第30話 軍師登場

 マグレーディの港に着陸したガルーダ。

 港といっても、中型小武装の輸送機が2隻だけ停泊する小さなものだ。

 大きめのガルーダは、ぎりぎりのサイズである。


 ガルーダから降りると、そこは人間界惑星と変わらぬ世界だった。

 普通に息ができるし、重力もある。

 空はドームに覆われ、その先は宇宙だが、それでもここが月であるのが信じられない。

 なんともSF感が強いが、街並はフォークマス辺りとあまり変わらない。

 SFに囲まれたファンタジー世界って、もう滅茶苦茶だ。

 超高層ビルがないだけマシか。


 さて、俺たちが港に降りるとすぐ、拍手喝采の歓迎ムードな民衆に囲まれた。

 艦隊封鎖に苦しむ毎日が続く中、その封鎖を『無傷』で突破したガルーダだもんな。

 俺だったら感謝歓迎じゃすまないぐらい熱狂するだろう。

 彼らからすれば俺たちは立派な英雄だ。


 民衆をかき分け、馬車に乗せられると、そのまま城に直行だ。

 マグレーディの城は、クレーターの中央にある。

 おそらく月の石で作られたのだろうか、飾り気のない灰色の城。

 近くで見ると、その飾り気のなさに拍車がかかる。

 装飾は一切なく、3階建てぐらいの横に広い建物で、1つだけ塔が建っている。

 イギリス国会議事堂みたいな構造だ。


 城の正面玄関に到着し、馬車を降りる。

 そこで俺たちを待っていたのは、マグレーディのお偉方だ。


「アイサカさん! ロミーちゃん! お久しぶりです!」


 お偉方の中央でこちらに手を振る、1人の男装した少女。

 いや、あれは男だ。

 だから男の格好で何も問題はない。

 問題ないはずなのに、見た目的に男装と表現したくなる。


「久しぶりだな、ヤン。お前、なんでこんなところに?」


 一番聞きたかったことを、一番最初に聞いた。

 するとヤンは、ニタリと笑って説明をはじめる。


「モイラーが逮捕されてぇ、ヤン商店も悩みの種が1つなくなったんですよ。おかげでですねぇ、お姉ちゃんとボクが商店を継ぐって話がなくなって、ボクは自由に就職活動ができるようになったんです」

「それで、マグレーディに就職したと。肩書きとかはあるのか?」

「肩書きは軍師です。マグレーディ王国軍師」


 ……いや、ちょっと待って。

 軍師って、ひょっとしてあの軍師か?

 諸葛亮とか張良とか黒田官兵衛みたいな、あれか?


「ボク、こう見えてすごいんですよぉ」


 憎たらしい笑みを浮かべやがるヤン。

 そしてなぜか黄色い声を上げるマグレーディの侍女。

 うっとりとした目をする大臣らしきおじさん。

 ……大丈夫かこの国。


「立ち話もなんですからねぇ。どうぞ付いてきてください」


 この際、細かいことは気にすまい。

 細かいことじゃない気がするが、知ったことか。


 俺たちは城の中をしばらく歩く。

 城の中も装飾品が一切なく、王様が住んでいる建物とはとても思えない。

 食料以外のほとんどを人間界惑星からの輸入に頼るほど、月には何もないと聞いたが、そのせいだろうか。


「なあ嬢ちゃん。あの軍師さん、ホントに男なのか?」

「はい。顔つきは女の子ですが、胸もありませんし」

「そうなると、実は嬢ちゃんも男ってことはねえよな?」

「それ、どういうことです?」

「いや、なんでもねえ」


 フォーベックの冗談にロミリアがちょっと膨れっ面だ。

 というか、ロミリアはフォーベックとはだいぶ話をするようになったな。

 いつもの人見知りがウソみたいだよ。


 数分歩くと、ある部屋に案内された。

 映画とかドラマで、政治家や軍人が会議をしていそうな部屋だ。

 というかたぶん、そういう部屋なんだろう。

 部屋には数人のおじいさんと、2人の少女が座っている。


「マグレーディ王のセルジュ陛下は、元老院会議参加のため不在です。代わりに、我が国の2人の王女が、アイサカさんを歓迎します」

「エリーザ=ペナーリオと申しますわ。アイサカ様、このたびは救援ありがとうございますの」

「マリア=ペナーリオよ。その……礼は言っておくわね」


 エリーゼはやたらとゆっくりした口調、マリアは傲慢なお嬢様みたいな口調。

 王女様といっても、2人ともまだ子供じゃないか。

 姉と思わしきエリーザは中学生、妹と思わしきマリアは小学生ぐらいの年齢だろう。

 この国も大変なんだな。


「我が国の説明の前に、人間界惑星の現状を説明しますねぇ。あ、一応言っておきますけど、これから話すことは、ボクも軍師になってから知ったことです」


 俺たちが席に座ると、ヤンがそう言って説明をはじめた。

 口調はヴィルモン王都を案内してくれた時と変わらないが、内容はだいぶ違う。


「複数の王様が、過去の異世界者が魔界惑星に亡命したことを理由に、現異世界者の危険人物認定とその排除を、元老院に提出していました。実はこれ、アイサカさんたちが召還されたその日の夜に行われたことなんですよねぇ」


 なんと、驚いたな。

 俺たちはそんなに前から排除の対象だったのか。

 つうか、魔界惑星に亡命した異世界者ってササキだよな。

 異世界者の排除って、あいつが引き金かよ。


「ただ、フォークマス奪還作戦が成功したことで、リシャール陛下やその腰巾着であるパーシング陛下ら、そしてエリノルさんが異世界者の排除に反対します。魔界軍との戦争勝利のため、異世界者は必要であるというのを理由にですねぇ。当然だと思います」


 そうか、反対してくれた人もいたのか。

 意外なのはリシャールだ。

 アイツは悪そうなヤツだから、俺たちの排除を訴えた張本人だと思ってたぞ。


 今思うと、祝賀パーティーでみんなが俺たちに話しかけなかったのは、こういった議論があったからなのかもしれない。

 俺たちと下手に話すことで、揚げ足を取られたくなかったんだろう。

 とっくに政治の世界に引きずり込まれてたのか、俺たち。


「ところが異世界者排除の声は大きく、徐々に元老院はそちらに傾くんですねぇ。そして、リシャール陛下の条件であるムラカミさんの排除対象除外が認められると、リシャール陛下も排除賛成に回ります。ここで、アイサカさんとクボタさんの排除が決定しました」


 あらら、結局はリシャールのせいなのかよ。

 そしてなぜ、村上だけは排除対象から除外されるんだよ。

 なんでアイツが。


「村上はなんで除外されたんだ?」

「彼だけは、各国の王様と親しく話をしていたからですかねぇ。利用しやすいから、という話も聞いてます。詳しいことは分かりません」


 あり得なくはなさそうだ。

 確かに、村上だけはこっちの世界の人間とよく話をしていた。

 結局はコミュニケーション能力が生き残るための必須アイテムなのね。

 それにやっぱり、アイツは利用しやすいと各国の王様も思ったんだな。

 生き残ったは良いけど、村上も大変だろう。

 アイツ自身はたぶん、それに気づいてないだろうけど。


「元老院での決定後も、エリノルさんは最後まで異世界者排除に反対でした。そのため元老院は、エリノルさんを参謀総長から解任させ、その直後にアイサカさんとクボタさんへの攻撃がはじまります」


 え? エリノルってあの時もう参謀総長じゃなかったの?

 そうか、彼女は俺たちを裏切ってなかったのか。

 思ったより俺たちの味方はいるみたいだな。


「お2人が逃走後、元老院はお2人が魔界軍の攻撃で死んだと発表したんですねぇ。だからアイサカさんとクボタさんは、人間界では死んだと思われています」


 そうだったのか。

 じゃあ俺が人間界惑星に現れたら、幽霊扱いだろうな。

 ロミリアなんか幽霊の使い魔だ。

 それより、1つ疑問がある。


「えっと、俺らは死んだことになってるんだろう? じゃあなんでヤンは、俺に救難要請をしてきたんだ?」

「元老院と各国政府では、アイサカさんとクボタさんが生きているのは常識ですよぉ。一国の軍師であるボクが、アイサカさんの生存を知らないわけありません」


 そうか、そうだったのか。

 まあ、よく考えたら当然か。


「さて、マグレーディの現状も説明しますねぇ。数日前、リシャール陛下が魔界軍への備えとして、ヴィルモンによるマグレーディの併合を元老院に提出しました。リシャール陛下は、新しく作られる拠点を自分で統治したかったのでしょう」


 リシャールは共和国や元老院より、自分の力を大きくしたいんだろう。

 確かに戦時中の最高指導者への権力集中はよくあることだ。

 元老院みたいな制度じゃ意思決定に時間が掛かるから、議長のリシャールに権力を集中させるのは簡単に否定できる話じゃないだろう。

 でも、やり方がちょっとな。


「元老院もヴィルモンの勢力拡大は困るので、今でもマグレーディ併合に反対する王様は多いです。でもですねぇ、異世界者排除に賛成してくれた借りを返すため、嫌々ながら賛成した王様が過半数でした」


 政治的な駆け引きってヤツだな。

 それで運命を翻弄されるマグレーディからすれば、とんだ災難だ。


「我々は当然、併合される気はありません。だからこうして篭城しているんですが、共和国艦隊の包囲で危機的状況に陥りました。まあここからは、アイサカさんはもう知っていますよねぇ、これからどうするかも」


 分かってるさ。

 分かってるから、ガルーダはあんな作戦で突入してきたんだ。


「今日か明日には、共和国の使者が来ると思います。そしたら元老院で直接交渉になりますけどぉ、アイサカさんも一緒に来てもらいますからねぇ」

「分かってる」


 当然そのつもりだ。

 さすがにちょっと緊張するが、ここまできたらそうするしかないだろう。


 その後、俺が放浪生活や久保田の現状を伝え、会議は終了した。

 久保田については、都合が悪いので隠した方が良いとのこと。

 まあそりゃそうだろう。

 元老院の言う危険性、魔界惑星への移住をやっちまったんだからな。


「ロミーちゃん、久しぶり!」

「お久しぶりです、ロンレンさん。お元気そうでな……うわぁ!」


 あ、ヤンがロミリアに抱きついた。

 だからお前は男だろう。

 女みたいな顔だからって、そういうことをするんじゃない!

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