第26話 魔界惑星

 補給が終わるまでまだ時間はある。

 俺と久保田の一団は、魔王城を出て城下町を歩いている。

 ササキが案内してくれるというのだ。


 城下町に出ると、人間の一団なんて珍しいんだろう、かなりの視線を集めた。

 種族によって目が2つとは限らないので、視線が魔族の数より多く感じる。

 魔族は多種多様な種族がいるからか、あまり差別的な視線はない。

 でも人間は、戦争相手国の種族だ。

 あんまり歓迎してくれている感じじゃないな。


 城下町の建物は装飾(ドラゴンや複数の腕を持った生物を模している)が施され、柱や壁といったものまで、不思議な雰囲気がある。

 人間以外の知的生命体が作り上げた建物なんてはじめて見るから、俺の理解が追いついていないのかもしれない。


 だが何より、魔族そのものが俺たちには驚きだ。

 黒いブタと人間を合わせたような魔族、城にもいたドラゴンの翼と尻尾を持った魔族、白色の髪から長い耳を尖らせた魔族、複数の足や腕を持った魔族etc

 オークやエルフ的な魔族が俺らの周りを跋扈している。

 こんなファンタジー体験、異世界に来てはじめてだ!


 種族にはきちんと名前がある。

 ササキは、オークらしき魔族はオーク族、エルフらしき魔族はエルフ族と説明した。

 ただこれは、俺たちの元の世界の言語に勝手に翻訳されているだけで、厳密にはそれではないらしい。

 つまり、エルフ族はエルフと翻訳されただけで、エルフではないということだ。

 実際、元の世界に存在しないものはよく分からない名前だった。

 蜘蛛とサイを混ぜたような魔族は、コンフェウロ族というらしい。

 こんなの覚えられる気がしない。


「ここが我が惑星首都の中央通りだ。種族により居住区が異なるこの惑星で、数少ない解放地区となっている」

「魔界惑星では、種族ごとに居住区が違うのですか?」

「そうだ」


 久保田の質問に頷くササキ。

 そうか、居住区が違うのか。

 まさかアパルトヘイト的な制度でもあるんだろうか。

 でも、解放地区を見る限り種族間の差別はなさそうだけど。


「魔族の歴史は長く、種族ごとに強固な伝統が存在する。その伝統を守るための処置、というのが表向きの説明だ」


 おや、なんとも興味深い言葉が最後にあるな。

 こうなるとぜひ、裏の意味を教えてほしいものだね。

 なんて思っていたら、ササキが躊躇なく喋りはじめた。


「実際は、種族間の戦争を避けるためだ。種族同士の交流が少なければ、争いも起きない」


 ほお、思った以上にすごい理由だ。

 ちょっと関心してしまったぞ。

 交流がなければ争いが起きないなんて、冷めた考えではある。

 でも友達のいない俺は4年間、他人と喧嘩したことはない。

 つまり魔族は、面倒なだけの友達なんてクソ食らえ政策を推進しているんだ。

 やっぱり魔界惑星に住もうかな……。


 あれ、ロミリアに睨まれた。

 もしや魔力を通して俺の考えが伝わったか?

 大丈夫だ、魔界惑星に住もうだなんて考えは9割冗談だ。


 ササキに案内され、商店街を歩く。

 街並は、上空から見た通りの赤黒いレンガ作り。

 商店街は、ヴィルモン王都と同じように数多の市場が軒を連ね、雑多な種族が行き交っていた。

 ただ、売っているものは似て非なるものばかり。

 腐ったような色の肉、ヤバそうな草、禍々しいアクセサリーなど、どれもこれも見たことあるようで見たことのないものばかりだ。


 ところで、俺は気づいた。

 人間界惑星の市場と魔界惑星の市場には決定的な違いがある。

 それは、商人が宣伝をあまりしていないことだ。

 ヴィルモン王都ではうるさいとまで思った宣伝文句が、どこからも聞こえてこない。

 そのせいで、あまり活気を感じられないのである。

 惑星自体が暗いから余計に寂しい。


「もうちょっと宣伝した方が売れるだろう……」


 つい呟いてしまった。

 するとその呟きを聞いていたのか、ササキが口を開く。


「魔族の寿命は数百年ある。故に欲望が少ないのだ。穀物を育て、狩りをし、その日その日を生きる。それが魔族の生活だ」


 街を歩く魔族に視線を向け、穏やかな口調のササキ。

 きっと、欲望丸出しの人間よりも、そういった魔族の方が落ち着けるんだろう。

 久保田も、魔族の価値観を聞いて緊張を和らげたようだ。


 だけど、なんでそんな無欲な魔族が人間界惑星を侵略するのか。

 無欲なら戦争なんて起こさないだろうし、起きなさそうだがね。

 う~ん、よく分からないな。

 でもここでそれを質問するわけにいかないだろう。

 魔界惑星で、なんで魔族は侵略するんですか、なんて口が裂けても質問できない。


 それからしばらく、城下町を歩いた。

 公園では小さな子供たちが楽しそうに遊び、それを親が見守っている。

 レストランでは老夫婦が仲睦まじく食事をしている。

 酒場では、厳ついヤツらが昼間から酒を飲み大声で話している。

 路地ではカップルがイチャイチャしてやがる。

 その光景全てが、人間となんら変わりない日常風景。

 違いは魔族というだけだ。


 これからこの惑星に住む久保田は、街の様子を興味深く眺めていた。

 ほとんど目立たず喋らないルイシコフも、今回ばかりは街の観察に熱中だ。

 オドネルはフォーベックに絡まれながら、淡々と街を歩く。


 さてロミリアだ。

 彼女は、やっぱり魔族に対して好意的な視線を向けることはなかった。

 魔族の親子、特に父親と娘なんて組み合わせを見たときなんか、複雑そうな表情だった。

 人間も魔族もあまり変わらない、なんてのが、逆に嫌なんだろう。

 彼女にしてみれば、魔族は悪逆非道な方がマシだったのかもしれない。


 そんな彼女の足元に、1つのボールが飛んできた。

 青く小さなボール。

 ロミリアはそれを拾う。

 直後、遠くから子供の声が聞こえてきた。


「お前どこ飛ばしてんだよ~」


 状況は分かった。

 このボールは、あのオーク族の子供のものだ。

 ロミリアは、どうするかな?

 俺が届けるべきかな?


「嬢ちゃん、そりゃあの子のボールらしいぜ。返してやれよ」


 む、フォーベックはロミリアの事情を知ってるはずだろ。

 なんでそんなことを言うのか。

 ……事情を知ってるからこそか?


 ロミリアは黙ってオークの子供の元に歩み寄る。

 子供の方は、人間の少女であるロミリアに少し興奮気味だ。

 たぶんはじめて見る人間なんだろう。

 良かったな、はじめて見る人間が可愛い少女で。

 厳密には俺の使い魔だけど。


「……はい」


 人見知りに複雑な事情が絡まって、随分と素っ気ない態度のロミリア。

 それでもきちんとしゃがみ、子供の視線に合わせてボールを手渡していた。

 彼女の優しさは、自然に発動するようである。


「ありがとう! ねえ、お姉ちゃん人間?」

「……うん」

「すげえ! 俺はじめて見た!」

「俺も俺も!」

「どうしたの?」

「人間のお姉ちゃんが……って、あっちにいっぱい人間いるぞ!」


 おっと、見つかってしまった。

 興奮したオークやゴブリンの子供たちが、こっちに走ってくる。

 つうか、ロミリアはすでに囲まれてしまっている。

 プチパニックだな、こりゃ。


「人間って何が得意なの?」

「好きな食べ物は?」

「どんな魔法使えるの?」

「みんなお姉ちゃんみたいに可愛いの?」


 子供特有の、面倒な質問攻めだ。

 ロミリアが困惑を通り越して失神しそうだぞ。

 可愛いとか言われて頬が緩んでるけど。

 ……はじめて魔族に笑顔を見せたな。


「俺たち人間はすげえんだぞ。すげえ力持ちで、すげえ頭が良くて、すげえ食いしん坊で、すげえ美男美女だらけで、ともかくすげえ」


 テキトーなことを教えないでくださいフォーベック艦長。

 魔族の子供たちが素直に驚いてるじゃないですか。


 まあでも、ロミリアが魔族の子供に笑顔を見せた。

 それだけで十分だ。

 お父さんを殺された恨みを忘れる必要はない。

 でも恨みに縛られちゃいけない。

 ロミリアならきっと、大丈夫だろう。

 頬を赤くして、あんな可愛らしい笑顔を浮かべられるんだから。


 プチパニックはササキの鶴の一声で終息した。

 それからすぐに城下町の案内も終わり、その日は終わる。

 ロミリアはかなり疲れた表情をしていたな。


 次の日の朝、補給が終了したとの報告があり、すぐにガルーダは出発することになる。

 俺たちが小型輸送機で港に戻ったときには、もう出発の準備は整っていた。


「しばらくお別れですね」

「そうだな」


 ガルーダの昇降口で、俺と久保田は最後の挨拶だ。

 最後と言っても、今生の別れではないがね。


「相坂さん、困った時は僕を頼ってください。必ず助けます。友達ですから」


 久保田は良いヤツだ。

 宇宙での放浪というおかしな選択をした俺を、まだ見捨てないんだから。

 にしても、友達か。

 4年ぶりだな。


「ありがと。じゃ、そろそろ」

「お元気で」


 俺は振り返り、そのまま艦橋に向かう。

 艦橋に到着すると、いつもの席に座り、いつものように魔力をメインエンジンに送り、いつものように重力装置を起動した。

 ガルーダは港を離れ、徐々に高度を上げ、景色は宇宙へと移り変わる。


 魔界惑星を離れたガルーダは、ついに孤独な旅立ちとなってしまった。

 艦隊司令の俺だが、艦隊なんてどこにもない。

 これからしばらくは、流れに身を任せるしかなさそうだ。

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