第79話 信頼

 エルフ族による村上の魔界観光ツアーは、2泊3日の旅である。

 魔王の許可は取っていないが、ササキの許可を得た半官半民のツアーだ。

 一般の魔族じゃ行けないようなところにも行くらしい。

 

 残念ながら村上専用のツアーのため、俺は参加できない。

 どうやら俺が一緒だと、面倒なことになるとエルフ族は考えたようだ。

 的確な判断だと思う。

 せっかくのツアーが喧嘩ばかりじゃ、意味ないもんな。

 ツアーの様子は、1日の終わりにリュシエンヌから聞くことにした。


 初日は魔界惑星首都をメインに、魔族の生活や街並を見学したそうだ。

 人間とほとんど変わらぬ生活を送り、人間への拒否感も薄い魔族を見て、村上は素直に驚いていたようである。

 魔界には不釣り合いな超高層ビルも、村上を安心させるのに一役買ったとか。

 どうやら、リシャールに教えられた魔族観の間違いは証明できたようだな。

 

 ところで、首都観光のために使ったという乗り物が俺は気になった。

 人間界惑星の馬車に相当する、ハトンとかいう馬と牛の中間みたいな魔物に引かれた乗り物。

 その乗り物、どうやら『はとんバス』とかいうらしい。

 どこの某東京観光バスだ。

 絶対にササキが命名したんだろ。

 超高層ビルの建つ首都を『はとんバス』で観光って、ファンタジー世界は何処へ。


 ともかく、初日はそれだけで終わったそうだ。

 順調な滑り出しである。

 

 2日目は、首都から離れて大自然の観光だったとのこと。

 人間界惑星とは違って、魔界惑星の山は鋭く、土地も赤黒い。

 さらに重苦しい曇天がそれを強調し、恐ろしい雰囲気は拭えない。

 しかしこの厳しい環境を見せることで、魔族の苦労を村上に知ってもらう必要がある。

 良いところだけを見せる独裁国家のツアーではないのだ。


 リュシエンヌによると、村上は魔界惑星の厳しい自然と環境に興味津々だったらしい。

 様々なサバイバル知識を聞いて、はしゃぎ気味にそれを試そうとしたとか。

 アイツ、アウトドア系とか好きそうだもんな。

 すぐにバーベキューパーティーとかしそうなイメージ。

 でも、ここは多摩川河川じゃなく魔界惑星だ。

 ちょっとノリが軽すぎやしないか。


 それとも、村上は勇者になった気分だったんだろうか。

 異世界に来て、おそらく村上は一度も〝勇者らしい〟ことをしていないはず。

 ゲームに登場する主人公に自分がなったようで、少し興奮気味だったのかもしれない。

 これなら納得できるな。

 俺だって、つい数日前にエージェントになった気分で興奮してたし。


 ついでだが、俺は見逃さなかった。

 村上の目が輝いていたと説明するリュシエンヌ、彼女も大概目が輝いているのを。

 2人とも魔界惑星を楽しんでいるようでなによりだ。

 ただしリュシエンヌ、君は女騎士なんだから、オークには注意しなさいよ。


 魔界惑星の厳しい環境が、逆に村上の興味をそそったのは幸いだ。

 着々と魔界のイメージアップが進んでいる。

 

 さて、3日目はヘプドス神殿ツアーだ。

 魔界で最も神聖な場所とされ、魔族ですら関係者以外立ち入り禁止の神殿。

 今回は魔族が村上の敵でないことを証明するため、ササキによって特別に立ち入ることを許可されたらしい。


 村上たちがヘプドス神殿を観光する間、俺はスザクにて、久保田と話をしていた。

 リナも一緒にいる。

 話の内容は、彼女の今後についてだ。

 リナも一緒でないと困る。


 本来はもっと早く話すべきことだったのだが、なぜこんなに遅くなったのか。

 というのも、リナの機嫌が悪く、話し合いに応じてくれなかったのである。

 それをどうにか、ルイシコフが説得してくれたのだ。


「お嬢様、これからお嬢様を保護してくださるクボタ様です」

「ルイシコフが使い魔というのは、本当だったのですね」

「はい。しかし、我が祖国への忠誠に変わりはありませぬ」

「……変わらないのね」


 ルイシコフは、リナのお目付役だったらしい。

 だからこの2人には、それなりの絆があるのだ。

 それでもリナは、ルイシコフに対して素っ気ない返事をしている。


「改めまして、僕は久保田直人です」

「……よろしく」


 久保田との挨拶も、随分と素っ気ない。

 こりゃ、信頼を勝ち取るのは難しそうだ。


「妾の保護、アイサカ司令はしないの?」

「俺ですか? 俺は、リナ殿下をここに連れてくるのが役目ですから」

「そう……」


 ううむ、まだリナには不機嫌さが残っているようだ。

 短い言葉の端々から、大きな不信感がにじみ出ている。

 なんで彼女はこんなに不機嫌なんだろう。

 それが分からないから、対応ができなくて困る。


「いけませんぞお嬢様。これからお嬢様を保護してくださる方々に、そのような失礼な態度をとっては」

「……お母様は下賎の身。その娘である妾が、今さら失礼に思われたって――」

「何を言いますか!」


 おや、リナの愚痴が飛び出した。

 年齢はどうやら、俺や久保田と同じ19歳らしいが、苦労の数は段違いなんだろう。

 もしかしたら、今まで溜め込んでいたものが、久々にルイシコフと会って爆発しているのかもな。

 ルイシコフの説教も聞かず、もはやリナの口は止まらない。


「妾の保護とは言うけれど、実際は妾をグラジェロフから遠ざけたいのでしょ。下賎の身が、シュリギンの王位継承を邪魔しないために!」

「それは決して違いますぞ、お嬢様」

「いいえ、違わないわ! 今までがそうだったもの。貴族でない母を持つ妾は、どんなに正しいことを言っても、いつだって邪魔者扱いされた。今回もそうよ!」

「お嬢様、落ち着いて――」

「父上が危篤な今、ユーリが幼いのを利用して、ヴィルモンが怪しい動きを見せているのよ! その牽制のため、今こそ妾はグラジェロフにいなきゃいけないの! なのに、妾は魔界惑星上空にいるなんて……!」


 なるほど、分かってきた。

 リナはリシャールの狙いに気づいているんだ。

 だから自分の身分を使って、少しでもリシャールを牽制したい。

 なのに魔界惑星に連れてこられてしまった。

 だから機嫌も悪かったんだ。


 頭を抱え、怒りと憂いに悶えるリナ。

 そんな彼女に、久保田は笑顔で話しかけた。


「確かにあの元老院のことですから、良からぬことを考えているのは確実でしょう。だから元老院と戦いたい。その気持ちは僕も分かります」

「…………」

「しかしリナ殿下、あなたは命を狙われています。だから今は、どうか我慢してください。大丈夫です、僕らが殿下を守りますから」

「妾は、そう言われて何度も騙されてきたのよ……」


 俯くリナ。

 久保田の笑顔が、急に曇りはじめた。

 それどころか、少しだけ震えているようにも見える。

 これは、怒りによる震えで間違いないだろう。


「そんな……そんなこと、僕は許せない! 僕は、リナ殿下を騙してきた人々を許しません。人を身分で差別し、元老院の悪に気がついた人を追い出し、挙げ句の果てに殺そうとするような、そんな人々を!」

「…………」

「リナ殿下を裏切った人々を、僕は絶対に許さない! そんなヤツらに、リナ殿下を殺させはしません! 僕は絶対に、あなたを守り抜きます!」

「……でも、妾は下賎の身。守る価値など――」

「身分なんて関係ありません! リナ殿下は1人の人間です! リナ殿下はリナ殿下なんです! 守る価値がない訳ない!」

「クボタ司令……」


 立派すぎる久保田の宣言。

 辛い人生を歩んできたリナにとって、彼の宣言は救いの言葉だったのかもしれない。

 リナの目に涙が浮かんでいる。

 

「あ、あの……すみません、大声を出してしまって」

「いいえ、違うの……。妾にそう言ってくれたのは、久保田さんがはじめてで……」

「ぼ、僕は当然のことを言ったまでです……」

「……ありがとう」


 おお! リナがはじめて笑顔を見せた!

 これは、久保田に心を開いたってことだろう。

 さすがだぞ。

 やっぱり久保田の強い正義感が、リナに届いたんだろうな。

 

「ニャーム!」

「な、何!? ネコ!?」

「ニャー」

 

 おや、いきなり現れたミードンがリナに飛びつき、甘えはじめた。

 珍しいな、アイツがロミリア以外に甘えるの。

 つうかミードンがいるってことは、当然ロミリアもいるな。


「アイサカ様、ムラカミさんたちが帰ってきました」

「ああ、分かった。報告ありがとね」


 目に涙を浮かべるリナを見て、少しだけ困惑するロミリア。

 まあ、後で説明しておこう。

 変な誤解をされちゃ困るし。

  

 リナのことは大丈夫そうなので、俺はすぐさまリュシエンヌのところに向かった。

 ツアー最終日に村上がぶち切れて、今までの苦労が泡となっていたら困る。

 村上がどんな様子だったのかを早く知りたい。

 早く知って、安心したい。


 結論から言うと、村上はすでに、魔族を野蛮な下等生物とは思っていないらしい。

 ヘプドス神殿というのは、魔族の賢人たちが数多の魔法を開発した場所だ。

 つまり、魔界の知の結晶である。

 そんな場所を見学して、魔族が野蛮な下等生物だとはとても思えなくなったのだろう。

 やはり百聞は一見に如かず。

 村上の偏見の払拭に成功した。


 ところで、ヘプドス神殿のツアーはササキが案内してくれたとか。

 村上は彼に好印象を持ったそうだが、俺は彼を信用していない。

 元老院が先代異世界者を殺したという話、どうにも怪しい気がするのだ。

 その辺りは、帰ったらパーシングにでも聞くか。


 村上の価値観を矯正し、リナは久保田を信用する。

 トメキアは無事に魔界惑星に帰った。

 これでようやく、俺たちの任務は成功、終わりを迎えることになる。

 ヴィルモン王都での爆走が無駄にならなくて良かったよ。

 

 なんだか今回の任務、やたらと疲れたな。

 さっさとマグレーディに帰って、一休みしたいもんだ。

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