第28話 救難要請

 朝起きて、着替えて、朝食を食べて、ロミリアと合流し、艦橋に到着する。

 ここまではいつも通りの生活だった。


「何かありました?」

「ああ、あったぜ。これを見てくれ」


 いつも通りの言葉を口にしたのに、フォーベックの答えはいつも通りではない。

 彼は手に持った1枚の紙を俺に渡してくる。

 なんの紙だろう、これ。


「魔力通信でそれが届いた。判断はアイサカ司令に任せる」


 メールやファックスみたいなものだろうか。

 魔力通信って声を届けるだけじゃないんだな。

 はじめて知った。


「紙を使った魔力通信は、王宮ぐらいでしか流通してないはずです」


 ロミリアの捕捉が入る。

 つまり、王族が本当に緊急のときにしか使わない手段なのね。

 もしかしたら、特別な紙が必要とかそういう縛りがあるんだろう。

 世の中甘くはない。


 ところで、王宮ぐらいでしか流通しないものがなぜ届いた?

 一体どこから届いたものなんだ?

 もしや共和国からの謝罪文かなんかだろうか。

 いや、最後通牒の可能性の方が高いな。

 ともかく読んでみよう。


『ガルーダのアイサカさんへ。

 現在私たちマグレーディ王国は、ヴィルモン王国の併合宣言により国家存亡の危機に立たされています。

元老院もリシャール陛下の威光に逆らえず、すでに私たちは共和国艦隊に包囲され、物資も届かず、このままでは民衆が飢え死にしてしまうでしょう。

 

 ただし、こちらにはまだ勝機があります。

元老院は、ヴィルモンによるマグレーディ併合に懐疑的な方が過半数を占めています。

このまま包囲が長引く、もしくはマグレーディ併合に際して艦隊に被害が出るとなれば、元老院の過半数が併合反対に傾き、共和国艦隊の撤退が決まると思われます。

ヴィルモンにべったりな共和国騎士団は諦めないでしょうが、幸運にもマグレーディは、人間界惑星の月にある国です。

艦隊が撤退すれば、騎士団になす術はなく、リシャール陛下も諦めざるを得なくなるでしょう。

 

 元老院を併合反対に傾けるためには、アイサカさんとガルーダの力が必要です。

どうか、私たちマグレーディに力を貸してはいただけないでしょうか。


 アイサカさんとクボタさんが危険な存在として共和国に攻撃され、惑星を脱出した経緯は存じ上げております。

しかし、短い期間とはいえアイサカさんに街を案内した身としては、あなたが危険な存在であるとはとても信じられません。

最初はあれだけボクを疑いながら、それでもきちんと接してくれたあなたが、危険人物とは思えません。

元老院に攻撃される今、私たちマグレーディはアイサカさんの味方です。


 次はボクが助ける、などと言っておきながら、結局は助けを求める。

恥ずかしい限りです。 

どうか、良い返事をお待ちしております。 

 

 ヤン=ロンレン』


 内容よりまず、差出人の名前に驚いた。

 久しぶりに見た名前だが、決して忘れることのなかった名前。

 散々な目に遭わされもんだから、忘れたくとも忘れられないアイツ。

 美少女みたいな美少年。


「さて、どうするんだ?」


 俺が読み終えたのを察してか、フォーベックが俺の指示を催促してくる。

 ちょっと待ってくれ。

 少しだけ落ち着かせてくれ。

 考えさせてくれ。


 マグレーディ王国については、ロミリアに教わった。

 確か空飛ぶ船が開発されてすぐ、月の開発のために共和国が作った王国だ。

 建国は37年前だから、人間界で一番新しい国だな。

 一応は人が住めるまで開発されたけど、共和国は旨味がないと事実上放棄したんだっけ。

 初代王様は開発のために過労死したのに、ひどい話だね。

 王国は残されて、細々と生き延びているらしい。


 さて、そんな王国がリシャールによって危機に陥っているとのこと。

 それを救うために俺たちが呼ばれた。


 まず、これは共和国の罠の可能性があるんじゃないかと考える。

 こうやってガルーダを誘い出し、俺を殺すのだ。

 ヤンの名前は俺を安心させるためのもので、実際は別のヤツが差出人。


 でもそれだと、俺が最初ヤンに対して冷たい態度をとったのをなぜ知っているんだろう。

 実はあのとき尾行されてたとか?

 ならモイラーのところで何かありそうなもんだがな。

 ちょっと答えが導きだせない。


 これが罠ではなく、本当にマグレーディが救いを求めているとも考えてみよう。

 するとなぜヤンが助けを求めてくるのか。

 彼女……じゃなかった、彼はヴィルモン王都の商人の生まれだ。

 なんかの都合でマグレーディにいるとしても、王宮でしか使えない魔力通信の方法を使うのは不自然だ。

 マグレーディ王国政府に就職してるんなら合点がいくが。


 しかしなあ、共和国、というかリシャールは本当にヒドいもんだ。

 理由は知らないが、共和国艦隊を使ってまでマグレーディを併合しようだなんて。

 俺らを追い出し仲間内で小競り合い。

 魔界軍との戦争はどうしたんだ?

 今こそ共和国が協力するべきだろう、まったく。


 このままだと、マグレーディに傷つく人が大量発生する。

 俺の決意がそれを許さない。

 とすると、やっぱり、助けた方が良いのかな?

 でも罠じゃない可能性は?


 これは、直接確認するしかない。

 遠望魔法を使って、マグレーディのある月を見れば良い。

 本当に包囲されてるんなら、共和国艦隊の軍艦がいるはずだ。


 なんて思ったが、なんともタイミングが悪い。

 月は人間界惑星の裏側に隠れている。

 仕方ない、ガルーダを動かすか。


「マグレーディが確認できる位置まで移動します」

「はいよアイサカ司令」


 答えを待ちかねていた様子のフォーベック。

 俺は気にせず、司令席に座ってメインエンジンに魔力を送り込んだ。

   

 ガルーダの加速度と最高速度は異常なレベルで、大気のない宇宙だとそれが顕著になる。

 5分も経たずにガルーダは時速4万5000キロに達し、まだまだ加速していった。

 しかも重力が操れるもんだから、惑星の影響をほとんど受けない。

 すごすぎである。

 ただ、宇宙が広すぎるせいで、その速さを実感できないのが残念だな。

 もうファンタジーの世界じゃなくてSFの世界だろ、これ。


 10分程度の時間が経つと、ようやく月の様子が伺えるようになった。

 俺はメインエンジンノズルの逆噴射装置を起動、加えて前方スラスターを噴射させることで、ガルーダを急減速させた。

 減速してもマッハ10は維持するんだけどね。


 さて、月の様子はどうだろうか。

 遠望魔法をズームさせ、見てみる。


 月は全体的にごつごつした石のかたまりで、多数のクレーターが形成されている。

 ただ1つだけ、ドームと緑に覆われたクレーターがあった。

 草地だ、月に草地があるぞ!

 それだけじゃなく、ドームの中にはきちんと街まである。

 あれがマグレーディ王国か。

 ドームで囲われたクレーターの中の街なんて、いよいよSFじゃないか。

 もうこの世界のコンセプトが分からん。


 で、共和国艦隊の軍艦はいるのかというと、確かにいた。

 マグレーディの街がある緑のクレーターを囲むように、12隻の軍艦が陣取っている。

 おそらく第4艦隊か第5艦隊だろう。

 幸いにしてフェニックスの姿はない。


 どうやら、マグレーディが共和国艦隊に包囲されているのは事実のようだ。

 もちろんガルーダを待ち構えている可能性もあるが、ここはヤンを信用しよう。

 マグレーディは共和国の艦隊封鎖によって、困窮している。

 あそこには、困っている人が大勢いる。

 俺の助けを待っている人がいる。


 マグレーディの様子を見てから、俺はあの国を助けたくなってきた。

 単にお人好しな考えだけじゃない。

 もしかしたら、人間界惑星には戻れなくとも、あの月に居場所ができるかもしれないという打算がある。

 この2週間で放浪生活の限界が見えてきたばかりだから、タイミングはいい。

 やっぱり、ヤンの救難要請に応えるべきだろう。


「マグレーディの救難要請を受けようと思いますが、どうです?」


 一応、周りの人間の意見も聞いておきたい。


「たまには人助けも良いんじゃねえか」

「ロンレンさんが助けてほしいと言うなら、私は助けたいです」


 フォーベックとロミリアは賛成か。

 他の乗組員も、嫌な顔はしていない。

 むしろ、やってやるぞと言わんばかりの雰囲気だ。

 士気は高い。

 これなら、いけるだろう。


「なら、これからマグレーディの救出を開始しよう。艦長、作戦はどうします?」


 何度も言うが、俺はまだ戦闘の素人だ。

 作戦の立案はフォーベックに任せるべきだろう。


「そうだなあ……。敵の包囲を長引かせるってのは、ガルーダ1隻じゃキツいだろうよ。ここは、俺たちガルーダが、共和国艦隊に被害を与える存在だと宣伝してやりゃあ良い」

「こっちの戦闘力の誇示ですか。どうやって?」

「1つ、いい方法がある」

「どんな方法ですか?」

「艦隊封鎖の中に突っ込んで、無傷でマグレーディに到着する」


 こりゃまた、大胆な作戦だな。

 でも効果はデカそうだ。

 俺は十分な魔力を蓄えてるし、無理じゃないだろう。

 よし、フォーベックの言った作戦、採用だ。

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