第45話 ピサワン市民議会

 講和派勢力からの新たな任務を請け負って5日。

 ダルヴァノに乗って、ロミリアとヤン、スチアはピサワンの地に降り立った。

 彼女らの服装は、一般的な商人に合わせてある。

 軍服じゃどう考えてもマズいからな。

 ピサワン沖にはモルヴァノを哨戒させた。

 ついでに、ダルヴァノとモルヴァノの武装は隠した状態だ。

 じゃないと、平和主義国家ピサワンには入れないからな。

 こうして任務がはじまった。


 俺は今、ピサワンの首都を見渡している。

 青く澄んだ美しい海に、木製の家が建ち並ぶ沿岸地域。

 その一角にある大きな広場と、そこから小高い丘へと続く広い坂道。

 坂道沿いには赤っぽい壁の建物がずらりと並び、いずれも市場を開いている。

 そして坂道の先、丘の頂上には、木の柱と石の壁が調和した、立派な建物が佇んでいる。

 ただしこれは、自分の目で見ているわけじゃない。

 俺が見る景色は全て、ロミリアが見ているものだ。


 使い魔は主人の魔力が主体である。

 つまり魔力を通して、主人は使い魔の感覚や知覚をリンクできる。

 使い魔が食べたものの味を、主人が味わうことができる。

 使い魔が嗅いだにおいを、主人が嗅ぐことができる。

 視覚や聴覚だって例外じゃない。

 俺は今、自分の視覚と聴覚をロミリアの視覚と聴覚にリンクさせているのだ。


 聴覚のリンクは特に違和感なし。

 ロミリアの聞いているものを、そのまま俺の耳で聞いているような感じだ。

 唯一、ロミリアの声がちょっと違って聞こえるのは違和感かな。

 録音した声に違和感を感じるのの逆バージョンだ。


 それに対し、視覚のリンクは不思議な感覚である。

 俺は視覚と聴覚以外に何もリンクさせていないから、視線はロミリアの意思で動く。

 だから俺は、自分で自由に視線を動かすことができない。

 よって、ロミリアの見ているものを見ている、って感じだ。

 視界いっぱいの大画面で、カメラを通した映像を見ているようなもんだな。


 なお俺の体は、上空105キロ、ぎりぎり宇宙にいるガルーダの司令席の上だ。

 フォーベックとミードンが見張ってくれているはず。

 司令席の上で俺がどうなってるかは分からんが、たぶん目を瞑ってじっとしているんだろう。

 人類をロボットの支配から救うため、仮想現実で戦うあの3部作映画のワンシーンみたいになってるんだろうな。

 ロミリアの前にグラサンかけたスミスさんが現れたらどうしよう。


「ピサワン市民議会に到着ですねぇ」


 丘の上の立派な建物を前に、ロミリアと手を繋いで歩くヤンがそう言った。

 俺的には早くその手を離しなさいと言いたいところだが、残念ながら俺の思念はロミリアにしか伝わらない。


『ロミリアさん、ヤンにはくれぐれも気をつけろよ』

『アイサカ様、なんでそんなにロンレンさんを警戒するんです? それより、到着しましたよ』


 これは思念による俺とロミリアの会話だ。

 彼女の思念も俺に伝わってきているのである。

 お互いの意思疎通は、この思念でのやり取りによって行う。

 他の誰にも聞こえていないから、わりとテキトーな会話ができて楽だな。


「綺麗な建物ですね。すごい……」


 ピサワン市民議会の建物を見て、ロミリアが呟く。

 彼女の見ているものは俺の見ているものでもあるから、俺も同じような感想を抱いた。

 赤く塗られた木製の大きな柱に支えられ、しかし白い石壁に覆われた市民議会。

 日本の寺などに似た屋根は木製で、柱から繋がるようなデザインだ。

 木と石の調和が絶妙で、なんとも美しい。

 だが建物自体は非常に大きく、4~5階建ての高さはあるだろう。

 横にも広く、立派な建物である。

 ロミリアの呟き通り、すごい。


「警備は薄いね」


 こんなに美しい建物を前にしても、スチアの感想はぶれない。

 彼女は護衛に徹し、戦うことしか考えてないんだろう。

 頼もしくて良いけど、微妙に口角が上がった表情のせいで、ちょっと怖い。


「早く行きますよぉ。入り口はあっちです。あ、議会への入場許可証を取らないと行けないんで、ボクに付いてきてくださいね」


 2日前、市民議会で大規模な集会があるという情報を講和派勢力が仕入れた。

 集会の参加者は、ピサワンの首長や全市民議員、商人ギルドの主要幹部など豪華な面子。

 しかもピサワン市民議会では珍しく、集会中の一般人の立ち入りも制限されている。

 これを講和派勢力は怪しいと見て、俺たちへ集会への潜入を指示してきたんだ。


 集会中は一般人の立ち入りが制限される。

 じゃあどうやって潜入するのか。

 これは面倒な問題だと思ったが、ヤンがあっさりと解決した。

 忘れていたが、ヤンの実家は結構な大きさの商店だ。

 そのためヤンの家族には、ピサワンの商人ギルドに顔見知りがいるようで、それに頼み込んで集会への参加の許可をもらった。

 人脈って大事だね、うん。


 市民議会の入り口に、こじんまりとした受付があった。

 ロミリアとヤン、スチアは、その受付の前に立つ。


「ご用件はなんでしょうか?」


 受付の担当は、そこそこ可愛らしい女の子だ。

 柔らかい声が特徴で、女性アナウンサーっぽさがにじみ出る。


『ヤンが好きそうな娘だな』

『ちょっとアイサカ様、なんの話をしているんですか?』

『まあ見てろよ。絶対にヤンのヤツ、お近づきになろうとするからさ』

『は、はぁ……』


 俺とロミリアの思念による、超テキトーな会話。

 そんな俺たちの会話を、ヤンは知る由もない。

 単なる受付だというのに、ヤンは女の子全開で受付の娘に話しかけた。


「集会に参加する、ヤン商店代表代理のヤン=ロンレンです」

「ヤン商店御一行様ですね。ではこちらの許可証をお渡ししますので、これを議会の入場の際に提出してください」

「ありがとうございます。ところで、そのネックレスすごく可愛いですね! ボクも欲しいなぁ。どこで買ったんですか?」

「え? あ、ええと……」

「あ! ごめんなさい、お仕事中なのに変なこと言っちゃって。許可証、ありがとうございますね!」


 さすがはヤンだ。

 女の子な見た目で相手を安心させ、ネックレスへの興味を装って受付の娘の胸をまじまじと見つめやがった。

 セクハラをセクハラと感じさせないその手腕は、世の女性への隠れた脅威。

 この男、いろいろと侮るなかれ。


 さて、そんなことはどうでもいい。

 許可証を無事に手に入れたロミリア一行は、ついに議場へと足を踏み入れた。

 果たして、ここで行われる集会の内容はなんなのか。

 魔界の軍艦と何か関係があるのか。

 講和派勢力にどのような影響を及ぼすことになるのか。

 それが重要だ。


『すごく広いですね。人もいっぱい』

『ああ、元老院とは比べ物にならないな』


 議場はある意味で、俺の予想通りだった。

 吹き抜けの部屋は大きな映画館ぐらいの広さがあるだろうか。

 天井には窓ガラスがあり、そこから射し込む太陽の光が、白い石壁に反射して議場全体を明るくする。

 中央奥には演壇があり、その左右は座席で、いかにも偉そうな人たちが座っていた。

 それを要に、扇形の机と椅子が何重にも置かれ、そこに数百人の人間が集まっている。

 しかし重厚な空気みたいなのはなく、集会参加者は和気あいあいと会話を繰り広げ、議場は賑やかだ。

 なんというか、普通のファンタジーらしさが感じられる。

 マグレーディに暮らすようになってから1度も高層ビル的なものを見てないせいで、ファンタジー世界にも慣れてきたもんだ。


 大理石の壁と円卓、王族たちとその部下、重い空気に支配され閉鎖的だった共和国元老院議会とは、かなりの差があるな。

 よく見ると、観客席らしきものが2階に広がっている。

 いつもの市民議会の集会は一般人に開放されているみたいだから、たぶんあそこで議員たちの白熱の言論戦を見物するんだろう。


『一般人が見てたら、きちんとした話し合いにならない気がするが』

『どういうことですか?』 

『いや、なんか集会が見せ物になってるんじゃないかと思ってさ』

『どうなんでしょうね。普段の市民議会を見たことがないので、私には分かりません』

『ま、そりゃそうだな』


 なんとも冷静なロミリアの答え。

 そうだよな、見たことないものを決めつけることはできないよな。

 ホント、ロミリアはハイスペックだ。


 ところで、思念での会話だとロミリアが素直だな。

 いつものよそよそしさがなく、言いたいことをそのまま言ってる感じ。

 彼女ってもしかして、1対1なら素直に話せるタイプなのかもしれん。


「ここにしましょう」


 どうやら議場の席は自由らしい。

 いかにも商人らしい人々の間を縫って、ヤンが3人分の席を確保してくれた。

 6列の席のうち、後ろから2列目、演壇から見て右寄りの席。

 あまり目立ちそうにもなく、出入り口にも近い。

 わりと良い場所の席を取ったな。


 ヤンを真ん中にして、左にスチア、右にロミリアが座る。

 席に座るとすぐ、演壇に1人の男が立った。

 高価そうな衣服に身を包んだ、小太りの老人。

 あれは絶対に偉い人だ。

 長居を嫌って集会開始ぎりぎりの時間に来たから、集会開始まで待つことはなさそうだ。


「これより市民議会の緊急集会をはじめる」


 老人はしゃがれた声を精一杯に張って、集会のはじまりを宣言した。

 さて、どんな集会が行われることやら。

 頼むから面倒事だけは勘弁だ。

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