第77話 リビング・デイライツ

 決まったことはさっさとやる。

 何度も言うが、それが俺の基本方針だ。


「ロミリア、北壁の上に登れ」

「はい? ど、どうやってですか?」

「あそこに広い階段がある。そこから登れる」

「もう……無茶ばっかり……。分かりました!」


 よし、次は小型輸送機への通達だ。

 いくらロミリアがアストンマーティンを北壁に登らせようと、小型輸送機が来なけりゃ意味がない。


「小型輸送機へ、こちら相坂。聞こえてるか?」

《聞こえています、司令》

「今はどこを飛んでる?」

《北壁付近です》

「よし、これから俺たちは北壁の上に登る。俺たちを見つけたら、接近してきてくれ」

《それは、飛行を続けながら回収をするということですか?》

「その通り」

《……了解しました》


 これで準備は整った。

 ちょっとリスクの伴うやり方だが、俺たちが王都を抜け出す方法が、これ以外に思いつかない。

 思いつかないなら、それをやるしかない。

 いつも通りのヤケクソ宣言だ!


 こちらに向けて武器を構える北壁の守衛たち。

 剣や槍、弓、投石機、なんでもありだ。

 それでもロミリアは臆せず、アストンマーティンを突入させる。

 たぶん彼女もヤケクソ状態なのかもしれない。


 城門に到達する直前、アストンマーティンはほぼ直角で右に曲がる。

 今度は予測できたので、俺は椅子に頭をぶつけずに済んだぞ。

 

 向かう先は、北壁の上へと繋がる階段。

 馬車で階段に突っ込んでくるなんて想定外だったのだろう。

 守衛たちは唖然としながら、俺たちへの攻撃を忘却してしまっている。

 これはチャンス。

 この勢いで突っ込むんだ!


 階段に差し掛かると、アストンマーティンは上下に大きく揺れはじめた。

 おかげで俺たちは、椅子に何度も尻を叩き付けられる。

 村上とリュシエンヌの入った箱も、ガタガタと音を立てながら、激しく振動している。

 途中、ミードンが揺れのあまりの激しさに外へ落ちそうになった。

 スチアが咄嗟に捕まえたおかげで助かったが、危なかったな。


 尾骨を破壊しかねない階段地獄を抜け、北壁の上に到着。

 本来は王都に迫る敵を迎撃するための場所だが、今の俺たちには脱出場所でしかない。

 雨に濡れた石畳を、水しぶきを上げて走り抜けるアストンマーティン。

 

 ようやく守衛も正気に戻り、俺たちに向けて弓矢を放ってくる。

 矢が馬に当たるのを避けるため、俺は飛んでくる矢に向けて炎魔法を放った。

 雨を切る弓矢が、雨を蒸発させる炎に焼かれる。

 守衛たちの攻撃はなんとか抑えられそうだ。


 空を見ると、雨雲を突き抜けこちらに飛んでくるものがもう1つ。

 あれは守衛の放った矢ではない。

 それにしてはあまりに大きすぎる。

 あれは、俺たちを回収するため、後部ハッチを開いたガルーダの小型輸送機だ。

 

 小型輸送機は、アストンマーティンのスピードに合わせ、2頭の馬の頭上に陣取った。

 エンジンから排気される熱と風が、車内を吹き抜けていく。

 俺たちの目の前には、全開になった後部ハッチ。

 いつでも来いと言わんばかりの、大口を開けた小型輸送機。

 さっさと村上とリュシエンヌの箱を乗せて、ここをおさらばしよう。

 

「スチア、敵からの援護を頼む!」

「言われなくてもやるよ」

「ロミリアは、馬車のスピードを維持!」

「任せてください!」


 頼れるハイスペックな少女2人。

 彼女らが頑張っている間に、俺は俺の仕事をする。

 

 俺は重力魔法を使って村上とリュシエンヌの入った箱を持ち上げ、自身にかかる重力も減らした。

 両脇に箱を抱えた状態の俺は、小型輸送機に向かってジャンプ。

 普段よりも格段に高いジャンプに、内心ではビビりながら、勝利を確信する。

 

 後部ハッチのランディングランプに乗っかる俺の両足。

 ついに小型輸送機に乗り込んだ。

 村上とリュシエンヌの拉致に成功したのだ。

 ついでに、どうやら箱にはミードンが掴まっていたようである。

 ミードンも小型輸送機への飛び乗りに成功した。

 

「ロミリア! 飛べ!」

「うう……わ、分かりました……」


 不安に怯えながら、手綱を手放し、小型輸送機に向かってジャンプするロミリア。

 彼女も重力魔法を使っているため、そのジャンプはかなり高い。

 というか、勢い余っている。

 彼女を受け止めようと構えていた俺は、ロミリアにぶつけられ、小型輸送機の床に転げてしまった。

 

 後頭部をぶつけた痛みに耐え、ロミリアを確認すると、彼女は倒れた俺の上に乗っかっている。

 ……何このドキドキする展開。

 こんなところでこんな幸運が舞い降りるとは――!


「も、申し訳ありませんアイサカ様!」


 すぐに立ち上がるロミリア。

 だが俺は見逃さない。

 彼女の顔が真っ赤に染まっているのを。

 あれは恥じらいの顔だ。


「ア、アア、アイサカ様! 変なことを考えないでください!」

「おっと、ごめん」


 悪い悪い、今は変なことを考えている場合じゃないな。

 ロミリアも無事に小型輸送機に乗り込んだんだ。

 あとはスチアが乗り込めれば、王都を脱出できる。

 でも彼女、魔術が使えない。

 ちゃんと小型輸送機に飛び乗れるだろうか。


 俺のそんな心配は、杞憂に終わった。

 スチアは軽々と高くジャンプし、小型輸送機のランディングランプに乗っかる。

 そしてそのまま仁王立ちし、剣を鞘に納める。

 なにこの人すごくカッコいい。


「後部ハッチ、閉めます!」


 全員を回収したのを確認し、パイロットがそう叫ぶ。

 それと同時に、後部ハッチがゆっくりと閉められていった。

 徐々に見えなくなるアストンマーティン。

 短い間だったけど、よく頑張ってくれたな。

 奇跡的にまたどこかで出会えることを願っているぞ。

 

 完全に後部ハッチが閉められ、風の音が一瞬で消え去る。

 ようやく緊張感から解放された瞬間だ。

 疲れからか、俺はその場に座り込んでしまった。


 村上とリュシエンヌの入る箱を囲んで、座り込む俺、呆然とするロミリア、平然とするスチア、丸まるミードン。

 潜入任務が終わり、各々が好き勝手な行動をしている。

 ただし、全員に共通するものがあった。

 それは笑顔だ。

 1人も欠けることなく無事に任務を終えた喜びは、誰しも同じなのである。


 俺たちを乗せた小型輸送機は、共和国の追っ手から逃れ、ガルーダに到着した。

 ガルーダの格納庫で俺たちを待っていてくれたのは、ヤンたちである。

 小型輸送機を降りるなり、ヤンはロミリアに飛びつく。


「ロミーちゃんが無事で良かったぁ!」


 おい、今すぐ離れろ。

 邪な感情をロミリアに思いっきりぶつけるな。

 そして俺に対する心配をしろ。


「アイサカ司令殿、任務ご苦労であった」


 ヤンの代わりに俺の苦労をねぎらってくれたのは、トメキアであった。

 講和派勢力のトップからのお言葉。

 いやはやありがたい。

 

 にしても、彼女の確保も成功していたのか。

 ということは、もう1つの任務も達成できているのかな?

 グラジェロフのお姫様は、きちんと確保できたのかな?

 というかお姫様、この場にいるのかな?


「あなたが異世界者のアイサカ?」


 突如として俺は、女性に話しかけられた。

 声のした方向に目を向けると、そこには、灰色のコートに身を包んだ1人の女性が立っている。

 服装は普通だが、顔つきには気品があり、しかしどこかに疑いの心が見え隠れする表情。

 歳は同じくらいだろうか。

 もしや、この人がお姫様かな?


「ローン・フリート司令の相坂守です」

「妾はリナ=シュリギン。グラジェロフ第1王女」

「ああ、えっと、お会いできて光栄です」

「……あなたのこと、妾は信じても良いの?」


 この質問、どういう意味だろうか。

 単純に俺に対しての疑念なのか、それとも講和派勢力に対しての疑念なのか。

 ちょっと答えに困る。


「リナ殿下、アイサカさんはとても優しい人ですよぉ。少なくとも、殿下を第1王女として扱うことはないでしょう」


 いきなり横から割って入ってくるヤン。

 彼の言っていること、ちょっと心外なんだが。

 いくら俺でも、お姫様はお姫様として扱うからな。

 強い遺憾を表明したい。

 

「……そう。これからもよろしく」


 あれ? お姫様の疑念の表情が、少しだけ和らいだ。

 ホントに少しだけだが、俺を信用してくれるってことだろうか。

 ううん、分かりにくいお姫様だ。


「リナ殿下は、グラジェロフ王ニコライ陛下の長男ヤコフ様の長女。ユーリ殿下の腹違いのお姉さんですねぇ。いろいろと複雑な環境で育ったのでぇ、人を疑う癖があるんですよ」


 ヤンによる小声での補足で、俺は納得した。

 きっとお姫様は、後継者争いに渦巻く権謀術数の環境でずっと育ったんだ。

 そこで何度も騙され、いつしか人を疑うようになった。

 人を疑う癖は、彼女の防衛術なんだ。


 まあともかく、お姫様も無事に確保できたんだ。

 トメキア、お姫様、村上を確保した俺たちは、任務の次の段階に踏み込まねばならない。

 3人を魔界惑星に送り届けるという段階に。

 そしてそこで、村上に真実を見せつけ、偏見をなくしてもらう。

 任務はまだ、終わっていないのだ。

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