第27話 放浪生活

 今日はおそらく6月25日。

 魔界惑星を離れて2週間近くは経っているのだろう。

 補給のおかげで食料は豊富だから、まだしばらくは放浪できる。


 ガルーダは現在、2度の超高速移動によって人間界惑星の近くにいる。

 近いと言っても、人間界惑星は豆粒のようにしか見えない。

 この2週間、人間界惑星に魔界軍が攻撃を加えたことはなかった。

 おかげでなんとも平和な日々が続いている。


 自室で眠りから覚めた俺は、Tシャツの上にボタン止めのシャツを着た。

 当然軍服だ。

 どちらかというと海軍の戦闘服みたいな服装だがな。

 ズボンは履き替えない。

 そもそも、俺は寝る時も軍服のままだから、着替えはシャツを着るか脱ぐかだけだ。


 相坂司令の朝は早い、とか言いたいところだが、ここは宇宙である。

 朝なのかどうかなんて分からない。

 常にどっかしらに太陽があるし、常に真っ暗闇だ。

 そもそもそんなに早くない。


 自室を出て、最初に向かうのは食堂。

 本来は艦橋に行くべきなんだろうが、どうせ何も起きてないので食事を優先する。

 何か起きてても、フォーベックがなんとかするだろうし。

 なんか、俺の用なし感がすごいな。


 食堂に到着すると、乗組員はとっくに朝食を食べ終え、がらりとした空間が広がる。

 人が少ない方が落ち着くから朝食は遅く食べる、なんてのは言い訳だ。

 単に俺が起きるのが遅いだけだ。


「司令のお食事はそこです」


 食堂の人間も慣れたのか、俺の食事をこの時間用に作ってくれている。

 面倒をかけてすまないと思うが、そのサービス精神に甘えさせてもらおう。


 朝食を食べ終えると、ロミリアと合流し、ようやく艦橋に向かう俺。

 艦橋では、フォーベックが艦長席に座りながら退屈そうにしている。

 ここ最近ではいつも通りの光景だ。

 一応これでも訓練前なんだがな。


「何かありました?」

「なんにもねえよ」


 これまたいつも通りの会話。


 ここからは日によって『いつも』が違う。

 今日は魔術師たちの訓練が中心で、俺は必要ない。

 というか、艦隊がガルーダ1隻しかいないので、艦隊司令にやることがない。

 見学して戦闘を学ぶというのも重要だが、今はそれより優先することがある。


 俺はロミリアと一緒に艦橋を降り、戦闘員訓練室に向かった。

 戦闘員訓練室はガルーダの第2甲板(自衛隊の護衛艦と違って、1番下が第1甲板で1番上が第6甲板、その上に艦橋)にある部屋だ。

 相変わらずファンタジー感皆無だから、トレーニングルームって言った方が適格だろう。

 ちょっとした一軒家のリビング程度の広さがある。


 そんな部屋で何をするかというと、スチアによる近接戦闘訓練だ。

 ヤン騒動についてロミリアと話していたのをスチアに聞かれ、「司令だからって近接戦闘が弱いのはダメ」とか言われてはじまった訓練である。

 スチアの性格からある程度予想していたが、辛い訓練だ。


「重心は腰に入れてコラァ! 腕に力が入ってないコラァ! ステップはもっと単純にコラァ!」


 ほぼほぼ、こんな感じで怒鳴り散らされる。

 こんなのが1週間も続いている。


 鎧を付けていないので、今のスチアはかなり薄着だ。

 こんなセクシーな女性に怒られながら訓練なんて、一部の業界には受けそうだな。

 残念ながら俺はその業界の人間じゃない。


 俺の得意武器は日本刀のような反りのある剣なんだが、いかんせん運動不足の体だ。

 なかなかに動きがぎこちない俺に、スチアはこれでもかと喝を入れてくる。

 しかも彼女、真剣を常に携えてるから怖いのなんの。


 ロミリアは1週間前、早々にギブアップした。

 というか、スチアによるとロミリアは剣術の才能が皆無らしい。

 魔力の訓練を積んだ方が良いとのこと。

 才能が皆無だから訓練しても無駄、なんてひどい言葉のように聞こえる。

 でもスチアのスパルタ訓練から解放されるもんだから、ロミリアはむしろ嬉しそうだった。


 ところでスチアは俺への指導を続けている。

 ってことは、訓練すればそれなりの腕になるという見込みでもあるんだろうか。

 実は俺、ちょっとだけ剣術の才能があるんだろうか。


「その動きいい感じ! その感覚忘れんなよ!」


 あれ、褒められた。

 そうか、俺ってば剣術に関してやればできる子なのか。


「コラァァ! 油断して動きが鈍くなってるコラァ!」


 あわわ、怒られた。

 褒められたからって調子に乗っちゃダメだな。

 きちんとやれよ俺コラァ。

 それとスチアさん、剣を意味もなく抜かないでください怖いです。


 こんな訓練を5時間もやらされる。

 途中で昼休みが入るから実質的には4時間だが、もう腕がパンパンだ。

 インドア派な生活に慣れ親しんだ俺にはキツい。

 まあでも、1週間もやるとさすがに疲れずらくなってきたかな。

 これでも少しは剣術の腕が上がってるんだろう。

 少なくとも素人レベルは脱出したいもんだ。


「お疲れさまです」


 俺が剣術の訓練をしている間、ロミリアは魔術の訓練をしていた。

 自分の身を守るための護身術的魔術で、トレーナー曰くかなりの腕とのこと。

 異世界者召還の生け贄に選ばれるだけあって、魔術は得意なんだな。


 訓練後、疲労でぶっ倒れそうな俺を、毎回ロミリアは部屋まで運んでくれる。

 構図的には情けない感じだ。


「あ! ねえねえねえ、次の超高速移動っていつ? ねえいついつ?」


 自室まであと少しだというのに、客室にいる少女から声をかけられてしまった。

 少女の正体はメルテムだ。

 しばらく完全にその存在を忘れていたが、彼女も一緒に放浪中なのである。

 よりにもよってガルーダに乗せられたことでこうなった、災難なヤツだよ。

 彼女自身は、超高速移動の研究に集中できると喜んでるんだがね。


 実は俺は、メルテムが共和国のスパイじゃないかと疑った。

 科学研究所グループの中で1人だけガルーダに乗ってくるなんて、おかしいからな。

 でも俺は、彼女がたまに口にする科学研究所グループへの悪口を聞いて思った。

 メルテムは科学研究所グループの邪魔者として、ガルーダもろとも消されそうになったんじゃないかと。

 だからメルテムには、ある程度の自由を与えてる。


 メルテムはよく分からない機械を大量に持ち込んでいた。

 この機械で、超高速移動時に様々な計測をしているそうだ。

 研究が捗っているようで何よりだが、俺はちょっと迷惑している。

 今もそうだが、顔を合わせるたびに、超高速移動はいつだと聞かれるんだ。

 彼女は何よりも研究が優先なんだろう。


「まだ決まってません」


 これまたいつも通りの答えを口にする俺。

 実際に決まってないのだからウソではない。


「え~まだなの~? 早くしてよね~」


 なんかイラッとするな、その態度。

 仕方ない、少し機嫌を良くしてもらおう。


「どれくらい研究進みました?」

「まあまあ分かってきたってところ。一定のスピード、秒速32万7765・13キロなんだけど、それを超えると、位置情報解析機が不思議な動きをする。ここから考えられるに、超高速移動ってどうやら単に高速移動してるだけじゃないと思う。これは――」


 長い話がはじまってしまったが、これを聞いてあげればメルテムの機嫌が良くなる。

 機嫌が良くなれば、俺がイラッとするような態度をしばらくしなくなる。

 面倒なヤツだなホントに。


 しかし、ガキっぽいと思ったメルテムだが、それって興奮してる時だけみたいだ。

 こうやって真面目な話をはじめると、普通に話す。

 よく分からない内容の話を、普通に話す。

 このメルテムを見てはじめて、彼女が天才であると感じられた。

 ただのガキでマッドなサイエンティストではないのだ。


 長い長いメルテムの話が終わり、俺はようやく自室に戻れた。

 自室ではスチアのスパルタ訓練による疲れを取る傍ら、ロミリアに魔法やこの世界のことを教わる。

 彼女は基本的な魔法なら全て使えるようで、教え方もうまい。

 おかげで俺の魔術の腕はかなり上がったと思う。

 しかもロミリアの知識量は結構なもんで、この世界の基本的な情報は全て彼女から教わった。

 ハイスペックなのだ、ロミリアは。


 いつもなら2時間以上はロミリアによる授業の時間がある。

 でも今日はメルテムのせいで1時間程度だった。

 夕食の時間になり、俺らは食堂へと向かう。


 ガルーダでは基本的に士官も一般兵と同じ食堂で、同じ時間帯に食事をする。

 これはフォーベックのこだわりらしく、ずっとそうなんだとか。

 今日の夕飯は焼いた肉とパンだ。

 食材は魔界惑星のちょっとよく分かんない何かである。

 詳しいことは知らない方が良いかもしれない。


 夕食を終えると、俺はシャワルームに向かう。

 こっちの世界の人間は風呂に入る文化がなく、週に2~3回シャワーを浴びる程度。

 軍人となると1週間に1回もざらである。

 俺は風呂に入らなくても耐えられる人間だが、日本人の大多数は耐えられないだろうな。


 シャワーは、水魔法と熱魔法を使って自分でやる。

 魔力が使えない人用のお湯もあるが、俺は魔力が使えるので使っちゃダメだそうだ。

 だから、完全なセルフシャワーである。


 シャワータイムを終え、再び自室に戻り、ここから自由時間だ。

 だけどスチアの訓練の疲労から、すぐに寝てしまう。

 どっちみち起きていてもすることはないので、睡眠を優先している。

 たまに本を読んだり歌ってみたりすることもあるが、それでも1時間程度でおやすみなさいだ。


 これが、宇宙を放浪中のガルーダにおける、艦隊司令相坂守の生活である。

 司令なのに艦橋にいる時間は数分という異常さ。

 スチアの訓練でヘトヘトになり、ロミリアに頼りっきりの毎日。

 2週間もこの調子だ。

 なんかこうやってみると、ヒドいもんだな。


 しかし翌日、突如としてこんな生活が終わりを向かえることになる。

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