第31話 腹芸
ヤンの予想通り、翌日に共和国の使者がやってきた。
どうやら元老院議会で話をしたいとのこと。
きっと、俺たちガルーダに併合反対派が恐れをなしたんだろう。
でなきゃ、マグレーディなんて小国を相手に話し合いの場なんか設けない。
元老院ビルに向かうため、今回はガルーダではなく、マグレーディの輸送船に乗った。
艦首に艦橋があり、その後ろから艦尾にかけては真四角な船体である。
タンカーみたいな見た目で、鉄製だから、やっぱりファンタジー感はゼロ。
少数の中距離砲と短距離砲で武装されているのだが、マグレーディが包囲され、急ごしらえで戦闘できるように改造したらしい。
輸送船の艦長はダリオ=ガルヴァノという、人の良さそうな中年男性である。
フォーベック以外が艦長の船に乗るのは珍しいな。
ガルーダで人間界惑星に向かわないのには、2つの理由がある。
1つはマグレーディ防衛のためだ。
共和国艦隊の包囲はまだ続いているから、ガルーダとフォーベックは残っていてほしい。
もう1つの理由が、元老院への配慮。
元老院からすれば、ガルーダは今や脅威で、それを人間界惑星に持っていくのは刺激が強いのである。
マグレーディからヴィルモン王都までは、約10時間の旅であった。
ガルーダのスピードと超高速移動に慣れていたため長く感じたが、これが普通である。
ヴィルモン王都の港、そしてそこからバスによる城までの移動を含めると、約12時間。
もう日は傾き空は赤くなっている。
久々のヴィルモン王都だ。
相変わらずファンタジー世界にミスマッチな超高層ビルという街並。
無駄に近代的な元老院ビルが、俺たちを待っている。
代わり映えしないな。
最後に見た時から1ヶ月も経ってないんだから当然か。
元老院ビルに到着すると、ヤンが恰幅の良い1人の男性を紹介してくれる。
なんだか、ちょっと気弱そうな若い男だ。
「セルジュ=ペナーリオです。あ、マグレーディ王国の王です。マグレーディを危機から救っていただきありがとうございます」
「陛下、もうちょっと偉そうにした方が良いかもしれせんねぇ」
「そうなのか? 私にそんな資格があるだろうか……」
「大丈夫ですよぉ。ほら、もっと自信を持って」
「うむ。コホン! 私がセルジュ=ペナーリオだ。お前の働きに感謝する」
完全にヤンに頼り切った感じだな。
大丈夫かな、この王様。
どことなく暗愚な第一印象だぞ。
よくこれで、マグレーディ併合を拒否したもんだ。
確かセルジュ陛下は、共和国で最年少の王様だったな。
先代の王、つまりセルジュ陛下のお父さんは過労死してしまったため、わずか31歳で王様になった人だ。
なんか気弱なのは、そういったことが理由なんだろうか……。
セルジュ陛下との自己紹介後、会議まで2時間も待たされた。
俺としては早くしてほしかったが、ヤンにとっては好都合だったようである。
この2時間の間に、何人かの王様と話を通しておいたようだ。
さすが軍師、よく働くな。
というか、すげえなヤン。
ようやく会議がはじまると、俺とロミリア、そしてヤンは元老院議会へと向かう。
元老院議会は、共和国の様々な方針や軍事力の行使などを決定する、共和国の中枢だ。
議会がある議場は体育館ぐらいの広さで、中央に円卓が設けられている。
ここに24の王様と複数の大臣が集まり、話し合いをしているそうだ。
俺たちの排除決定も、ここで議論され可決されたんだろうな。
円卓は明かりに照らされているのだが、部屋の端は暗い。
たぶん、円卓自体は決まったことを発言する場で、あの暗い場所が、各国のお偉いがしのぎを削る場なんだろう。
俺たちは明るい部分、つまり円卓のマグレーディ席付近に立つ。
椅子は用意してくれないのな。
「これより今回の会議における最重要議題、『ヴィルモンによるマグレーディ併合』の是非と『アイサカ・マモルの扱い』に関する議論を行う」
円卓の中でも、共和国のシンボルが掲げられた壁の前に座るリシャールの言葉。
彼は議長だから、進行役なんだろう。
にしてもなんだよ、相坂守の扱いって。
まるで物扱いだな。
「最初に、我々によるマグレーディ併合についてだ」
「それに関してはとうに答えは出ているであろう、リシャール殿」
「そうだ! 異世界者を相手にするのは不可能だ!」
「即刻、共和国艦隊の撤退と併合宣言の撤回を求める」
ほう、国会中継で見たことあるような感じだな。
リシャールが与党で、その他が野党ってところか。
黙ってるのは、パーシングと数名の王様。
併合に反対する王様は元老院の半数を超えている。
ヤンの言う通り、リシャールの勢力拡大を封じたい王様は結構いるんだな。
「アイサカ君、君は本当に、マグレーディ併合に抵抗する気かね?」
おっと、リシャールがこっちを向いて話しかけてきた。
思ったより早くこっちに矛先が向いたな。
どう答えるのが正しいのか悩むぞ。
「アイサカさん、ここははっきりと、脅すように抵抗の意思を伝えてください」
ヤンが小声で俺にアドバイスしてくれる。
ここはヤンに従おう。
「俺とガルーダの乗組員たちは、マグレーディを救うためにここに来た。この場でマグレーディの併合を撤回しないのなら、俺たちは死ぬまで抵抗する。言っておくが、艦隊封鎖を突破したガルーダは無傷だったからな」
ここまで言えば大丈夫だろう。
実際、円卓がざわつきはじめている。
「マグレーディの軍師としても1つ言っておきますねぇ。アイサカさんとガルーダを排除対象にしたのは元老院です。元老院が先に敵対宣言をしたのですから、アイサカさんは当然のことをしているまでですよ」
畳み掛けるヤン。
これで俺たちの覚悟は伝わったはずだ。
明かりのない暗い場所で人々が忙しく動き、円卓の王たちに何かを耳打ちしている。
「このままでは共和国艦隊が大きな損害を被るぞ。魔族との戦争を継続するためにも、それだけは避けねばなるまい」
北方の大国、フォーベックの故郷であるノルベルン王国の王様、イヴァンの意見だ。
至極真っ当な意見である。
「この事態を招いたのはマグレーディ併合宣言のせいだ。リシャール、貴様の責任だぞ」
この意見は、超大陸中央西部のサルローナ王国王様のものだな。
さっきから一番、リシャールを責めている人だ。
ちょっと口調が感情的なのが引っかかる。
彼らに続き、大陸国家シェンリンの女王やグラジェロフによる併合反対意見が飛び交う。
いろんな国名を出したが、これはそれぞれにネームプレートがあるおかげだ。
俺がわざわざ覚えてきたわけじゃない。
こんなもん、短時間で覚えられるわけがない。
ところで、グラジェロフだけ王様や女王様が出席してないんだよな。
代わりに大臣が出席している。
おかげで、あんまり強いことが言えないみたいだ。
「魔族に対する前線基地の必要性は、皆さんだって理解しているんだろ?」
ひときわ低い声が部屋に響いた。
この声は、ガーディナ王パーシングだ。
酒に酔ってないと、意外と真面目な人なんだな。
口調は荒々しいけど。
「理解はしている。だが、ヴィルモンによるマグレーディ併合はやりすぎだ」
「そうだ! おかげで異世界者がやってきてしまった! どうしてくれるんだ!」
「なら対案ぐらい出せよ。マグレーディがダメなら、どうするんだ?」
「なんだその口のきき方は!」
あ~あ、完全に話が脱線するパターンだよこれ。
パーシングの口調も問題だが、サルローナの王様も感情的になり過ぎだ。
俺たちと俺たちの話が完全に置いていかれてるぞ。
「ではわしが対案を出そう」
議論が明後日の方向に行く前に、それを止めた重要な言葉。
これはリシャールの口から飛び出したものだ。
彼の話の続きは、この場にいる人間のほとんどを驚かせた。
「共和国艦隊の損害は避けねばならぬ。アイサカ君と決定的に対立するのも避けるべきだ。そこでわしは、マグレーディ併合宣言を撤回しよう。その代わりとして、セルジュ殿は我らヴィルモンがその御身を預かる」
あっさりとした併合宣言の撤回。
それに続く大胆な提案。
セルジュ陛下をヴィルモンから離さないことで、マグレーディを事実上の傀儡政権にする気か。
すごいことを言い出すな。
「無論、マグレーディには自由を与えよう。セルジュ殿には2人の娘がいたはずだ。マグレーディの統治は、その2人に任せれば良い」
「リシャール殿、セルジュ殿の娘はまだ幼いのを知っておろう」
ほら反論されたじゃないか、イヴァンに。
って、あれ? セルジュ陛下? ヤン君? 君たちは反論しないの?
「セルジュ陛下、ボクの言った通りの答えを」
「う、うむ。リシャール様、その提案を受け入れます」
は? ちょっと待って、本気か?
ヤンの考えていることが分からない。
これじゃあ、マグレーディは傀儡国家になっちまうぞ。
何が目的なんだよ、ヤン。
「しかし、その……こちらにも条件があります」
良かった、タダじゃないみたいだ。
ヤンの狙いはこの条件の部分だったんだな。
さて、どんな条件なんだろうか。
「条件、か。まあよい、聞こう」
「では、条件の提示はボクから。我が国の王であるセルジュ陛下をヴィルモンに預ける代わりに、アイサカさんをマグレーディの管理下に置かせてください」
元老院議会が、今までで一番ざわついた。
その中でもひときわざわついたのは、たぶん俺だろう。
対してリシャールやパーシングはあまり驚かず、むしろ笑みを浮かべている。
もしかしてヤンが通しといた話って、これか?
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