第38話 友達からの情報
侵入者のフライング・スピリット。
どうやら俺がトイレに行っている間、ガルーダに入り込んだらしい。
今はミードンに憑依して、ミードンとして生きている。
俺は、ロミリアとスチア、ミードンと一緒に艦橋にいる。
事の詳細をフォーベックらに伝えるためだ。
メルテムは、研究優先とか言って付いてこなかった。
「ニャーム」
「……コイツの中身が、侵入者の正体ってか」
「そうらしいです。ロミリアさん、説明をお願い」
なぜだか知らんが、ロミリアはミードンと会話ができる。
たぶん、使い魔の特殊能力なんだろう。
彼女はミードンから直接聞いた話を、丁寧に説明しはじめた
「えっと、この子は元々共和国艦隊の実験用ネコで、軍艦の試作機によって宇宙に飛ばされ、事故にあったようなんです。食料もなく、すぐに死んでしまったようですが、魔力と魂だけが分離してフライング・スピリットになったみたいで」
実験用のネコか。
軍艦の試作機ってことは、生物が宇宙に行けるかの実験に使われたんだろう。
そして事故が起き、宇宙に放り出されたと。
結構悲しい経歴の持ち主なんだな。
きっと、死にたくないという思いが魔力と魂を肉体から分離させたんだろう。
「そりゃ、45年前のリーデン号事故のことか」
「知ってるんですか?」
「当然だ。何種類何匹もの実験動物のおかげで、今のガルーダがあるんだからよ」
「リーデン号事故ってのは?」
「45年前に打ち上げられた試験機リーデン号が、打ち上げ時に機関を損傷してな。状況は絶望的で、乗ってたネコごと宇宙に放棄された。まさかそんな昔の実験動物が、こんなところにいるとはなあ」
なんと、きちんと記録に残っている事故なのか。
こうした事故を乗り越え、今の軍艦があるんだな。
今やミードンとなったコイツのおかげで、俺たちはこうして宇宙にいられるわけだ。
そう考えると、ミードンってすごいな。
なんて思ってる間に、ロミリアの説明が再開した。
「フライング・スピリットになってからはずっと、宇宙を1人で彷徨っていたみたいなんです。そこに私たちが偶然現れて、つい侵入してしまった、と言ってます」
「なるほど、寂しさのあまりってやつだなあ」
ロミリアの説明にフォーベックも納得した様子だ。
さて、艦長はこの悲しき元実験動物ネコを許してくれるだろうか。
「まあ元々、フライング・スピリットには害がない。しかも軍艦開発の英雄様ときちゃ、許さないわけにいかねえだろ。ただ、嬢ちゃんの大事なぬいぐるみに憑依したんだから、面倒は嬢ちゃんに任せたぞ」
「あ、ありがとうございます! ほら、ミードンも」
「ニャ? ニャ、ニャーム!」
「ヘッ、可愛らしいのがまた増えやがったぜ、まったく」
呆れ顔と微笑みが混ぜ合わさったような表情をするフォーベック。
これは、ミードンを歓迎していると受け取って良いだろう。
艦長だってこの可愛さには勝てないようだな。
「ところでスチア、他に侵入者はいなかったんだな?」
「いなかったよ、艦長」
「そうか。じゃ、これで一件落着ってか」
フォーベックの言葉で、侵入者騒動は完全に終息した。
突然の騒動は、突然終わったって感じだ。
重大事件に発展しなくて良かったよ。
さて、侵入者騒動のせいで忘れていたことがある。
艦隊戦闘訓練だ。
これは、バルーンの配置作業が騒動で中断したため翌日に延期となった。
そのことを俺がダリオとモニカに伝えると、モニカは明らかに落胆していたな。
《せっかくあたいの活躍をアピールできると思ったのに……》
そんなことを言っていた。
彼女、やけに自信満々だよな。
訓練を見る限り、きちんと戦えてるから良いけどさ。
対してダリオは、特にこれといった反応を示さなかった。
でも彼、戦闘もそつなくこなすし、結構なやり手だよ。
なんとも手堅い人だ。
なんとなくモニカより信頼できる。
そんな信頼できるダリオの妻に選ばれたモニカ。
だとすると、モニカも信頼できる人間なんだろう。
まあ、俺が指揮する艦隊の艦長たちだ。
俺のことを信頼し、自分の命を預けてくれた2人。
そんな2人を、俺が信頼しないわけにいかなだろう。
侵入者騒動が終息し、戦闘訓練が延期され、俺は自由時間となった。
自由時間と言っても、そのほとんどは艦長たちとの話し合いに使ったがな。
戦闘訓練の結果を見て、今後の戦闘での基本的なことを決めるのだ。
話し合いにより決まったのは、以下の通り。
フォーベック率いるガルーダが最前列で戦闘。
モニカ率いるモルヴァノは、ガルーダの側で切り込み隊長を務める。
ダリオ率いるダルヴァノは後方で支援だ。
司令である俺は、最前列のガルーダから戦況を把握し、艦隊に指示を出す。
やっぱり、どんなに戦えようとダルヴァノもモルヴァノも輸送艦だ。
熾烈な最前列は、正真正銘の軍艦であり、長時間防御壁を展開できるガルーダが行くべきだろうとのこと。
そもそも、機動性が高いガルーダに輸送艦は付いてこられない。
だからどうしても、ダルヴァノとモルヴァノは補助にしかならない。
基本的に、戦闘時のガルーダは指令だけでなく、戦闘も務めざるを得ないのだ。
2隻の輸送艦が本命のガルーダを補助し、ガルーダが敵を叩く。
これが、俺たち孤独な艦隊の基本戦術になるだろう。
そんなことを話し合っているうちに、夜になった。
つっても、時計が夜の時間帯を指しているだけ。
宇宙にいると、常に夜みたいなもんだからな。
これは放浪生活中に慣れたことだ。
「魔力通信で文書が届いています」
話し合いを終え、解散しようとした時、通信士がそんなことを報告してきた。
また魔力通信の文書かよ。
今度は何だ?
「どうぞ」
文書を手渡された。
そこそこ長いな。
差出人は誰だろうか。
『久保田直人』
日本語でそう書かれていた。
なんと、久保田から文書が届くとはな。
アイツは元気にしてるだろうか。
ともかく読んでみよう。
『お久しぶりです相坂さん。
僕は現在、魔界惑星首都の郊外にスザクを停泊させ、そこに住んでいます。
ササキさんが協力してくださったおかげで、魔王から自由を与えられ、平穏な日々を送っています。
魔族の皆さんは優しい方が多く、人間である僕を受け入れてくださりました。
魔界惑星の厳しい環境にも慣れ、新たな生活に心を躍らせる毎日です。
さて、挨拶はここまでとして、分かったことをいくつかお伝えしようと思います。
最初に、魔界軍の一部は、どうやら僕を人間界から引き抜こうとしているようです。
すでに幾度も魔界軍への参加を促されました。
しかし僕は、元老院とは戦っても、人間界自体とは戦うつもりありません。
そんな僕のことをササキさんは理解してくださり、魔界軍内部で説得していただいたおかげか、今では魔界軍への参加の促しも少なくなったように感じます。
次に、魔界の船に関する情報です。
魔族の魔力は、平均して人間の保有する魔力の約2倍あるようです。
そのため魔界軍の船、特に軍艦の戦闘力は高くなります。
防御壁の展開時間も人間界の軍艦より長いため、僕ら異世界者がいなければ、共和国艦隊は苦戦を強いられるでしょう。
しかし船の素材自体は人間界の船と大差なく、通常の熱魔法で問題なく破壊できます。
船に関しての重要な情報がもう1つあります。
それは、宙間転移魔法の存在です。
魔界にしか存在しない、専用の巨大な魔法石によって宇宙空間をワープする魔法で、人間界で言う超高速移動のようなものらしいです。
ただ弱点として、宇宙空間でしか使えないという制約があります。
その点、超高速移動の方が優れていると考えていいでしょう。
最後になりますが、これは重要な情報です。
最近、魔界艦隊の動きが活発になってきています。
ササキさんによると、ゴブリン族のテンペフ将軍が大規模な遠征隊を結集させているようで、近く人間界惑星への大規模な攻撃があると思われます。
相坂さんがどこで何をしているのかは存じ上げませんが、気をつけてください。
以上が僕の知る情報です。
この中に1つでも、相坂さんにとって有用な情報があることを願っています。
ところで相坂さんは、今でも放浪生活を続けているのでしょうか?
それとも、どこかに拠点を見つけることができたのでしょうか?
可能ならば、相坂さんからの返事をお待ちしております。』
全て日本語で書かれていた。
その時点で、偽の文書って可能性はゼロだな。
文書を読み終えたとき、俺は安心していた。
魔王の管理下に置かれた久保田のことが、ちょっと心配だったんだ。
この文書のおかげで、その心配はかき消されたな。
にしても、ササキは随分と久保田に優しいみたいだな。
先代勇者で日本人のササキのことだ、ある程度は信頼できるかもしれない。
ただ、元老院の異世界者排除の引き金って、アイツの魔界惑星亡命だからな。
完全に信用して良いのか分からん。
久保田の文書には魔力通信で返事を送っておいた。
魔力通信を使って文書を送るのははじめてだったが、難しくはない。
専用の紙に文を書いて、スザクに魔力でそれを送るだけ。
スザクに送れば、確実に久保田のところに届くからな。
返事の内容は、簡単な近況報告に留めておいた。
今はマグレーディにいるとか、その程度だ。
講和派勢力に関しては隠しておいた。
別に友達を信用してないわけじゃない。
守秘義務を守っただけだからな。
まあでも、久保田が元気そうで何よりだ。
情報の内容も、全てが俺にとって有用だし、助かる。
やっぱり持つべきは友達なのかね。
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