第73話 相坂、相坂守

 ヤン商店の倉庫を出発し、ヤン姉のことをなかったことにしてから数十分。

 俺たちはヴィルモン城前に到着した。

 ここまで何度か共和国騎士団と思わしき人間とすれ違ったが、こちらの正体はバレてはいないようだ。

 荷物を輸送するそんじょそこらの商人、ぐらいにしか見られていないのだろう。

 潜入任務は順調だな。


 石壁に雨がしみ込んだヴィルモン城は、その重厚さを増させていた。

 その姿は、幌の陰から覗き込むだけでも、雄々しいものであることが分かる。

 灰色の空がなんとも似合うな。

 こんな城の内部に、俺たちは潜入しなければならない。

 

 城の内部にはおそらく、俺とロミリアの顔を知る人間がいるだろう。

 そこで俺とロミリアは、村上とリュシエンヌを運ぶための箱に、それぞれ隠れることにした。


「うう……狭いです……」

「ニャーム……」


 箱の中に隠れたロミリアが、苦しそうに言う。

 ミードンも一緒だから、そこそこに狭いんだろうな。

 でも胸がないんだし大じょ――ゴホンゴホン。

 

 彼女に続いてもう1つの箱に俺も入ると、ロミリアの言葉の意味がよく分かった。

 外から見れば大きな箱も、中に入ると狭苦しい。

 身長170とちょっとの俺でも、膝を丸めて入るのがギリギリだ。

 体の姿勢を変えることなんてできない。

 ワルサーPPKがなんとも邪魔である。

 これ、身長180以上ありそうな村上は入るのかな?

 アイツ軟体人間ではなさそうだし。


 まあその辺は今は気にしなくていいだろう。

 ともかくヴィルモン城に潜入することを最優先だ。

 それができなきゃ、村上の説得及び拉致にすら到達できない。


 箱に入り、息を潜めて数分。

 俺の肩を襲う小刻みな振動が消えた。

 アストンマーティンが止まったんだろう。


「何用だ。身分証明をせよ」

「身分証明って、これで良いの?」

「……ガーディナから異世界者への贈り物……少し待て」


 微かに聞こえてくるスチアと守衛(?)の会話から、状況を思い浮かべる。

 たぶんスチアが渡した身分証明ってのは、国家輸送手形のことだろう。

 国家輸送手形ってのは、国家に認定された商人が持つ手形だ。

 A国家がB国家に品を贈答する際、事前にその旨を連絡する。

 贈答品はA国家の手形を持つ商人が輸送し、B国家が手形を確認、事前連絡と照らし合わせ、荷物を受け取るという仕組みだ。

 スチアはガーディナ発行の国家輸送手形を渡したはず。

 たぶん、大丈夫。


「確認が取れた。予定より1日早いようだが?」

「なるべく急げって指示されたから」

「仕事熱心な商人だ。よし、通れ!」


 おお、これで城への潜入は成功だ。

 よくやったぞスチア。

 そのまま目立たないように、村上のもとへと向かうんだ。


 ところで、スチアの渡した国家輸送手形は、確かにガーディナ政府の発行したものだ。

 ただし、ガーディナ政府が発行した偽手形である。

 偽手形ならば、俺たちの潜入にガーディナの関与が疑われることはない。

 しかもガーディナから村上への贈答品は実際に存在し、本物の手形を持った商人が明日にも現れるはず。

 ガーディナが疑われぬよう、パーシングはきちんと考えているのだ。

 ただただ酔っぱらった、口の悪い女好きダメオヤジではないのである。


「こちら相坂、城の潜入に成功した」

《分かりましたぁ。その調子で頑張ってください》


 今度こそ報告は忘れなかったぞ。

 ヤンからの、軽い調子の返答。

 任務が順調な証だ。


 守衛から城に入る許可をもらい、再びアストンマーティンは動き出した。

 さっきからどうも、アストンマーティンの細かい振動がPPKを伝って俺の肩に集中してくるな。

 痛くてしょうがないんだが。

 でも箱が狭くて姿勢を変えることもできない。

 すごくイヤだ。


 しばらくするとアストンマーティンが止まり、箱が3回叩かれる。

 これはスチアからの合図だ。

 箱を運ぶから重力魔法を使って軽くしろという意味である。

 スチアなら俺とロミリアが入った箱2つぐらい、軽々と持ち上げそうなものだけどね。

 ま、いいだろう。


 俺はやんわりと重力魔法を使う。

 宙に浮く程ではないが、これで俺にかかる重力はかなり少なくなったはずだ。

 おそらく今の状態でジャンプすれば、10メートルぐらいは飛べるかもしれない。

 

「よいしょっと。あれ、思った以上に軽い」

 

 小さな驚きに思わず呟いたスチア。

 やっぱり便利だね、重力魔法は。

 いろんなことに応用できる。

 でもこの世界は、誰もがみんな魔法を使える世界じゃない。 

 もしスチアが魔法を使えたら、彼女はさらに強かったんだろう。

 天は二物を与えず、だな。


 さて、いよいよ城内へ潜入だ。

 箱の中じゃ見えないけど、スチアはどんな感じなんだろう。

 大きな箱を両脇に抱えて、余裕な表情で歩いているんだろうか。

 あどけなさの残るちょいセクシーな衣装の少女が、デカい箱を両脇に抱える。

 すごい絵だ。

 

 でも、今日のスチアは鎧を隠すためコートを羽織っていたな。

 城の中なら魔法を使って荷物を運んでると解釈してくれるだろうし。

 それほど目立つことはないかもしれない。

 

『アイサカ様、聞こえてます?』


 おや、これはロミリアからの思念による声だな。

 どうしたんだろうか、いきなり。

 

『聞こえてるよ』

『もしムラカミさんがアイサカ様の説得を聞いてくれなかったら、どうするんです?』

『ボコボコにする』

『いえ、それは分かっているんです。どうやってボコボコにするのかなって』

『あ、そうだった、説明しておかないと』

 

 危ない危ない、大事なことを伝え損ねていた。

 ロミリアにはこれを伝えておかないと、作戦が破綻しちまう。

 

『ロミリアは、俺が合図するまで箱を出ないでくれ』

『え? わ、分かりました』

『俺が合図したら、箱を開けて、リュシエンヌをミードンに襲わせるんだ』

『ミードンをですか!?』

『大丈夫、うまくいくから』

『よく分かりませんが……ともかく言われた通りにします』

『頼んだよ』


 村上については、スチアがいる限り問題ない。

 問題なのは、彼の使い魔であるリュシエンヌだ。

 アイツは騎士団でも指折りの剣術使い、スチアでも油断はできない。

 しかも任務の性格から、短期決戦が望ましい。

 そこで事前情報から、リュシエンヌの弱点を洗い出しておいた。

 きっとうまくいくはず。


「司令、ムラカミのいる部屋に入るよ」


 スチアによる小声の報告。

 そうか、もう到着したのか。

 思ったより早いから、まだ心の準備ができていない。


「すみません。ガーディナからお届けものです」


 扉をノックし、ウソの用事を伝えるスチア。


「あん? お届けもの?」


 お、チャラくてムカつくこの声は、村上の声だ。

 良かった、きちんと部屋にいてくれたか。

 今からお前を〝説得〟してやるからな、覚悟しろよ。


「しばし待て」


 部屋の中から聞こえてくる、またも久々の声。

 村上とは違い、気品のある鋭い女性の声。

 間違いなくリュシエンヌの声だ。

 できればこの人は、ここにいてほしくなかったもんだ。

 

「荷物とは、その2つか?」

「そうです」

「私も手伝おう」


 扉を開き、廊下に出て来たであろうリュシエンヌ。

 優しいことに、彼女は荷物運びを手伝ってくれているようだ。

 今のスチアは一介の商人でしかないはずなのに、ホントに良い人だね、リュシエンヌは。

 パトリスとかなら、そういうことは絶対にしないはずだろう。

 なんか、俺たちがこれからやろうとしていることが、悪いことのように思えてきたぞ。


「それ何?」

「異世界者へのお届けものです。どうぞ」

「俺へのプレゼント? マジかよ、超嬉しいんだけど」


 単純に嬉しそうだな、村上のヤツ。

 開けて驚くなよ。


「でっけえ箱だな。美女とか入ってねえかな」


 フハハハハハ! バカめ!

 箱に入っているのは、お前と同じ異世界者だ!


 ガタガタと箱のふたが動きはじめる。

 そして、開かれた隙間から光が射し込み、俺は眩しさに目を瞑った。


「うわ!」


 分かりやすい驚き声を上げる村上。

 目を瞑っていたせいで見えなかったが、彼は間抜けな顔をしていたことだろう。

 その顔が見られなかったのは、ちょっと残念だな。

 まあいい、これもチャンスだ。


 ふたが開けられると、俺はすぐさま立ち上がり、両腕を扉に向けて突き出す。

 そして土魔法で壁を作り、扉を封鎖した。

 ただしこれだけでは不十分だ。

 振り返り、窓に向けて土魔法発動、封鎖する。

 さらに、部屋を360度見回すように土魔法を発動し、壁を二重にした。

 村上の部屋は完全なる密封状態。

 おそらくこれで、廊下に音が漏れることもないだろう。

 

「だ、誰だてめえ!」


 情けなく床に転がった村上が、顔を真っ赤にして怒鳴った。

 どうやら俺の顔を見ていなかったらしい。

 今の俺はローブで顔を隠しているし、突如現れた人物の正体が見抜けないのも当然か。

 なら自己紹介をしなければ。


 俺はローブに手をかける。

 そして、わざとらしいくらい大げさにそのローブを取って、言った。


「相坂、相坂守」


 ここで某スパイ映画のテーマ曲が、俺の中だけで流れる。

 決まったかな?

 多分決まっただろう。


「相坂! てめえ!」


 おいおい、村上のヤツ、いきなり剣を抜いて襲ってきた。

 こちらも咄嗟にPPKを抜き、村上の剣を受け止める。

 危ないな。

 これじゃ説得以前の問題じゃないか。

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