第37話 侵入者

 ガルーダの設計は先代勇者、つまり日本人だ。

 だからガルーダのトイレは心地よい。

 便座は全てが洋式で、魔力を込めればウォシュレットまで再現できる。

 便座もほんのりあったかい。

 これだけはファンタジーらしさ皆無で助かるな。


 トイレの個室で、用を足す音を響かせる俺。

 フォーベックに褒められたのを思い出して、顔は自然とにやけている。

 個室なもんだから、どんな表情をしていたって許されるだろう。


 にしても、俺の指示が的確とはな。

 そう言ってくれると、司令としての自信が持てる。

 長いこと用なし感が強かったもんだから、余計に嬉しい。

 これなら多少、自分が特別な人間だと思っても良いかもしれん。

 調子に乗るのはマズいが、自信は持った方が良いだろう。

 自分に自信のない司令なんて、頼りないからな。


 ダリオとモニカ、そして2人の輸送艦の乗組員もすごかった。

 ただの輸送船乗りが、なんであんな的確に標的を撃破できたんだろう。

 俺の指示が的確だっただけじゃないはずだ。

 輸送船乗りつっても、実は元海賊みたいな経歴でもあるのかな?

 不思議だ。


 いろんなことが頭の中に浮かんでくる。

 俺はトイレに入ると、どうも様々なことを考える癖があるんだよな。

 出すものも出し切った気がするし、そろそろ出るか。

 艦隊司令がトイレから出てこないなんて、マズいだろうし。


 立ち上がり、パンツとズボンをはき、水を流す。

 そして個室のドアを開け、洗面台に向かう。

 洗面台では、自分で水魔法を使い、手を洗う。


 手を洗っている最中のことだった。

 艦内中にフォーベックの声が響き渡り、当然、俺の耳にもそれが届いた。


《何かしらが艦内に侵入してきた。全員、念のため戦闘態勢》


 あまりにも予想外の言葉。

 というか、緊急事態じゃないか。

 司令の俺が、こんな場所でゆっくりしてる場合じゃないだろう。

 急いで艦橋に戻らないと。


 トイレから廊下に出る。

 窓もなく、配管がむき出しの廊下。

 戦闘態勢のため、小さな赤い光だけが廊下を照らし出している。

 狭くて暗くて、しかもそこを急がなきゃいけない。

 なんか変なプレッシャーがあるな。


 艦橋とトイレは、意外と距離がある。

 というのも、艦橋は第6甲板の上にあるんだが、トイレは第4甲板より下にしかないのだ。

 つまり、艦橋から一番近いトイレに行くにも、3階は降りないといけない。

 なんでこんな設計なのかは知らないが、ちょっと困るな。


 というか、侵入者ってなんだよ。

 こんな宇宙のど真ん中で、どこから誰が入っくるんだ。

 もしかしたら、結構なヤバさのものが侵入してたりして。

 黒くて強酸性の体液を持った、人の腹に子供を生むようなアレだったらどうしよう。

 荷物を運搬するパワードスーツなんてないぞ。


 まあ、今は深いこと考えず、艦橋に行こう。

 そこでなら、ある程度は答えが見つかるかもしれない。


 階段を上り第5甲板に到着。

 そのまま第6甲板への階段に足を乗せる。

 ところがそんな俺のすぐ後ろに、気配を感じた。

 俺の魔力が、人と違う気配を拾ったのだ。

 なんか、すごくヤバい気がする。


 このまま階段を上るか、振り返るか。

 悩んだ末に、好奇心に負けて俺は振り返った。

 ちょっと怖かったので、かなりの勢いで振り返った。


 俺の後ろにいたのは、紫色の煙のような何か。

 人の形はしておらず、煙としか説明ができない見た目の何か。

 強いて言えば、火の玉だろうか。

 ……マジかよ、まさかの幽霊ですかい。


「ああぁぁぁ! 幽霊だあぁ! 怖い! お願いだから呪わないで!」


 俺は必死に叫んだ。

 幽霊なんて見るのははじめてだが、怖くてしょうがない。

 もうパニックだ。

 誰でも良いから助けてほしい。


 なんて思っていると、紫の煙がふわりと動いた。

 同時に、俺の顔のすぐ側を風が通り抜ける。

 いや、これは風じゃない。

 これは短剣だ。

 短剣が飛んできて、俺の顔のすぐ側を通り抜けたんだ。

 というか、壁に短剣が刺さってる。


「チッ! 外したかコラァ!」


 あれは、スチアか。

 この短剣は、スチアが投げたものか。


「ああぁぁぁ! スチアだあぁ! 怖い! お願いだから殺さないで!」

「司令は殺さないから、落ち着いてよ」

「……すまん」

「ともかくその変なの、それが侵入者だよ」

「え、やっぱりそうなの……」


 一瞬だけ俺が取り乱してる間も、紫の煙はそこら辺を浮遊している。

 スチアはそれに剣を向けていた。

 この謎の煙、落ち着けばそんなに怖くないぞ。

 つうかこれ、なんだ?

 侵入者ってことは、一応は生命体なのか?


「研究中なんだから静かにしてよ!」


 おっと、メルテムが顔を真っ赤にして部屋から出てきた。

 緊急事態だってのに、よくもまあ研究を優先できるよなコイツ。

 今は目の前の、謎の煙の方が重要なんだよ。


「あ! フライング・スピリット! こんなところで見られるなんて、ああぁぁあ!」


 うん? なぜかメルテムが興奮しはじめた。

 どういうことだ?

 つうかなんだ? そのフライング・ダッチマンみたいなヤツ。


「え、これがフライング・スピリット?」


 スチアも知ってるのか。

 こりゃ、質問した方が良いな。


「なんだ、フライング・スピリットって」

「浮遊する死者の魂みたいなもんかな。あんまりお目にかかれないレアな魔物」

「魔物なのか?」

「うん、死んだ魔物の魔力だけが浮遊してる、みたいな感じ。こんな離れた宇宙空間にいるなんて驚きだよ」


 説明しながらも、視線はフライング・スピリットから離さないスチア。

 剣先もぶれることがない。

 すごい殺気を感じて怖いぞ。


 でもおかげで、フライング・スピリットとやらがどんなものか理解できた。 

 ちょっと使い魔と似てるんだな。

 こっちは純粋な魔力のかたまりなんだろうけど。

 なんでこんな宇宙空間にいるのかは、今は気にしない。

 今は、この侵入者をなんとかしないと。


「ああぁぁぁあ! 触らせて!」


 おいおいメルテムのヤツ、狂喜乱舞しながらフライング・スピリットに飛びかかったぞ。

 これにはフライング・スピリットも驚いたみたいだ。

 メルテムにかき乱されながら、キン斗雲みたいに逃げていった。


「ちょっと待てコラァァ!」


 雄叫びを上げるスチアが、短剣を投げながらフライング・スピリットを追う。

 俺は艦橋に戻るべきかと思ったが、ふと不安が心をかき乱した。

 フライング・スピリットが向かったのは、下の階だ。

 第4甲板より下は乗組員の生活空間であり、そこにはロミリアの部屋がある。

 あのさまよえる魂がロミリアを襲うんじゃないかと思うと、不安でしょうがない。

 俺は自然と、スチアの後に付いていった。


 フライング・スピリットを追うスチアと俺。

 よく見ると、俺の後ろには興奮したメルテムも付いてきていた。

 俺たちはどんどんと階を下っていき、第2甲板にやってくる。

 乗組員の生活空間であり、ロミリアの部屋がある階だ。

 ここでフライング・スピリットは廊下に進路を変え、逃げていく。

 その方向は、ロミリアの部屋がある方向。

 俺の嫌な予感が当たりそうだ。


「あんなのどうやって捕まえるんだ?」

「知らないけど、なんとかなるよ」


 えらくテキトーな答えを口にするスチア。

 さすがはフォーベックに気に入られるだけある。

 でもなんか、スチアならなんとかできそうな気もするな。


 しばらく走ると、フライング・スピリットがとある部屋に入っていった。

 まるで壁をすり抜けるようにだ。

 俺の心拍数が一気に上がる。

 ヤツが入ったのはロミリアの部屋だ。

 なんてこった! 俺の嫌な予感が当たるなんて!


「追いつめたよコラァ!」


 スチアがロミリアの部屋の扉を蹴破り、俺たちも部屋に入る。

 部屋には、ぬいぐるみのミードンを抱いたロミリアが、ベッドの上にちょこんと座っている。

 彼女は体調不良とのことだが、それを襲うとはな。

 フライング・スピリットめ、処分の時間だ、覚悟してもらうぞ。


「な、なんですか!?」


 混乱するロミリアをよそに、スチアが剣を大きく振り上げる。

 するとフライング・スピリットは、突如としてロミリアの持つミードンを包み込んだ。

 そしてそのまま、ミードンの中に入り込んでいく。

 紫の煙はぬいぐるみの中に姿を消したのだ。


「出てこいコラァ!」


 ミードンに向かって叫ぶスチア。

 フライング・スピリットが入り込んだ可愛いらしいミードンと、それを抱きながら唖然とするロミリア。

 後ろではメルテムが興奮している。

 なんか異様な光景だ。


「ニャーム、ニャニャニャ!」


 突然、ネコみたいな鳴き声が俺の鼓膜を震わす。

 どこからだと思ったら、ミードンだった。

 あの可愛らしいぬいぐるみが、ネコみたいに鳴きながら動いてる。

 驚く以前に、その可愛さにやられそうだぞ、俺。


「ミ、ミードン!? え、なになに……そうなんだ……」


 おや、ミードンとロミリアが会話している。

 なんだ、何が起きた?


「えっと、フライング・スピリットがミードンに憑依したみたいです」

「そ、それ、大丈夫なのか?」

「大丈夫です。この子、ずっと1人で寂しかったそうですよ。久々に人間に会えて嬉しかったみたいで。迷惑をかけたことは謝ってます」

「そ、そうか……」


 ロミリアにはフライング・スピリットの言っていることが理解できるようだ。

 彼女の口ぶりから、そんなに悪いヤツじゃないことが分かるぞ。

 う~ん、コイツの処分をどうするか……。


「ニャーム、ニャーム」


 む、そんな大きな瞳で見つめないで。

 そんな可愛い鳴き声で甘えないで。

 ネコとクマを合わせたような、白く可愛らしい見た目がずるい。

 これ、なんか許さなきゃいけないじゃん。


「もういい、許してやる! これ以上は迷惑をかけるなよ」

 

 あー! 完全に可愛さに負けた!

 つい勢いで許しちまった。

 まさか、謎の侵入者フライング・スピリットが、ミードンに命を吹き込むとは。


「……うーん、まあいっか」


 さすがのスチアもフライング・スピリットを許している。

 すごいぞ。

 可愛さは正義だな。

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