第75話 危機一発

 水魔法やら熱魔法やらいろいろと使い、村上の部屋から証拠を消す俺たち。

 万が一この世界に鑑識やCSIが存在したらマズいからな。

 できる限りのことはするべきだ。


「こちら相坂、村上は捕らえた」

《捕らえたってことはぁ、やっぱり武力行使に発展しちゃいました?》

「予定調和だろ」

《まあそうですねぇ》

「これから俺たちは逃げる。小型輸送機にも伝えておいてくれ」

《お任せを》


 証拠隠滅をはかりながらのヤンへの報告。

 これもエージェント感がすごいな。

 まるで映画の世界の主人公になった気分だ。

 村上を取っ捕まえたのもあって、テンションが上がってくる。


 とはいえ現在の俺は、証拠隠滅で1番難しいことをしている。

 土魔法で作った壁を崩し、その破片を消す作業である。

 運良く天候が雨のため、水魔法で破片を外に流すことはできるが、問題はそこじゃない。

 この作業をしている間、この部屋は誰でも入ってこられる。

 そこが危険なのだ。

 

 念のためローブを被り、誰も入ってきませんようにと願い、びくびくしながら作業を続ける俺。

 その隣で、ロミリアとスチアが箱詰めをしていた。

 村上とリュシエンヌを箱に入れる、簡単なはずのお仕事だ。


「ううん……ムラカミさんが箱に入りません……」


 やはり身長の高い村上は箱に入れづらいか。

 意識を失っているのをいいことに、無理矢理押し込んではいるが、それでも足が入りきらない。

 困ったなぁ。

 

「失礼しますムラカミ様、陛下がお話があると――」


 突如として開かれた扉、突如として聞こえてきた男の声。

 男の目と俺の目が合った瞬間、時が止まった。


 この男には見覚えがある。

 ヴィルモン大臣のレイモン=ダレイラクだ。

 そんなヤツが、村上を箱に詰めようとするローブ姿の俺たちを見てどう思うか。

 答えは簡単だ。


「守衛! くせ者だ! ムラカミ様が襲われている!」


 ああヤバい! 見つかっちまった!

 どうする、どうすりゃいい!?

 

 なんてあたふたしていると、目の前を短剣が飛び抜けた。

 俺はまさかと思い、恐る恐る大臣のいた場所に視線を動かす。

 すると、なんということでしょう。

 大臣の頭に短剣が刺さり、彼は血溜まりに浮いているではありませんか。


「おいスチア! お前よくも殺ってくれたな!」

「しょうがないじゃんコラァ! 他に方法がないでしょコラァ!」


 ああ、ついに人間を殺しちまった。

 人間を殺すのははじめてだ。

 しかも相手はヴィルモンの大臣。

 ヤバいヤバすぎる。


 しかし殺人に怯えている場合じゃない。

 ここはスチアの『他に方法がない』という言葉で納得しよう。

 そうしないと、俺たちも死んじまう。

 

「ああもう! 入れコラァ!」


 いち早く逃げるため、スチアは無理矢理に、村上を箱に押し込んだ。

 それこそ、全身の力をこめて思いっきり。

 すると、村上の足から何かが折れるような鈍い音が。

 まさか――。


「入った!」


 おかしいよね。

 さっきまで箱に入らなかったものが、なんでいきなり入るんですか?

 村上の足がおかしな方向に曲がってるのは、気のせいではないんですよね?

 絶対に鈍い音と関係あるよね?


「……おい、今なんか、村上の何かが折れなかったか?」

「箱に入ったんだから良いじゃん。骨折ぐらい、治癒魔法でなんとかなるし」

「なんとなるのか。ならいいや」

「ちょっとアイサカ様!? いいんですか!?」

「だって村上だし」

「ああ……いつもの優しいアイサカ様はどこに……」


 なぜだか遠い目をするロミリアだが、勘違いしないでくれ。 

 一応は心配したんだぞ。

 治癒魔法で治るっていうから、それならいいやと思っただけだぞ。


 ともかく、村上とリュシエンヌは箱に入れた。

 大臣の死体は……放っとくしかないか。

 仕方がない、仕方がないんだ。

 ここで俺たちが捕らえられるわけにはいかないんだ。

 今はともかく逃げないと。


 犯人が俺たちだと知っているのは、大臣だけ。

 おそらくだが、守衛は村上を拉致したのが俺たちだと気づいてないはず。

 だから今からこの部屋を抜け出せば、ヤツらは犯人がどこにいるのか分からなくなる。

 しかしそれだけだと、逃げられるかどうかはまだ微妙だ。


「箱はあたしがここで守る。司令とロミリアは、窓の下に馬車を持ってきて」


 スチアによるまさかの提案。

 だがこれ、悪くない提案である。

 俺とロミリアだけなら、アストンマーティンの元に向かうのは難しくない。

 窓の下にアストンマーティンを持ってきて、そこで箱を乗せれば良い。

 唯一の問題は、スチアが無事でいられるかである。


「おいスチア、死ぬなよ」

「心配いらないから。城の守衛なんてたかが知れてるよ」

「余裕だな。行くぞロミリア!」

「は、はい!」


 ここはスチアの提案以外に考えられない。

 俺はすぐさま行動を開始した。

 ここからは時間の勝負だ。


 村上の部屋を飛び出し、アストンマーティンへ全速力で向かう俺、ロミリア、ミードン。

 城の地図はミードン以外、きちんと頭に入っている。

 異世界に召還されたその日に、今は死体となった大臣に教えてもらったからな。

 あ、いやいや、大臣のことは忘れるんだ。

 今は逃げることだけを考えるんだ。


 優雅かつ美麗、そして雄大な城の廊下を、ただ必死で走る。

 どうやら守衛どもは、村上の部屋の方ばかりに集まっているようだ。

 俺たちを邪魔するヤツは少ない。

 

 アストンマーティンが駐車される場所には、思いのほかあっさりと到着した。

 とはいえ、いくらここまでが楽勝でも、ここからも楽勝とは限らない。

 今頃たぶん、スチアは血みどろの戦いを繰り広げているはず。

 急がないと。


「馬車は私が操ります!」

「任せた!」


 ロミリアが手綱を握り、俺とミードンが乗車スペースに乗り込む。

 念のため、幌に薄く防御壁を張っておこう。

 戦いは何よりも、準備が大事だからな。


 農家の娘であるロミリアは、馬の扱いに慣れているようだ。

 握った手綱を器用に捌き、2頭の馬を自在に操っている。

 俺には到底できそうにないことを、当たり前のようにやってのけるロミリア。

 やっぱりハイスペックだ。

 

 雨を切りながら、城の壁に沿って、村上の部屋の下へと向かう。

 確か場所は中庭だったか。

 だとすると、守衛に見つかるのは必至だろう。


 中庭へと繋がる道。

 案の定、そこには守衛が数人陣取っている。

 まるでそこを封鎖するように。

 

「どうするんです、アイサカ様?」

「突っ込むんだ」

「わ、分かりました!」


 スピードを緩めることなく、守衛の集まりに突撃するアストンマーティン。

 こちらの存在に気づいた守衛たちは、剣を構えて応戦しようとする。

 無駄な抵抗に思えるが、馬を傷つけられたら大変だ。

 仕方がない、俺の出番だな。


 前方に向けて腕を突き出し、俺は咄嗟に炎魔法を発動する。

 火炎放射器と化した俺の攻撃に、守衛たちは焦りの表情を隠さず、散り散りとなった。

 よし、道は開けたぞ。

 ついでに馬が俺の炎に驚いて、スピードも上がってる。

 一石二鳥だ。


 庭職人が作ったであろう、城にふさわしい美しい中庭。

 ここをアストンマーティンは壮大に荒し回る。

 そして犬の形をした植木を踏みつぶし、動きを止めたアストンマーティン。

 村上の部屋の下に到着だ。


「おい! 箱を落とせ!」

「ニャァァァーー!」


 久々に大声を出したが、スチアには聞こえているだろうか。

 まあ、ミードンも手伝ってくれたんだ。

 大丈夫だろう。


 数秒後、村上の部屋のガラスが粉々に砕け散った。

 豪快に飛び散るガラスの破片。

 そこに紛れて、巨大な箱が連続で落ちてくる。

 3階から落とされた2つの箱は、芝生の上に着地、壊れることはなかった。

 でもいくら箱が無事でも、中身は大丈夫なんだろうか……。

 

 村上とリュシエンヌのことを気にしている暇はない。

 俺はアストンマーティンを降り、重力魔法で軽くした箱を、荷物スペースに乗せた。

 さらに、アストンマーティンから落ちないよう、箱を土魔法で厳重に固定する。

 あとはスチアが出てきてくれれば完璧だな。


 アストンマーティンに俺が乗った直後、割られた窓から再び何かが落ちてくる。

 それは人影であったため、最初スチアなのかと俺は思った。

 だが地上に叩き付けられた人影の正体は、痛みにより気絶した守衛である。

 明らかにスチアに落とされた守衛だろうが、スチア自身は何をしている。

 そろそろ飛び降りてきてくれ。

 

「アイサカ様! 騎士団が来ました!」

 

 ロミリアの報告に、俺は冷や汗を流す。

 見ると確かに、馬に乗った立派な騎士たちが、槍を構えてこちらに近づいてくる。

 スチア、頼むから早くしてくれ!


「司令! 先に行って――邪魔すんなコラァ! すぐに追いつくから!」


 飛び降りる暇すらないのか、スチアのそんな言葉が聞こえてきた。

 できれば彼女を置いていきたくない。

 だが、騎士団はすぐそこまで迫ってきている。

 ……ああもう! 俺はスチアを信じるぞ!


「行けロミリア!」

「スチアさんは!?」

「アイツなら大丈夫だろ!」

「……分かりました!」


 あれだけ強いスチアだ。

 きっと大丈夫。

 ロミリアだっておれと同じ思いだろう。

 俺は村上の確保と、この場から逃げることを優先した。

 

 再び発進、今度は城門に向かって走り出すアストンマーティン。

 後ろには10人程度の共和国騎士団が追ってきている。

 うまく逃げ切れるのだろうか。

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