕組みなのだろう。
異世界者には効かない方法で封鎖しているのかな?
扉を開けると、まず俺たちの目の前に広がるのは、地下へ続く階段だ。
少ない松明、肌を震わす冷気に包まれた階段。
9ヶ月前は登ったこの場所を、今回は降りることになる。
階段を降りると、眼前に体育館のような広い空間が現れた。
天井は、大理石らしき素材で作られた柱が数本で支えている。
明かりは松明だけで薄暗く、しかも部屋全体がカビ臭い。
部屋の奥に立て掛けられた古めかしい絵画、天井から垂れる鎖が、召還の間独特の雰囲気を、さらに際立たせる。
部屋の真ん中には、俺たちの異世界生活はじまりの地がある。
床に描かれた巨大な魔方陣だ。
元の世界からあそこに、俺たちは召還されたのだ。
懐かしい。
「我が以前にここに来たのは、70年以上も前だ」
魔方陣の側に座り、資料を読みあさる1人の老人。
深く刻まれたしわだらけの顔をローブで隠す、先代異世界者。
今は魔王の手下であるササキの、感慨深そうな呟き。
「私がササキ様にはじめて出会ったのも、この場所でしたね」
ササキの呟きに笑みを浮かべ、懐かしそうに答えた男がいた。
大量の資料を手に持ち、ササキと同じように内容を吟味する初老の人物。
少し近代的な、元の世界におけるスーツのような格好をした大臣。
人質であるはずのレイモンだ。
「あの時のジョエルは、野心的な目をしていた。それは貴様がレイモンとなった今でも、変わらぬな」
「ササキ様は変わりません。この世界に召還された際の、あの憎たらしい目。しわだらけになり、強大な魔力を手にしても、それは同じです」
親しそうに話をする、ササキとレイモン。
いや、ササキはレイモンのことを、ジョエルと呼んだ。
何がなんのか、理解が追いつかない。
「おい、ササキさん! 何してんだ!」
こういう時だけは、単純バカの村上の存在に助けられる。
アイツは何も考えず、ササキに話しかけた。
村上の声でこちらの存在に気づいたササキ。
彼は資料を読むのを中断し、立ち上がる。
そしてこちらに〝憎たらしい目〟を向け、言った。
「ようやく来たか、村上。そして相坂」
言葉から察するに、ササキが俺たちを待っていたのは間違いないだろう。
表情も、決して厳しいものではない。
しかしなぜ?
なぜササキは、俺たちを持っていた?
「まずは、我の使い魔を紹介しよう。ジョエル=ド・ラクロだ」
「改めまして、ジョエル=ド・ラクロです」
ちょっと待って、意味が分からない。
ジョエル=ド・ラクロって、そいつはレイモン=ダレイラクだろ。
使い魔じゃなく、ヴィルモンの大臣じゃ。
「私は魔力のみの存在。5年前からはレイモン=ダレイラクの体を我がものとし、ヴィルモンに潜入していました」
「え!?」
「はぁ!?」
「何だと!」
ウソだろ、レイモンはササキの使い魔、ジョエルの操り人形だったのか!?
でもそれなら、あれが理解できる。
スチアの投げた短剣が眉間に突き刺さりながら、死ぬこともなく、健康であることが。
使い魔は主人が命を落とさない限り、死ぬことはないからな。
マジか、ヴィルモンの有能な大臣の正体は、魔界のスパイだったなんて。
《こちらガルーダ。魔界の軍艦が1隻だけ現れた。アイサカ司令、攻撃するか?》
魔力通信による、フォーベックからの報告。
こんな時に魔界軍の軍艦が1隻で登場など、なんとも唐突な感は否めない。
しかしそれが、十分な怪しさを醸し出している。
フォーベックには少し待ってもらおう。
「こちら相坂。フォーベック艦長、攻撃はまだしないでください」
《うん? なんかあったのか?》
「何かあると思ったので」
《そうか……まあ、アイサカ司令に従うぜ》
明らかにタイミングがおかしい。
1隻で援軍なんてあり得ないだろうし、無謀にも程がある。
意味の分からない敵は、下手に触るもんじゃない。
「村上だ。艦長、落としちまってください」
おや? 今の村上の言葉、もしや共和国艦隊への指示か?
落としちまえって、突如として現れた1隻の軍艦をか?
マズい、これはマズい。
なんでこう、村上は面倒事ばかり作り出すんだ。
「待てよ村上。敵の軍艦は撃墜すべきじゃない」
「なんでだ? あんな怪しい軍艦、さっさと落とした方が良いだろ」
「怪しいから撃墜するなって言ってんの」
俺の制止に、村上がすこぶる不機嫌な表情をする。
だがそれと対照的な表情を見せたのは、ササキであった。
彼はまるで、魔女のようなしゃがれた笑い声を上げている。
ササキの笑顔などはじめて見た。
俺と村上は、ササキの笑い声に呆然とするしかない。
「おそらく、我が軍の軍艦が1隻、現れたのであろう。アイサカ、貴様は賢い。その軍艦は、撃墜しなくて正解だ」
笑い声の後に発せられた、ササキのそんな言葉。
相も変わらず、何を言っているのかが分からない。
軍艦を撃墜しないことが、なぜ正解なのか。
ササキは俺たちの心に生まれた疑問に答えるように、話を続ける。
「その軍艦は、我が魔界惑星に帰るための船だ。それを撃墜してしまえば、我は魔界惑星に帰れぬ。となると、我は貴様らと戦わねばなるまい。異世界者同士が王都の中心で戦えばどうなるか、賢い貴様なら分かるであろう」
これははっきりとした脅しだ。
自分を逃がさなければ、王都を破壊するという脅し。
普通の人間がこんな脅しをしても冗談にしかならないが、相手は普通じゃない。
「アイサカ様、ササキさんの魔力は強大です。きっと、王都の半分を焼き尽すことも可能かもしれません」
ロミリアもそう言っている。
悔しいが、ここはササキに従うしかない。
どうやらリュシエンヌも村上を説得し、なんとか納得させたようだ。
ササキが逃げるための軍艦の撃墜、これは完全に中止された。
ただしローン・フリートと共和国艦隊には、1隻の軍艦を監視させる。
逃走用の軍艦に乗るためだろうか。
転移魔方陣を床に敷き、そこにササキは、レイモンと共に魔力を送っている。
起動した魔方陣から浮かび上がる淡い光は、ササキとレイモンを包み込んでいた。
それを俺たちは、指をくわえて見ていることしかできない。
彼らの手には、資料室から盗んだであろう大量の資料が。
アイツら、なんで召還の間なんかに来たのだろうか。
それぐらいは知っておきたい。
「なんであなたは、ここに来たんですか? もしかして、元の世界に帰る方法でも、見つけたんですか?」
なるべく本音の回答が欲しい。
そこで思い切った質問を、俺はしてみた。
するとササキは、再びあのしゃがれた笑い声を上げた。
案の定、俺の質問にササキは本音をぶちまける。
「そこまで分かっていたか。そうだ、その通りだ! 我はついに、元の世界を見つけたのだ! そして、ここに来ることで、元の世界に帰る方法をも見つけた!」
やっぱり俺の推測通りだったか。
たぶん、だからこそササキは珍しく、笑みを浮かべてるんだろうな。
現在の彼は、少し有頂天なんだろう。
「だが方法は見つけても、それを実行するには、まだ研究が足りない。アイサカ、ムラカミ、貴様らも元の世界に戻りたいであろう! ならば、共に研究を進めようではないか。我と共に、魔界惑星へ来い!」
おっと、ここで仲間になれ宣言か。
確かに元の世界に戻る方法ってのは、興味がある。
興味があるが、はいそうですかとササキの仲間になる気はしない。
答えは決まっている。
「俺たちはこっちの世界で、戦争を終わらせるために戦ってる。元の世界に戻るのは、その後だ」
これが俺の回答だ。
フォークマスでの決意を、俺は忘れはしない。
ロミリアのためにも、その決意だけは貫き通したい。
「今さら元の世界になんか戻りたくねえよ! 俺はこの世界で、ビッグになるっていう夢を叶えたんだからな!」
こちらは村上の回答。
いやはや、なんとも個人的な理由だこと。
単純バカもここまで来ると清々しい。
「そうか、それが今の貴様らの答えか。まあよい。気が変われば、魔界惑星に来い。そして共に研究を進め、元の世界、家族の待つ家に帰ろう。我は待っているぞ」
仲間になるのを断った俺たちに、ササキは怒ることはなかった。
むしろ、最高の笑みを浮かべていた。
絶望の中に見いだした希望を、必ず掴もうとするササキの、明るい表情。
彼はその言葉を最後に、転移魔法によって召還の間から姿を消す。
《敵軍艦、ヴィルモン王都からの撤退を開始。追うか?》
「いえ、逃がしてやってください」
フォーベックからの報告に、俺はそう答えていた。
あんなに希望に溢れた老人の顔を見て、その老人が乗った軍艦を攻撃する気にはなれない。
そもそもササキは、元の世界に戻れるのなら、この世界に興味などない。
これは俺の直感だが、ササキはきっと、これ以上に戦争に関わることはないだろう。
ヘル艦隊によるヴィルモン王都襲撃。
これによりある程度の被害は出たが、ヘル艦隊は全滅した。
しかも、おそらくだがササキが戦線を離脱した。
この戦いは、結果的に戦争の終結を早めた可能性がある。
ササキとその使い魔であるレイモンがいなくなった召還の間。
何気なく、召還魔方陣の側に立った俺は、ある1枚の紙をみつけた。
もしかしてササキの忘れ物だろうか。
紙には日本語で、『冬月の隠れ家』と書かれている。
冬月って、確か先代異世界者の1人じゃなかったか?
こりゃまた、気になることがまた1つ、できてしまったようだ。
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