第93話 怒り
グラジェロフ王都上空に現れたスザク。
スザクに搭載された全ての砲は、グラジェロフ城に向けられている。
城の中にいるであろう、議員や学者たちに〝罰〟を与えるために。
《こちらスザク、攻撃の準備は整った。司令、命令を》
淡々としたオドネルの言葉。
これから議員や学者たちを殺そうとするわりには、あまりに淡泊な態度。
悪を排除するのは当然だ、とでも思っているのだろう。
もはや久保田が一言命令するだけで、グラジェロフ城は地獄と化してしまう。
なんとか止めないと。
「なあ久保田、頼むから冷静になってくれ。城にいる人間は、今すぐ殺す程の悪じゃないんだよ」
「そうやって悪をのさばらせるんです! 悪は今すぐに排除しないと!」
「分かってるのか? そんなことしたら、お前は人間界の敵になっちまうんだぞ!」
「人間界の敵? 僕は悪を排除するんだ! 人間界は感謝すべきだ!」
何を言っても、久保田は俺の言葉を聞き入れてくれない。
リナが死んだことへのショックと怒り、守れなかった後悔、そういったものが、久保田の冷静な判断を妨げている。
彼は自分のやろうとしていることを、絶対的な正義だと信じ込んでいるんだ。
前々から久保田の正義感には不安なところがあったが、最悪の状態だな。
おそらくだが、久保田にはこれ以上何を言っても意味がないと思う。
そこで俺は、説得する相手を変えた。
元政治家でありリアリストのルイシコフなら、説得すればなんとかなるかもしれない。
「ルイシコフさん、良いんですか? このままじゃ久保田は、人間界全体を敵に回してしまいます! リナ殿下がそれを望んでいると思いますか!?」
相も変わらずリナの亡骸の横に膝をつき、呆然とした様子のルイシコフ。
俺の話は聞こえているのか?
「……お嬢様……お嬢様……」
心ここにあらず。
今のルイシコフは、まさにその言葉で表現できる。
彼はリナの顔を見つめながら、同じことを呟き続けていた。
ただただ、お嬢様と呟き続けていたのだ。
王位継承者決定会議で見せた、強い意志と決意に満ちたルイシコフは、そこにいない。
「ニャー、ニャー」
「…………」
リナの亡骸に寄り添うのは、ルイシコフだけではない。
ミードンもまた、彼女の顔の近くで、寂しく鳴いていたのだ。
それを見たロミリアも、今にも泣きそうな顔でその光景を見つめいている。
唯一の例外は、後ろで尋問を続けるスチアぐらいだろう。
あまりにも悲しい光景に、俺も心が乱される。
久保田のやろうとしていることは、本当に悪いことではないんじゃないか。
一瞬ではあるが、そう思ってしまうほどである。
《おいおいカミラ、本気でやるつもりか?》
《当たり前だ。むしろアルノルトは、リナ殿下が殺した連中を許せるのか?》
魔力通信を介して、今度はフォーベックがオドネルを説得している。
あの2人は昔からの友人らしいから、フォーベックの思いは俺と同じだろう。
冷静さを失い暴走しようとする友達を、なんとか救いたいという思い。
ここで止めなければ、取り返しのつかないことになるという予感。
《いいかカミラ。お前らは相手の釈明も聞かず、裁判もなしに、殺す必要がない可能性のある人間を、一方的に殺そうとしてるんだ》
《悪は滅ぼす。アルノルトはそれに反対するのか?》
《なんでそうなる? 俺が言ってるのは、お前らのやろうとしていることも悪だってことだ。てめえの感情で他人の命を奪うんじゃねえよ。軍人なら、その辺りの判断を間違えるんじゃねえ》
《フン、久々の説教か。だがアルノルト、今回はお前が間違っている》
《てめえの中では俺が間違ってるかもしれねえが、客観的に見りゃそっちが間違ってる。カミラ、それにクボタ司令、てめえらのやろうとしていることは、正義の執行という名の復讐でしかない。しかも復讐の相手が間違ってると来た》
はっきりと相手の間違いを指摘するフォーベック。
どれだけ悲しみ怒る人間にも、容赦はない。
冷静じゃない相手には、厳しい言葉で強制的に止めるしかないという判断だろう。
しかしそれでも、カミラの心は動かせなかった。
《司令、命令を》
《カミラ! その間違った正義感で、人間界を敵に回すつもりか!》
《悪をのさばらせる人間界を敵に回して何が悪い!》
とんでもないことを平気で言い放つオドネル。
彼女がもはや正常な判断を下せない状態であるのを、証明したような言葉だ。
これに久保田はどうするつもりだ?
「……オドネル艦長の言う通りです。悪をのさばらせる人間界を敵に回して何が悪いんですか。むしろ、敵に回すべきだ」
「おい! 久保田!」
ダメだ。
それ以上のことを言うな久保田。
「オドネル艦長、攻撃を開始してください」
《了解》
その瞬間、久保田が暗闇に飲み込まれた。
俺にはそう感じられた。
彼は言ってはいけないことを、ついに口にしてしまった。
久保田の命令の直後、スザクの全砲口が光り輝く。
そして真っ赤なビームが、グラジェロフ城に向けて殺到した。
城は20以上の熱魔法攻撃に晒され、長い歴史を刻んできた石壁が、豪快に吹き飛ぶ。
着弾の音が聞こえてきたのは、城の塔が崩れ落ちた頃だ。
久保田は、スザクは、取り返しのつかないことをしてしまった。
《おいアイサカ司令。すぐにその場を離れろ。クボタ司令たちは置いていけ》
グラジェロフ城が攻撃を受けてすぐ、フォーベックが俺にそう言う。
一種の、友達を見放すような言葉。
俺は反射的に反論してしまった。
「久保田を置いて行けと? リナ殿下を亡くし、悲しんでる久保田を、ここに?」
《ヤツはカミラと一緒に、人間界を敵に回した。それにアイサカ司令が巻き込まれる必要はねえ。いや、巻き込まれちゃいけねえんだ》
「友達を見捨てろと!?」
《そうだ。アイサカ司令は講和派勢力だってのを忘れるな。お姫様が死んじまった以上、任務は失敗。さっさと撤退するべきだ》
「いや、でも……!」
《あんたには、戦争の早期終結が掛かってんだ。その意味、分かるだろ》
「…………」
フォーベックの言う通りだ。
任務は失敗し、今回はリシャールが勝利した。
久保田は冷静さを失い、人間界を敵に回してしまった。
ただでさえ負けた講和派勢力なのに、俺が久保田の仲間だと見られちゃ、傷口が広がるだけ。
これ以上に講和派勢力を危機に陥らせるようなことは、回避する必要がある。
現実的に見ると、今の俺には友達以上に守らなきゃならないものがある。
「……ロミリア、スチア、逃げるぞ」
俺は4年間も友達ができないだけある人間だ。
状況次第で、友達を簡単に捨てることができてしまう。
今の俺がそうだ。
久保田を見捨て、リナの遺体を放置することができてしまう。
「アイサカ様……分かりました」
寂しげな顔をするロミリア。
それでも彼女は、文句も言わずに俺の言葉に従ってくれた。
「ミードン、行こ」
「ニャー、ニャー……」
「うん。リナ殿下とは、お別れしないと……」
「ニャー……」
リナの顔に寄り添っていたミードンを、ロミリアが抱き上げる。
ミードンは最後までリナの方を見ながら、悲しい鳴き声を上げていた。
アイツ、ホントにリナのことが好きだったんだな。
「司令、この馬で逃げるよ」
捕虜の敵騎士を縛り付けながら、馬を連れてくるスチア。
彼女はいつだって任務が優先だ。
だから敵を殺しても、味方が死んでも、割り切るのが早い。
なんで彼女はこんなにも強いんだろう。
「俺も護衛します!」
「マスター! 俺も!」
「ホント? じゃあお願い」
スチアに弟子入りしたばかりの2人の騎士も、俺たちの護衛をしてくれるようだ。
リナを守れなかった俺を護衛してくれるなんてな。
今回の任務の失敗は、俺の油断も原因の1つだろう。
キャデラックを護衛する騎士の中に敵がいる可能性は分かっていたのに、それを止められなかったんだ。
油断していたとしか思えない。
よく考えりゃ、リナの自室で敵騎士を殲滅した後、俺たちがキャデラックのもとに行く必要はない。
そもそもそれは、キャデラックに本物のリナが乗っていると教えているようなもんだ。
任務が成功続きだったため、どこか楽観視し、俺は判断を間違えた。
それがリナを死に追いやってしまった。
そう思うと、俺には今の久保田を止める資格がないかもしれない。
馬にまたがり、その場を離れる俺たち。
地面に横たわるリナと、それに寄り添うルイシコフ、そして怒りに燃える久保田。
上空にはグラジェロフ城を攻撃するスザクの姿。
それらが少しずつ、遠ざかっていく。
俺たちを信じてくれたお姫様を守れず、4年ぶりの友達をも見捨てる。
任務は失敗し、戦争の早期終結すらも遠ざかってしまった。
今の状況、最悪だ。
最悪すぎて、俺は気が狂いそうだ。
「アイサカ様、私はアイサカ様の味方です」
俺の思いが伝わってしまったか、ロミリアがそう呟いた。
そう、彼女はいつだって俺の味方なんだ。
それが俺の正気を、なんとか保ってくれた。
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