第17話 スラム街の犯罪集団
冒険者。
ヤンとロミリアの説明によると、彼らは魔物を狩るのが主な仕事らしい。
この世界では過去の人魔戦争によって魔物が人間界惑星に住み着いているようで、それが生態系を破壊し諸問題が発生している。
だが、いちいち共和国軍が森に入り、魔物をチマチマと退治するのも面倒。
そこで魔物退治を民間に任せ、冒険者という職業が生まれたそうだ。
しかし冒険者は楽な仕事ではない、と教えてくれたのはリュシエンヌである。
魔物から取れる素材は金にはなるが、魔物がいつどこに現れるかは不明で、半年間収入ゼロもあり得るとか。
ようは、カタギの世界ではないということらしい。
「真に腕の立つ者は、共和国騎士団に集まるものだ」
最後にリュシエンヌはそう言って、冒険者の説明を終えていた。
「あのぉ、その方はアイサカさんのお友達ですか?」
当然のように俺らの話に参加してきたリュシエンヌに、ヤンが首を傾げている。
彼女が騎士団のお偉い、しかも異世界者の使い魔であることは知られたくはない。
でないと、俺とロミリアの立場も知られてしまう。
偶然とはいえ、こんな場所でリュシエンヌと出会うとは、めんどくさい。
「そ、そうなんだよ、友達。えっと、こちら友達のリュシエンヌさん」
「ボクはヤンと申します。よろしくお願いします」
行儀よく挨拶するヤンに頭を下げるリュシエンヌだが、今度は彼女が首を傾げた。
なんで首を傾げたかは知っている。
ヤンがロミリアに話しかけている最中(ロミリアもヤンに対して少し心を開いてきた)に、リュシエンヌの耳元で俺は現状を説明した。
「俺の立場は、はじめて王都にやってきた御上りさんってことになってます」
「そうだったか。あの女性は?」
「彼女は、街で偶然出会った案内役です。悪い人ではないと思います」
「わかった。お忍びということだな」
おお、意外と簡単に納得してくれた。
まあ、そのくらいでないと村上の使い魔なんてできないだろうがな。
「ところでリュシエンヌさん、なぜあなたがここに?」
「私もお忍びで、馴染みの武器屋に顔を出してきたところだ」
「あ、なるほど。で、村上は?」
「村上殿は、リシャール陛下と2人きりで話し合いをしている」
「リュシエンヌさんは一緒じゃなくても良いんですか?」
「私はただの騎士だ。政治には関わらない」
「そうですか」
話は理解したが、それだと村上は、ヴィルモン王と政治の話をしているのか。
あいつ、政治の話なんてできそうにもないがな。
でもああいうヤツ、友達になろうレベルで他人にすぐ話しかけるもんな。
村上がヴィルモン王に利用される未来しか見えないが。
ついでに現在のリュシエンヌは、村上の魔力から独立した状態だそうだ。
魔力独立を果たすことで、使い魔は普通の生物のように自由な状態になるとのこと。
俺も早くその方法を覚えて、ロミリアを自由にさせた方が良いかもな。
「ヤンといったか。私も、一緒に街を案内してくれないか?」
いきなりリュシエンヌは、ヤンにそう言っていた。
ヤンも嫌な顔一つせず、とても可愛らしい笑顔ですぐさま答える。
「もちろん良いですよぉ。人は多い方がいいですからねぇ」
あっさりと受け入れた。
むしろ、喜びに満ちあふれたような表情をしている。
ホントに人が好きなんだな、この娘は。
可愛いなぁ、なんかドキドキしちゃうなぁ。
「このあたりは治安が悪い。私が護衛しよう」
俺に対し小声で、リュシエンヌが本心を語ってくれる。
さすがは女騎士、責任感に溢れた行動というわけだ。
俺、ロミリア、リュシエンヌは、ヤンの案内で東地区に足を踏み入れる。
今更だが、女だらけで治安の悪い場所に入るとかどうかしているような気がするぞ。
普通だったらあり得ない。
リュシエンヌは女騎士、俺は魔力溢れる異世界者艦隊司令、ロミリアは異世界者の使い魔と、まったく普通じゃない面子だから良いがね。
東地区の治安が悪い理由。
それはひとえに、冒険者の集まる地区だからそうだ。
いや、冒険者が隔離されている地区だから、と言った方が正しいかもしれない。
さっきリュシエンヌが説明していたが、冒険者はカタギの世界じゃない。
冒険者になるヤツらは、それなりの理由があるヤツらだ。
そしてそういうヤツらは、総じて問題を起こしやすい体質である。
そのためどうしても一般人から敬遠され、いつしかこの地区に隔離されるようになったんだろう。
生活環境は悪い。
建物はぼろぼろで、最初は廃墟かと思ったぐらいだ。
メンテナンスをする人間はおらず、修理する金もない。
下水道などという贅沢品は当然なく、街は糞尿にまみれ、ひどい臭いがする。
家すら無く、病気も治せず、道端に転がる人だって少なくはない。
唯一の救いは、死体が転がっていなかったことぐらいか。
「これが、この街の負の面です」
打って変わって真面目な顔をし、重い言葉を吐き出すヤン。
ロミリアは衝撃に口を抑え、顔面蒼白。
さすがのリュシエンヌもここまで足を運んだことはないのか、驚いた様子だ。
せっかくファンタジー世界っぽくなってきたのに、一気に現実に引き戻された感じ。
ヤンは、なぜ俺たちをここに連れてきたのか。
これは、何かの警告なんだろうか。
街の住人の、俺たちを見る目は虚ろだ。
金をせびる者もいたが、ほとんどの人はその元気すらない。
戦争映画でならこういった景色は見たことある。
でも、ここは冒険者の隔離地区のはずだが、これじゃ冒険どころじゃないだろう。
「……冒険者はいないのか?」
「アイサカさん、良い疑問ですねぇ。実は数ヶ月前まで、この辺は冒険者が跋扈していたんですよ。その時はまだ、活気があったんですけどねぇ」
「何があった?」
「それがですねぇ……」
この地区で起きたこと。
それをヤンが説明しようとしたとき、路地から数十人の男たちが飛び出してきた。
気づけば、俺たちは囲まれてしまっている。
「おい、金目のヤツがまだいるじゃねえか、ええ?」
「女3人に男1人。なんだぁ? 御上りさんの迷子かぁ?」
「べっぴんばっかりじゃねえか。こりゃいい奴隷になる」
「男はどうするんで? 兄貴」
「金目のもん奪って殺せ」
革ジャンにぼっさぼさのロン毛、もしくはスキンヘッドの男たち。
真ん中には、動物をそのまま着ているような毛皮のコートを羽織る、マフィアのボス的な中年親父。
世紀末感がすごい。
もしこの世界に車があれば、めちゃくちゃに改造してめちゃくちゃなカーアクションを繰り広げそうなヤツらだ。
なんて呑気なことを言っている場合じゃない。
これは、命の危機だぞ。
「コイツらが、元凶です」
涼しい顔してそんなことを言うヤン。
どうやらこの世紀末マフィアが、冒険者地区をこれほどまでに追いつめた張本人らしい。
というか、ヤンはなんで涼しい顔なんかしてんの?
状況理解してる?
ロミリアなんか恐怖で抱きついてるよ、俺じゃなくてリュシエンヌに。
「お前は……犯罪王のモイラー!」
あれ、リュシエンヌはこの世紀末マフィアのボスを知っているようだ。
騎士のお偉いが知ってるとなると、コイツは相当に悪いヤツなんだろう。
リュシエンヌは咄嗟に剣を抜き、構えている。
ただ、相手は15人程いる。
いくら騎士でも、これは厳しいんじゃないか?
実際、犯罪王モイラーとやらは余裕かまして、ヤンばかり見ている。
確かに彼女は美少女だが、そんなにあからさまにジロジロ見るもんじゃないだろう。
「貴様、もしやヤン商店の倅、ヤン=ロンレンか?」
「さあ、どうですかねぇ」
「いや、その顔は確かにヤン=ロンレンだ。そこまで女みてえな男は、お前しかいない」
……ちょっと待って。
モイラーさんは何を言っているんですか?
ヤンが男だと?
いやいやおかしい、ヤンはどう見ても美少女だろう。
「ボクは女の子ですよぉ」
ほら、ヤンが公式に否定を……。
「なんて、ウソ言ってる場合じゃないですかねぇ」
あれ?
「ちょうどいい。貴様を誘拐して、ヤン商店も俺の参加に組み込んでやる」
モイラーが下品な笑い声を上げているが、俺はそれどころじゃない。
ヤンが、この美少女が、男だと? はあ?
「ここは私に任せろ。アイサカ殿は艦隊に救難要請と、防御魔法を頼む」
「……はい」
「私は……どうすれば……」
「ロミリアはヤンを守ってくれ。安心しろ、使い魔は主人が死なない限り死にはしない」
勇ましく頼もしいリュシエンヌが、戦う覚悟を決めて俺たちに指示している。
ああもう! 意味分からんが今は言われた通りにするしかない! ヤンのことは後だ!
ええと、なんだ、艦隊への救難要請だな。
魔力に『こちら第3艦隊司令相坂、救難要請、場所はここ』と込めて、送る。
「モイラーがこの街にいるという噂はあったが、まさか本当とは。だが、これは好機」
「なんだ戦う気か? 傷物じゃ値が落ちるが、しょうがない。テメェら、やっちまえ!」
「おう!」
ボスの指示に、2人のチンピラが剣先をそろえてリュシエンヌに飛びかかる。
相手が騎士であるのを知っていれば、いくらチンピラでもこんな馬鹿正直に突っ込むことはなかっただろう。
リュシエンヌは一瞬で1人のチンピラの胸に剣を突き刺し、すぐさま剣を抜き、目にも留まらぬ早さで振って、さらに1人のチンピラを叩き切った。
道に鮮血が滴り落ちる。
「な、なんだコイツは!」
いきなりの仲間の死に、チンピラは冷静さを欠いた。
さらに5人のチンピラがリュシエンヌに飛びかかる。
しかし彼女は、ほぼその場から動くことなく、3人の剣を振り払ってしまった。
それに怯えたチンピラの剣の動きが鈍り、その隙をリュシエンヌは見逃さない。
チンピラの死体が2つ増えた。
さすがにヤツらも戦略を変えてくる。
剣での戦いは不利と悟り、今度は分厚いローブを着た魔術師が動き出した。
敵魔術師の手に、真っ赤な薄く細い光が集まる。
あれは熱魔法だろうか。
「アイサカ殿! 防御魔法を!」
わかってるよ。
やり方は、防御装置のときと同じだな、きっと。
魔力を込め、放つと、俺たちを覆う青白い光が現れ、敵魔術師が放った攻撃を遮る。
結構ギリギリだったな。
仕方ないだろう、近接戦闘なんて生まれてはじめてなんだ。
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