第65話 臨検

 小型輸送機が雲を抜けると、すぐ側に1隻のレイド級が現れた。

 ジェルンの侵入を許して以来、共和国艦隊による臨検は厳しくなっている。

 船に乗り込んでくるとも聞いたが、その場合どうすりゃ良いんだ。

 こっちは魔族3人を乗せてるから、言い訳できないぞ。


《直ちに停船せよ。これより臨検のため、そちらに乗り込む。ハッチを開け》


 おっと困った。

 いきなり困った展開だ。 


『どうしましょう、アイサカ様』

『さあな。講和派勢力は心配するなって言ってたし、経過を見守るしかないだろ』

『そうですね。……でも、なんだかすごく不安で』

『安心しろ。俺も不安だ』

『何を安心すればいいんですか!?』


 思念による会話だが、おそらくロミリアはすごく困惑した表情を浮かべているんだろう。

 少なくとも俺だったらそうなる。

 

《積み荷さん、変な動きはせず、じっとしててください》

「分かった」


 3人の魔族に暴れられたら終わりだ。

 今はともかく、共和国艦隊の臨検に引っかからないことを願うしかない。

 そんなことできるとは思えないんだけどね。

 ここは講和派勢力の言葉を信じるしかないのか。


《ハッチを開け!》


 共和国艦隊からの命令。

 ここで命令に従わないのは明らかに怪しい。

 パイロットは仕方なく、小型輸送機の後部ハッチを開いた。


 床側を軸に開く後部ハッチは、荷物を載せやすいようそのままローディングランプとなる。

 しかし今は、荷物を載せる訳じゃない。

 開かれたハッチの先には、側面昇降口を開きこちらに近づいてくる共和国艦隊小型輸送機の姿がある。

 軽めの鎧に身を包んだ兵士たちがこちらを睨み、臨検する気満々。

 

 共和国艦隊小型輸送機の側面昇降口と、こちらの後部ハッチの距離は数十センチ。

 兵士たちは高度約1万メートルのこの場所で、その数十センチの隙間を飛び越え、こちらの小型輸送機に乗り込んできた。

 ついにはじまった臨検。

 緊張の瞬間だ。


『アイサカ様、大丈夫なんですよね?』

『知らん』

『もう、ウソでも良いですから、安心できるようなことを言ってくださいよ』

『じゃああれだ、魔力と共にあらんことを』

『……それって安心できる言葉なんですか?』


 あんまり良い反応を示してくれなかったな。

 遠い昔、遥か彼方の銀河系で効果抜群の言葉を参考にしたのに。

 まあいい、現状はそれどころじゃない。


 共和国艦隊兵士たちは、さすがにそこのローブ3人が魔族だとは思わなかったのだろう。

 荷物検査が先に行われた。

 これに関しては全く問題ない。

 魔族に関係する荷物なんて、何1つ積んでいないからな。

 

「荷物に異常はありません」

「よし次だ。そこのローブを被った3人、顔を見せろ」


 問題はこれだ。

 ローブを取ったら、3人が魔族であるのは一瞬でバレてしまう。

 だからこれをどうやって切り抜けるのか。

 講和派勢力は問題ないと言っていたが……。

 

「おい、ローブを取れ」


 催促する兵士に、積み荷さん3人は素直に従い、ローブを取る。

 ローブの下から現れたのは、色の白い、耳の尖った、美形の男女3人。

 全員が明らかにエルフ族。

 リーダーはやはり女性で、鋭い目つきが特徴的だ。

 どうやら俺のエルフ族美人キャリアウーマンという予想は当たっていたようだな。

 いや、そんなことはどうでもいい。

 共和国艦隊の兵士に、こちらが魔族を連れていることがあっさりとバレてしまった。

 こりゃマズいだろ。


「な! 魔族を発見した! 繰り返す、魔族を発見した!」

「動くな! 少しでもおかしな動きを見せてみろ。船ごと破壊してやるからな!」


 ちょっとちょっと、どうするんだよこれ。

 このまま騒動に発展したら困る。


『バレちゃいましたよアイサカ様!?』

『ロミリア、いざとなったらミードンと一緒に船を飛び降りろ』

『え!?』

『海に着地したら、ダルヴァノかモルヴァノですぐに助けにいくから』

『そんな……』


 最悪の場合、ロミリアだけでも救いたい。

 積み荷のことはどうでもいい。

 講和派勢力に責任を押し付ければ良いんだから。

 

「アイサカ殿、ロミリア殿、これは想定通りだ」


 気をもむ俺とロミリアに、エルフリーダーは小声でそう言ってくれた。

 これが想定通りとは、一体どういうことなのか。

 今回は俺の知らないことが多い任務だ。

 邪魔せず黙って経過を見守るべきか。


 ロミリアたちは共和国艦隊兵士に囲まれ、待たされた。

 どうやら別の船が彼女らを収容するようで、その船の到着を待っているらしい。

 さっきからロミリアは、不安のせいか視線が定まらず、やたらとキョロキョロしている。

 おかげで俺は、様々なヤツの表情を伺うことができた。

 エルフ族3人は余裕の表情、共和国艦隊兵士は緊張の面持ち、小型輸送機パイロットたちは大人しくしている。

 ダルヴァノ戦闘員は、万が一に備えて臨戦態勢だ。

 狭い小型輸送機が、重く分厚い緊張感に包まれているな。

 

 1時間ぐらいして、別のレイド級が1隻近づいてくる。

 そちらからも共和国艦隊小型輸送機が飛び立ち、ロミリアたちの乗る小型輸送機に兵士が乗り込んできた。

 さっきとは違い、鎧は重装備で、強そうな武器を持った兵士たちだ。

 魔術師までいやがる。

 魔族がいると聞いて、本気装備で来たんだろう。

 ご苦労なこった。


 ロミリアたちの乗った小型輸送機は、共和国艦隊兵士の指示に従い、後から現れたレイド級の格納庫に詰め込まれる。

 完全に拿捕されたな。

 もう逃げ場はないが、これも講和派勢力にとっては想定通りなのだろうか。

 そろそろ俺もマジで焦りだしたぞ。


『ロミリア、必ず助けてやるからな』

『あの……余計に心配になるようなことを言わないでください……』


 共和国艦隊兵士に囲まれるロミリアたちだが、ロミリアとの思念での会話は可能だ。

 さっきから2人とも、不安を打ち消すために喋りっ放しである。

 こんなに会話するロミリア、珍しいぞ。


 今ロミリアたちがどこにいるのか、見当もつかない。

 果たして彼女らの乗る小型輸送機を拿捕したレイド級は、どこに向かっているのか。

 せめて目的地がピサワンでありますように。

 もし収容所だとしても、そこになんちゃのリストを作ってくれる人がいますように。


 数十分後、窓の外に広がる格納庫が、少し忙しくなった。

 なんだろうか。


『どうした?』

『いえ、どうやらどこかに着陸したようです』


 そうロミリアが答えた瞬間だった。

 小型輸送機の昇降口が開けられ、さらに兵士が乗り込んでくる。

 総勢20人ぐらいか。

 ただでさえ狭い機内が、すし詰め状態じゃないか。


 ただし、すし詰め状態も一瞬であった。

 兵士たちに引きずられ、ロミリアたちは小型輸送機の外に連れ出されたからだ。

 彼女らは床に座らされ、そこに共和国艦隊のお偉いがやってくる。

 

「こんなところで魔族を見つけるなんて、驚いたわ」


 俺は、ロミリアの視線を通して見るお偉いの正体に、ただただ驚くしかなかった。

 ナイスバディに映える美しいブロンド。

 元共和国艦隊参謀総長の女性。

 ロミリアたちの前に現れたお偉いの正体は、まさかのエリノルであった。


「コイツらを馬車に乗せなさい。あとは私たちがやるから」


 エリノルの指示に従い、共和国艦隊兵士はロミリアたちをレイド級の外に連れ出した。

 レイド級の前には、鉄製のやたら頑丈そうな見た目の馬車が置かれている。

 これは護送車みたいなものなのかな。


 ロミリアたちが馬車に乗せられると、扉が閉まり、そこはまるで牢獄と化す。

 しばらくしてから、馬車が動き出した。

 俺もロミリアも状況が飲み込めない。


『エリノルさんがいれば大丈夫……なんですよね?』

『たぶんな。彼女も講和派勢力だから、信用できるだろう』

『……私たち、どこに連れられているんでしょうか』

『さあな』


 どうやらロミリアの不安は解消されていない様子。

 まあ、こんな牢獄馬車でドナドナと護送されているんだ。

 不安にもなるだろう。

 対照的に、エルフ族の3人は沈黙を貫き、余裕の表情である。


 30分程度が経った頃だろうか。

 どうやら馬車は、どこかしらの建物の中で止まったようだ。

 そしてすぐに扉が開けられる。

 

「みんなごめんね。こうでもしないと、共和国艦隊の監視の目を欺けなくて……」


 開けられた扉の先に、優しい表情で謝るエリノルの姿があった。

 彼女の言葉の内容や口調から、ロミリアたちが牢獄から解放されたのが分かる。

 良かった、なんとかなったようだ。

 講和派勢力が安心しろと言っていたのは、このことだったのか。


「ここはピサワン市民議会近くの市庁舎よ」


 親切にエリノルは、今いる場所も教えてくれた。

 良かったよ、収容所送りにならなくて。

 そういや任務は積み荷をピサワンに送ることだから、これで任務達成か。


 馬車を降りるロミリアたち。 

 そんな彼女らの前に、見知った顔の見た目だけ少女が現れた。


「全員が無事で何よりですよぉ。ロミーちゃん、大丈夫だった?」

「ロ、ロンレンさん!?」


 ロミリアのもとに駆け寄り、彼女の手を握るヤン。

 最近どうも姿を見せないと思ったら、コイツこんな場所にいたのかよ。

 コイツの登場は、さすがに予想していなかった。

 だが、ヤンの後ろに立つ精悍な顔立ちの男の存在は、それ以上に予想できなかったぞ。


「そこのお嬢さんが、マモル殿の使い魔か?」

「そうですよぉ。ロミリア=ポートライトちゃんです」

「ほう。ロンレンが言っていた以上に可愛らしいお嬢さんだ」

「女の子好きですもんねぇ、パーシング陛下は」

「お前には言われたくない」


 美少女な美少年と、ほんのり顔の赤い精悍な中年の、親しそうな会話。

 俺は閉口した。

 たぶんロミリアも俺と同じ反応を示していると思う。


『なあ、ヤンはパーシング陛下って言ったか?』

『言いました』

『マジか?』

『間違いないと思います』

『マジかよ』

『私も信じられません』


 訳が分からない。

 なんでこんな場所に、ガーディナ王パーシングがいるんだ。

 なんでヤンとパーシングが親しげに会話してるんだ。

 訳が分からない。


 混乱する俺とロミリア。

 そんなロミリアに、パーシングは自己紹介をした。


「改めまして、ガーディナ王および講和派勢力人間側リーダーの、ライアン=パーシングです。よろしく、可愛らしいお嬢さん」


 は? 講和派勢力人間側リーダー?

 コイツが、講和派勢力のリーダーだったの?

 マジか……。

 俺に様々な任務を与えてたのって、パーシングだったのかよ……。

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