第55話 魔界艦隊撤退阻止作戦
翌日の10月9日、人間界惑星が物々しい雰囲気に包まれている。
ピサワンでは反魔族デモが発生し、市民議会が市民によって完全に占拠された。
しかしそこに魔族の姿はない。
魔族たちは人間界惑星撤退に向けて、姿を消しているのだ。
共和国艦隊は、そんなヤツらの撤退を阻止するため、ピサワンの上空約150キロ地点に集結した。
そしてそれに紛れ、ダルヴァノとモルヴァノ、4隻の小型輸送機が哨戒を続ける。
まさに有事であることが伺える緊張状態だ。
マグレーディ上空約300キロ地点にガルーダはいる。
俺はここで、いつも通り司令席に座りながら、遠望魔法を使っていた。
ちょうどマグレーディからピサワンが見える時間帯だ。
今は共和国艦隊の様子を探っている最中である。
ピサワン上空にいる共和国艦隊の戦闘艦は13隻。
9隻がレイド級、4隻がジャベリン級だな。
ただし、それら全てが1つの場所に集結しているわけじゃない。
300キロぐらいの間隔をあけながら、レイド級2隻、ジャベリン級1隻でそれぞれ4部隊を編制している。
1部隊だけレイド級が1隻多いが、たぶんあれが旗艦なのかもしれない。
俺はこの共和国艦隊の編制を見て、最初は驚いた。
なにせフェニックスが参加してないんだからな。
魔界艦隊の援軍が来たら、結構辛いんじゃないかと心配もした。
でも俺の驚きと心配は、すぐに消し飛ぶ。
ヤンからの情報によると、フェニックスはきちんと出撃しているそうだ。
ヴィルモンの共和国艦隊本拠地上空で待機しているらしい。
ここからじゃヴィルモンは見えないので、気づかなかったぞ。
たぶん、フェニックスも俺たちと似たような感じで、魔界艦隊が現れたらその場所に超高速移動で飛ぶつもりなんだろう。
共和国艦隊も準備は万全なんだな。
「ダリオ艦長、そっちはどんな調子です?」
《特に動きはありません》
「モニカ艦長は?」
《こっちも何もなくて、退屈してるところさ》
「そうですか。小型輸送機の方々はどうです?」
《ダルヴァノ1、伝えるべきものは見当たりません》
《こちらモルヴァノ2、見えるのは海だけっすね》
《俺たちモルヴァノ1も、モニカ艦長と同じく暇だ》
《ダルヴァノ2、報告すべきことはありません》
「分かりました。そのまま油断せず、哨戒任務を続けてください」
なんだか、小型輸送機のパイロットって自分の船の艦長に似るのね。
ダルヴァノの小型輸送機パイロットは丁寧で、モルヴァノの小型輸送機パイロットは荒さを感じる。
じゃあ、ガルーダの小型輸送機パイロットは渋いのかな?
そんな感じではなかったけど……。
ま、どうでもいい話だな。
「おいアイサカ司令、魔力は大丈夫か?」
フォーベックの突然の質問に、俺は黙り込む。
というのも、自分の魔力残量を数字にして伝えるのは、意外と大変なのだ。
自分の残りの体力を数字にするのと同じだからな。
ほとんど感覚でしか分からない。
「……ロミリア、俺の魔力残量ってどのくらい?」
俺は魔力残量の確認をロミリアに丸投げした。
使い魔である彼女は、主である俺の魔力を簡単に確認できるからだ。
というか、俺の魔力残量についてはロミリアに聞いてほしいもんだよ。
「ええと、12万2000MPぐらいです」
お、魔力満タンじゃないか。
昨日の作戦会議が終わった後、作戦の脳内シミュレーションのためにすぐに自室のベッドに横たわったら、そのまま寝ちゃったのが良かったのかもしれない。
俺の睡眠時間は異様に長いんで、気づいたら次の日の早朝だったから焦ったが、悪いことばかりじゃなかったようだ。
「それだけあれば十分だな。任せたぜ、アイサカ司令」
獣のような目と、不敵な笑みをこちらに向けるフォーベック。
いつもは飄々とした彼も、戦闘となると必ずこの顔をする。
歴戦の男の頼りになる表情だ。
この世界に煙草があれば、似合いそうだな。
フォーベックが魔力残量を聞いてきたのには理由がある。
今回の作戦では、不測の事態が考えられるのだ。
超高速移動を使う回数が1回とは限らない。
だから俺の魔力残量が重要になってくる。
その辺は俺も理解してる。
だから艦内重力装置と艦内の電灯、これくらいにしか魔力は使っていない。
その2つは2000MP程度でなんとかなるからな。
そういやエンジンや重力装置といったものは、魔力を切ると、送った魔力がそのまま帰ってくる。
つまりメインエンジンに3000MP使ってても、エンジンを切れば3000MPが体に戻ってくるってわけだ。
一度使うと魔力を消費する攻撃魔法や防御魔法とは違うのである。
《こちらダルヴァノ、魔界艦隊の援軍が現れました。場所はピサワン東方沖上空です》
いきなりの報告。
俺はダリオの言葉通りの場所を、遠望魔法を使って見てみた。
すると確かに、魔界艦隊のあのドラゴン型戦闘艦が複数現れている。
ざっと10隻前後って所か。
援軍としては妥当な数だな。
「魔界艦隊の援軍は共和国艦隊に任せる。ダリオ艦長たちは監視を続けてください」
《了解しました》
「フォーベック艦長、戦闘準備を」
「とっくにできてる」
何度も言うが、みんな頼もしいな。
自分たちの役割を完全に理解し、その通りに動いてくれる。
俺たちが狙うのは、ジェルンの乗った船だ。
魔界艦隊の援軍など、俺たちにとっては関係ない。
しばらくは遠望魔法で共和国艦隊と魔界艦隊の動きを見ていよう。
魔界艦隊の登場に、一番近くにいた共和国艦隊3隻がすぐに反応しているな。
でも、さすがに3隻で10隻相手に挑むのは無謀だと思うぞ。
などと思っていたが、数分後には魔界艦隊に赤く太いビームが襲いかかっていた。
あれは間違いなくフェニックスの攻撃だ。
あのアウトレンジ攻撃は、魔界艦隊からしたら悪夢だろう。
他の3隻の共和国艦隊軍艦も加わり、魔界艦隊は早くも動きを封じられている。
しかし、魔界艦隊はおそらく囮だ。
それは共和国艦隊も理解しているのか、2部隊7隻の軍艦は待機を続けている。
それでもフェニックスを釣り出した魔界艦隊は、囮として十分な成果を果たしたと言えよう。
そろそろ、囮の撤退する軍艦が出てくる頃かな。
《モルヴァノ2、ピサワン南方沖約170キロの海の中から、魔界軍の軍艦が出てくるのを確認したっす》
《こちらダルヴァノ1、私たちも敵艦の姿を確認した。場所はピサワン北方沖約230キロの地点》
俺の思った通り、敵艦が出てきやがった。
いや~予測が当たると気持ちがいいね。
しかもこれほどぴったりだと、爽快感抜群だ。
なんつうかこの、敵が俺の手の平で踊ってる感覚。
ちょっと癖になりそうだ。
「アイサカ様……もう少し真面目に……」
むむ、ロミリアに俺の思考が伝わったか。
そうだな、今は真面目にするべきだな。
小型輸送機の報告に従い、その位置に軍艦がいるのを確認。
ただし、ヤツらの進行方向に共和国艦隊がいるのも確認した。
ヤツらは囮だろうし、ここは共和国艦隊に任せるべきか。
俺たちは本命の3隻目、ジェルンが乗った船の登場を待つのみだ。
魔界軍軍艦2隻は、どちらもドラゴン型。
2隻とも垂直に宇宙へと向かって飛んでいる。
まるでロケットみたいだ。
ただ囮だからか、共和国艦隊にむしろ近づいていっているな。
ジャベリン級、次いでレイド級の射程圏に入り、攻撃を受けている。
赤や青白、緑のビームが交差し、双方の防御壁がそれらを吸収していく。
魔界軍の囮軍艦は、途中から垂直上昇を止めて、どちらも東へと向かって飛んで行った。
もしや魔界艦隊と合流するつもりかな?
魔界艦隊と共和国艦隊の戦いは、共和国艦隊の有利な状況が続いている。
やっぱりフェニックスの存在は大きいようだ。
村上の存在じゃないぞ、フェニックスの存在だぞ。
ところで、魔界軍艦を追ったせいで共和国艦隊はちょっと東に集まってる。
これだとピサワン西方沖が手薄じゃないか。
ここを狙われたらマズい。
イヤな予感がするな。
《こちらモルヴァノ! 3隻目を見つけたよ! 場所はピサワン西方沖約270キロ》
げ! イヤな予感まで当たりやがった!
これはマズいぞ。
その3隻目はジェルンの乗った船だ。
しかも共和国艦隊の軍艦は、距離的には間に合うかもしれないが、ギリギリだろう。
「モニカ艦長、敵の動きを牽制してください! 俺たちがすぐに行きます!」
こうなりゃ仕方がない。
元老院に何を言われるか分からないが、ガルーダで直接叩く。
ジェルンの始末が最優先だからな。
「準備はできてます?」
「当然だ」
「じゃあ、超高速移動開始!」
俺は約2万8000の魔力をメインエンジンに送り込む。
景色の歪みはもはや見慣れた。
さっきまで遠目から眺めていた人間界惑星が、一瞬にしてすぐ目の前に現れる。
運が良いことに、モルヴァノは本命の敵軍艦のすぐ近くを飛んでいた。
だからすでに攻撃を開始し、撤退しようとする敵軍艦をなんとか足止めしているようだ。
ここに俺らが加われば、撃破はできるな。
よし、久々の人間界惑星だ!
《こちらマグレーディ管制所、緊急事態!》
本命の敵を目の前にして、不穏な魔力通信が艦橋に響く。
マグレーディの管制所から緊急事態の報告なんて、今回がはじめてだ。
一体何があったというのか。
こっちは忙しいんだがな。
「ガルーダの相坂からマグレーディ管制所、どうした?」
《魔界艦隊6隻が現れました! ドームが攻撃を受けています!》
俺は一瞬、マグレーディ管制所の言っていることが理解できなかった。
魔界艦隊は人間界惑星上空にいるはずだ。
つうか、ついさっきまでマグレーディ近辺に魔界艦隊はいなかった。
一体何があったというのか。
俺はどう、判断すれば良いのか。
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