第74話 美しき獲物たち

 久しぶりに顔を合わせたと思ったら、いきなり鍔迫り合いになる俺と村上。

 お互いに仲が悪いのは自覚していたが、早くも殺し合いか?

 いきなり斬り掛かってくるなんて、リシャールは俺のことをどう村上に説明したんだ?

 面倒事は御免だぞ。


「おい村上! 俺は話があってきたんだ!」

「誰が裏切り者の話なんか聞くかよ!」

「頼む! 大事な話なんだ!」

「てめえは人間界惑星に入ってくんじゃねえ!」


 会話になっていないじゃないか、クソったれ。

 だが、お互い剣での戦いなんてはじめてだ。

 鍔迫り合いになったものの、その先の戦いには発展しそうにない。

 こちらから一方的に話すチャンスでもあるか。


「リシャールの言うことを全て信じるな! アイツは人間界惑星を支配し、魔族を全て滅ぼすため、総力戦をするつもりだ!」

「黙れよ裏切り者!」

「総力戦なんかしなくても、講和によって戦争は終わらせられる! だからちょっとでいい、俺と一緒に来てくれ!」

「うるせえ!」

「お前に真実を見せてやる! 魔族の本当の姿、戦争の無意味さ、リシャールの正体!」

「俺を騙す気か!」

「騙してるのはリシャールだ! お前はリシャールに良いように利用されてるだけだ!」

「俺は利用なんかされてねえ!」


 話は噛み合ないが、一応は会話になってきた。

 このままの感じで進めてみよう。

 

「いいか村上、もう1度言うが、リシャールの狙いは総力戦による魔族の殲滅だ」

「それの何が悪い! あいつらは滅びて正解なんだよ! 滅びることが人間のためになるんだよ!」

「そのために何人の人間が死ぬと思ってる! それほどの価値があるのか!」

「価値ねえ訳がねえだろ! 魔族は滅びるべきだ!」

「それは魔族の本当の姿を見てから言え!」

「俺だって魔族のことぐらい知ってる! クソみたいな下等生物! それが魔族だ!」


 お互い興奮のあまり、剣を大きく振って相手を切り倒そうとする。

 だが殺し合いにまでは発展しなかった。

 スチアが俺を、リュシエンヌが村上を取り押さえたからだ。

 

 ただし、興奮自体は収まっていない。

 俺は、どうしても村上の言っていることが許せない。

 自分からは何も見ず、誰かの情報だけで、全てを決めつける、目の前のチャラい男が。

 正義面をし、平気で間違った選択をする、こういう人間が。


「村上……なら聞くぞ。魔族の家族は、どんな生活をしている?」

「はあ?」

「魔族の子供たちは、どう遊んでいる? 魔族の老人は、どう余生を過ごしている? 魔族のカップルは、どう恋人との時間を楽しんでいる? 魔族はどんな表情をしている?」

「何言って――」

「答えろ! 魔族のことぐらい知ってんだろ! なら答えろ!」

「……てめえ!」


 さっきは知っていると言っていたのに、答えられないのか。

 村上の野郎、悔しそうに唇を噛んでやがる。

 ならさらに質問を重ねてやろう。

 

「おい村上、なんでこの戦争がはじまったかぐらい知ってんだろ?」

「当たり前だ! 下等生物が俺たちに復讐戦を仕掛けてきたんだろ!」

「なら、その復讐戦に反対する魔族がいるのも知ってるのか?」

「いる訳ねえだろ、あの蛮族下等生物共にそんなヤツ!」

「いたらどうするんだ? 魔族はお前の言う、蛮族下等生物ではなくなるぞ」

「いねえんだからどうもしねえよ!」

「それが、いるんだよ。お前の狭い視野じゃ見えねえだろうか、これから俺が見せてやろうと思ってる。だから一緒に来い!」

「はあ? バカじゃねえの?」


 バカなのはお前だ、と言いたいところだが、これでも今は説得中だ。

 煽りすぎるのも良くない。


「実際に見てみれば分かる。だから一緒に来い。魔族の本当の姿を見るんだ!」

「……おいリュシエンヌ、相坂を殺せ」

「……承知した」


 ああもう! なんでそうなる!

 反論できなくなったから俺を殺すのか?

 こりゃ、これ以上にコイツを相手したって意味がない。

 村上がそう出るなら、こっちだって対策はある。

 

「おいスチア、任せた」

「やっぱりあたしの出番なんだね」


 待ってましたとばかりに、口角を上げて短剣を構えるスチア。

 対するのは、表情に笑みの欠片も見せず、鋭い細剣を構えたリュシエンヌ。

 冒険者一家の娘と、共和国騎士団のエリート。

 全く以て正反対の2人の戦いは、会話からはじまった。


「私もヴィルモンに忠誠を誓い、共和国に仕える騎士だ。ムラカミ殿の命令には逆らえない。すまぬ」

「殺し合いに忠誠とかそういうのいいから。さっさとかかってこいコラァ」

「威勢がいいな。そちらから攻めても良いのだぞ」

「そう? なりゃ遠慮なく行くよコラァァ!」


 簡単な挑発に引っかかったように、スチアは踏み込み飛びかかろうとする。

 これにリュシエンヌは、さらに厳しい表情をして剣を振り上げた。

 リュシエンヌの剣の振りは、きっとスチアの飛び込みより早い。

 いつぞやに彼女の戦いを見たことがある俺には、そう思える。

 このままだと、スチアは自分の剣が届く前に、リュシエンヌに真っ2つにされるだろう。


 だが、スチアだぞ。

 彼女がそんな初歩的なミスをするはずがない。

 当然、スチアにだって戦術はある。


 飛びかかる寸前、スチアは短剣をリュシエンヌに投げつけた。

 お得意の技だ。

 幾度となく投げ飛ばされてきた短剣は、今日も調子が良い。

 剣先はリュシエンヌの眉間を捉え、風を切る。


 村上の部屋に、甲高い鉄の音が響いた。

 突如として飛んできた短剣に、リュシエンヌはすぐさま対応、自らの剣でその短剣をたたき落としたのだ。

 しかし、飛んでくるのはそれだけじゃない。

 今度はスチア自身が飛びかかってくる。

 

 剣を振り下ろしてしまったリュシエンヌ。

 そこに飛びかかるスチア。

 普通ならここで決着がつくだろうが、2人は普通じゃない。

 リュシエンヌは再び剣を振り上げ、そこにスチアの剣がぶつかる。

 

「やるねコラァ」

「そちらこそ」


 鍔迫り合いの中での会話。

 俺と村上がやったのと違い、そこには明らかな殺意がある。

 これじゃさっきの俺たちの喧嘩、まるでおままごとだ。

 なんだかなあ。


 とはいえ、今の状況は俺が望んでいた状況だ。

 スチアに気を取られ、しかも鍔迫り合いで容易に動けないリュシエンヌ。

 今こそアイツの出番だろう。


『今だロミリア! ミードンを行かせろ!』

『はい!』


 俺は思念でロミリアに合図を送った。

 直後、ロミリアの隠れていた箱のふたが開き、中から小さな影が飛び出してくる。

 あれこそ俺たちのリーサルウェポン、ペン型爆弾的存在。


「ニャァァァム!」


 野生の本能をむき出しに、リュシエンヌへと飛びかかったミードン。

 あんな小さな体で何ができるのか。

 1度蹴られてしまえばそれまでじゃないのか。

 そんな常識、リュシエンヌには通じないのだよ。

 

「な! この鳴き声はネコか!?」


 ミードンに反応し、目を輝かせ、顔をほころばせるリュシエンヌ。

 その表情は、とてもじゃないが女騎士のそれではない。

 あれはただの女子だ。

 

「隙ありだコラァァ!」


 完璧にミードンに気を取られたリュシエンヌ。

 彼女はスチアの鞘に腹を突かれ、その場に唾をまき散らし、気を失った。

 使い魔であるリュシエンヌがあれで死ぬとは思えないが、かなり痛かっただろう。

 恨むなら村上にしてくれよ。


 リュシエンヌの事前情報は、どうやら正しかったようだな。

 無類の動物好き、特に小動物、犬とネコには目がない。

 これが彼女の唯一の欠点とされ、共和国騎士団でも対策がある程らしい。

 そりゃ、戦闘中に気を取られて負けるぐらいだもん。

 あまりに決定的すぎる欠点だ。

 おかげで助かったが。


「スチア、村上もやれ」

「はいはーい」


 剣を鞘に納め、相も変わらず口角を上げながら、村上に近づくスチア。

 さあ村上よ、処罰の時間だ。

 だいぶ痛いだろうが我慢したまえ。

 

「死なないでねコラァ」

「や、ヤメろ! ぐわぁ!」


 腹に鞘を叩き付けられ、苦悶の表情で意識を失った村上。

 スチアは人を殺すような勢いで鞘を振ったけど、なんとか村上は死んではいないようだ。

 ありゃかなり痛そうだな。

 いい気味である。

 

 途中で意識を回復されたら面倒なので、俺は睡眠薬を村上に飲ませる。

 これでしばらくは目が覚めないだろう。


「ミードン、頑張ったね」

「ニャーム」


 ようやく狭い箱から出てこられたロミリアは、清々しい表情でミードンを撫でている。

 ミードンも気持ち良さそうに、その場でくるまっていた。

 殺し合いからの癒しの風景。

 雰囲気の高低差が激しすぎるぞ、おい。


「ほら司令、さっさと逃げる準備」


 ロミリアとミードンに癒されていた俺は、スチアによって現実に戻される。

 そう、村上が説得に応じてくれなかったせいで、ここからが大変なのだ。

 これから村上たちをガルーダまで運ばなきゃならない。

 共和国騎士団の監視をくぐり抜け、王都を脱出しなければならない。

 しかも箱には村上とリュシエンヌを入れるため、俺たちに隠れ場所はない。

 まったく、面倒事だらけだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る