第57話 現実を超えて
約3000キロも離れた場所に現れたジェルンの軍艦。
この距離じゃ、ダルヴァノやモルヴァノ、共和国艦隊はジェルンを撃破できない。
追いつく前にヤツは宇宙に到着し、宙間転移魔法を使うだろうからな。
間に合うのは、超高速移動が使えるガルーダとフェニックスだけだ。
フェニックスは、できればモルヴァノや共和国艦隊の援護を頼みたい。
あの船は長距離型の攻撃が得意だからだ。
ガルーダにはできない、面での攻撃は重要である。
でもそうすると、ジェルンを倒せるのはガルーダだけになる。
ここに大きな問題があるのだ。
相次ぐ強要された超高速移動によって、俺の魔力は激減。
マグレーディでのヤケクソアタックで、ガルーダの使える光魔法はあと僅か。
ジェルンの軍艦の場所まで超高速移動をすると、俺の魔力残量は約6000MPになる。
これに光魔法担当魔術師の魔力残量を加えたとしても、せいぜい1万MP。
防御魔法と光魔法の同時攻撃は辛くなる。
だけど、他に方法はない。
今ここでジェルンを撃破できるのは、俺たちガルーダだけだ。
俺のヤケクソ宣言はまだ続いている。
というか異世界に来た時から、ヤケクソ宣言状態だ。
俺なら、俺たちなら、できる。
ジェルンを倒せる。
「これよりジェルンの撃破に向かいます」
俺の指示に、ガルーダの乗組員たちはどう応えるか。
士気が下がるのか、上がるのか。
ジェルンが撃破できるかどうかは、それも重要だ。
「ヘッヘ、ガルーダにふさわしい役回りだなあ」
獣と化した男の、楽しそうな表情。
この状況で笑うなんて、フォーベックも結構な戦屋なんだな。
だからこそ、頼れる。
「アイサカ様、私のことは気にせず、魔力を使い切ってください」
いつもよりも力強い口調のロミリア。
彼女は俺の使い魔だ。
俺が魔力を使いすぎると、俺の魔力で存在するロミリアは消えてしまう。
もちろん魔力が回復すれば彼女も復活するが、一時的に姿を消すことになる。
それでもロミリアは、俺に力を貸してくれる。
ホントに良い娘だ。
「私たちにお任せを!」
「必ずジェルンを撃破しましょう!」
《我々魔術師も、全魔力を使うつもりです!》
《いつでも準備はできています!》
乗組員たちの決意が、艦内にこだました。
ガルーダは高い士気に包まれている。
《異世界者の凄さ、あたいに見せてくれよ!》
《御武運を!》
自分たちも忙しいのに、モニカとダリオが応援してくれた。
みんな、俺のことを信じてくれているんだな。
そしてみんな、ジェルンを倒す気満々なんだな。
そうりゃそうだ。
このまま手の平の上で踊らされるだけなんて、御免だからな。
「よし、行くぞ! 超高速移動!」
まさか超高速移動の通達を1日4回もすることになるとはな。
これで俺の魔力残量は約6000MPだ。
魔力をこんなに使ったのは、さすがにはじめてだぞ。
3秒にも充たないわずかな時間。
しかしそれだけで、ガルーダは約3000キロの距離を移動する。
人間界惑星を見下ろせた景色は一変し、一面に大海原が広がっていた。
雲は少なく、さっきまでの戦闘状態がウソのような平穏さ。
しかしこの平穏な地を、俺たちは戦場にする。
俺たちの狙いは、宇宙に向けて垂直に飛び立つ1隻の軍艦だ。
黒く禍々しい、だが今まで見てきた魔界軍のどの軍艦とも似つかない、鋭く細長い巨大な軍艦。
その形をあえて例えるなら、サメか。
あのサメ型を、何が何でも撃墜しなきゃならない。
艦首を大空に向け垂直に飛ぶサメ型は、すでに高度1万メートルまで達している。
グズグズしている暇はない。
サメ型の真後ろを追うように、俺はガルーダを動かした。
ガルーダもサメ型を追って垂直飛行だ。
速度はこっちの方が上だから、振り切られることはないだろう。
相手との距離はわずか300メートル程度だから、至近距離での戦闘になるな。
艦橋から見える景色は、一面に広がる青い空と、こちらに尻を向けるサメ型軍艦のみ。
低い位置に浮かぶ綿菓子のような雲を突き抜けながら、ガルーダの全ての砲が目標に向けられた。
いつでも攻撃可能である。
「熱魔法一斉発射!」
相手の防御壁が完璧でないと予測したのか、それとも光魔法のための魔力を残したいのか。
フォーベックの指示は熱魔法攻撃だ。
これに従い、熱魔法担当魔術師がサメ型後方に向けて真っ赤なビームを放つ。
全ての砲から発射された28のビームは、サメ型の息の根を止めようと殺到した。
しかし全てのビームが、サメ型の展開した防御魔法によって吸収されてしまう。
敵も万全の態勢だったようだ。
《そちらはガルーダであるな。アイサカ司令、我の声が聞こえるか?》
突如割り込んできた魔力通信。
この声は、ロミリアの聴覚を通して聞いたことがある。
あの市民議会のバイオレンスを思い出させる、俺たちをここまで苦しめる、あいつの声。
《魔界軍将軍ギマディオ・ジェルンだ。まさかこの艦を狙ってくる者がお前らとはな》
敵の総大将自らが、魔力通信を使って俺たちに話しかけてきた。
何を考えているんだコイツは。
俺たちを舐めてるのか?
「ジェルン!? わざわざ話しかけやがって、何の用だ!」
《フフハハハハ! その気概ある行動、素晴らしい! ピサワンの退屈な者共とは大違いであるな!》
「なに? お前ふざけてるのか!」
絶対にふざけてる。
俺たちを舐めて、バカにしてる。
それとも、そいう挑発なのかもしれない。
《ふざけているのはお前だ、アイサカ。4度の超高速移動にマグレーディでの戦闘。お前もお前の船も、もはや魔力は多く残されていまい。我を撃ち倒すことは、現実的に不可能だ》
口調から、ジェルンが楽しそうな笑みを浮かべているのが手に取るように分かる。
なんか、俺たちを馬鹿にしている感じではないな。
まさかコイツ、純粋に今の状況を楽しんでるのか?
《だが、素晴らしい。お前は、その現実を破るために我を追ってきたのだ。ならばアイサカ! 現実を超えてみせろ! 市民議会での小娘のように、我の見たつまらぬ現実を破壊してみせよ!》
なるほど、そういうことか。
現実主義者として現実しか見ないジェルンにとって、世界はつまらない。
楽しい現実なんてそうそうないからな。
だからこそ、現実が破られることは何よりも楽しいことなんだ。
ヤツはそれを求め、俺にその可能性を見いだしたんだ。
どうやら俺は、仲間だけじゃなく敵にも期待されたようだね。
良いだろう、ならばやってやるさ。
「ジェルン、お前の人生最後の戦闘だ。存分に楽しめよ!」
俺が決め台詞を吐くと、ジェルンの大笑いが魔力通信を伝って響き渡る。
もはや童心に戻ったような、楽しみの溢れる笑い声。
ここまで宣言し、ジェルンを笑わせたんだ。
絶対にサメ型を、ジェルンを撃破する。
サメ型との距離は200メートルまで詰めた。
この至近距離で、向こうからの攻撃がはじまる。
光魔法攻撃は魔術師たちに任せ、俺は防御魔法に集中だ。
高度は1万5千メートルで、宇宙まではまだ距離があるが、加速度を考えるとゆっくりしてられないな。
ガルーダの防御壁は紫のビームによりひびが入り、その度に俺が修復。
サメ型も同じく、魔術師たちの放った青白いビームで防御壁にひびが入り、修復を繰り返している。
ただし砲の数はガルーダの方が多いため、サメ型の防御壁修復は間に合っていない。
これは勝てる。
だがここで、ガルーダの光魔法攻撃が止まった。
あと少しでサメ型の防御壁を破れるというのに、止まってしまった。
《光魔法担当魔術師の魔力、切れました!》
最悪の報告だが、俺はすぐ決断する。
防御壁を薄めてでも、俺がなけなしの魔力を使って光魔法を放とうと。
それしか手がない。
高度は3万8千メートル、速度マッハ8。
早速俺は防御壁を薄め、余った魔力でサメ型に光魔法攻撃を仕掛ける。
必死で放ったビームは、サメ型の防御壁を順調に傷つけてるぞ。
代わりに、こっちの防御壁も限界だ。
敵の光魔法が防御壁を抜けガルーダの船体に当たり、艦首が穴だらけになっていく。
前方スラスターと5つ以上の砲塔も吹き飛んでしまったようだ。
メインエンジンも1基が被弾し、出力が下がっている。
艦首に直撃がなくて助かった。
高度6万3千メートル、速度マッハ10。
あと数発でサメ型の防御壁を破れるが、ここで俺の魔力が限界を迎えた。
そこで俺は、艦内重力装置と艦内の電灯に送る魔力をほぼ全て切る。
艦内の電気は消え、艦内重力装置が弱まったのもあり、艦橋にいる全員が椅子に押し付けられた。
たぶん艦内は滅茶苦茶になっているだろうが、気にしていられない。
高度7万9千メートル、速度マッハ11。
俺がなんとか作り出した光魔法。
勝利への願いを込めて放たれたビームは、サメ型の防御壁に命中、ついに破壊する。
ジェルンの船が宇宙に出て宙間転移魔法を使うまで、あと数秒だ。
熱魔法攻撃で破壊しないと。
「全員! 熱魔法攻撃一斉発射!」
Gに圧迫されながらの、決死の叫び。
これに魔術師たちは見事に応えてくれた。
ガルーダの砲から赤く煮えたぎる熱魔法が飛び出し、サメ型のエンジンを直撃する。
するとサメ型のエンジンは、豪快に爆発し、艦尾を粉々に吹き飛ばした。
《フハハハハ! 現実を破ったか、アイサカ! お前は我を倒すにふさわしい存在だ!》
雑音が入り乱れるジェルンからの魔力通信。
窓の外には、さらに誘爆が続き、全体が炎に包まれていくサメ型の姿。
サメ型は炎のかたまりと化し、煙をまき散らし、残骸となって虚しく宇宙へと散っていった。
気づけば、ジェルンからの魔力通信が切れている。
ずっとサメ型ばかり見ていたせいで気づかなかったが、辺り一面に広がる景色は、すでに青い空ではない。
目の前に広がるのは、漆黒の宇宙。
そして俺たちは、ゆっくりと宙に浮きはじめていた。
艦内重力装置を弱めたまま宇宙に来たため、艦内が無重力状態となっているのだ。
はじめての無重力体験、ロミリアは楽しんでるのかな?
ふとそんなことを思った俺は、いつもロミリアが座っている椅子を見る。
だがそこには、誰もいない。
混乱したミードンがフワフワと浮いているだけ。
俺が魔力を使いすぎたせいで、使い魔の彼女は一時的に消えてしまったのだ。
魔力を使い切る。
これは体力を使い切るのと同じ感覚だ。
俺のまぶたが少しずつ閉じていく。
せっかくの勝利だってのに、意識が保てないな。
しょうがない、しばらく休もう。
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