第19話 人間界惑星は青かった
ヤンの騒動から4日が経った6月4日。
あの騒動では、スザクが王都上空を低空飛行したもんだから、街では結構な騒ぎになっていたらしい。
モイラーを逮捕したのに、その件で俺と久保田はヴィルモン政府から怒られた。
お褒めの言葉は一切ない。
理不尽だ。
フォークマス奪還の詳細な情報が届いたおかげで、その問題も間もなく終息したんだがね。
ついでに、その後ヤンと出会うことはなかった。
彼(彼女じゃない!)は「次はボクがアイサカさんを助けますねぇ」なんて言って街に消えたんだが、ホントなんだったんだアイツ。
アイツのおかげでこっちは迷惑したんだ。
次に会った時は覚悟しておいてほしいね、まったく。
今の俺は、ガルーダの自室から艦橋へと向かっている。
ガルーダ自体は、超大陸の西の海上空を飛行中だ。
今回は、超高速移動とかいう機能の訓練をするらしい。
超高速移動とは、大量の魔力を使って一瞬で長距離を飛んじゃうヤバい機能だ。
これは期待しちゃって良いだろう。
さて、艦橋に向かう途中、軍服姿のロミリアを発見した。
彼女は現在、魔力独立を果たしている。
ヤンの一件の後、俺は村上から使い魔の魔力独立の方法を教わった。
村上の説明がアバウトすぎて苦労したが、なんとかそれを習得、すぐにロミリアを魔力独立させ、自由を与えた。
彼女は俺の制約なしに、1人で好き勝手できるようになったのである。
そんなロミリアは、ガルーダの建造と改造に携わった人間の名が刻まれたプレートの前に立っていた。
あのプレートは、家族を失った彼女が正気を保つのに一役買っている。
あそこには、ロミリアのお父さんの名が刻まれているのだ。
フォークマスでお父さんの死を知ったロミリアは、明らかに笑顔を失っていた。
それを見たフォーベックがすぐに、ロミリアにあのプレートを見せる。
するとロミリアは、目に涙を浮かべ、再び笑顔を取り戻した。
このガルーダ自体が、お父さんの分身のように感じるようになったんだろう。
それと、ロミリアが元気なのは、お母さんに再会できたのも大きいんだろうな。
ガルーダにロミリアの私物を運び込むため、ガーディナ王都の避難所に行った。
そのときに2人は、今でも思い出すだけで涙が出そうな感動的な再会を果たす。
どうでもいいがお母さんはロミリアに似た綺麗な方でした、はい。
以来、彼女の人見知りは相変わらずだが、俺と初対面のときよりも笑顔でいることが多くなった。
喜ばしいことじゃないか。
ところで、ロミリアの私物にすごく気になるものがあった。
白いネコとクマを混ぜたみたいなぬいぐるみなんだが、異常に可愛かったんだよ。
名前はミードンだっけな。
それをロミリアが大事そうに抱いてるもんだからさ、もう可愛さ100倍!
「アイサカ様、どうしました?」
いかんいかん、どうもあのぬいぐるみを思い浮かべると、ニヤニヤが止まらない。
「なんでもない」
冷静さを取り繕い、答える俺。
ロミリアは気にせず、艦橋に向かう俺の後ろに付いてきた。
よかった、ニヤニヤについて問いつめられるんじゃないかと心配したぞ。
まあ、ロミリアはあんまりそういうことしないけど。
艦橋に到着すると、乗組員に敬礼され、俺もそれに応えて軽く敬礼。
映画でよくある、ベテラン司令官みたいな雰囲気を醸し出しつつ、席に座る。
そしていかにも偉そうなポーズで、フォーベックの言葉を待った。
べつに遊んでいるわけじゃない。
一応、司令官なんだしさ、偉い雰囲気は出した方がいいと思ってさ。
「おいおい、今日はアイサカ陛下とでも呼ばれたいのか?」
あ、フォーベックに半笑いでそんなことを言われた。
ちょっとあからさまに偉そうにしすぎたか。
やっぱり、いつも通りにしよう。
「ねえ、超高速移動まだ? 司令さんが来たんだから早く早く!」
なんだかガキみたいな台詞が聞こえてきたが、これを口にしたのはお客さんだ。
共和国研究所グループの一員として超高速移動の研究のために乗っている、メルテム=アヴィシャルとかいう名前の科学者。
年齢は16歳でロミリアと同じなんだが、すでにヴィルモン大学を首席卒業しているとんでもない天才少女だ。
もっとも、共和国科学研究所グループの中では最年少の下っ端。
お偉いはみんな、フェニックスの方に乗ってるらしい。
「もうちょっと待ってくれねえかな、メルテムさん」
「それ何回も聞いた~。いいから早く超高速移動見せてよ~」
かなり面倒な娘らしく、あのフォーベックが溜め息をついている。
メルテム、恐ろしい科学者。
「メルテムさんもうるせえし、さっさと訓練地に行くぞ」
「分かりました」
超大陸西の海上空を飛んでいるガルーダだが、超高速移動の訓練地はここじゃない。
訓練地はもっと、すごい場所である。
出発前にその場所を聞いて、それから俺はもう楽しみでしょうがないんだ。
全人類共通みたいな、長年の夢が叶うんだからな。
「高度400キロまで上昇」
フォーベックが乗組員の魔術師たちに命令している。
今回は超高速移動のため、俺は魔力を溜めとかなきゃいけない。
だからガルーダを動かすのは、俺ではなく魔術師たちだ。
それよりだ。
訓練地は高度400キロ。
これって、確実に宇宙空間だよな。
俺、ついに宇宙デビューだ。
男の子の俺が胸を高鳴らせて当然だろう。
ガルーダの上昇がはじまった。
艦首は45度ほど上に向けられ、重力装置と推力で高度を上げていく。
雲を抜け、目の前に広がる青が、徐々に濃くなっていく。
大気も薄くなり、見晴らしは最高だ。
太陽の光が艦内に直接入ってくるから、ちょっと眩しい。
こんな光景、映像でしか見たことない。
「高度400キロに到着しました」
船が停止し、航海士の言葉が艦橋に響く。
ここまで来るのに10分程度だっただろうか。
艦内重力装置(小さい方)のおかげで上昇中も艦内は優雅だったが、スペースシャトル並の上昇力だ。
宇宙まで来ちゃうこの船、ホントすごすぎだろ。
異世界に来てまさかの人生初宇宙である。
さて、窓の外をじっくりと見てみよう。
そこには青く美しい人間界惑星と、深い暗闇の宇宙との境界線がはっきりと見える。
人間界惑星は青かった。
遥か彼方で光り輝く太陽は、人間界惑星を明るく照らし出している。
俺はこういうことを言うガラじゃないが、美しい。
遠望魔法を使って人間界惑星にズームすると、驚いたことに家の1つ1つまではっきりと見えた。
リアルゴーグルマップの世界だ。
逆に宇宙に向けて遠望魔法を使うと、どこまでもどこまでもズームが可能だった。
ただ宇宙が広すぎて、どれだけの倍率かも分からなくなってくる。
さすが宇宙、当然だが広い。
「すごい……」
俺はずっと目をキラキラさせっ放しだが、ロミリアも結構なもんだ。
宇宙に到着してからずっと窓際から離れず、すごいすごいと呟き続けている。
俺の元の世界と違って、映像がないからな。
人間界惑星の姿をきちんと見るのは、これがはじめてなんだろう。
映像でしか見られなかった憧れの景色を目の当たりにする俺。
はじめて目にする景色に感動するロミリア。
なんかもう、心の中が子供みたいにはしゃいでるな。
宇宙に来たんだから、艦内重力装置を切って無重力で遊びたいところだ。
まあそんなことしたら、フォーベックに呆れられるだろうけど。
はしゃぐ俺に対して、どこか可笑しそうな顔してるからな、フォーベック。
でも、やりたい。
やりたい衝動に駆られる! 耐えろ!
「これが宇宙! これが人間界惑星! すごいすごいすごい! ああぁぁ! すごい!」
はしゃいでるのは俺とロミリアだけじゃなかった。
メルテムが、なんか発狂しながらガキみたいに喜んでいる。
仕草は可愛らしいが、ちょっと喜び方に狂気を感じるぞ。
「早く! 早く超高速移動見せて! 早く早く早く! あああぁぁ!」
大丈夫かよコイツ。
脳みその血管が切れちまうんじゃないか?
ただ、彼女の発狂のおかげで俺は思い出した。
これから、超高速移動の訓練だった。
宇宙に対する興奮で忘れてたよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます