第96話 緊急出動

 トメキアの報告は単刀直入であったため、本題は終わってしまった。

 それ以降の彼女の言葉は、全て捕足である。

 

《2日前、魔王様とササキ様がご帰還なされた。どこに行かれていたのかは不明だが、ご帰還後、ササキ様の表情は大変に満足げなものであった》

「満足げ? どこで何をしていたのでしょうねぇ……」

《分からん。そこで我々も探りを入れてみた。するとどうやら、ササキ様は何かを探しているようなのだ。宇宙の彼方、時間の移動、異次元や時空の歪みなど、そういったことを研究部に聞いて回っているらしい》

「はあ?」


 なんともSF的な単語が出てきたものだ。

 ササキは一体、何を探しているんだろうか。

 まさかあの歳で、中二病を患ったとも思えないし。

 

《昨日は、ヴィルモン城地下にある召還の間について興味を持たれていた。だが今日になって突然、ササキ様自らがヘル艦隊を率いて、人間界惑星に向かったのだ》

「目的が見えませんねぇ。ただの攻撃じゃないかもしれません」


 ヤンの不吉な予感。

 それは俺も同じく抱いていた。

 抱いていたが、それ以上に気になることもあった。


「召還の間って、俺がこの世界に召還された場所?」

「はい。私がアイサカ様の使い魔になった場所でもあります」

「ふ~ん、また懐かしい場所が出てきたな」

「ニャー?」

「そっか、ミードンは知らないのか。あの時はお母さんと一緒だったもんね」

 

 召還の間について、感慨深そうに答えるロミリア。

 そうか、あそこがロミリアにとってはじめて、俺と出会った場所なのか。

 顔を合わせたのは城の広間だったけどな。

 俺の異世界生活のはじまりの場所でもある。

 そんな召還の間に、ササキはなんの興味を持っているのだろう。


 よく考えると、ササキも異世界者だ。

 ということは彼も、召還の間が異世界生活のはじまりの場所ってことになる。

 じゃあ召還の間に興味を持ったのも、その辺りを探れば分かるかもしれない。


 いや、むしろササキの探し物を思い浮かべるんだ。

 アイツの中二病的な単語、例えば異次元や時空の歪み。

 召還の間は、元の世界とこちらの世界を繋ぐ場所である。

 となれば、召還の間はそれこそ、異次元同士を繋ぐ場、時空の歪みの場である。

 おや、ササキの行動が読めてきた。


 さらに考えてみると、ササキは元の世界に戻りたがっていた。

 ならば彼の探しているものって、元の世界に戻る方法なんじゃないか。

 その方法を探すために、魔王と一緒にどこかへ旅をしていたのかもしれない。

 ワームホールを探して元の世界に戻ろうとしたとか、そんな感じで。


 ササキが満足げな笑みを浮かべていたってことは、何かを見つけたってことだ。

 そして召還の間に興味を持つ。

 まさか元の世界に戻る方法を召還の間に見いだしたのか?

 もしそうだとして、ヘル艦隊を率いて人間界惑星に向かったとすると……。

 あ、ヤバい。


「ササキの狙いは、召還の間かもしれない。もしかするとアイツ、ヴィルモン城を襲撃してくるんじゃないか?」


 思いつきではあるが、妙な確信が俺にはあった。

 ササキの不自然な動きも、俺の推測なら納得できるからだ。

 

「そうですねぇ、アイサカさんの言う通りかもしれません。念のため、ローン・フリートも人間界惑星上空で待機した方が良いかもしれません」


 あっさりと、俺の言葉に納得したヤン。

 ある程度はササキの狙いも見抜いているのだろう。

 彼はすでに対策を考えはじめているようだ。


「トメキアさん、ヘル艦隊はいつ魔界惑星を出発したんですか?」

《ほんの数分前だ。しかし宙間転移魔法を使えば、そろそろ人間界惑星に到着する頃だろう》

「艦隊の編制は?」

《戦闘艦が12隻に、揚陸艦が1隻だ》

「それだと、やっぱりヘル艦隊は上陸作戦をするつもりはなさそうですねぇ」

《ああ》

「でも、共和国艦隊の防衛網を破ることはできる」

《かなり厳しいが、軍師殿の言う通りだ。奇襲ならば防衛網を破れる編成だろう》

「でも魔界惑星に帰るのは難しいですよねぇ」

《その分、兵士たちは死兵と化す》

「……アイサカさん、急いでヴィルモン防衛に向かってください」


 トメキアとの短い問答で、ヤンは現状を把握した様子。

 あまり良い状況でないのを察したか、余裕の笑みも少しだけ引きつっている。

 俺だって今の状況が最悪なのは理解した。

 ヘル艦隊は決死の覚悟で、ヴィルモン王都に奇襲を仕掛けて来たんだ。

 共和国艦隊も苦戦するのは必至だろう。

 こりゃ、ヤンの笑みが引きつるのも理解できる。


「フォーベック艦長、ダリオ艦長、モニカ艦長、聞こえます?」


 ヤンに指示され艦橋に向かう俺は、魔力通信で艦長たちに話しかけた。

 出撃は少しでも早い方が良い。

 おそらくササキは、ヴィルモンのすぐそこまで近づいて来ている。


《どうした?》

《聞こえています。どうしましたか?》

《新しい任務かい?》


 気だるそうなフォーベック。

 冷静沈着丁寧なダリオ。

 荒々しいモニカ。

 それぞれの個性が顕著に現れた返事に、俺はすぐさま指示を出す。


「今すぐに出撃します。目標はヴィルモン王都上空、敵は魔界艦隊ヘル艦隊の戦闘艦12隻に揚陸艦1隻。超高速移動を使うので、魔力カプセルの準備を」

《ヘッヘ、敵さんの奇襲ってか。了解。出撃準備!》

《了解しました。全員、出撃準備!》

《あたいらの腕の見せ所だよ! 出撃準備!》


 個性豊かな艦長たちは、しかし同じように、部下に出撃準備を命じた。

 その直後、ガルーダ全体が振動し、遠くの雷のような重低音が鳴り響く。

 早くもガルーダのエンジンが起動したのだろう。

 艦長たちもその部下たちも、仕事が早い。


 艦橋に向かって走る間、ふとロミリアの方を見てみる。

 すると彼女は、なぜだか知らんが俺の方をじっと見つめていた。

 そのため目が合ってしまい、ロミリアは慌てて顔を伏せる。


「ど、どうしたの?」

「いえ……なんでもありません……」

「そう言われると余計に気になるんだけど」

「なんでもありません!」


 そう言って、頬を赤らめながらそっぽを向くロミリア。

 おい、可愛いじゃないか、おい。


「さっきの指示を出すアイサカ様……司令官らしくて格好良かったなって……」

 

 そっぽを向いたまま、ロミリアはボソリとそんなことを呟く。

 司令官らしい、か。

 最初の頃は肩書きだけだったけど、さすがに俺も司令に慣れてきたもんな。

 

 ところで、格好良かったなんて言われると、いくら俺でも照れるぞ。

 なんか小っ恥ずかしい。

 小っ恥ずかしいのはロミリアも同じらしく、俺たちは深い沈黙に襲われてしまった。

 この変な空気、久々である。

 

 変な空気を背負いながら、俺たちは艦橋に到着した。

 窓の外を見ると、ガルーダとダルヴァノ、モルヴァノがマグレーディのドーム出入り口に差し掛かっているのが分かる。

 緊急出撃のマニュアルってのがあるが、その通りに動けているようで何より。

 俺はすぐさま、いつもの自分の席に座った。


「アイサカ司令、共和国艦隊から魔力通信だ。繋ぐぞ」


 席に座った直後、フォーベックがそう報告してきた。

 共和国艦隊からの通信なんて、どういうことだ?

 こんな時に喧嘩を売られても困るんだが……。


《ああ、こちら第1艦隊司令の村上。相坂、聞こえてんのか?》


 通信の相手は、まさかの村上だった。

 不機嫌そうな表情が目に浮かぶような口調である。

 もう少しぐらい自分の感情を隠せよな。


「こちらローン・フリート司令の相坂。どうかした?」

《魔族の野郎共の艦隊がヴィルモン王都の上に出てきて、攻撃してきやがった。アイツら、戦争をやめるんじゃなかったのかよ!?》


 おっと、すでにヘル艦隊は到着しているのか。

 しかも戦闘がはじまっている様子。

 こりゃ急いだ方が良い。

 村上には、敵の素性を教えておこう。


「敵はヘル艦隊、ササキの率いる艦隊だ。トメキアさんが教えてくれた」

《ササキさん!? あ、あの人が攻めてきたのか!?》

「ああ。狙いはヴィルモン城だと思う」

《チッ……わけ分かんねえ》


 村上の舌打ちから、不機嫌さと困惑が混ざり合っているのが伺える。

 それより、何の用があって魔力通信なんてしてきたんだ?

 

「で、どうかした?」

《……共和国艦隊が足りない。援軍に来てくれ。言っとくが、これはウチの艦長がフォーベック艦長に頼んでんだからな! 俺がてめえに助けを求めてる訳じゃねえからな!》

「はいはい、分かった分かった。すぐに行く」

 

 村上のヤツ、是が非でも俺の世話にはなりたくないんだな。

 まあいい、俺も村上を救うつもりなんか毛頭ない。

 俺はただ単に、ササキの襲撃を阻止して、多くの人の命を救いたいだけだ。

 ヴィルモン王都はあのリシャールの本拠地だが、それでもあそこに住む人々は、守らないとならない。

 誰がなんと言おうと、俺たちは戦ってやる。

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