第9章 奇襲編

第94話 未知との遭遇

 気づくとそこは、俺の知らない世界だった。

 いや、正確には俺の知っている世界の知らない姿と言うべきか。

 先の尖った数多の超高層ビルが天を突き、人々はホログラムをいじりながら街を歩く。

 乗り物は全てが宙を浮き、しかし秩序正しく整列していた。

 これはきっと、ジェルンを撃破した時以来の、元の世界の夢だ。

 

 俺がいる場所は、看板を見る限り渋谷だろう。

 ただ、渋谷という文字があるだけで、俺の知っている渋谷の面影はない。

 あのスクランブル交差点や、マルキューはどこにもないのだ。

 そこにあるのは、首を痛めなければ頂点すら見ることのできない超超高層ビル。

 地上は広い歩道と街路樹で整備され、乗り物は上空を飛んでいる。

 

 以前に見た夢よりも、街並はさらに変わっているようだ。

 こりゃ随分と時代が経過している予感。

 情報を集めよう。


 とはいえ、ここまで時代が違うと、どうやって情報を集めればいいのかすら分からない。

 新聞はとっくになくなっている時代で、人々の過半数がホログラムをいじっている。

 あのホログラムが、俺の時代でいうスマートフォンなんだろう。

 ただ普及率はスマートフォンの比じゃないのか、ホログラムを持っていない人用のサービスはない模様。 

 見たことないものや持っていないものばかりで困るな。


 しばらく情報を求めて歩いていると、ようやく俺の知っているものを見つけた。

 忠犬ハチ公像だ。

 今が何年なのかは知らんが、未だにハチ公像はあるんだな。

 ただし駅はなくなり、ビルに生まれ変わっているため、ハチ公口ではなくなっている。

 それでも俺の知っているものがあるだけで、なんか少しだけ嬉しい。


 にしても、この時代のファッションは、和風が流行ってるのかな?

 街の人々は、羽織のようなひらひらとした服に身を包んでいる。

 素材は俺の知らない新素材だろうが、見た目だけなら着物と言って差し支えなかろう。

 流行は繰り返すとはよく言ったもんだね。

 

 さて、新聞やニュース的なものはないかと、超超高層ビルに入る俺。

 すると俺の願いが叶った。

 巨大な吹き抜けに浮かぶ幾つものホログラムに、ニュースが紛れていたのだ。

 

『2301年4月、24世紀の到来に合わせ、国際連携宇宙開発部は、銀河系の探査を目的とした無人銀河探査衛星デスティニー号の冥王星からの発射を予定しています。この探査では地球外生命体の発見も期待され――』


 おお~、人類の科学力はついに銀河系全体に波及するのか。

 これはすごい。

 太陽系を制覇した人類の進化は、まだまだ止まらない。


 映像にはデスティニー号も映し出されている。

 細く長い船体を取り囲むように、円環状のソーラーパネルが備え付けられた衛星。

 まさにSFそのものだ。

 さすがは24世紀、技術のレベルが違う。

 

 うん? ちょっと待て。

 24世紀になってもハチ公像ってあるのかよ。

 370年間、ハチ公はずっとあそこでご主人様を待ち続けてるのかよ。

 銀河探査衛星や街の発展より、そっちの方が驚きだ。

 もう立派な歴史遺産だな。


 ここで突如として、俺の目の前で光がフラッシュした。

 確かこれは、別の時代に飛ぶ合図だ。

 次はいつの時代に飛ぶのかな?


 光が消え、視界が開ける。

 するとそこには、さっきとあまり変わらぬ世界が広がっていた。

 超超高層ビルの巨大な吹き抜けに浮かぶホログラム。

 時代を確認すると、今の俺がいるのは2304年9月。

 どうやら3年しか経っていない様子。


『無人銀河探査衛星デスティニー号が、地球から5万3000光年離れた地点で消息を絶ってから2週間。学者の間では、地球外生命体に接触したのではないかという憶測も飛び交っており、国際連携は解明を急いでいます』


 デスティニー号が消息を絶つ、か。

 地球外生命体とか言ってる学者さんたちは、ちょっと想像力を働かせ過ぎだろう。

 普通に考えて、これは故障だと思う。

 3年目にしてデスティニー号の故障。

 宇宙探査は大変なものなんだから、そうに決まってる。


 で、それがどうしたという感じのニュース。

 そもそもこの近未来の夢は何なんだ。

 なんで俺は、夢の中でこんなニュースを見なくちゃならない。

 意味が分からない。


 などと思っていた時である。

 ホログラムに映るニュースキャスターが、にわかに騒ぎはじめた。

 映像には大きく、『緊急速報』の文字。

 

『ただ今入った情報です。国際連携宇宙艦隊によると、約30分程前に未確認の飛行物体が、月の周辺に現れたとのことです。繰り返します。未確認の飛行物体が、月の周辺に現れたとのことです』


 宇宙艦隊からの未確認飛行物体の情報。

 デスティニー号が消息を絶ってから2週間でのこの展開。

 なんか嫌な予感がする。

 しばらくニュースから目が離せない。


『宇宙艦隊による緊急記者会見です』


 映像が変わり、がっちりとした制服(らしきもの)を着た黒人男性が現れる。

 よく見りゃ全てのホログラムがその映像に占拠され、周りの人々もニュースに釘付けだ。

 俺の夢の中で、何か大変なことが起きている。


『未確認飛行物体に接触を試みたところ、その飛行物体が地球で製造されたものでないことが判明しました。そこで我々は、この未確認飛行物体を地球外生命体の宇宙船と断定、監視を続けていました』


 マジか。

 人類、ついに未知との遭遇かよ。

 あの独特なリズムでコンタクトを取ったのかな。

 それとも相手は侵略目的?

 アメリカの独立記念日が、人類の独立記念日になっちゃう?


『しかしつい先ほど、未確認飛行物体は姿を消しました。その場から一瞬で姿を消したため、地球外生命体はワープ航法を有している可能性もあります。相手がどのような目的を持っているかが不明のため、我々宇宙艦隊は以降も――』


 おっと、宇宙人はすでに帰ったのか。

 何しに来たんだろうな。

 地球の偵察だとは思うけど。

 

 はて、夢の中でこんな体験をするなんて思いもしなかった。

 こりゃ、人類の歴史の転換点だろ。

 まあ夢だから、本当の事かどうかは知らんけど。

 単純に俺の妄想、っていう可能性も否定できないし。


「アイサカ様、起きてください」

「ニャー」


 俺の耳元に、聞き慣れた声が響いた。

 夢の中の俺ではなく、ベッドで眠っている俺の耳元にだ。

 きっとロミリアとミードンが起こしに来たんだろう。


「起きてださい! もう……全然起きてくれない……」

「ニャー! ニャー!」


 あからさまに呆れた様子のロミリア。

 ミードンも、ネコパンチという実力行使に出ているようだ。

 これ以上に彼女らを困らす必要はないだろう。

 それに、もうこの近未来な夢も飽きた。

 いい加減に目を覚ますか。


 不思議なことに、目を覚まそうと思うだけで、実際に目が覚めた。

 目の前に広がっていたリアルな夢の世界は消え失せる。

 代わりに、見慣れたガルーダの船内、微妙に汚い自分の部屋が視界に広がる。

 ただ、夢がリアルすぎたせいで、俺はちょっと胡蝶の夢状態だ。


「……おはようロミリア」

「あ! やっと起きてくれましたね。おはようございます。というより、こんにちは」

「ニャー」

「今って何時? 何年何月何日人間界惑星が何回回った?」

「え? ええと、今は3516年2月11日の12時41分です。人間界惑星はたぶん、1年に360回回りますから……えっと……」

「分かった。ありがとう」


 これは夢じゃない。

 俺は現実世界に戻っている。

 なんか不思議だよな。

 元の世界が夢で、現実が異世界だなんて。


 さて、俺は夢から覚めた。

 ということは、現実世界での話をしなければならない。

 わざわざロミリアが俺を起こしに来たってことは、何か用があるのだろう。


「ロミリア、なんかあったの?」

「はい。ロンレンさんが来てます。講和派勢力のことでお話があるそうで」

「なるほど。すぐに行く」


 ヤンが直々にガルーダにお出ましか。

 講和派勢力についての話というが、やっぱりグラジェロフの話だろう。

 グラジェロフについては嫌なことしか思い出せないから、できれば話したくないもんだ。

 話さなきゃ、先に進むことができないのだけれど。

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