第95話 濡れ衣
俺とロミリアは、ヤンの待つガルーダの客室に向かった。
客室と俺の部屋はそれほど離れていない。
そのため到着はすぐだ。
客室では、備え付けの簡素なソファに、どっしりと深く座るヤンの姿。
なんとも偉そうなポーズである。
マグレーディの軍師だから、実際に偉いんだけど。
そんな彼が、俺の顔を見るなり可愛らしい笑みを浮かべ、口を開く。
「昼間まで寝てるなんてぇ、昨日は何時まで起きていたんですか?」
ヤンがそう言うのも無理はない。
現在の時間は午後12時50分、完全なる真っ昼間だ。
俺はこんな時間まで寝ていたのである。
「悪い悪い。昨日は1時までには寝たんだけど、どうも寝付きが悪くて」
「アイサカさん、それだと10時間以上寝ていることになりますよ?」
「……いつも通りだけど」
「へえ~、長く寝るんですねぇ」
微妙にバカにするような口調のヤン。
仕方ないだろう。
俺だって好きで10時間以上も寝てる訳じゃないんだ。
気づいたら10時間以上経ってるんだ。
地味に憤る俺。
それを察したか、ロミリアがフォローしてくれる。
「アイサカ様は、どうやら眠りが浅いみたいなんです」
「ああ、それなら納得できるなぁ。アイサカさんって眠り浅そうですもんね」
眠りが浅そうってどういうことだ。
そんなの見た目じゃ判断できないだろう。
ヤンは俺をどんな目で見てる。
「それにしてもロミーちゃん、使い魔って主人の睡眠状況も分かるの?」
「はい。内容までは分かりませんが、アイサカ様が夢を見ているのも分かります」
「いいなぁ、その能力ボクも欲しいよぉ」
そうだったのか。
ロミリアは俺が夢を見ているのが分かるのか。
まあ、内容は分からないらしいし問題ないだろう。
問題はヤンだ。
そんな能力が欲しいって、何をする気なんだよ。
あと、意味もなくロミリアの手を握るな。
いや、そんなことはどうでもいい。
さっさと本題に入ろう。
俺はこれ以上、自分の睡眠に関していじられたくないし。
「で、話って何?」
「元老院で行われていたぁ、リナ王女暗殺事件の審議が終わりました」
「相変わらず早いな。結果は?」
「ボクたちにとって、あまり良い結果ではないですよぉ」
良い結果なんて最初から期待していない。
リナが殺された時点で、今さら何が起きても喜ぶことはできない。
ここで、リナが殺されてから今日までの1週間を振り返る。
全てがリシャールの手の平で展開した、最悪の1週間。
できれば振り返りたくない。
まずは俺たちがグラジェロフ王都を脱出した直後だ。
馬にまたがり王都を脱出したのと同時に、共和国艦隊がやってきた。
当然、城を半壊させたスザクを撃退するためである。
最初はそこで戦闘も起きたのだが、フェニックスが到着すると久保田も諦めたんだろう。
スザクは超高速移動でどこかに消えてしまった。
グラジェロフは、リナの暗殺と久保田のせいで、共和国による厳重な警備が敷かれる。
そのため俺たちは隣国まで逃げて、ようやく小型輸送機に乗りガルーダへと帰った。
帰った頃には、とうに日付が変わっていた。
マグレーディに戻ると、俺は早速ヤンに事の詳細を報告する。
すると彼は、驚くべきことを口にした。
リナ暗殺の首謀者として、アダモフが共和国騎士団に逮捕されたというのだ。
リシャールは自分の行いを、アダモフの行いに偽装したのである。
最悪の報告だった。
リナが殺されてから4日後。
グラジェロフ城はスザクの攻撃により半壊、多くの死者を出していた。
ジジババ共は跡形もなく吹き飛び、全員が死亡したそうで。
しかしユーリはなんとか生き延びていた。
そのため瓦礫の片付けも終わっていない城で、戴冠式が執り行われる。
ユーリはリシャールを後見人として、ついに王に即位したのだ。
リシャールの傀儡国家の誕生である。
そして今日、元老院で行われていたリナ暗殺事件についての審議が終わった。
どんな審議かというと、リナを暗殺した人間と首謀者の処罰を決める審議である。
つまり、アダモフの処罰についての話し合いだ。
それがわずか1週間で終わるなんて、スピード解決もいいところである。
どうせリシャールの圧力で早く終わったんだろう。
さて、これで1週間の振り返りは終わりだ。
これからヤンの語ることに、俺は神経を集中させる。
「審議の結果、アダモフさんは島嶼連合への島流しということになりました。リシャール陛下は斬首を主張していたんですけどねぇ、さすがにそこまでできるほどの証拠の偽造は、できなかったみたいです」
そうか、アダモフが殺されることはなかったのか。
一応は安心できる報告で良かった。
だが、不満は残る。
その不満を口にしたのは、ロミリアだ。
「アダモフさんが島流しということは、リナ殿下を暗殺したのはアダモフさんということになってしまったんですか?」
「残念ながら。パーシング陛下らもリシャール陛下の悪事を暴こうと必死に抵抗したんですけどねぇ、向こうはすでに多くの証拠を偽造していました。その偽造された証拠を、元老院の過半数が信じてしまいまして」
「そんな……」
珍しく怒りに震えた表情をするロミリア。
俺だって、腹の中は煮えたぎっている。
今回のリシャールは、あまりに酷い。
リナを殺し、幼いユーリを利用し、アダモフに濡れ衣を着せた。
全て、自分の権力の拡大のためにである。
とんでもないクソ野郎だよ、リシャールは。
「リシャール陛下によって、リナ殿下だけでなく、ルイシコフさんとアダモフさんをもグラジェロフは失いました。もはやグラジェロフには、リシャール陛下に対抗できる人材は残されていませんねぇ」
溜め息まじりにそう言うヤン。
彼は滔々と話を続ける。
「ボクたちはグラジェロフを守るため、なんとしてでも、憲章で禁じられているはずの女王を作り出そうとしました。でもよく考えると、グラジェロフが憲章を変えられないような国家の時点で、ボクたちがリシャール陛下に勝てる見込みはなかったのかもしれません」
なんとも手厳しい言葉だ。
だが確かに、ヤンの言う通りかもしれない。
情勢に応じて憲章を改正することもできない国が、情勢を動かすような国に勝てるはずがない。
もしや俺たちは、最初から勝てない戦に挑んでしまったのだろうか。
「今回のリナ殿下の死と、リシャールの勝利。これらはボクたち講和派勢力にも責任があります。当然、これからの講和派勢力の方針も変えていかないと」
大事なのはこれからだ。
リナは死んでしまったが、そこで立ち止まるわけにはいかない。
なんとしてでも戦争の早期終結を実現しないと、リナの死も無駄になってしまう。
「きっとリシャール陛下は、これからも多くの人を殺そうとするはずですねぇ。ですからこれからの講和派勢力は、今回のアダモフさんのように、殺されそうな人の命を守っていくことになります」
その方針はある意味、リナの死を意識しているように俺は感じる。
これ以上に人を死なせないとか、そういうのではない。
貴重な人材を失いたくないんだろう。
講和派勢力は〝戦争後〟も考えているだろうからな。
で、講和派勢力の人間界での方針は分かった。
だがもう1つだけ、気になることがある。
「魔界の方はどうなんだ?」
「そっちはこっちと違って順調みたいですねぇ。魔王の不在を機会に、トメキアさんが多くの魔族長を説得、戦争に疑念を抱かせるのに成功してるみたいです。結局のところ、問題はリシャール陛下の存在だけなんですよ」
おいおい、どんだけリシャールは有能なんだよ。
魔王よりも手強い相手ってことじゃねえか。
もはやリシャールが魔王だろ。
「その問題のリシャールはどうする? 暗殺でもするのか?」
「これは、ちょっと危険な賭けになりますけどぉ、ある程度は好き勝手させるつもりです」
「え?」
「リシャール陛下のやってることって、結構な綱渡りなんですよねぇ。やればやるほど、自分の悪行が暴かれた時に返ってくるものが大きくなる。だからボクたちは、殺されそうな命を守り、味方を増やし、ここぞという時に反撃するつもりです」
「また大胆な。下手すると、リシャールの思い通りになるぞ」
「思い通りにはさせませんよぉ。リシャールには必ず、報いを受けてもらいますから」
ヤンの最後の一言は、ニヤリと笑った表情も相まって、なんとも恐ろしく感じた。
まるで死神の宣告のようである。
いつもは軽い調子で、女にしか見えないぐらい可愛いらしいヤンも、こういう時は怖い。
やっぱり軍師なんて肩書きを持ってるだけあるな。
《トメキア卿から連絡が入った》
突如、フードによる短い報告が俺の耳に届いた。
よく見ると、ヤンも同じように声に反応している。
フードの声が聞こえていたのは俺だけじゃないようだ。
「なんでしょうねぇ」
さっきの恐ろしさはなんだったのか、ヤンは愛嬌たっぷりに首を傾げる。
コイツ、なんでいちいち可愛い仕草をするんだろう。
ちょっとあざといんだよなぁ。
可愛い仕草ってのは、ロミリアみたいに稀に見せるから効果的なのに。
……トメキアの報告に集中しよう。
《トメキアだ。単刀直入に言う。ヘル艦隊が人間界惑星に向かった》
確か、ヘル艦隊ってササキが率いてる艦隊だよな。
それが人間界惑星に?
一体何をするつもりなのだろう。
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