第11話 防御と攻撃

 時速は0キロ。ガルーダの左隣にはスザク、そしてその向こうにガルーダ2、真上にはドラゴン型4隻、上ななめ左後方にイカ型。

 スザクの下にはランド級揚陸艦が2隻。

 1隻は隠れきらず、イカ型の真下にいるようなものだが、スザク4が盾となり、しかも第1艦隊のおかげでイカ型は攻撃できない。

 ドラゴン型も、揚陸艦への攻撃は堅牢なスザクに阻まれ、さらに俺たちの攻撃で本気を出せていない。


 第2艦隊の揚陸艦はぎりぎりまで地上に近づき、兵士をフォークマスの街に降ろしていく。

 魔界軍の兵士がそれを食い止めようと近づくが、それもまた、俺らが一斉掃射して始末した。

 ガルーダ3とガルーダ4の報告では、共和国騎士団も順調にこちらに向かって来ている。


《相坂さん! 敵艦が!》


 久保田からの報告で敵艦を見ると、ヤツらは散開し、広範囲に広がろうとしていた。

 それが何を目的にした行動か、考える。

 敵は現在、ガルーダとスザクが邪魔な状態だ。

 だったらどうするか。

 揚陸艦が攻撃できる場所に回り込むしかないだろう。


「敵艦を散開させるな!」


 俺は艦隊にそう指示した。

 本当に敵がそう思って行動しているのかはわからない。

 だが、今は後手に回ってはいけないのだ。

 それに、フォーベックが可笑しそうな笑みを浮かべた。

 俺の考えと指示は正しいのだろう、きっと。


「アイサカ司令の命令は聞いたな。敵艦に集中砲火だ。アイサカ司令は、船で敵の針路を阻むのに集中しろ」


 アイアイサー、キャプテン。

 敵艦は真上で南に、つまり俺から見た右に動こうとしている。

 なら、こっちは単純に高度を上げ、ぶつける勢いで針路を阻もう。


 重力装置に魔力を込めて高度を上げ、敵艦に近づく。

 今ならまだぶつかることはないだろうと、俺の勘が叫ぶ。

 窓の外は、上に向けて放たれるガルーダのビームで彩られ、徐々に地上が遠ざかる。

 3秒もしない頃だった。

 艦橋の目の前に、鱗のような外装を持つ漆黒の巨体が現れた。

 ガルーダとの距離は数メートル。

 艦内に耳をつんざくような警報が鳴り響く。

 少し無茶が過ぎたか。


「右に急速水平移動!」


 さすがに衝突するわけにはいかない。

 すぐさま左舷に備えられたスラスターを点火し、右に滑るように移動。

 想像以上のスピードで船は水平移動した。

 敵艦は慌てたように後退し、散開を一時的に諦める。

 ガルーダ2もうまいこと敵の動きを抑えたようで、敵艦は陣形を崩したまま、再び1カ所に集まった。


 ところが敵も、無茶をする。

 敵の動きを抑えたのに喜んでいると、紫の光が左舷を照らし出した。

 あまりに強い光に目をつぶってしまう程だ。

 直後、船が大きく揺れる。

 何が起きたのかと確認すると、左舷の防御壁に大きな亀裂が入っていた。


「防御壁損傷! 修復には時間が掛かります!」

「クソ……この距離で光魔法使ってくるとは、ヤツら破れかぶれか?」


 フォーベックが舌打ちをしている。

 なんと敵は、光魔法で攻撃してきた。

 でもそれなら、攻撃してきた敵艦は防御壁が弱まってるはず。

 これってチャンスじゃないか?


「撃ってきたヤツに熱魔法と光魔法でお返ししてやれ!」


 俺が指示する間もなく、フォーベックが吠えた。

 そしてガルーダ左舷の全短距離砲・中距離砲が光を放ち、1隻の敵艦に赤と青白いビームが集う。

 光魔法は、敵艦の薄くなった紫の防御壁を粉々に打ち砕く。

 防御壁を失った敵艦は熱魔法攻撃に晒され破片をまき散らし、轟音と炎に包まれた。

 そして黒煙が船体を覆い隠し、地上に歪んだ装甲が落下していく。

 エンジンは無事なようでまだ飛べるようだが、あれはもう戦えないだろう。


 あんな大規模な爆発など、はじめてこの目にした。

 映画館では何度も見たことがある。

 スクリーンやディスプレイの中で腐る程見てきた、俺の大好きな爆発シーン。

 目の前の爆発は、本物だ。

 魔物なのだろうが、人の形をしたものが地上に叩き付けられていた。

 俺の心は今、恐怖と興奮で混乱している。


「司令! ボーっとしてる暇はねえぞ!」


 艦長の喝でなんとか正気を取り戻したが、頭が回っていない。

 なのに、あの調子に乗った男が、そんな俺の頭をさらにかき回しやがった。


《敵の揚陸艦をぶっ壊してやるよ!》


 村上よ、自分の所属ぐらいは名乗れ。

 いきなりなんの話だ? としか俺は思わなかったぞ。

 勝手にしろとすら思っていた。

 だが彼の言葉を深刻な面持ちで受け取ったのは、誰でもないフォーベックだ。


「はあ? 敵艦への遠距離攻撃はどうすんだ?」


 そうだ、そうだよ。

 イカ型の敵艦が攻撃してこないのは、村上の攻撃のおかげなんだ。

 あいつらが敵の揚陸艦に目標を変えたら、イカ型は嬉々としてこっちの揚陸艦を狙う。

 村上の野郎は何を考えてるんだ!


《こちらスザク4、攻撃を受けている》

《スザク3、敵が攻撃してきた!》


 さっそく味方の悲痛な声が聞こえてきた。

 スザク4は揚陸艦を守る船の1つ、スザク3は揚陸艦そのものだ。

 あれがやられたら、作戦の成功率は一気に落ちる。

 ええい! 村上め!


「おいアイサカ司令! 護衛だ!」


 フォーベックの焦る声ははじめて聞く。

 状況は最悪ってことか。


 イカ型は後方にいる。

 このまま後退すれば邪魔をすることはできそうだが、そうするとドラゴン型はどうすれば良いんだろうか?

 いや、もういい、イカ型に突っ込んでやる。

 ここは、ガルーダの機動力に全てを賭ける。


「左に急旋回! 短距離砲と中距離砲は攻撃を続行! ガルーダ2もそのままだ!」


 まずはノズルの方向を決定、一瞬だけ推力全開だ。

 すると、ガルーダはそれだけで一気に加速する。

 さらに船体を左にねじらせ、左舷スラスターを1秒ぐらい点火、すぐに右舷スラスターを一瞬だけ点火。

 これだけで、ほぼその場から動くことなく、ガルーダは180度回転していた。

 3秒ぐらいだったろうか、恐ろしい勢いだ。

 これがガルーダか……。


《こちらスザク3! 防御壁がもう限界だ!》


 感心している場合じゃない。

 揚陸艦は危険な状態だ。

 すぐさま俺は長距離砲に光魔法を送り、防御壁が一番薄いであろう場所に狙いを定めて、撃った。

 長距離砲は青白く光り輝き、光線が迷いなく直線に突き出される。

 その先にあるのは、イカ型の敵艦。


 当たった、とわかったときには、イカ型敵艦の紫色の防御壁は粉々に割れ、船体の表面はオレンジ色に彩られ、1発のビームも放つことなくその場で沈黙した。

 一瞬の沈黙であった。

 光魔法の命中した箇所、左舷後部を中心にド派手な爆発が起こり、イカ型敵艦はその勢いでバランスをも崩して、数十メートル押し出された。

 スザク3とスザク4にイカ型の破片が降り掛かる。


 元々遠距離砲は、遠くに魔法を飛ばすために出力が高く、至近距離での命中では高威力になると想像していた。

 だがこれは、その想像を遥かに超えている。

 たった1発で、300メートルはありそうなイカ型敵艦が沈黙したのだ。

 相手の防御魔法の薄い部分への攻撃としても、これは本当に、俺が放った魔法なのか?

 本当に、俺の力なのか?


 唖然としながら、なんとか墜落せずに耐えているイカ型を眺めていると、遠くから赤く太いビームが飛んでくるのが見えた。

 ビームは数キロ離れた場所からこちらに向けて飛ぼうとする、敵の2隻の揚陸艦に見事命中する。

 命中と同時に2隻は巨大な火の玉と化し、蛇の装飾が特徴的な長方形の漆黒の船体は、ただの焦げた残骸となる。

 爆音と衝撃派がこちらに届くのは、その爆発が見えてから数秒経ってからだった。


《相坂さん! ちょっと手伝ってくれませんか!》


 落ち着く暇なんかない。

 今度は久保田の叫びが聞こえてくる。

 俺はガルーダを、先ほどとは違ってゆっくりと180度旋回させ、再びドラゴン型敵艦に艦首を向けた。

 どうやらドラゴン型は、こちらの揚陸艦だけでも潰そうと高度を下げ、無謀にも光魔法を連射している。

 その全てを受け止めているのはスザクだ。

 さすがはスザク、まだ防御壁は耐えている。


「あれだけ光魔法を使えば、防御魔法は使えないはず」

「その通りだ。一斉発射なら今だぜ」

「そうですね。第3艦隊全艦! 敵艦に集中攻撃!」


 指示と同時に第3艦隊全艦の攻撃がドラゴン型を丸焦げにしていく。

 防御魔法を失った敵艦は、熱魔法で船体をこんがりと焼かれ、徐々に攻撃力を失っていく。

 はじめは紫と赤、緑のビームが双方向に入り交じっていたが、今や一方向に赤いビームが飛んでいくだけ。

 これに加えて第1艦隊の長距離砲攻撃がかすり、敵はもはや死に体だ。

 街の上だから撃墜するわけにいかないが、敵艦を墜落寸前まで追いつめたんだろう。


 一方的な攻撃に耐えきれなくなったか、イカ型が針路を上に変更し、ロケットのように上昇していった。

 これに続きドラゴン型も上昇を始める。


「あいつら、退却始めたか」

「追った方が良いですかね」

「必要ねえだろう。これから俺たちは騎士団の護衛だ」

「そうですね」

「なあアイサカ司令」

「なんですか?」

「お手柄だ」


 褒められた。

 まだ任務は終わってないのに、褒められた。

 これは、もう勝ったってことなんだろうか。

 そうか、俺、勝ったのか。

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