第16話 美少女登場
『人間界惑星の歴史全書』を借りて図書館を出る。
しばらく城内を歩いていると、メイドさんらしい人を見つけた。
俺はその人に、街中を歩くのにちょうどいい服装はないかと尋ねてみる。
するとメイドさんは、一瞬だけ困惑したような表情を浮かべながらも服を貸してくれた。
俺とロミリアは着替えを済ませ、街へ出る準備は整った。
俺の服装は、ダボダボなズボンにペラペラなシャツ、黒っぽいベスト、薄いジャケット、靴は軍靴のままという、飾りっけも何もない感じだ。
おじさんみたいで、お世辞にもかっこいいとは言えない。
ロミリアは、膝下までのスカートに布生地の服を着ており、こっちも飾りっけなしだ。
全体的に白と青を基調とした色。
最初に出会ったときの田舎娘が、街娘になったってところだろう。
可愛いは可愛いが、ロミリアのもうちょっと冒険したファッションも見てみたいな。
2人とも地味な感じだが、メイドさん曰く、街を歩くならこれで十分とのこと。
あまり目立つ格好はよくないんだとか。
まあ、この世界の詳しいことは分からないが、日本よりも治安が悪いのは確かだ。
日本と同じ平和ボケ感覚で街を歩くのはダメだろうな。
ヨーロッパですらダメなんだから。
ところで、脱いだ軍服はホテルの方に送ってくれるとのこと。
なんてサービスの行き届いていることだろう。
メイドさん、親切にしてくれてありがとうございます。
さて、最後にメイドさんから街の地図をもらって、いよいよ俺たちは街に繰り出した。
城を出て、広場を進み、ビル街を抜け、ひたすら北に歩いていく。
地図によると、王都の中央に城があり、西に住宅街、南に政府施設、そして北に市場が広がっている。
俺たちが向かうのは、北の市場だ。
ビル街を抜けると、近代的な建物はほとんどなくなり、石壁や土壁でできた、薄茶色の三角屋根の建物が密集する地域に入った。
多くの馬車が通る街道沿いには、所狭しと市場が軒を連ね、雑多な人々が行き交う。
商人や街の住人、中には冒険者のような格好をした者もいた。
そうだよ、これが俺の求めていたファンタジー世界だよ。
東京駅周辺に行けば体験できるような街並じゃないんだよ。
「人が……多いですね」
「世界最大の街だもんな」
「なんだか少し、緊張します」
「でも、フォークマスだって活気がある時は人が多いんじゃないの?」
「えっと、私が住んでたのは、フォークマス郊外の農場だったので」
「あ、そうだったんだ」
東京に住んでいた俺には、まだ余裕がある人の量だが、ロミリアはすでに圧倒されている。
まあ、フォークマスみたいな職人の街とは違うし、ましてや農場に住んでたとなりゃな。
ロミリアの故郷にゃテレビもラジオも電気もない。
あれ、それってヴィルモン王都どころかこの世界にすら無いか。
しばらく中央通りを歩く。
市場には新鮮な(見たこともない)野菜、どでかい(何かの)肉、アクセサリーなどなど、生活に必要なものから嗜好品までなんでも売っていた。
商人は容赦なく俺たちに商品を見せつけ、魅力的な言葉で金を引き出そうとしてくる。
お金があんまりないので買えないし買わないんだがね。
俺が市場でやるのは、こちらの世界の相場を調べることだけだ。
もう30分近く歩いたのだろうか。
さすがに疲れてきた頃、大きな川とそこに架かる立派な橋が目の前に現れた。
地図ではこの橋を渡った先が、街のメイン広場になる。
忘れてたが、ヴィルモン王都の主要な場所には必ず、高層ビルがある。
例に漏れずメイン広場にも、2~5階建ての三角屋根に囲まれて、ガラス張りの高層ビルがあった。
ミスマッチにも程がある。
メイン広場に到着すると、そこで昼食を食べることにした。
だが異世界者と田舎娘には、どこで食事をするのが良いのか見当がつかない。
結局、高層ビルにあったファミレスみたいな場所で食事をすることになった。
俺は旅行先でもファミレスに入っちゃうタイプだが、まさかファンタジー世界でもそうなるとはな。
食事は、まあ普通だった。
高層ビルの一階にある店だから値段もリーズナブル。
そのためか客層も庶民レベルだ。
上品さが必須の場所が苦手な俺には、なんとも居心地が良い。
今まで王族か軍人にしか囲まれてなかったからな。
「さて、これからどうするかだな」
俺は食事を終えてすぐ、机の上に地図を開いた。
ロミリアも話に参加してくれる。
「この辺りを歩いてみるのはどうですか?」
「そうだな。ついでに川の周辺を歩くのも良いかもしれない」
「あ、でもこの辺りも気になります」
「ああ、確かにな」
よく考えると、なんで街に詳しい人に案内してもらおうとしなかったのだろうか。
これじゃあ、あまりにも場当たりすぎる。
それはそれでいろんな発見があるかもしれないけどさ。
なんて思っていると、こちらに近づいてくる女性が1人。
「お困りのようですねぇ。せっかくならぁ、ボクが街を案内しましょうか?」
その人はなんともタイミングの良いことを言ってきた。
見ると、黒髪のショートヘアにぱっちりとした瞳が特徴の、アジア系な顔立ちをした1人の美少女が立っている。
西洋系の顔ばかり見てたせいか、アジア系の美少女、しかもボクっ娘登場に俺の胸が高鳴った。
だが、俺も馬鹿じゃない。
「金はほとんどありません」
俺は即答する。
知ってるぞ俺は。
困っている田舎者に良い顔して近づいて、案内料とか言って多額の金をぼったくるつもりだろう。
綺麗な顔して、汚いことをやりおる。
「えっと、そういうのじゃないんですよぉ」
「じゃあただの善意だと」
「ううん……それに頷くと嘘になりますかねぇ」
「素直だな。逆に怪しい」
「アイサカ様、ちょっと言い過ぎじゃ……」
詐欺とかって基本的に撃てば当たる戦法だから、俺はバカにされているように感じる。
だもんだから自然と語調が強くなってしまい、ロミリアに注意されてしまった。
俺も冷静になろうと少し黙ると、今度はロミリアが美少女に対応する。
「あの……えっと……まずはお名前を」
「そうだ、自己紹介が先でしたねぇ。ボクの名前はヤンです。この辺りに住んでいる商人の家の生まれです」
「……私はロミリア・ポートライトと申します」
「俺は相坂守」
「えっと……その……」
やっぱり人見知りなのか、ロミリアの言葉が続かない。
でも大丈夫、彼女のおかげで俺は冷静さを取り戻している。
あとは任せなさい。
「で、なんで〝御親切〟にも街を案内してくれるんだ?」
「正直に言うと、暇つぶしと、ボクの家族の店の宣伝です」
「……そういうことか」
はじめて王都を訪れた人に、親切に街を案内する。
それによって、この店は親切な人が経営してますよという宣伝になる。
なるほどね。
悪くない商法だ。
「必ずしも君の家族の店で買い物するとは限らないぞ」
「買い物してくれるよう、親切丁寧に街を案内してみせますよぉ」
大した自信だ。
だが、それほど悪徳なヤツでもなさそうだ。
最悪、俺の魔力と共和国艦隊の後ろ盾でなんとかなるだろうし、まあ良いか。
「分かった、街を案内してくれ。昨日街に来たばかりで、よく分からないんで」
「おや? ボクのことを信用してくれたんですか?」
「そう思ってくれて良い」
「分かりました! じゃあ、さっそく出発ですよぉ!」
さっきまでと違い、随分と嬉しそうな表情をするヤン。
「ロミリアさん、ロミーと呼んでも良いですか?」
「え? あ、はい……」
「じゃあロミーちゃん、よろしくお願いします」
「……よろしくお願いします」
なんか、ロミリアと積極的に仲良くなろうとしてるのか、手まで握っちゃってるぞ。
見た目的にはヤンの方が年上っぽいけど、姉妹にしか見えない。
田舎生まれで人見知りの女の子と、大都市生まれで積極的な女の子の交流。
おや、警戒を解いたらなんとも可愛らしい光景だな、これ。
俺が食事の料金を払い、ファミレスを出ると、ヤンはさっそく街の案内をはじめた。
最初は大通りを中心にいろんなことを説明してくれた。
おすすめの店、悪い店と良い店の見分け方、休日の割引セールなど、基本的なところから細かいところまでいろいろとだ。
どこまでがネガティブキャンペーンかは判断がつかないがね。
「そうだ、あそこに大きな船が見えますよね?」
川沿いの道で途中、山の方向に指を指してそう言うヤン。
彼女の指の先には、空中に浮いたまま停泊している3隻の軍艦。
「あの大きな軍艦、共和国が召還した異世界者が乗っているそうです」
ああ、それは知っている。
よく知っている。
知っていなかったらヤバい。
その軍艦は、フェニックスとスザク、そしてガルーダなんだから。
「すごいんですよぉ、異世界者って。フォークマスを奪還したのも、彼らのおかげだそうで」
可愛い顔でお褒めの言葉というのはありがたいが、今は自分の身分を隠しておきたい。
ここは、テキトーに答えておこう。
「そうらしいな。異世界者がいれば、人間界惑星も安泰だ」
その後、大通りの案内があらかた終了し、最後に路地について案内されることになった。
あんまり治安は良くないそうだから、気をつけろとのこと。
実のところそこまで求めてはいないのだが、裏世界ってのを知るのも大事だ。
危機回避のためには危機を知らないとね。
ヤンは地図上で東の方角に歩き出した。
こちらはほかの場所と違い、道がかなり入り組んでいる。
ほとんど情報はなく、悪く言えば、スラム街みたいな場所だ。
東に向かって歩く途中、武器や防具が売られている地区に足を踏み入れた。
ここはまだ市場から離れていないため、それほど治安は悪くなさそうだ。
ただ、今までと違って冒険者の数が段違いに多く、治安の悪い地域との境界線とも言える。
にしても、ものすごく冒険者ギルド感のある場所だぞ。
最初の俺の妄想では、こういう場所で武器をそろえて、旅に出るんだよな。
いきなり艦隊司令に選ばれるなんて、誰が想像するよ。
そんな場所で、意外な人物と顔を合わせることになった。
そこらにいる冒険者と変わらぬ服装、それに似合わぬ立派な剣を携えた長身の女性。
リュシエンヌだ。
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