第64話 輸送任務

 11月20日、久しぶりに講和派勢力から任務のお達しがきた。

 ただし今までと違い、任務の内容はかなり曖昧である。

 指定された場所でとある人物を船に乗せ、それをピサワンに運べという任務だ。

 とある人物が誰で、なぜピサワンに運ぶのかの説明はない。

 しかもここ数日、ヤンの姿がない。

 一体なんなのだろう。

 考えたって答えは出ないので、ともかく任務遂行に集中する。

 

 翌日の21日、俺はダルヴァノに乗って指定の位置まで向かった。

 今日はロミリアも一緒である。

 彼女には大事な役目があるからな。


 ダルヴァノの艦橋はガルーダほど広くなく、司令専用の椅子もない。

 人数も8人しかおらず、こじんまりとした印象だ。

 俺とロミリアは補助席みたいなセコい椅子に座っている。


 さて、指定された場所は、人間界惑星と魔界惑星の中間辺り。

 ちょっと前まではガルーダの超高速移動でしか行くことのできなかった場所だ。

 しかし、そんな超高速移動の壁はメルテムが破壊してくれた。


 ダルヴァノはすでに魔力カプセルが使えるよう改造されている。

 改造自体は簡単だ。

 魔術師が魔力を送り込む装置に、魔力カプセルが接続できるようにするだけ。

 魔力カプセルへの魔力注入も、俺がせっせとやったものから大量生産した。

 準備は万全だ。


「必要魔力量は3万3891・11MPです」

《こちら操作室、魔力カプセルの準備は完了しています》

「司令、いつでも超高速移動はできます」


 ダリオが俺に向かって報告。

 俺はすぐに頷き、指示を出した。


「超高速移動、開始」


 指示の直後、窓の外の景色が歪み、トンネルのような光景が広がる。

 そして数十秒後、マグレーディのある月はどこにもなく、輝いた星雲が美しい宇宙のど真ん中に、ダルヴァノは到着した。

 魔力を込めずに超高速移動ができる日が来るなんて、驚きである。


「もう到着したのですか……。これは是非、妻にも体験させたい……」

 

 超高速移動に慣れた俺たちと違い、はじめてのダリオたちは目を丸くしている。

 なんとも新鮮な反応で良い。

 にしても、妻に体験させたいなんて、ダリオは愛妻家だね。

 

「魔力レーダーに感あり」


 驚いている暇はない。

 乗組員の報告に俺は、すぐさま遠望魔法を使って辺りを見渡す。

 すると約2キロ程度先に、1隻の魔界軍の軍艦を見つけた。

 あれは敵……じゃないな。


「ではこれを」


 ダリオが1枚の大きな紙を艦橋に広げた。

 この紙は、どこにいるか分からないヤンから送られたものだが、何に使うんだろう。


「なあロミリア、あの紙なんなの?」

「あれは転移魔法のための魔方陣です。2枚の同じ魔方陣が書かれた紙を使って、離れた場所に転移できるんです」


 なんと、そりゃまた便利なもんが出てきたな。


「転移魔法ってあんまり見たことないけど、なんで?」 

「すごく複雑な魔方陣を書かなきゃいけないですし、1度使ったらその紙は使えなくなります。しかも1度に転移できるのは、人間なら4人までで、距離にも限りがあります。だから使い勝手があまりよくないんですよ」


 なるほどね。

 生産するのが大変なのに使い捨て。

 しかも制限付き。

 よっぽどの時しか使い道はないわけか。

 

 ところで、そんな転移魔法の魔方陣が書かれた紙を艦橋に広げる。

 それはつまり、ここに誰かが転移してくるということだ。

 どう考えてもあの魔界軍の軍艦が怪しい。


《こちら講和派勢力魔界側。当艦から積み荷を送りたい。準備は終了したか》


 いきなりの魔力通信。

 どうやらあの魔界軍軍艦は、講和派勢力の一員らしい。

 ということは俺たちの味方か。

 準備ってのは転移魔方陣のことだろうから、答えは決まってるな。


「こちら講和派勢力人間側。準備は完了してる」

《了解した。では積み荷を送る》


 短い通信が終わり、俺は魔方陣の方に視線を向けた。

 はじめて見る転移魔法だ。

 興味がある。


 数秒すると、魔方陣が明るく輝きはじめた。

 艦橋の床に敷かれた紙から光の柱が現れ、艦橋全体が照らされる。

 なんだか映画やアニメ、ゲームで見たことある光景だ。

 まさか現実でその光景を見ることになろうとはな。  

 しばらくして光が収まると、そこには黒いローブに身を包んだ3人の人影が。

 テレポートを見られて嬉しいですの。


「そなたがアイサカ殿か。このたびは世話になる」


 ローブを着た3人の中でも、ひときわ背の高いヤツの言葉。

 その声は、非常に鋭い女性のものであった。

 どうやらこの積み荷さんのリーダーは女性のようだな。

 声的には優秀なキャリアウーマンが思い浮かぶぞ。


「アイサカ様、もしかするとあの方たち、エルフ族じゃないですか?」


 俺のすぐ側に近寄り、小声でそう言うロミリア。

 彼女の言う通り、ローブの頭の部分は左右に尖った部分があり、あれが耳だとすると、エルフ族の可能性が高い。

 なってこった! キャリアウーマン的女性エルフなんて、素晴らしいじゃないか!

 あれだろ、めっちゃ美人の最強スタイルの持ち主なんだろう。

 

「……アイサカ様? 変なことを考えてません?」

「ニャー」


 ロミリアが眉を寄せ、ミードンも俺をじっとりと見つめる。

 そうです、変なことを考えていました、ごめんなさい。

 にしても俺が変なことを考えると、必ずロミリアに伝わるな。

 なんでだ?


「案内は私の部下が行います。司令、早速ピサワンに向かいましょう」


 変なことを考えていた俺とは違い、紳士的なダリオは部下にローブ3人を案内させ、任務遂行を優先させている。

 そうだな、いつまでもグダグダしていたってしょうがない。

 さっさと任務を終わらせよう。


「それじゃ、超高速移動開始」


 やると決めりゃさっさとやる。

 それが俺の基本方針だ。

 すぐさま超高速移動の指示を出し、ダルヴァノをピサワン上空に向かわせた。

 

 数十秒後、ピサワン上空約200キロに到着。

 ここから先は、ローブ3人をピサワンに上陸させるため小型輸送機での移動になる。

 しかし当然、人間界惑星に俺は入れない。

 だからロミリアの使い魔としての能力が必要になるのだ。

 そう、積み荷さん3人を無事に案内するために、俺はロミリアとリンクするのである。


 艦橋の補助席で、俺は体の力を抜き、目を瞑った。

 一瞬の間の暗闇。

 すぐさま視界が開け、ロミリアの視覚と聴覚、俺の視覚と聴覚がリンクする。

 彼女の視線の先には俺の体が見えているな。

 自分の姿を第3者目線で見るのは、さすがに不思議な感覚だ。


 ロミリアは俺の預けた荷物を持って、格納庫にある小型輸送機へと乗り込む。

 小型輸送機にはすでに、積み荷さん3人とダルヴァノの戦闘員2名が乗っていた。

 わずか6人でのピサワン潜入。

 積み荷さんは全員が魔族だから、ちょっと心配だ。

 最近は人間界惑星の監視が厳しい。

 

《積み荷さん、司令の相坂守です。俺の声って聞こえてます?》


 ロミリアの持つ機械、魔力通信拡声器を通して積み荷さん3人に話しかける俺。

 3人は一瞬だけ困惑しながら、すぐに状況を理解し、答えてくれた。


「この声はアイサカ殿か。大丈夫だ、聞こえている」


 相も変わらずクールな口調の積み荷リーダー。

 ローブに隠れて顔は見えないが、どんな魔族なんだろう。

 そもそも、講和派勢力魔族側のどの立場の魔族なんだろうか。

 実はお偉いでした、なんて展開は面倒だからイヤだぞ。


 エンジンを起動し、格納庫のハッチから宇宙に出て行く小型輸送機。

 ダルヴァノの全体像が見える位置まで行くと、針路をピサワンに向け、一気に加速をはじめた。

 小型輸送機は大気圏に突入し、雲の中に紛れていく。

 ロミリアは窓から外を眺めることが多いから、どの辺りにいるかすぐに分かって良いな。


「共和国の軍艦が接近中。おそらく臨検でしょう」


 これはパイロットの報告。

 共和国による臨検、やっぱり来たか。

 面倒なことにならないと良いけど……。


 実のところ島嶼連合は、現在共和国の庇護を受けている。

 2週間程度前のことだ。

 ジェルンに何の対策もできなかった島嶼連合首脳部に対し、国民や商人ギルドらが大規模な抗議デモを行った。

 このデモをリシャールが利用し、島嶼連合に対し共和国による庇護の要求を突付ける。

 追いつめられた島嶼連合首脳部は、共和国元老院の要求に従わざるを得ない。

 こうして島嶼連合は共和国の庇護下に入り、外交権や警察権などを失った。

 市民議会の崩壊後に立ち上げられたピサワン臨時政府にはパーシングが送られ、島嶼連合は事実上ヴィルモンの傀儡と化しているそうな。

 マグレーディに続いて島嶼連合まで傀儡にするとは、リシャール恐るべし。


 さて、魔族を乗せた小型輸送機は、無事に共和国の臨検を通過できるのか。

 ここが最大の山場だ。

 講和派勢力によると心配ないとのことだが、果たして結果は……。

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