第66話 講和派勢力リーダーの正体

 あまりにも意外な事実に、俺は困惑している。

 たぶんその場にいたら、ヤンにバカにされそうな表情をしていたことだろう。

 あの酔っぱらいが、女好きが、口調の荒いおっさんが、講和派勢力のリーダーなんて。


「ロミーちゃん、ここの会話ってアイサカさんにも聞こえてるの?」

「え? あ、はい! あの、エリノルさん、私の持っていた荷物って……」

「これのことかしら」


 さすがにロミリアも驚いているようで、言葉がぎこちない。

 それでもなんとか伝えるべきことは伝えられたようだ。

 レイド級で没収されていた荷物を、エリノルがロミリアに手渡す。

 魔力通信拡声器だ。


《あーあー、聞こえてる?》

「聞こえてますよ。お久しぶりですねぇ、アイサカさん」

《久しぶりって程じゃないだろ。ただ、お前がこんな場所にいるのには驚いた》

「驚いたのはそれだけですかぁ?」

《いや、そんな訳ない。パーシング陛下、まさかあなたが講和派勢力のリーダーだったなんて……》


 俺の言葉を聞いたパーシングが、ニタリと笑う。

 そしてロミリアの持つ魔力通信拡声器に近づき、口を開いた。


「この前の元老院では、災難だったな」

《あの時は助けていただき、ありがとうございます》

「なあに、ありゃリシャールの用意した台本を読んだだけだ。『私たちヴィルモンはサルローナ派閥と対立する気はないけど、ガーディナがああ言うからそうします』ってのをリシャールが示すための茶番劇だ、あんなの」


 やっぱりそうだったのか。

 じゃなきゃあんなにスムーズに事が進むはずないよな。

 政治って面倒だね。


 ところで、多少は酒が入っているのか、パーシングの顔がほんのり赤い。

 今はロミリアの視覚と聴覚しかリンクしてないから分からんが、もしかするとちょっとだけ酒臭いかもしれん。

 フォーバックに負けず劣らず渋くてダンディな見た目なのに、なんか残念な人だ。

 この人がリーダーか……。

 まだ信じられない。 


「俺がリーダーなのは、意外か?」


 俺の思いを察したのか、パーシングがそんな質問をしてくる。

 声や口調だけで俺の思いを察するなんて、すごいな。

 王としての能力は確かってことだろう。

 で、質問にはどう答えるべきなんだ?

 ともかく思ってることをそのまま言おうか。


《あの……その……まあ、意外ですね》

「ハッハッハ! 正直で良い」


 低い声での豪快な笑い声が響き渡る。

 口調が荒いせいもあってか、パーシングは王様に見えないな。

 ましてや、人間界と魔界の戦争を講和によって終わらせようとする組織、そのリーダーには、とてもじゃないが見えない。

 世の中は分からんもんだ。


 ついでに、分からないことがもう1つ。

 これは直接聞いてしまおう。


《パーシング陛下、ヤンとは仲が良さそうですが、どういった関係で?》

「それについてはロンレンに聞いてくれ」

《……ヤン、どういうことだ?》

「説明をすると、ちょっと長くなりますよ」


 にっこりとしながら前置きを口にするヤン。

 彼はすぐに説明に入った。


「アイサカさんが人間界惑星を追い出された頃、ボクは共和国への就職活動をはじめていました。それで何度か元老院ビルにお邪魔してましてぇ、ある日そこでばったり、パーシング陛下と出会ったんです」

「ロンレンは受付の娘を口説いていたんだ」

「それはパーシング陛下ですよねぇ。ボクはお友達になろうとしただけです」

「よく言いやがる」


 なんだか容易にその光景が想像できるな。

 俺が元老院に対する怒りと放浪生活への苦しみに悶える間、そんなことしてたのかコイツらは。


「ともかく、2人とも趣味が合うものですから、意気投合したんですねぇ。しかも陛下は、ボクの才能を買ってくれた。陛下はもう講和派勢力リーダーでしたから、ボクもそれに参加することになったんです」


 随分と簡単に引き入れたもんだな。

 でもまあ、ヤンは実際に有能なヤツだ。

 それを短時間で見抜いたパーシングは、さすがと言うべきだろう。


「それで、陛下がボクをマグレーディの軍師に推薦したんですねぇ。リシャールはすでにマグレーディの傀儡化計画を進めていたんで、それに対応するためです。ボクがマグレーディにいたのは、パーシング陛下のおかげなんですよ」


 なんと、長年の疑問がここで解決した。

 ヤンがいつどのような経緯でマグレーディの軍師になったか、ずっと謎だったからな。

 これもまたパーシングのおかげだなんて、驚きを通り越して唖然としてしまう。

 ただの酔っぱらいだと思ってたのに、パーシング恐るべし。


「ところで、いい加減にそちらさんと挨拶しないとな」


 話に区切りがついたところで、パーシングが視線を変えた。

 彼の瞳が見つめるのは、3人のエルフ族。

 ヤベ、完全にあいつらのこと忘れていたぞ。


「講和の相手を待たせるとは、失礼ではないか!」

「よしたまえ。異世界者に現状を伝える、これを優先するのは当然だ」

 

 怒りの声を上げる男部下エルフと、それをたしなめるリーダーエルフ。

 もう1人の女部下エルフは、黙ったまま。

 パーシングは気にせず、なぜかキラキラしながらリーダーエルフに話しかけた。


「あなたが講和派勢力魔界側リーダーの、トメキア卿ですか?」

「いかにも、私がトメキアだ。このように顔を合わせるのははじめてだな、パーシング公」


 ……ちょっと待って。

 講和派勢力魔界側リーダー?

 おいおい、コイツもお偉いだったのかよ!

 ってことは、ロミリアの目の前に、講和派勢力のトップ2人がいるってことか。

 すごい光景なんだな、これ。


「さすがはエルフ族の切れ者、トメキア卿だ。その切れ長な目が、なんともお美しい」

「フン、私を口説く暇があるなら、講和のために他の魔族も口説くことをお勧めしよう」

「これはこれは、厳しいお言葉。その凛とした姿勢に、心奪われそうだ」


 うるさいぐらいキラキラするパーシングと、それに冷風を浴びせるトメキア。

 それでも諦めないパーシングは、ある意味ですごい。

 ちょっと講和派勢力が心配になるぐらいすごい。


「ロミリア殿、だったか?」

「はい」


 気障な雰囲気をこれでもかと醸し出すパーシングを無視するように、トメキアはロミリアに話しかけた。

 ロミリアは緊張してか、返事が少し甲高い感じになっている。

 

「異世界者の使い魔とのことだが、今はアイサカ司令殿とリンクをしているとか。我々の声も、ロミリア殿の耳を通して、アイサカ司令殿に聞こえているのだな」

「そうです」

「ではアイサカ司令殿、ロミリア殿、私からも自己紹介をさせてもらう」


 そう言ってローブを脱ぎ捨てたトメキアは、真っ黒なロングコート姿だ。

 スタイルは抜群で、エリノルに劣らぬナイスバディ。

 長く白い髪からは、尖った耳が飛び出ている。

 美しく格好良く、何もかもが完璧に見えるトメキア。

 そんな彼女の自己紹介がはじまった。


「私は魔界惑星エルフ族筆頭、そして講和派勢力魔界側リーダーのシールン=トメキアだ。無益な戦争を早期に終わらせるため、これからしばらく、危険を承知で人間界惑星に住むことにした」


 鋭い口調と冷静な表情。

 どことなく冷たい感じだが、それだけ有能さを感じさせる。

 イメージ的には外交官ってところか。

 一応、俺たちも自己紹介をしておこう。


《講和派勢力専属艦隊司令の相坂守です》

「噂は聞いている。魔界でも司令殿の艦隊は『緑の一本線』『ローン・フリート』と呼ばれ、恐れられているからな」


 へ~そうなんだ。

 まあ確かに、ガルーダとダルヴァノ、モルヴァノの3隻で、随分と魔界の軍艦を撃破している。

 だったら恐れられもするだろう。

 

 それにしても、『緑の一本線』と『ローン・フリート』か。

 ちょっとカッコいい通り名じゃないか。

 今度から自分たちでも名乗ろう。

 

「えっと……ロミリア=ポートライトです。アイサカ様の使い魔です」

「ニャー」

「ロミリア殿の肩に乗っているネコも、アイサカ司令殿の使い魔か?」

「い、いえ、違います。この子は……私の友達のミードンです」

「そうか。可愛らしいな」

「ニャーム」


 お、やっぱりトメキアから見てもミードンは可愛いのか。

 ミードンの可愛さは種族を超える。

 すばらしいじゃないか。


 自己紹介を済ませ、パーシングとトメキアは会議室へと向かった。

 ただロミリアはお疲れの様子だったので、エリノルに頼んでマグレーディに帰ることとなった。

 トメキアをピサワンに連れて行った時点で任務は終わっているから、問題はない。

 こうして、意外な事実が判明した今回の任務は、あっさりと、無事に終了した。

 

 ……今思ったが、この任務って俺たちがやる必要あったか?

 まあ講和派勢力で自由に動ける船は俺の艦隊の船しかないからしょうがないけどさ。

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