第46話 理想
宣言を終えた老人はさっさと席に戻り、入れ替わりで背の高い老人が演壇に立った。
尖った目と突き出た口が特徴の、これまた偉そうな老人だ。
あれは誰なのか……。
『なあロミリアさん、さっきの人とあの人、誰?』
『う~ん、ごめんなさい、私も分かりません。ロンレンさんに聞いてみましょうか?』
『頼む』
「ロンレンさん、さっきの方とあの方は、どなたですか?」
「ああ、さっきの人は市民議会議長でぇ、今演壇に立ってるのがピサワンの首長だよ」
おやおや、まさかの議会とピサワンのトップ2人だったとは。
そりゃ偉そうで当然だ。
「皆も知っての通り、共和国は魔界の攻撃を受け、多くの人々が命を落とした。このような悲劇を繰り返さぬため、今こそ人間界が武器を捨て、魔界に真の平和を訴えねばならないはずだ!」
「その通りだ!」
「そうだそうだ!」
ピサワンの首長の言葉に、市民議員が呼応している。
商人たちはあんまり反応を示さないが、ヤジは飛ばさない。
満足げな首長は演説を続けた。
「しかし元老院は、あろうことか魔界との戦争をはじめてしまった! これにより共和国艦隊と魔界艦隊の戦闘が発生し、再び多くの魔族と人間が命を落とした。武力などというおぞましいものに手を染めた共和国は、多くの生命を殺そうと邁進しているのだ!」
「その通り!」
「元老院は万死に値する!」
「今、共和国により人間界の平和は危機にさらされ、多くの魔族と人間が戦争に恐怖している。我々はいつ共和国の戦争に巻き込まれるのかと、夜も眠れず震えている。このような状態を、私は決して許しはしない!」
「さすがは首長!」
「すばらしい!」
「武力を欲し武力にとらわれた共和国に比べ、武力を持たぬ我々は、魔界から攻撃を受けていない。これこそ、武力の放棄が戦争を防ぐという証拠だ! それが分からぬ共和国元老院は、まさに戦争を求め、命を奪うことに執念を燃やしているのである!」
「そうだ! 戦争反対!」
「武力の放棄を!」
この首長の言ってることっておかしくないか?
彼の言葉じゃ、まるで共和国が魔界との戦争をはじめたみたいだ。
それどころか、共和国は戦争がしたいんだと決めつけている。
先に戦争を仕掛けてきたのは魔界だし、それに武力で対応するのは当然だと思うがな。
そもそも、武力で攻めてきた魔族を前に武力を捨てるって、それは事実上の降伏宣言だぞ。
いちいち首長を持ち上げる市民議員たちも、こんな首長と同じ思想なんだろうか。
ま、いろんな価値観があるってことにしておこう。
しかしなあ、ロミリアたちの正体は隠しておいた方が良い。
彼らからすれば、ロミリアたちは戦争で多くの命を奪いたがる恐ろしい存在になる。
特にスチアはマズい、すごくマズい。
だから正体がバレたら大騒ぎだ。
そんな面倒な事態は避けたい。
「あの首長も含めて、ピサワンの市民議員のほとんどは活動家上がりですからねぇ。あの人たちにとっては、理想を追い求めるのが仕事なんですよ。商人ギルドにとっては、その方が操りやすいですし」
小声で、ほとんど感情もない口調でヤンがそう言う。
彼の言葉で俺は納得した。
首長や市民議員は政治家ではないんだ。
そして、この国では商人ギルドの損得勘定が多分に働いているのだ。
まさに商業国家だね。
その後もしばらく、首長の演説が続いた。
内容のほとんどは共和国批判で、リシャールやその腰巾着であるパーシングを呼び捨てにし、悪魔だとか知性がないだとか、かなり辛辣なことを言っていたな。
イヴァンに対してすら、偽善者とか罵っていた。
途中、ロミリアが俺に思念で話しかけてくる。
『結局、今回の集会は何が目的なんでしょう……』
『さあな。少なくとも、悪口大会じゃないと思うけど』
俺も集会の目的は未だ見えない。
単に共和国を糾弾するなら、一般人の前でやった方が効果的だ。
しかし今回は、一般人の入場は制限されている。
首長たちは何をしたいのか、見当がつかない。
同じ疑問を抱いている俺とロミリア。
だが、その疑問に対する答えはすぐに出てきた。
首長の口から、答えが飛び出したのだ。
「悪魔による人殺しを、これ以上続けさせてはならない! 悪魔共の暴走を止めねばならない! そう決意した我々を、魔界軍のジェルン将軍は理解してくださった! そして、ジェルン将軍はすでにこの場に来ている!」
勢い良く、議場の出入り口に手を伸ばす首長。
それにつられて、集会の参加者全員が出入り口に視線を向ける。
ロミリアもその例外ではなかったので、俺も出入り口を見ることができた。
議場の出入り口には、複数の大男が立っていた。
基本的な形は似ているが、あれは明らかに人間ではない。
褐色の肌は鱗に覆われ、黒い鎧に身を包み、長い尻尾と薄い翼を持っている。
あんな種族を俺は魔界惑星で見たことがある。
あれは、龍族だ。
龍族の目つきは鋭い。
なんだかガルーダの艦橋を狙ってきたドラゴンを思い出して怖いな。
特に真ん中のヤツ、厳しさだけでなく冷酷さも感じる表情をしている。
俺は直感で、その真ん中のヤツがジェルンであると分かった。
魔族は龍族だけではない。
ゴブリンやオーク、名前は忘れたが、カブトムシみたいな角を持った魔族もいる。
ヤツらは出入り口と議場の隅で仁王立ちした。
まるで俺たちを囲うようにだ。
そしてジェルンと思わしきヤツが演壇に登り、首長の隣に立つ。
身長は首長の倍近い。
あまりに突然のことに、議会がざわつきはじめている。
当然だろう。
魔族がいきなり現れたんだからな。
結婚式に大物芸能人が飛び入り参加してきたようなもんだ。
「ピサワン沖に現れた魔界軍の軍艦に乗ってきたんでしょうねぇ」
相変わらず冷静な分析をするヤン。
スチアはいつも怖いが、ヤンのこういう、危機を前にして冷静なところも怖い。
さっきからキョロキョロして、明らかに動揺してるロミリアが一番まともだ。
ただ、もうちょっと落ち着いてほしいな。
『ちょっと、ロミリアさん。もう少し落ち着いてくれない? 見たいものが見られない』
『あ! すみません……』
『助かる』
うん、ロミリアは聞き分けのいい子だ。
おかげで、演壇の様子がよく見える。
さてさて、これからどうなることやらだな。
「平和を愛する我々ピサワン市民は、戦争拡大を望む共和国とは別の道を歩まなければならない。諸君! 私は共和国の戦争を止めさせるため、ジェルン将軍と協力することを宣言する! これは、人間界惑星に真の平和をもたらすための第一歩となるであろう!」
沈黙が議会を包む。
しかしその沈黙が長続きすることはなかった。
「真の平和を!」
「共和国の戦争反対!」
「魔族の皆さんを歓迎する!」
「共に真の平和を!」
市民議員たちが大声で叫んでいる。
しかしそれはどこか、自分たちに言い聞かせているようにも感じた。
目の前の出来事を肯定するため、必死になっているような気がしたのだ。
さすがに商人ギルドの人々は不安そうな顔つきだがな。
「平和を守り続けてきた市民議会、その演壇にこうして立てることに感謝しよう。ピサワンの諸君、我が名はギマディオ=ジェルン、魔界軍の将軍である」
胸に直接響いてきそうな低い声が、議場に響き渡る。
俺の直感通り、演壇に立った龍族がジェルンであった。
『あれが……ジェルン将軍……』
『気をつけろよロミリアさん。正体はバレないように』
『わ、分かっています。でも、ちょっと怖くて……』
『確かにな』
『それに、すごく強い魔力を感じるんです……』
『安心しろ。俺が死なない限り、ロミリアは不死身だ』
『でも……やっぱり怖いです……』
ちょっとロミリアが怯えだしてるぞ。
まあしょうがないよな、魔界軍の将軍がすぐ近くにいるんだから。
たぶん俺も、その場にいたらガチガチに緊張しただろうし。
「まさかジェルン将軍が来ていたなんて、驚きですよぉ」
これはヤンの言葉だ。
驚きとか言いながら、なんでちょっと笑みを浮かべてんだろう。
コイツもコイツで怖いヤツだな。
「ねえスッチー、最悪の場合はお願いします」
「任せて」
ヤンのお願いに短く答えたスチア。
またも口角が上がっている。
なってこった! 怖いヤツばっかりだ!
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