第102話 ドラゴン狩り

 低レベルな喧嘩。

 高レベルな攻撃魔法。

 そしてまた低レベルな喧嘩。

 ロミリアが深く溜め息をつくの理解できる。

 

 だが最もこの状況に呆れ、それ以上に怒りをあらわにするのは、ドラゴンだ。

 生物の中では強大な力を持つこの種族が、くだらない喧嘩のために無視されることなどなかったのだろう。

 ヤツの注意は、完全に俺たちに向けられていた。


 未だ土ぼこりに覆われた廊下。

 ゆえにドラゴンは気づいていない。

 この場にいるのが、低レベルな喧嘩をする男2人と、それに溜め息をつく少女だけでないと。

 最強の剣士2人が、土ぼこりに紛れていることなど。


「司令! ムラカミ! 聞こえてるのコラァァ!」

「私が光魔法で照らしている場所に、熱魔法を頼む!」


 突如、スチアとリュシエンヌの叫び声が聞こえてきた。

 俺も村上も一瞬だけ喧嘩を止め、声のした方向に視線を向ける。

 すると、土ぼこりの中にぼんやりと、輝く光が2つだけ。

 あそこに熱魔法を放てば良いのか。


「俺がやる! てめえは邪魔するなよ!」

「いや、何を言われようと俺もやる!」

「うるせえ! 俺がやる!」

「いや俺も!」


 喧嘩は続行中だが、2人とも熱魔法を放った。

 俺の放った熱魔法と、村上が放った熱魔法、それぞれがそれぞれの光に直撃する。

 熱魔法が直撃した部分は熱され、表面が溶けている。

 同時に、ドラゴンが悲痛なうめき声を上げた。

 どうやら俺たちは、ドラゴンに熱魔法攻撃を直撃させたようである。


 すると直後、肉を切り裂く鈍い音が2度、廊下に響いた。

 ドラゴンは再びうめき声を上げ、その巨体はバランスを崩し、地面に倒れ込む。

 倒れ込んだ勢いで土ぼこりが飛ばされ、ようやく現在の状況が見えるようになった。

 俺らの熱魔法で弱っていたドラゴンの足を、スチアとリュシエンヌが切り裂いたようである。


「次、そこに熱魔法やってコラァァ!」


 休む暇もなく、スチアがそう叫び、指差す。

 指差した先には、吹き抜けの天井を支える巨大な柱が。

 何となくだがスチアの考えを察した俺は、村上よりも早く熱魔法を放った。


 軍艦の攻撃と同じビーム状の熱魔法は、柱と天井の接点を粉々に破壊する。

 俺はさらに熱魔法を放ち、柱の根元、その半分を吹き飛ばした。

 接点と支えを失った柱は、自らの重さに耐えきれず、地面に向けて倒れていく。

 ゆっくりと廊下側に倒れた柱は、地面に突っ伏せるドラゴンの背中に、見事に直撃した。

 

 足を切られ地面に倒れ、さらに柱の下敷きになるドラゴン。

 ヤツの動きは封じられている。

 この隙に、スチアがドラゴンの左目玉に短剣を突き刺す。


「じゃあねコラァ!」

「これで終わりだ!」


 両手で剣を持つリュシエンヌは、ドラゴンの首を何度も斬りつける。

 ほとんど目に見えないスピードで、何度も何度も、その細い剣で首を斬りつける。

 その場からはほとんど動かない。

 同じ場所で、同じ場所を、幾度となく傷つける。


 一方で、剣を片手に持つスチアは、ドラゴンの首に乗っかっている。

 そして一カ所一カ所を確実に、剣で突き刺していった。

 スチアが剣を突き刺すたび、ドラゴンが悲鳴を上げている。


 2人の攻撃は30秒近く続き、その間にドラゴンは、苦悶の表情で鳴き叫んだ。

 しかしその鳴き声もついになくなり、ドラゴンの頭が力なく地面に置かれる。

 それ以降、ドラゴンはぴくりとも動かない。

 スチアとリュシエンヌは勝利を確認したのか、剣を鞘に納めた。


 まさか、生身の人間だけでドラゴンに勝っちまうなんて。

 あまりの衝撃に、俺と村上の喧嘩も中断してしまう。


「やるな、スチア。君の強さは、私の想像を遥かに超えている」

「まあね。魔物狩りは専門職だし」

「冒険者への価値観を、私は改めなければならないかもしれない」

「それはあたしも。騎士って思ってたより強いんだね」


 おい、俺と村上とは対照的に、スチアとリュシエンヌの間に絆が生まれているぞ。

 ドラゴン撃破によって生まれる、女騎士と冒険者少女の絆。

 絵に描いたようなファンタジーだな、おい。


「あ、危ないですよ! ドラゴンって怖いんですよ!」

「ドラゴンはもう死んだの。だから危なくも怖くもない」

「で、でも! 王の孫が危ないところに行くなんて、ダメです!」

「王の孫が危険地帯にも行けなくて、国を統治するなんて無理」


 背後から、なんとも立派な言葉が聞こえてくる。

 だがその内容とは裏腹に、声は幼く、可愛らしさすらある。 

 こりゃ、小学生とかの声じゃないのか?


 振り返るとそこには、メイドの姿をした少女と、華麗な衣装に身を包んだ少女が、こちらに向かって歩いてきていた。

 2人とも小学生ぐらいの歳だろう。

 見た目的には、お姫様ごっこをしている親友同士の女の子ってところだな。


 少女の存在に気づいたリュシエンヌが、いきなり背筋を伸ばした。

 まるで目上の人に対する礼儀のようにだ。

 もしやこの少女2人、お偉いか?

 

 メイドさん姿の少女は、まあ、普通に小学生の女の子だ。

 そこら辺にいるブロンドヨーロッパ系少女に、メイド服を着せただけ。


 だが、青に金の刺繍が入ったドレスを着る、もう1人の少女は、普通じゃない。

 顔は幼く、しかし切れ長の目と、青く美しい瞳が特徴の、可愛らしい女の子。

 雰囲気がただの小学生じゃないのだ。

 少し踏ん反り返った姿勢、感情の読めない表情、そして少女のくせに怖いオーラ。

 なんつうか、見た目は違うが、どことなくリシャールっぽい。

 

「あなたが異世界者のアイサカさんね。私はルミア=ヴィルモン。ヴィルモン国第1王子の長女よ。リシャールおじいさまの孫と言えば、私の地位が分かるはず」


 ……え? この女の子がリシャールの孫?

 でもまあ、それならリシャールっぽい雰囲気にも納得だ。

 見た目はあんまり似てないけどね。

 

「ルミアちゃん。こんなとこに何しに来たの?」

「ムラカミ様、ルミア〝様〟です。様を付けてください、様を」

「いいのよソフィー」


 ヴィルモンに長く住んでるだけあって、村上とルミアは面識があるようだ。

 ある程度は親密な様子。

 

「今日はおじいさまが留守のため、私からお礼をと思ったので。まずはドラゴン退治、ご苦労様。本来はアイサカさんが人間界惑星に侵入するのは禁じられていますが、今回は緊急事態なので許しましょう。報賞については、後々に」


 口調がまさに女版リシャールだ。

 妙に緊張するんだよな、この口調。 

 できれば見た目相応の、少女らしい口調で話してほしい。

 

「ただ、異世界者2人にはまだお願いが。実は強力な魔力を持った人物が城に侵入していて、騎士団では対処できないでいる。なのでその人物を排除してほしいの」


 強力な魔力を持った人物とは、ササキのことで間違いないだろう。

 やはり歳をとっても先代異世界者、共和国騎士団程度じゃ勝てる相手じゃない。

 ここは、俺たちの出番だ。

 ルミアにお願いされなくとも、ササキの排除は俺たちの仕事だ。


「任せてください。その人物はどこに?」

「てめえ! どこまで俺の邪魔するつもりだ! 俺1人で十分だって言ってんだろ!」

「お前がどう思うかなんて知らん! 強力な魔力を持った敵なら、俺とお前で一緒に戦った方が良いだろ」

「じゃあせめて、てめえが仕切るの止めろ! 俺の方が偉いんだぞ!」

「お前も俺も同じ艦隊司令だろ。同格だ」

「はあ?」


 あ~あ、また喧嘩がはじまった。

 俺も喧嘩したくてやっている訳ではなく、自然とこうなっちまうんだ。

 今回は幸い、ロミリアとリュシエンヌが止めてくれたが。


「アイサカ様、せめて愚痴で抑えてください」

「ニャーム!」

「ムラカミ殿、ルミア様の前でそのような態度は止めたまえ」


 女性陣に怒られ、不満を抱きながら黙る俺と村上。

 まったくもって、情けない姿だ。

 これじゃあ俺たちは、まるでガキだな。

 下手するとルミアの侍女より、精神年齢が低いかもしれん。


「では、こちらに」


 俺たちの喧嘩について触れることなく、ルミアが案内を開始する。

 さすがの俺たちも、多少は反省し、黙ってルミアに付いていく。

 

 ササキがいる場所、そこまでの道のりは、何とも懐かしい光景だった。

 この世界に召還されてはじめて見た、異世界の姿。

 最初は幻だと思っていた俺のその現実逃避を、完全に打ち壊した城の廊下。

 あれから9ヶ月、大きな変化はないな。


 しばらく懐かしい廊下を歩くと、騎士団の集団が見えてきた。

 騎士団はルミアの登場に驚き、すぐさま道を開ける。

 俺たちは人混みを掻き分けることなく、簡単に、とある部屋の扉の前に立った。


「敵は資料室を襲った後、レイモン大臣を人質にこの召還の間に立てこもってる。扉は強力な魔力で封鎖されてしまって、どんな魔術師でも開けることができないの」


 なんてこった、ササキの狙いはやっぱり、召還の間だったのか。

 何が目的かは知らんが、きっと元の世界に戻る方法を模索してるに違いない。

 このまま何か、例えば異次元への扉が開きブラックホールが発生する、なんてことになったら大変だ。

 すぐにササキを止める、もしくは目的を聞き出さないと。

 ついでに、人質のレイモンも救い出さないと。


「異世界者の魔力で、この封鎖を――」

《ようやく来たか、異世界者よ。我のもとに来るが良い。ただし、部屋に入って良いのは、異世界者とその使い魔だけだ。王都の半分を破壊されたくなければ、我に従え》


 ルミアの話を遮り、魔力通信による言葉が脳みそに響く。

 この声は、久々に聞いたササキの声。

 周りの人々の反応を見ると、この場にいる全員が、ササキの声を聞いているらしい。

 いよいよササキの狙いが分からんぞ。

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