第20話 はじめての超高速移動講座

 宇宙に来た理由は、超高速移動の訓練のためだ。

 残念ながら宇宙旅行をしにきたわけじゃない。

 3515年宇宙の旅ではないのだ。

 喋るコンピューターなんて乗せていないのだ。


 宇宙に来た理由をロミリアも思い出したのか、窓から離れて自分の席に戻った。

 ようやく俺もロミリアも落ち着いた感じだな。

 対して、未だに落ち着けないヤツが1人。


「ああもうすごいよ! すごいすごいすごい!」

「メルテムさん、ちょっとは落ち着いてくれねえかなあ」

「だってすごいだもん! 早く次見せてよ! 超高速移動見せてよ!」

「まずはアイサカ司令に説明しねえとならねえからなあ。もうちょっと待ってくれ」

「待てない! 早く! ああぁあ早く!」

「……お、おう」


 あまりのハイテンションさにフォーベックが引いたぞ。

 あんなに飄々としたフォーベックを引かせたぞ。

 すごいなメルテム。

 人を引かせるなんて、立派なマッドサイエンティストじゃないか。


「でだ、今日の訓練についてだな」


 ロミリアが席に着いたのを確認し、メルテムを無視しながらフォーベックは口を開いた。

 訓練内容はもう知っているが、俺は彼の説明に集中する。


「超高速移動訓練ってことで、指定された座標まで船を飛ばす。タイミングはこっちの都合でいいみてえだ。なあに、難しいことじゃねえよ」


 いつもの調子なフォーベック。

 この安定感が、緊張気味な俺の心を落ち着かせる。

 落ち着いたついでに、1つ質問。


「あの、超高速移動は大量の魔力を使うらしいですけど、どのくらい使うんです?」

「前に試してみたんだが、1回に3万MP前後必要だ。300人の魔術師の魔力全部ぶっ込む、ってところだなあ」

「え! そんなに使うんですか……」

「ああ、そうだ。前に試したときなんか、おかげで移動後はガルーダを動かすこともできなくなっちまって、漂流するはめになった。アイサカ司令ならそんなことはねえと思うが、あんなのは二度と御免だ」


 3万MPって、それガルーダに乗ってる魔術師全員分じゃないか。

 そりゃ漂流もするはずだ。

 計測によると、俺の魔力量は平均的な魔術師1200人分の12万MP。

 つまり、超高速移動を1回やるだけで、俺の魔力の4分の1が消し飛ぶと。

 18万MPの村上と14万MPの久保田だって、この数字じゃキツいだろうな。

 マジかよ。


 ついでに、ガルーダを動かすために必要な基本魔力量は1万MP前後。

 中距離砲熱魔法1発に必要な魔力量は5MP。

 光魔法になると1発380MPで、防御装置は10秒間展開に260MPだ。

 3万MPがどれだけ異常な量かなんて、一目瞭然だろう。


「3万MPなんて、はじめて聞きました」


 そんなことを言うロミリアは、素直に驚いている様子だ。

 あまりに巨大な数字の出現に、困惑の表情も混ざっている。

 ただ、喜びすぎて発狂しだすようなメルテムを見た後だからか、ロミリアの反応がやけにおとなしく感じる。

 なんつうかこう、クールに見えるんだよ、ロミリアが。

 彼女、そんなにクールってキャラでもないのに。


 ところで、こっちの世界でも魔力量の単位ってMPなんだよな。

 これも初代転生勇者が作ったものなんだろうか。

 まあそうだろうな。

 アルファベット表記な時点で間違いない。


「少なくとも、異世界者じゃなきゃ普通は使えねえ機能だなあ、超高速移動ってのは。俺たちもあんまり試したことねえから、正直、未知数な部分も多い。科学研究所グループのお偉方がフェニックスに乗ってるのもそのせいだ」


 裏返せば、それだけすごい機能ってことだ。

 そりゃそうだよな。

 一瞬で遠く離れた地点に移動ができるんだ。

 軍隊ってのは即応体制が整えば整ってるだけ強い。

 敵を見つければ一瞬でそこまで飛んで、すぐに反撃できるのは大きい。


 でも困ったことに、魔界軍の軍艦は超高速移動的なことができるようなんだよな。

 魔界惑星から人間界惑星まで来るには、超高速移動は必須だろうし。

 その点、人間界は魔界軍に兵器の差で遅れを取っている。

 戦力の均衡が崩れているわけだ。

 これは是非、人間界惑星のためにも超高速移動を使いこなせるようにならきゃならない。

 たぶん科学研究所グループが超高速移動を研究することで、なにかしらの進展があるかもしれないし。


 それにしても、科学研究所グループの人間は皆フェニックスに乗ったのに、なんでメルテムだけガルーダなんだろうか。

 さっきのハイテンションマッドサイエンティストぶりを見りゃ、なんとなく理由は分かるがな。

 もしかして、メルテムって職場でいじめにあってんのかな。

 あの若さじゃ、年寄りの研究者には嫌われるかもしれないし。


「まだかな~まだかな~まだかな~、超高速移動まだかな~」


 まあでも、こうやって見ると、メルテムはいじめには強そうだ。

 16歳にしてはやけに子供っぽいが。

 ロミリアはちょっと大人っぽすぎるかもだが、それでも同い年には思えない。

 俺が16歳のときなんか、もっと冷静で知的なクールガイだったぞ。

 友達1人もいなかったけど。


「じゃ、超高速移動のやり方を教える。短く説明するから、聞き逃すなよ」


 おっと、大事な説明がはじまった。

 メルテムのことは一旦置いといて、フォーベックの話に集中しよう。

 こんな大事なことを、聞き逃すわけにはいかないからな。


「まず、目的地の座標までに必要な魔力の量をこっちが割り出す。で、アイサカ司令はその必要な量の魔力を一気にメインエンジンにぶち込む。以上だ」


 え? それだけ?

 なんかえらくざっくりとした説明だけど、大丈夫なのか。

 う~ん、やっぱりフォーベックはいつもの調子だ。

 このテキトーさが、俺の緊張と不安感を煽る。


「今回の訓練では、こっから超大陸を飛び越え、東1万5000キロ先まで飛ぶ。とっくに目的地までの魔力量は計算済みだ。いつでもやれるぜ」


 いつでもやれるとか言われてもなあ。

 やり方が曖昧すぎて、どうしようもない。

 いや、でも今までもそうだったような気がする。

 曖昧な説明で、俺はなんとかやってきた。

 じゃあ、なんとかなるのだろうか。


「まだ~ねえまだ~? 異世界者なんだからそのくらいできるでしょ」


 ああもう、メルテムがうるさい。

 あからさまにつまらなそうな顔をしてそんなこと言うなよ。


「メルテムさんよ、今は訓練中なんで、少し静かにしてくれると嬉しいんだがなあ」


 そうだそうだ、艦長の言う通りだ。

 俺は訓練に集中しなきゃならないんだ。

 えっと、なんだっけか、まずは必要な魔力量がどのくらいかだっけか。


「どれくらいの魔力が必要なんです?」

「2万8045・73MPです」


 あら、やけに細かくてやけに中途半端な数字。

 そんなに魔力量を微調整したことないから、できるか不安だ。

 というかそもそも、魔力ってそこまで微調整できるのかよ。


 あれ? でもちょっと待って。

 数字で示されても、こっちは感覚で魔力量を調整するんだよな。

 それってやたら難しくない?

 おいおい、全然簡単じゃないじゃないか。

 ああもう! またこの、異世界者ならなんとかできるでしょのパターンか!

 いいさ、今まできちんとできたもんな俺は。

 ええい! ヤケクソじゃ!


なんてヤケクソ宣言をした直後である。

通信士が焦ったような表情でこちらに顔を向けてきた。


「司令、共和国艦隊本部から連絡です。緊急事態発生とのこと」

「緊急事態? 何があった?」

「複数箇所に複数の魔界軍出現、これを撃退せよとのことです。敵の位置は送られてきています」

「なんなのよ~まだ超高速移動見らんないの?」


 あ、メルテムが膨れっ面になった。

 こういう仕草はちょっと可愛いんだよな、この娘。

 ってそんなことより、ウソだろ、また魔界軍の攻撃かよ。

 しかも複数箇所に複数現れやがったと。

 こりゃ訓練どころじゃないな。

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