第12話 決意
敵艦の退却開始から5時間、揚陸艦からフォークマスに降り立った3000の兵士は城壁の扉を開け、2万人の共和国騎士団を街に入れる。
騎士団はすぐさま魔界軍の残党狩りを開始するも、士気のがた落ちした魔界軍はすぐさま降伏、フォークマスは奪還された。
作戦は成功したのだ。
逃げた魔界軍艦隊も、第4艦隊と第5艦隊の追撃で2隻撃破に成功したそうだ。
残念なことに、旗艦のイカ型は逃がしたらしいけどな。
それでも、完勝したようなもんだ。
俺たちはガルーダを海辺に停泊させ、フォークマスの地に降り立つ。
すでに日は沈み、暗闇の街を松明のみが照らし出している。
この僅かな光が、石壁に独特な模様を浮かび上がらせ、なんとも良い雰囲気を作っている。
だが街は普通の状態ではない。
其処彼処に立派な馬に乗った騎士が跋扈し、捕らえた魔族を護送していた。
魔族は、全体的にはオーク的な魔物が大多数を占めているが、中にはサキュバス、メデューサといったものも含まれている。
驚いたのは、エルフやドワーフなんていう、人間っぽいヤツらまで魔界軍にいることだ。
こういうのはてっきり、こっちの惑星にいるもんだと思っていたが……。
ついでに、みんなそれっぽいってだけで、本当にオークやらエルフなのかは知らない。
魔族の次に多いのが、死体だ。
様々な死体が1カ所に集められ、焼却されている。
魔族の死体はまだ、動物の死体として見ることができるが、人間の死体を目にするのはキツい。
映画なんかでこういうシーンは見たことあるが、現実は臭いがある。
この臭い程、キツいものはない。
ロミリアを連れて石畳の敷かれた中央通りをしばらく歩くと、海沿いに巨大な建物があった。
建物といっても、ただの残骸だ。
しかしこの建物の前でロミリアは止まり、表情もなくそれをジッと見つめていた。
「あれ、ロミーちゃん?」
唐突に話しかけてきたのは、ボロボロの服装に身を包んだ、包帯まみれの1人の中年男性。
知り合いなのだろうか。
「ブラウンさん……」
知り合いのようだ。
「よかった、無事だったのか。お母さんは?」
「……私は大丈夫です。お母さんもガーディナ王都に避難しています」
「そうか、そりゃ良かった」
「ブラウンさん、お父さんは? お父さんはどこなんですか?」
「ジェフのヤツは……残念だったよ……」
「そんな……」
口を抑え、その場にしゃがみ込み、嗚咽するロミリア。
体は小刻みに震え、石畳に大粒の涙がしみ込む。
その姿は、あまりに小さな女の子。
ロミリアの強い悲しみが俺にも伝わってくる。
当たり前のものが消え、目の前が真っ暗になったような、そんな悲しみ。
これは同情とかそういうのではない。
きっと、使い魔であるロミリアの強い悲しみは、魔力を通して俺にも直接伝わってきているんだ。
ブラウンさんがロミリアの頭を撫でているが、彼女の涙は止まることはない。
俺は自然と、そんな彼女の肩に手を回していた。
こんなことをしたのは妄想の中だけで、人生でははじめてだ。
だが、妄想の中の俺のような邪な感情など一切ない。
ロミリアの悲しみが魔力を通して俺に流れ込んでいるのに、どうすれば邪な感情など抱くことができるのか。
「お父さん、死んじゃった……。お父さんが……!」
悲痛な叫び。
この小さな女の子の涙はさらに激しく、悲しくなっていく。
俺は、「大丈夫だ」だとか「前を向こう」みたいな慰めの言葉は口にしたくない。
彼女がそれを求めていないのは、俺が一番分かる。
俺はただ、彼女の側にいることしかできないが、たぶんそれが、今の彼女にとって一番なんだろう。
「造船所が破壊されたとは聞いていたが、ここまでとはな……」
「フォーベック艦長!」
「そうかしこまるな」
いつの間にか現れたフォーベックに、ブラウンが背筋を伸ばす。
「ポートライトって時点でまさかと思ったが、そうだったか、嬢ちゃんの親父はジェフだったか……」
フォーベックから飛び出した意外な言葉。
この男は、ロミリアのお父さんと面識があったのか。
「アイツには、ガルーダも世話になった。良い職人だったぜ」
視線を空に向け、力なく、懐かしそうに呟くフォーベック。
今のロミリアが彼の言葉を聞いているかは分からないが、彼女の父親を知っている人間が近くにいるのは助かる。
どうあがいても、俺はロミリアの父親の顔を知らないからな。
ところで、フォーベックはなぜここにいるのか。
何か俺に用でもあるのだろうか。
「艦長、どうしました?」
ロミリアの肩を抱いたまま、俺は質問する。
するとフォーベックは、小さく笑ってから口を開いた。
「いや、アイサカ司令にお褒めの言葉の1つでもと思ってな」
「あ、ありがとうございます」
「ま、今は嬢ちゃんの面倒を見てやれ」
優しい笑みを浮かべるフォーベックの視線の先には、変わらず泣き伏せるロミリアの姿。
フォーベックはしゃがみ込み、大きく厳つい手でロミリアの頭を撫でる。
そしてすぐさま立ち上がると、ブラウンと話をしながらこの場を去っていった。
しばらく、ロミリアはしゃがみ込んだまま泣き続けていた。
こうした光景は、戦闘直後の街では少なくないのだろう。
騎士たちや街の住人は、こちらに同情の視線を向けながらも、足を止めることはない。
それを俺は責める気はない。
彼らは彼らのやることがあるのだから、仕方ないのだ。
だが、護送される魔族が近くを通ったとき、俺は複雑な気持ちになった。
最初は単純に、怒りが優先された。
お前ら魔族のせいで、ロミリアのお父さんは命を落とし、彼女はこんなに悲しんでいるのだと。
だがすぐに、この場にいる魔族は負けたヤツらだ、上の命令に従っただけのヤツらだと思うようになった。
そう思うと、今度は哀れみの感情すら抱く。
護送される魔族の一団が過ぎ去ると、俺は今までの感情論を捨てようと努力した。
歴史好きな俺は、元の世界での、歴史への感情を利用したくだらない論争を思い出したのだ。
ああはなりたくない、そう俺は強く願っていた。
だが、ロミリアにそれを強要する気もない。
俺とは違い、彼女は実際にお父さんを亡くしている。
魔族を恨む権利が、彼女にはある。
「……もう、大丈夫です」
30分近く経ったのだろうか、落ち着いたロミリアの第一声は、そんな言葉だった。
彼女は自分の力で立ち上がる。
肩に回されていた俺の手がほどけた。
「本当に、大丈夫?」
彼女はまだよろけている。
心配だ。
「……こうなる覚悟はしていました。それに、たぶん、ここで泣いてるだけじゃ、お父さんは喜ばないと思うんです」
悲しい表情だが、力強い言葉。
フォークマスが魔界軍に攻撃を受けたのは、1週間以上前のことだ。
だから、ロミリアもいろいろと考え、心の構えはできていたのかもしれない。
彼女は俺が思っていたよりも、強いんだな。
「そうか。じゃ、ガルーダに帰ろう」
「はい」
よろけるロミリアに気を配りながら、俺たちはガルーダに向けて歩き出した。
来た道と一緒だ。
景色は既に見たことあるものばかりである。
死体置き場にある死体の数は、少しだけ増えているような気がした。
人間と魔族の死体は分けられ、別々に焼却している。
やっぱり人間と魔族を一緒に焼きたくはないのだろうか。
それとも、魔族は焼いたときになんかあるのだろうか。
ロミリアは、そんな光景を黙って見つめていた。
その瞳が何を思っているのか、俺は分からない。
つうか、暗くて彼女の表情がよく見えない。
街にあるのは松明だけなんだもん、しょうがないじゃないか。
「お母さんの言う通り、悲しむ人がいっぱい……」
小さな声だが、使い魔であるロミリアの言葉を、主人である俺は聞き逃さない。
そう、彼女の言う通り、悲しむ人間はこの街にいくらでもいる。
だが同時に、街の解放を喜ぶ人間、負け戦を悔やむ魔族などもいる。
これが、戦争というやつなんだろうか。
俺は、人間界惑星を救うために異世界から召還された。
だから俺が魔族と戦い、殺すのは当然なんだ。
でも、俺がガルーダを使って殺した魔族にだって、家族はいるんだ。
ロミリアのように悲しむ魔族がいるんだ。
でも、魔族を殺さないとロミリアのように悲しむ人間が増える。
これは生存を賭けた生物同士の争い、はじまってしまえば避けては通れない道なんだろう。
俺には、現実を見て、現実に生きる覚悟が必要だ。
「俺は、悲しむ人を増やさないために戦う」
なんともクサい台詞を吐いてしまったが、それが俺の覚悟だ。
ロミリアは俺の台詞を聞いて目を丸くしてるが、どう思ってるんだ?
使い魔なんだから干渉して心を読むこともできるが、やめておこう。
海の方に目をやると、そこには3隻の軍艦の姿。
その内の1隻、緑の一本線が特徴のガルーダ。
俺はあれで戦い、この街を解放するのを手伝った。
これからもあれで戦い、さっきのクサい台詞の通りのことをする。
友達のいない大学生がある日突然こうなるとは、不思議だ。
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