第36話 艦隊戦闘訓練
7月15日。
相も変わらず、講和派勢力からの命令はない。
その方が平和なんだとヤンは言っていたが、こっちからすれば暇なだけだ。
暇なのは好きだから、別に良いけどさ。
ただ、何もしないというわけにもいかない。
そこで、艦隊での訓練をほぼ毎日行っている。
いざ命令が来たときに、きちんと任務を達成できないと意味がないからな。
何より、ガルヴァノ夫妻は軍人じゃない。
船だって輸送船をちょっと改造して武装させた輸送艦。
訓練をしておかないと、戦闘すらもうまくできない可能性がある。
暇を持て余すぐらいなら、訓練をした方が有意義だ。
俺は今、艦隊戦闘訓練のためにガルーダに乗っている。
ガルーダはガルヴァノ夫妻の船と共に、月から50万キロ離れた宇宙空間を飛行中だ。
ここからだと、マグレーディのある月がかなり小さく見える。
なんで、こんな離れた場所で訓練なのか。
理由は簡単だ。
なるべく共和国にこちらの動きを知られたくないからである。
講和派勢力は未だ隠された存在で、その活動も秘密裏に行われている。
そうなると専属艦隊の俺たちも、未だ秘密の存在ということになる。
共和国の近くで、派手な訓練など、そんな目立つことは御法度なのだ。
それと、慎重にならなきゃいけないことがもう1つ。
マグレーディは事実上、ヴィルモンの傀儡国家となっている。
だからヴィルモン政府の影響は大きく、港の一部を共和国艦隊が無償で使えるようになる条約がすでに締結された。
つまり、俺たちのすぐ近くに共和国艦隊が存在するのである。
おかげで訓練地は遠くなり、しかもそこに向かうために、物資輸送を装ったり、出港時間をずらしたりして、共和国艦隊の目を欺かないといけない。
これがめんどくさくてしょうがない。
まあともかく、そういった理由と経緯があって、俺たちは月から50万キロも離れた場所で訓練をしている。
この距離、超高速移動が使えるガルーダなら問題ない。
10秒もあれば到着する。
だが、最高速度が時速4万キロ程度の輸送艦2隻は、移動だけで10時間以上掛かるんだ。
艦隊行動として超高速移動ができないのって、問題な気がする。
ついでに、共和国艦隊と違って輸送艦2隻にはそれぞれ名前がある。
ダリオ艦長の輸送艦がダルヴァノ、モニカ艦長の輸送艦がモルヴァノだ。
それなりに覚えやすい名前で助かったよ。
今回の訓練は、単純な艦隊戦闘訓練。
艦隊で移動しながら標的を攻撃する、超基本的な内容だ。
これができないと、いろいろとヤバい。
サッカーでボールをうまく蹴れない並にヤバい。
うまくボールを蹴れない俺は、そのヤバさをよく知っている。
だから、単純で超基本的な訓練でも、かなり重要なものだ。
戦闘訓練ということで、教官はフォーベックに任せた。
説明、指示、評価といったものは、全て彼の仕事だ。
本来は司令の俺がやるべきなんだろうけど、俺はまだ新兵に毛が生えた程度だから仕方ない。
艦隊司令が艦長に指示されるなんて、完全に権力の逆転が起きてるよな。
ともかく、フォーベック教官が訓練の説明をはじめている。
「時速2000キロで飛行しながら、ガルーダの指示に従って、20の標的を3発以内に仕留めんのが今回の目標だ。指示された以外の標的を撃つんじゃねえぞ」
《時間的な制限はあるのですかな?》
「ない。早けりゃ早いほど評価は高くなるが、最初は気にしなくていい」
標的ってのは、大きさが20メートル程度のバルーンだ。
これが約100キロ四方の訓練地に35個浮いている。
バルーンに熱魔法攻撃がヒットすれば、赤く光るので分かりやすい。
「もう一度言うが、撃っていいのは指示した標的、つまりマーキングされた標的だけだ」
優先的に攻撃すべき敵に少量の魔力をくっつけ、味方に伝える。
それがマーキングと呼ばれるものだ。
これをすることで、指示と攻撃がより正確になる。
艦隊全体にマーキング情報を送れば、艦隊での攻撃も正確になるわけだ。
いわゆるデータリンクってやつだな。
かなり大事なものだが、俺はなんと、つい先日これを知った。
元々は多数の敵を相手にした時しか使わないので、教える機会がなかったんだと。
なんかやっぱり、テキトーだよなそういうところ。
《異世界者様の指示を受けるなんて、光栄だね》
モニカの言葉が俺の心を揺さぶる。
そうやって期待されると、ちょっと緊張するんだよな。
そりゃ、3度も実戦を経験してる俺からすれば、今回の訓練は難しい話じゃない。
でもさ、だからこそ、できないと恥ずかしいじゃん。
あと、今日はロミリアがいない。
彼女は体調不良で部屋にこもっている。
ロミリア依存症なりかけの俺は、それが心配でしょうがないんだ。
病状の心配っていうより、頼る人がいない心配だな。
「機材に魔法、ちゃんと通してよ」
さらに緊張するようなことを言いやがったメルテム。
実は今回の訓練はメルテムの研究も兼ねている。
彼女はどうやら、異世界者の魔力に興味を持ったらしい。
超高速移動の研究中に、なんか気になることがあったそうだ。
おかげで、ただでさえ管だらけの俺の椅子に、さらに計測のための機材が追加された。
実験台っぽい椅子が、本当に実験台になっちまったぞ。
「じゃ、頼んだぞアイサカ司令」
むむ、もうやるのか。
なんか緊張するが、先に言い訳を考えておこう。
そうだ、魔力計測の機材が俺の魔力を邪魔したってことにすりゃいい。
メルテムのせいにするんだ。
よし、少しだけ緊張がほぐれたぞ。
「速度は時速2000キロを維持、現在の隊列を崩さないように」
《了解》
《了解しました》
《当然さ!》
俺のざっくりした指示を、みんなはきちんと聞いてくれる。
今回の俺の担当は、艦隊への指示とガルーダの操舵。
機関の操作は魔術師の皆さんに任せている。
加速が速いガルーダは、ダリオ艦長のダルヴァノとモニカ艦長のモルヴァノに合わせ、時速2000キロに達した。
窓の外に目をやると、一番近い距離にあるバルーンが見えてきている。
さてさて、攻撃はガルヴァノ夫妻の輸送艦の仕事だ。
俺はマーキングと操舵に集中するば良いだけ。
最短距離で20のバルーンが攻撃できるよう、マーキングしよう。
魔力レーダーで、バルーンの大まかな位置と距離を測った。
そこから最短距離を探し出し、ルートを考える。
俺たちは時速2000キロで飛んでるから、悠長にしてる暇はない。
1番近いバルーンまでの距離は、かなり縮まってきている。
いざこうしてやってみると、ゲームみたいな感じだ。
相手がバルーンだから、余計にそう感じる。
おかげで余裕が出てきたな。
バルーンはランダム配置だ。
ここは単純に、近い標的を繋げてルートを作っていく。
2隻それぞれ10の標的を撃たせるか。
猶予はあと少ししかないが、マーキング自体は難しくない。
俺は、頭の中で描いたルートに従って魔法をバルーンに放つ。
どれが誰への指示で、どの順番かも分かるよう工夫しておいた。
「マーキング完了。黄色がダルヴァノで緑がモルヴァノの標的です。光が強い方から撃ってください」
《なるほど、了解しました》
《あたいらの腕、きちんと見ときな!》
「お願いしますよ」
よかった、伝わったようだ。
あとは、2人のところの魔術師次第だ。
きちんとバルーンに当てられるだろうか……。
2隻の真四角な形をした輸送艦から、熱魔法攻撃が撃ち出された。
ダルヴァノは最初の1発を外したものの、2発目は無事に命中。
その後も1発か2発でバルーンを撃破していった。
対してモルヴァノは、驚くことに1発で確実にバルーンを撃破している。
自慢するだけあって、いい腕だな。
俺の考えたルートは、ほぼ真っ直ぐ飛ぶだけでバルーンを撃破できるようにしてある。
だから、ダルヴァノもモルヴァノも大きく旋回するといったことはしない。
それが高い命中率に繋がってんだろう。
なんとかうまくいってるみたいだな。
合計で12のバルーンを撃破した頃だ。
モルヴァノがはじめて、標的を撃破し損ねた。
唯一ちょっと奥まった場所のバルーンだったから、難しかったんだろう。
でも、すぐに次の標的に切り替え、そちらを1発で仕留めていた。
この切り替えの早さは頼れるな。
《10の標的を撃破》
《こっちも終わったよ》
思いのほか順調に終わったな。
これはいい結果なんじゃないか?
「よし、タイムは……1分36秒。マジかよ、やるじゃねえか」
フォーベックが素直に驚いている。
確かに、ダルヴァノは平均2発、モルヴァノは平均1発で標的を仕留めていた。
仕留め損ねて時間が掛かったのは1つだけで、これはかなりの成績。
しかも時間もわりと早い。
あの夫妻とその輸送艦、思ったよりすごいんだな。
「アイサカ司令の指示も的確だ。あんな効率の良いルートを、あんな短時間で考えるとはなあ」
おや、俺が褒められている。
こっちとしてはゲーム感覚で考えたルートなんだけどな。
ゲームがないこっちの世界じゃ、ゲームしてただけでも立派な訓練になるのか?
「これなら十分に戦えるぜ。正直、俺の予想以上だ」
楽しそうに不敵な笑みを浮かべるフォーベック。
彼のこんな表情を見るのは、フォークマス奪還作戦に成功したとき以来だ。
そうか、俺とカルヴァノ夫妻、十分に戦えるのか。
なんか知らんが、安心した。
あ、安心したらトイレ行きたくなってきたぞ。
今行って大丈夫かな?
「あの、トイレ行きたいんですが……」
「これからバルーンの再配置だ。時間はたっぷりある」
「そうですか。じゃあ、ちょっと失礼します」
まったく、便意には勝てないな。
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