第39話 初任務

 翌日の朝、起きたばかりの俺の頭に、とある声が響いた。

 これは対個人用の魔力通信で、本人にしか聞こえないもの。

 声の主は、おそらくあのフードだろう。

 つまり、講和派勢力からの魔力通信ということだ。


《3日後の超大陸西方時間午前10時頃、魔界軍が人間界惑星付近に現れ、大規模な攻勢を仕掛けるとの情報を掴んだ》


 おっと、久保田の言った通りの展開だな。

 魔界軍は人間界への大規模攻撃をはじめたか。

 講和派勢力も魔族と接触してるから、このくらいの情報は掴めるようだ。


 ところで、声は甲高い男の声に聞こえるし、低い女の声にも聞こえる。

 性別が分からない。

 ホントに謎の人物だな、あのフード。


《元老院はこれをまだ知らぬが、元老院内の我が勢力の努力により、魔界艦隊が現れると予測される地点付近にて、共和国艦隊が大規模な演習を行うこととなっている》


 講和派勢力による魔族との接触を隠しながら、魔界軍への対策をとったと。

 誰かは知らんが、元老院内の講和派勢力は有能だな。  

 元老院メンバーってことは王様で確定だけど、誰だろうか。

 ノルベルン王イヴァンとかかな。


《演習に参加するのは、第1艦隊と第3艦隊だ。これにはフェニックスも含まれる。これほどの戦力であれば、魔界軍を撃破することも可能であろう》


 久々にフェニックスの名を聞いたな。

 確かに村上とフェニックスがいれば、魔界軍に負けはしないだろう。

 あっちは奇襲のつもりが待ち伏せされて、混乱もするだろうし。

 で、それが俺となんの関係が?


《今回の魔界軍の指揮官はテンペフ将軍だ。彼は魔界軍強硬派の筆頭であり、人間界との戦争継続を訴える者である。テンペフの存在は早期講和の邪魔となるため、優先的に排除すべきである》


 こう聞くと、講和派勢力がただの平和主義者じゃないことが分かるな。

 現実を直視し受け入れた上での平和主義、ってところか。


《今回の戦闘で魔界軍が敗戦すれば、テンペフは生き残ったとしても、敗戦の責任を負って将軍の座を明け渡さざるを得なくなるだろう。今回の戦闘は、我々講和派にとって、必ず人間界が勝利しなければならない》


 ほうほう、分かってきたぞ。

 俺への命令の内容が分かってきた。


《専属艦隊司令のアイサカ・マモルに命令を下す。人間界の勝利を確実なものとするため、共和国艦隊への支援をせよ。ただし、戦力の均衡が崩れるのを阻止するため、支援は最低限に留めよ》


 やっぱりそうきたか。

 戦力の均衡を維持ってことは、共和国艦隊に勝たせながらも、魔界軍を壊滅させるべきではないっことかな。

 なんとも面倒な任務だな、おい。


《諸君の健闘を祈る。以上だ》


 そんな言葉を最後に、魔力通信は終わった。

 対個人用魔力通信だと俺にしか聞こえないから、秘密の保持に良いな。

 指令書の破棄だとか、このテープは自動的に消滅するだとか、そういうことしなくて済む。

 便利な魔法だよ、魔力通信って。


 講和派勢力からのはじめての命令。

 一応ヤンに確認すると、彼もこの命令のことを知っていた。

 というわけで俺たちは、急いでマグレーディに帰ることになる。

 結局、艦隊戦闘訓練は中止だ。


 万が一を考え、ガルーダは先にマグレーディへと帰還した。

 超高速移動を使っての、わずか10秒の旅。

 宇宙の広がる風景は、一瞬でマグレーディのドームに移り変わる。


 マグレーディのドームは、その全てがガラス製だ。

 魔法でコーティングされた強化ガラスで、小さな隕石ぐらいならびくともしない。

 このドームを作るのに掛かった期間は、約15年だそうで。


 そんなドームの入り口をくぐり、港に向かう。

 港には、共和国艦隊第3艦隊の軍艦が2隻停泊していた。

 これからガルーダは、戦闘のための補給が必要である。

 共和国艦隊にそれがバレないよう、できる限り遠くにガルーダを停泊させた。

 面倒なこった。


 その日の夜、ダルノヴァとモルノヴァもマグレーディに帰還する。

 2隻も戦闘のための補給を開始し、3日後を待った。


 7月19日、魔界艦隊が人間界惑星に攻撃するとされる日。

 俺たちガルーダと、ダルヴァノ、モルヴァノは所定の地点へ向かった。

 グラジェロフ王国上空5000キロの地点。

 この付近に、魔界軍が現れるのか。

 

 人間界惑星は雲が少なく、緑と青に包まれた地上がよく見える。

 いい天気なんだろうな。


「どうやら、共和国艦隊の演習はとっくにはじまってるみてえだなあ」


 外を見ていたフォーベックがそう言った。

 共和国艦隊と俺たちは、3000キロ離れた位置にいる。

 だがこの距離でも、共和国艦隊の放つ熱魔法のビームがよく見える。

 遠望魔法なしで、見えるのだ。


 こうして見ると、共和国艦隊の放つ熱魔法の量が半端じゃない。

 軍艦の数を数えてみると、補給艦を含めて22隻もいた。

 随分と大部隊だこと。


 にしても、やたらと赤く長射程の熱魔法攻撃が目立っているな。

 たぶんフェニックスの放ったものだろう。

 なんか、俺たちがいなくても勝てるんじゃないかと思えてきたぞ。


 時間を確認すると、午前9時50分。

 魔界軍が現れるまで10分程度だ。

 そろそろ戦闘準備をはじめた方が良いな。


「フォーベック艦長、ダリオ艦長、モニカ艦長、戦闘準備を」

「了解」

《了解しました》

《任せな!》


 俺は司令だから、艦隊に指示を出すのが仕事。

 だがガルーダの防御壁展開や、砲への魔力装填、状況によっては機関及び操舵も俺の仕事になる。

 そのため、俺は砲に魔力を装填させ、防御壁の準備をはじめた。

 戦闘ははじめてじゃないが、やっぱり緊張するな。


「ニャーム、ニャーム」


 おお、ミードンの鳴き声が俺の心を癒す。

 鳴き声のした方向に目をやると、ミードンがロミリアの膝の上でくるまっていた。

 うわあ、ヤバい、めちゃくちゃ可愛い。


 ところでなんで、ミードンが艦橋にいるのか。

 答えは簡単だ。

 ロミリア曰く、ミードンが離れてくれないので、仕方なく艦橋に連れてきたらしい。

 でもまあ、艦橋に癒し要素が加わるわけだから、俺は良いと思うよ。


《あの、作戦の確認をしてもいいですか?》


 ダリオの言葉だ。

 確かに、戦闘前に作戦の確認は必要だろう。

 さすが手堅い男ダリアだな。


「そうですね、確認しましょう」

《ありがとうございます》


 さて、こういう説明は司令がすべきだろう。

 しかし俺の信条として、作戦の解説は最も経験豊富な人物に任せるべきだと思っている。

 だから毎度のごとく、ここはフォーベックに任せよう。


「ファーベック艦長から説明を」

「俺から? まあいい。魔界艦隊が現れても、俺たちはアイサカ司令の指示が出るまで、この場に待機だ。指示が出た後は、定められた敵艦に集中攻撃を行う。それ以外には手を出すんじゃねえぞ。それだけだ」


 簡単な説明だ。

 でも、十分な説明である。

 やっぱり、フォーベックに任せて良かった。

 俺だと、詳しく説明しようとして長くなりかねないもんな。


 今回の任務は、共和国艦隊の勝利を確実なものにすることだ。

 俺たち艦隊が派手なことをする必要はない。

 共和国艦隊を支援しすぎると、魔界艦隊が壊滅しちまう。

 魔界艦隊を放っておきすぎると、共和国艦隊が苦戦しちまう。

 俺たちは孤独艦隊に徹して、魔界艦隊をちょっと邪魔するだけで良い。

 それ故に、正直なところ戦闘がはじまらないと、こっちがどう動けば良いか定まらない。

 戦況に応じて動くって感じだな。

 だから作戦もざっくりだ。


「そろそろ時間ですね」


 ミードンを撫でながら、ロミリアが呟く。

 俺も気を引き締め、魔界艦隊の登場を待った。

 相手の数は聞いてないが、結構な数なんだろうな。

 緊張する。


 緊張を和らげるため、ロミリアの膝の上に乗るミードンをじっと見つめる。

 そんな俺にロミリアが困り顔をした瞬間だった。

 窓の外、魔界艦隊の演習による赤いビームに紛れ、紫色の稲妻が走った。

 あれは前にも見たことがある。

 ササキ率いるヘル艦隊が、宙間転移魔法を使った時と同じ現象だ。

 つまり、魔界艦隊が来たのだ。

 ミードンを見つめてる場合じゃないな。


 稲妻が消えると、そこには禍々しいドラゴンのような軍艦が何隻も現れる。

 ざっと20隻はいるだろうか。

 どうやら揚陸型の四角いヤツもいるみたいだ。

 それと、魔界艦隊の中央にいる2隻の船が目立つぞ。

 1隻はフォークマス上空にいたイカ型だ。

 もう1隻は、植物のゼンマイみたい形をした軍艦。

 おそらくあの2隻が旗艦だろう。


「敵艦の数は24、内4隻は揚陸艦です。距離は1500キロ」


 思ったより多いぞ。

 距離はちょうど、俺たち共和国艦隊の中間辺り。

 演習中の共和国艦隊は、少しの間混乱するだろうな。

 でも魔界艦隊も、大規模な共和国艦隊に混乱するはず。

 この勝負、なにがなんでも人間界に勝ってもらうぞ。

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