第21話 急転

 まさかの緊急事態。

 訓練は中止になり、すぐさま魔界軍の撃退へ向かわないとならなくなった。

 超高速移動はお預けか。

 ま、こんな面倒そうなことをやらなくて済むなら、それで良いけど。


「ヘッ、ちょうどいいじゃねえか。アイサカ司令、魔界軍の出現場所まで超高速移動だ」

「あ、結局超高速移動はするんですか」

「当たりめえだろ。おい、航海士は座標までの魔力量を計算しろ」


 訓練じゃなくて実戦になったってことか。

 なんか、こっちの世界に来てからこんなんばっかだな。

 いつになったらじっくりと訓練ができるんだろうか。

 さすがにいきなりの実戦にも疲れてきたぞ。

 結構、精神すり減らすんだからな。


「魔力量計測できました。2万8049・04MPです」

「よし、じゃあやってみろ、アイサカ陛下」


 陛下と呼ばれて失敗するわけにはいかないな。

 だが、こんな細かい魔力の調整できるだろうか。

 魔力の調整は、ボールを投げるときの力の入れ具合の調整と似ているんだが、そもそも俺はノーコンだったし。


「私も手伝います」


 ああ、ロミリアが頼もしい。

 彼女のおかげで、魔力の微調整が少し楽になった気がする。

 俺が大まかに調整して、ロミリアが修正する。

 彼女、どこか慣れた手つきだな。

 なんかいい感じに連携が取れている。


「たぶん、これで大丈夫だと思います」


 ほとんどロミリアのおかげだが、魔力の調整は終わった。

 ありがたいありがたい。

 で、この魔力を一気にメインエンジンへとぶち込むんだったな。

 ぶち込んだ瞬間に超高速移動するんだろうか。

 じゃあ、事前通知は必要か。


「これより超高速移動を開始する。ガルーダ、ワープ!」


 某宇宙戦艦の艦長を意識したんだが、乗組員たちの様子は特に変わらない。

 何かに掴まるとか、準備的なことはしないんだろうか。

 なんだかなあ。


「ようやく、ようやく見られる!」


 あ、メルテムだけめちゃくちゃ反応してる。

 でもなんだろう、頬を歪ませたような笑みを浮かべてるせいで、単に楽しそうにしているように見えない。

 どこか、マッドなサイエンティスト感がある。


 ま、そんなこと気にしても意味はない。

 今は超高速移動に集中だ。

 さっそく、メインエンジンに調整した魔力をぶち込もう。


 メインエンジンに魔力をぶち込むと、推力がアホみたいにアップしたのが分かった。

 そしてその瞬間、外の景色が大きく歪んだ。

 放射状に絵の具をぶちまけたような、そんな景色。

 ほんの一瞬の出来事だったが、異様な光景だった。

 もう、外で何が起きているのか分からないのだ。

 気づいたら、ガルーダは宇宙ではなく、どこかしらの海の上空を飛んでいた。


 これが超高速移動というものなのか。

 外から見たら、ガルーダが突然消えて、全く別の場所に突然現れたように見えるんだろう。

 乗ってる側からすると、外の景色が意味不明になって、気づいたら別の場所。

 どっちにしろ、はじめてそれを目にした人間は混乱すること必至だな。

 ロミリアも呆然としているだけで、特にこれといった反応を見せていない。


「すごいすごいすごい! あれ1人で? あんなことを1人で? すごい!」


 天才とはとても思えないように狂喜乱舞するメルテム。

 これも混乱しているようなもんだろうな。


 ところで、ここに敵がいるはずなんだが、どこだろうか。

 辺り一面が真っ青な景色だが、禍々しい軍艦の姿が見えないぞ。

 魔力レーダーと遠望魔法で見渡してみるか。


「敵の位置はわかったか?」

「いえ、反応はありません」

「後方にも感知なしです」

「……アイサカ司令、そっちはどうだ?」

「何も見つかりませんね」


 そうとしか答えられなかった。

 陸地はないし雲も少ないんだから、敵が隠れる場所なんてありはしない。

 遮蔽物がないのにレーダーは反応しないし、遠望魔法でも見えるのは海だけ。

 あれだけ目立つ魔界軍の軍艦を、そう簡単に見逃すはずがない。


「ロミリアさん、何か見つかった?」

「いえ、私も何も感じません」


 そうか、ロミリアもか。

 こうなると、この場に敵はいないと判断して良いんじゃないかな。

 共和国艦隊本部のミスとか。


 だいたい、こんな海のど真ん中になぜ敵が現れるんだろうか。

 攻撃するものはないし、偵察するものもない。

 そう考えると変だ。

 複数箇所に複数の敵とか言っていたが、これってもしかして……。


「罠じゃないですかね」

「やっぱり、アイサカ司令もそう思うか」


 さすが、フォーベックはとっくにその答えに辿り着いてたか。

 歴史好きかつミリオタな俺は、ある程度の戦術ぐらい理解しているつもりだ。

 戦闘の基本として、強大な敵は分断させて各個撃破するのが上策。

 フォークマスの戦闘を経験した魔界軍からすれば、俺たち異世界者は強大な敵になる。

 現状、フェニックスとスザクとガルーダは別々の場所にいる。

 戦力は完全に分散している。

 魔界軍にとってこれほど有利な状況はない。


「フェニックスとスザクが危ないかもしれません。助けにいきましょう」

「いや待て、その前に本部に報告だ。向こうからの指示があるかもしれねえからな」


 そうだったな。

 俺はどうも、優先順位が分かっていない。


「こちら第3艦隊司令の相坂です。こちらに敵はいませんでした」

《こちら本部、了解しました。第3艦隊はその場で待機してください》


 待機だと?

 その判断はおかしいんじゃないか?


「こちらガルーダ艦長フォーベック。待機よりも他艦隊の護衛を優先すべきかと」


 ほら、フォーベックだって抗議してるじゃないか。

 敵がいないなら、敵のいる場所に戦力を集中させるべきだ。

 戦争に関しちゃ素人だが、そのくらいのことは分かるぞ。


「本部、聞こえますか? おい、本部? おかしいな、応答がねえぞ」

「あの、通信用の魔力が何者かに干渉されているかもしれません」

「嬢ちゃん、それホントか?」

「はい、たぶん」


 ロミリアがそんなことを言っている。

 魔力干渉が起きるなんて、どこからだろうか。


「アイサカ司令、魔力干渉ができるとしたら、艦内だけだ。この船ん中に、敵がいるかもしれねえ」

「それって、魔族が艦内にいるってことですか?」

「魔族ならまだ良いんだがなぁ」


 まさか、人間が敵なのか。

 どういうことだ、どうなってるんだ。


「こりゃ、フェニックスかスザクのどっちかが危ねえ。救援に向かった方が良い」

「そうですね、命令違反してでもそうしましょう。ただ、艦内の敵は?」

「そりゃ任せろ。で、どっちの救援に向かう?」

「スザクです」

 

 俺は即答した。

 遠距離攻撃特化とはいえ、フェニックスは攻撃力が高い。

 対してスザクは防御特化だが、攻撃力は低く、敵の数によっては苦戦するかもしれない。

 それに、村上より久保田を救いたい。

 ヤン騒動のときの借りもあるしな。


「よし、そうと決まったら超高速移動だ。航海士、座標は分かるか?」

「正確な位置は不明ですが、おそらく」

「そうか。それと、艦内の敵をあぶり出すようスチアに伝えろ」

「了解しました」


 指示が早い。

 司令の俺よりフォーベックの方がよっぽど司令っぽい。

 やっぱり司令官よりも前線の艦長の方が頼りになるんだな。


「超高速移動、もう1回見られる! あぁあー!」


 嬉しさのあまり絶叫してるメルテム。

 何だコイツ、今はそんな場合じゃないんだよ。


「メルテムさんを部屋に連れ戻してやれ。戦場じゃ危険だ」


 さすが艦長! 

 すばらしい指示であります!

 メルテムは超高速移動を見るため必死に抵抗しているが、科学者なんで力はないんだろう。


「私は、私は超高速移動をもう一度、この目に焼き付けるんだあぁー!」


 そう叫びながら、船員に引きずられ艦橋から消えた。

 ホント、なんなんだアイツ。


 にしても、艦内に敵か。

 厄介なことになったなあ。

 そういやロミリアは魔力干渉に気づいたんだから、もしかしたら。


「ねえロミリアさん。魔力干渉をしているヤツの場所、分からない?」

「えっと、やってみます」


 できなくはなさそう、って感じだな。

 俺はこれから超高速移動に集中するから、そっちはロミリアに任せよう。


「座標出ました。必要魔力量は2万8047・11MPです」

「アイサカ司令、頼んだぜ」


 よしよし任せろ。

 航海士が教えてくれた通りの魔力の量への調整。

 ロミリアがいないんでちょっと大変だが、なんとかなる。

 さっきみたいな感じでやりゃ良いんだ。

 それに俺のヤケクソは、まだ続いてるからな。


「超高速移動を開始する」


 通達と同時に、俺はメインエンジンに魔力を送り込む。

 ほんのわずかな瞬間、窓の外の景色が大きく歪み、放射線状に伸びて行く。

 そして景色が再び正常に戻り、スザクの姿が見えた。

 だが、景色は正常でも、状況は異常だった。


 スザクが展開する防御魔法は、どうもまばらで今にも消えそうだ。

 それ以前に、すでに被弾したのか、右舷中央から黒煙を吐いている。

 スザクをここまで追いつめた敵は、赤と青白いビームを絶えず発射し続けていた。

 敵のあの船は見たことがある。

 あれは紛れもない、7隻の共和国艦隊の船。

 共和国艦隊が、スザクを攻撃していたのだ。

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