第78話 打ち砕かれる偏見

 人間界惑星での任務を終え、いよいよ俺たちは魔界惑星へと向かった。

 ただし、魔界惑星に行くにはあまりにも、ガルーダは魔界軍の軍艦を沈めすぎている。

 そこで途中、俺たちはスザクに乗り換えることにした。

 スザクなら魔族から敵視されていないだろうし、何より久保田がいるからな。

 魔界惑星へ村上を連れて行くには最適である。


 なお、ヤンは超高速移動前にマグレーディに戻った。

 というのも彼は、スチアがレイモン大臣を殺したという話を聞いて、血相を変えていた。

 そりゃそうだろうな。

 1国の大臣を殺しちまったんだ。

 ヤンは情報収集のため、マグレーディに戻ったのである。

 苦労かけてすまない。


 超高速移動、スザクへの乗り換え、再びの超高速移動。

 わずか30分程度で魔界惑星上空に到着。

 俺たちはスザクの艦橋に集まり、村上が目を覚ますのを待った。


「うぅ……ああ……ああん?」


 包帯に巻かれた両足、ギブスをはめた左腕、痣だらけの顔。

 見るからにボロボロの村上が、椅子の上でようやく目を覚ました。

 良かった、死んではいなかった。

 

 正直なところ、箱を開けたときは、コイツ死んでるんじゃないかと思っていた。

 箱の中は血まみれで、おどろおどろしい状態。

 だが、村上は丈夫なヤツだ。

 治癒魔法をちょっと施してやっただけで、出血などは正常に戻った。

 残念ながら骨折は完治しなかったが、すぐに治る状態にはなっている。

 

「どこだここ? おい、なんだこれ!」

「あまり動くなムラカミ殿、まだ怪我が治っていない」


 混乱しているのか、自分の怪我の状態を知らないのか、立ち上がろうとする村上。

 それを止めたのはリュシエンヌだ。

 彼女は村上の一足先に目覚めており、俺たちが状況を説明しておいた。

 さすがにリュシエンヌは物分りがよく、トメキアによる魔族の説明を真摯に受け入れ、一応は納得してくれた。

 彼女が納得してくれれば、村上の説得も簡単だろう。


「ムラカミ殿、よく聞いてくれ。私たちは今、スザクに乗っている」

「スザク!? それって直人の船だろ! おい、早くここを脱出――」

「脱出は不可能だ。スザクは現在、魔界惑星の上空を飛んでいる」

「はぁ!?」


 村上の表情は怒りを通り越し、呆然とした様子だ。

 そろそろ俺たちも挨拶するべきかな。

 リュシエンヌもいることだし、大丈夫だろう。

 

「村上、無理矢理連れてきて悪い。でもどうしても、お前に知ってほしいことがある」

「相坂! てめえ!」

「落ち着いてください村上さん! 僕たちはあなたの敵ではありません!」

「お前……直人か!?」

「お久しぶりです、村上さん。お元気そうで何よりです」

「どこが元気そうなんだよ!」


 俺に対しては憎悪をむき出しにするくせに、久保田にはそこまで感情を露わにしないんだな。

 一体、村上の中の俺ってどんな存在なの?

 もしや知らないうちに俺は、村上の親でも殺したのか?

 アホらしい。


「なんで俺、こんなボロボロなんだ。どうせこれも、相坂の仕業だろ!」


 ううん、それは否定できない。

 否定できないけど、否定しないと説得はうまくいかない。

 そこで怪我に関する説明は、リュシエンヌに任せた。

 彼女には、ギリギリでウソじゃないことを言っておいたからな。


「その怪我は、アイサカ殿の仕業ではない」

「は? じゃあ誰の仕業なんだよ」

「共和国騎士団と城の守衛が、ムラカミ殿もろともアイサカ殿を攻撃したらしい」

「……え?」

「アイサカ殿はムラカミ殿を守ってくれたのだ」

「そんな……あり得ねえよ……」


 リュシエンヌの説明は決してウソじゃない。

 守衛や騎士団は、アストンマーティンに村上が乗っているのを知っていたはずだ。

 それなのにヤツらは本気で攻撃を加え、そのせいで俺たちは村上の入った箱を丁重に扱えなかった。

 かなり美化すれば、そういうことだ。


 にしても、村上の目が泳ぎはじめたな。

 思った以上に早く、心が揺らぎはじめたんだろうか。

 今まではただの野蛮人としか思わなかった人物が、突如として自分を救ってくれたことへの戸惑い。

 不良がちょっと良いことしただけで、すごく良いヤツに見えるみたいなアレ。

 村上の今の心情は、たぶんそれだろう。

 

「相坂は魔族の手下なんだ……。俺を守るはず……」

「私も魔族は野蛮なものだと思い込んでいた。だが実際に話をしてみると、私の今までの魔族に対する思いが、どれだけ愚かなものだったのかを痛感した」

「……リュシエンヌ、魔族と話したのか?」

「ああ。そこにいる魔族とだ」


 リュシエンヌの指差す先にはトメキアの姿。

 トメキアは村上の歩み寄り、挨拶をはじめた。


「お初にお目にかかる。エルフ族筆頭のシールン=トメキアだ。異世界者ムラカミ司令殿と話ができて、光栄である」

「お……お前、ホントに魔族なのかよ……」

「この耳を見てくれ。この通り、我々は君たちの言う魔族だ」


 村上の目の前に立つのは、間違いなく魔族。

 しかしそれは、決して野蛮な下等生物などではない。

 美しく礼儀正しい、だが鋭さを隠さない、人間とあまり変わらない存在。

 自分の魔族への認識が全く間違っていたことに、おそらく村上は混乱している。


 それに加えて、トメキアはエルフ族だけあって美人だ。

 はじめてリュシエンヌと出会った時を考えると、村上は美人に対して強気になれない。

 魔族に美人がいるというだけでも、村上にとっては衝撃だろう。


「我々は、人間界との戦争を講和によって終結させるため、人間界の有志たちとも協力している」

「……お前らは、戦争に反対なのか?」

「戦争に反対、というよりは、講和による戦争の終結に賛成、と言うべきか」

「ホントなのか?」

「復讐と魔王様の私情ではじまったこの戦争に、我々も人間も命をかける価値はない」

「……それって、魔族みんながそう思ってる訳じゃねえんだろ」

「残念ながら、ムラカミ司令殿の言う通りだ。しかしそれは、人間界も同じであろう。相手の殲滅だけを考え、戦争を拡大しようとする者たちは、必ず存在する。そういった存在こそが、我々の共通の敵だ」

「共通?」

「すでに述べたであろう。我々は人間界の有志たちと協力していると」

「…………」


 さすがは美人の力。

 ついに村上が黙りやがった。

 この調子なら、説得はうまくいくかもしれない。

 

「……おい相坂! てめえは魔族の手下って聞いたけど、コイツらの手下なのか?」


 トメキア相手には黙っても、俺には黙らない村上。

 だが、彼の口調に含まれる憎悪の度合いが明らかに少ない。

 少なくとも、いきなり斬り掛かってくるなんてことはなさそうだ。

 

 にしても、村上にとって俺が魔族の手下なのは変わらないのね。

 俺の本来の立場は、人間界と魔界の中間なんだがな。

 まあ仕方ない。

 アイツが一番納得しやすいように説明するか。


「その通り。俺のボスは、トメキア卿だよ」

「ってことは、てめえの考えはこのエルフ族と同じなんだな?」

「ああ」

「チッ、ふざけんなよ……」


 おいおい、ふざけんなとはどういうことだ。

 何もふざけてないぞ、俺は。

 お前の抱いていた俺へのイメージが間違ってたからって、舌打ちはないだろう。

 何なんだよコイツ。

 結局のところ、村上は俺のこと嫌いなんだろう。

 いいさ、俺もお前のこと嫌いだから。


 いや、そんなことはどうでもいい。

 重要なのは、好きか嫌いかという話ではない。

 敵か味方かだ。

 今のところ、トメキアの部下である俺が敵じゃないことは、村上に伝わったはず。

 それで十分だろう。


「ムラカミ司令殿。我々は貴殿に、魔界惑星がどのような場所かを、その目で見てほしいのだ。理解してくれとは言わん。ただ、見てくれれば良い」


 トメキアによる最後に一押し。

 これで村上がイヤだと言ったら、またも無理矢理に魔界惑星を見てもらうしかない。

 だがそれをすると、おそらく俺と村上の関係は、完全に敵と味方になる。

 それだけは回避したいところだが……。


「……見るだけで良いなら、見てやる」

「ありがたい」

「リュシエンヌ、俺の護衛を」

「はっ!」

「もし少しでも変なことしたら、魔族も相坂も殺してやるからな」

「承知した」


 良かった、うまくいった。

 ここまで来れば、村上は大丈夫だ。

 これからヤツに待ってるのは、エルフ族による魔界観光ツアーだからな。

 接待という程じゃないだろうが、それなりに楽しめるはず。

 魔界に悪い印象を持つことはないだろう。

 

 早速、ツアー出発の準備をはじめるトメキアと、それを待つ村上。

 ようやく緊張感が和らいだのか、ロミリアが安心した様子で、俺に話しかけてきた。


「これで一安心ですね」

「そうだな」

「……アイサカ様とムラカミさんが仲良くなる日は来るのでしょうか?」

「来ないだろ」

「ちょっと、そんな即答しなくても……」

「敵じゃなきゃそれで良いんだよ」

「そうかもしれませんけど、クボタさんとは仲が良いじゃないですか。異世界者同士、仲良くした方が良いのでは?」

「まあ、それが理想ではあるけど……」


 ロミリアの言葉は、なんとも耳が痛い。

 彼女の言う通り、異世界者同士は仲良くした方が良いだろう。

 その方が連携も取れるし、戦争の終結だって早まるかもしれない。

 

 でも、必ずしも物事がうまくいくとは限らないんだ。

 むしろ4年ぶりの俺の友達になった久保田という存在が、奇跡的なんだよ。

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