第56話 ジェルンの罠

 ジェルンが乗っていると思われる本命の軍艦を前にして、まさかの事態。

 ほとんど武装をしていないマグレーディが、魔界艦隊に襲われた。

 この事態に、俺はどう対処すれば良いのか。


《第1ドームが損壊! 第2ドームにも攻撃が!》


 マグレーディ管制所から聞こえる金切り声。

 助けて、とは言われていないが、これは一種の救援要請と捉えていいだろう。

 しかし俺たちの前には、ジェルンの乗った軍艦がいる。

 どちらを優先すべきか。


 ここでジェルンを逃せば、ヤツは講和派勢力の存在を知っているから、おそらく講和派勢力の排除に乗り出すだろう。

 するとたちまち、講和派勢力は窮地に立たされる。

 これはつまり、戦争の終結が長引くということだ。

 下手すると、人間界と魔界の総力戦がはじまり、数えきれない程の命が失われる。

 それだけは回避しなければ。


 一方のマグレーディ。

 あそこはドームが壊れてしまえば終わりだ。

 酸素がほとんどなくなり、魔法を使えない人々は全員が死んでしまう。

 エリーザの誕生日祝いをあれだけ楽しんでいた国民のほとんどが、死んでしまう。

 マリアやチッチョ、それにヤンが死んでしまう。

 俺の落ち着ける唯一の場所が、死の世界に成り果ててしまう。

 これもまた、回避しなければ。


 どちらが優先度が高いか。

 人間界と魔界の平和か、マグレーディの人々か。

 単純に考えれば、前者が優先だな。

 でもそのためにマグレーディを見捨てるのか。

 俺にそんなことはできない。

 困った。


 考えている時間なんかない。

 悩んでいる時間なんかない。

 なのに俺は、考え悩んでしまっている。


《ここはあたいらに任せな! 魔界の軍艦1隻ぐらい、簡単に撃ち落とせるさ!》


 モニカの勇ましい言葉。

 これに俺の思考が突き動かされる。

 ジェルンは彼女に任せ、俺たちガルーダがマグレーディを救う。

 それで良いじゃないかと。

 どうしても俺は、マグレーディを見捨てられない。


「モニカ艦長、任せました」

《よし来た! あたいの腕の見せ所だね!》


 俺は決めた。

 今はマグレーディ救援を優先する。

 講和派勢力には悪いが、そうさせてもらう。


「フォーベック艦長、マグレーディに戻ります」

「……俺はアイサカ司令のその選択、賛成はできねえ」


 苦虫を噛むような表情のフォーベック。

 彼はジェルンの撃破を優先したようだな。

 確かにジェルン撃破は、たった1隻の軍艦を破壊するだけ。

 マグレーディにはそのあとに救援に行けば良い。

 だが、マグレーディのドームはすでに第2ドームまで攻撃されている。

 今すぐにでも戻らないと間に合わない、俺にはそう思う。

 悪いがフォーベック、今回は俺のわがままに付き合ってくれ。


「艦長、これは司令からの命令です。マグレーディに戻ります」

「……命令なら、しょうがねえな」


 フォーベックはどこか呆れたような笑い声を上げる。

 しかしなぜか、その表情はいつもの不敵な笑み、可笑しそうなものだ。

 決して悪い感じじゃない。


「アイサカ様は、やっぱり優しい方ですね」


 ふと、ロミリアがそんなことを呟いた。

 言われてみれば確かに、ここでマグレーディ救援を選ぶのは、俺の優しさによるものかもしれない。

 だが今は戦争中だ。

 優しさを優先させるのは、敗北フラグである。


 俺は今、間違った選択をしたんだろう。

 それでも、後悔はしない。

 マグレーディという俺の居場所、そして仲間たちが救えるなら、それで十分だ。

 だいたい、ヤンが生き残れば講和派勢力だってなんとかなるだろうさ。

 大丈夫だ、きっと。


 ところでロミリアの表情は、なんか嬉しそうだな。

 フォーベックといいロミリアといい、なんで俺を責めようとしないんだろう。

 そんなに、俺のことを信頼してくれているのかな?

 だとしたら、その信頼に応えないとな。

 よし! マグレーディをさっさと救って、ジェルンも撃破してやる!


「超高速移動開始!」


 再び約2万8000MPの魔力をメインエンジンに送り込む俺。

 ついさっき見たばかりの、一瞬の景色の歪み。

 超高速移動を終えると、目の前に殺風景な月が広がった。

 そしてそこには、魔界艦隊から放たれる緑のビームに襲われるマグレーディの姿が。


 報告通り、第1ドームに大きな穴があいている。

 そこに魔界艦隊は攻撃を集中させ、第2ドームを破壊しようとしているな。

 そうはさせない。

 ガルーダがマグレーディの盾になってやる。


 俺はガルーダを、魔界艦隊とマグレーディのドームの間に突入させる。

 全速力で、防御魔法全開にしながらだ。

 相手は6隻と多いが、そんなこと知ったことではない。

 マグレーディを守るためなら、なんでもやってやる。


 ドームが破壊される前に、敵の攻撃をこちらに向けさせる必要がある。

 そこで光魔法担当魔術師に、敵に向けて光魔法を連射させた。

 敵は防御壁を展開していたため、無傷のままこちらの存在に気づく。


 敵は大量のビームを放ってきた。

 しかもその大半は光魔法で、さらに命中しやがる。

 船は衝撃に揺られ、防御壁には蜘蛛の巣のようなひび割れが出来上がった。

 そのひび割れを、まるで流れ作業のように光魔法担当の魔術師がせっせと修復してくれる。

 おそらく魔力の消費は高いだろうが、仕方がない。


 ほぼ無策。

 ただマグレーディを守りたいという一心で、敵に突っ込む俺。

 ええい! ヤケクソじゃ!


 なんてヤケクソ宣言をした直後である。

 魔界艦隊の攻撃がピタリと止まった。

 一体何事か。


 数秒後、魔界艦隊の周辺を稲妻が走る。

 あれはまさか、宙間転移魔法か?

 え、ここで?

 どういうことだよ、これ。


 稲妻に包まれ、マグレーディを襲っていた魔界艦隊は姿を消した。

 一体なんだというのか。

 ガルーダの登場に恐れをなしたんだろうか。


《こちらマグレーディ管制所! ガルーダ! 救援感謝する!》


 おいおい、感謝されても困る。

 俺たちは何もしてないんだからな。

 敵が勝手に消えただけだからな。


「……俺たち、罠にはまったかもしれねえ」


 深刻な顔をしてそう言ったのは、フォーベックだ。

 歴戦の艦長の言葉は、俺の心をえぐる。


「わ、罠って?」

「マグレーディへの攻撃も、ジェルンの囮ってことだ」


 俺は何かに叩き潰されたような感覚がした。

 実際に叩き潰された訳じゃないが、俺は確実に、ジェルンに叩き潰されたのかもしれない。

 ヤツは講和派勢力のことを知っている。

 なら俺やガルーダのことだって知っている。

 それなのに現実主義者が、俺たちになんの対策もしないとは思えない。

 フォーベックの言う通り、マグレーディへの攻撃は俺たち専用の囮だったんだ。


 もし俺たちがマグレーディに来なかった場合はどうなるか。

 ジェルンはマグレーディをそのまま潰すつもりだったんだろう。

 そうすりゃ俺に精神的ダメージを与えられるからな。

 まったく、なんて冷酷なヤツだ!


「おいモニカ! そっちは大丈夫か!」


 悔しがる俺を尻目に、フォーベックが魔力通信を使って吠える。

 これにモニカは、珍しく焦った口調で答えた。


《ちょっとマズいね。敵が6隻も増えたよ。共和国艦隊の援護はあるが、キツいね》


 6隻だと?

 それは明らかにマグレーディを攻撃していた魔界艦隊だ。

 あいつら、ジェルンの護衛に向かったのかよ。


「しばらく耐えろモニカ! ダリオ、モニカの援護に間に合うか?」

《なんとかなりますが、それでも相手が多すぎます!》

「クソッ……」


 おいおい、かなりマズいぞ。

 他に援護を任せられるヤツはいないのか?

 ついでにジェルンを撃破できるような、強いヤツが……。

 あ! あいつに救援要請を出そう!


「シュリンツ艦長! ピサワン西方沖の魔界艦隊を攻撃してください!」


 そう、フェニックスなら勝てる。

 どうせ村上は聞く耳持たないだろうから、最初からシュリンツにお願いだ。

 良い返事を頼むぞ。


《また相坂か! テメェ、裏切り者の分際で――》

《こちらフェニックス艦長シュリンツ、了解した》

《はあ? 艦長! なんであの野郎の――》

「ありがとうございます」


 さすがはフォーベックの親友だな。

 やるべきことをきちんと理解している。

 感情的な艦隊司令とは大違いだ。


「もう一度、超高速移動します」


 連続で3回の超高速移動。

 合計で8万4000MPも使ってるな。

 これで俺の魔力残量は3万6000だぞ。

 さっきのヤケクソアタックのせいで、光魔法担当魔術師の魔力残量も少ないはず。

 そろそろ節約も考えるべきか。


 3度目の超高速移動となると、歪む景色になんの感想も湧かない。

 またか、とすらも思わない。

 再び俺たちの目の前に、人間界惑星が現れた。


 魔力レーダーから察するに、遠くの方で共和国艦隊と囮の魔界艦隊が衝突している。

 フェニックスがいたおかげで、共和国艦隊が有利だ。

 モルヴァノはなんとか本命の軍艦を足止めしているな。

 しかしその後方には6隻の魔界艦隊がいるために、油断はできない。

 6隻の魔界艦隊がモルヴァノを攻撃できないのは、これもまたフェニックスおかげだ。

 フェニックスは俺の要請に従って、モルヴァノを援護してくれている。

 なんとかなりそうだ。


「これからジェルンを撃破する!」


 思わず俺はそう叫び、ガルーダを本命の軍艦に向けて動かす。

 相手はたったの1隻だ。

 すぐにでも撃破はできるだろう。

 マグレーディ攻撃の報告を受けた時はどうなるかと思ったが、なんとかなりそうだな。

 さあジェルン、覚悟しろよ。


 俺はこのとき、なんの疑いも持っていなかった。

 人間界惑星に潜入した敵艦は3隻だと、信じ込んでいた。

 だからこそ、俺たちが攻撃しようとしている軍艦に、ジェルンが乗っていると思い込んでいた。

 しかしヤンは言っていたのだ。

 敵は〝おそらく〟3隻だと。

 ピサワン沖で目撃されたのは、〝大型の〟軍艦だと。


《こちらダルヴァノ2! ピサワン南方沖約2800キロ先の海に、大型の敵艦!》


 戦闘がはじまり遠方に避難していた小型輸送機からの、あまりにも衝撃的な報告。

 突如現れた、4隻目の軍艦。

 ダルヴァノやモルヴァノ、共和国艦隊は、囮に気を取られ動けない。

 そんな中で、ここから約3000キロも離れた位置から飛び立つ軍艦。

 確信した。

 俺たちが本命だと思っていた軍艦すらも、ジェルンの囮だったんだ。

 あの4隻目にこそ、ジェルンが乗っているんだ。


 俺はそこでようやく気づいた。

 講和派勢力も共和国も、ジェルンの手の平で踊らされていたんだと。

 軍艦が3隻、なんてのは、きっとジェルンが流したウソの情報だったんだろう。

 このままだと、ジェルンの撤退作戦は成功しちまう。

 最悪だ。

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