第6話 ガルーダ
あんまり突然のことで理解できてないが、俺は第3艦隊司令とやらに任命されてしまった。
今は村上や久保田と別れ、それぞれ自分の指揮する艦隊に案内されている。
服装は、将校のような金色のショルダーボードが肩に付けられた、アメリカ海軍的な青い制服に着替えさせられた。
ロミリアも、制服に着替えている。
男物とあまり変わらない恰好だが、俺的にはそれがわりと嬉しい。
そんなロミリアを連れて向かうのは、第3艦隊旗艦の『ガルーダ』。
「軍艦ってのは基本、魔力で動く。普通は1隻に300人ぐらいの魔術師が乗って、機関や武装、防御装置を操作する。だが、異世界からやってきたアイサカ司令は別だ」
ガルーダの艦長であるフォーベックが、軍艦の基礎を教えてくれている。
無精髭を生やした中年男だが、その目は獲物を探す猟犬みたいな目だ。
このおっさん、頼りになりそうである。
というか、頼りにしないとどうしようもない。
「異世界者は1人で、軍艦1隻を自由自在に操れる。もちろん、それに大量の魔術師を乗せれば、もうその軍艦はヤバい。最強になっちまう」
「でも、俺はこっちに来たばかりで、魔力もあまり使えませんよ?」
「問題ねえよ。お前には使い魔の嬢ちゃんがいるからな」
そう言って、ヘッヘッへと笑うフォーベック。
なんだか軽いノリだが、確かにロミリアの存在は大きい。
彼女は俺の使い魔、つまり俺の魔力の一部なんだ。
ロミリアを経由することで、まだ慣れてない魔力の使い方がなんとなくわかってくる。
問題は、ロミリアが俺のことをどう思ってるかだな。
「ロミリアさん、よろしくお願いします」
「はい……その……頑張ります」
小さな声だが、やる気はありそうだ。
でもなんだろうな、この彼女との間に存在する溝は。
なんか、まだ完全に信用されていない気がする。
ま、出会って数時間で信用されるわけもないんだが。
「さあて、こいつが俺たちの家だ」
フォーベックが足を止めて、手をわざとらしく広げながらそう言った。
彼の目の前、俺の目の前には、巨大な鉄の塊が空を覆い隠している。
艦首は近代の主力戦車の砲塔から砲をなくしたような見た目、簡単に言えばくさび形だ。
中央部はくびれ、後部には格納庫のようなものがあり、巨大なエンジンがその四方を囲っていた。
側面から後方にかけては、大きな後退角を持つデルタ翼が付いているな。
窓はほとんどなく、鉄板のつなぎ目とリベットのようなものだけが船体を飾っている。
艦首上部に艦橋らしきものがあり、側面前方にはずらりと並ぶ銃座や砲台。
この灰色に濃い緑の一本線が通った軍艦、これこそが俺の乗る『ガルーダ』である。
「デカい……」
俺はつい、そう呟いていた。
元の世界で本物のイージス艦を見たときもそう思ったが、今回はそれ以上だ。
質量が違う。
「すごい……」
お、ロミリアも驚いてる。
こっちの世界の人間もこれには驚くんだな。
「よし、ついてこい」
俺たちの驚く顔が面白いのか、フォーベックは口角を上げてながらそう言っている。
そう、フォーベックからしたらこのガルーダは家なのだ。
当たり前の存在で、それを驚いた顔で見上げる俺たちが可笑しいのだ。
フォーベックに連れられ案内される俺たち。
船内の廊下は思ったより狭く、無骨だった。
装飾の一切ない壁に、むき出しの配管、明かりは必要最低限。
まさしく戦闘のため、不要なものを全て取っ払ったという感じだ。
「一応言っておくが、確かにこの船は他の船よりもデカい。だが、フェニックスとスザクよりは小せぇんだぞ」
「え、そうなんすか?」
「ああ、用途的に必要な魔力が多い分、向こうの2隻はこっちよりデカい」
フェニックスは村上が乗る船だ。
見た目はガルーダより一回り大きいだけであまり変わらないが、長距離用の巨大な砲を背負っているのが特徴。
特別大量の魔力が必要な船らしく、最初から魔力を自由自在に扱えた村上が選ばれた。
スザクは久保田が乗る船。
ガルーダやフェニックスよりも大きく、分厚い装甲が特徴の、防御に特化した軍艦で、慎重な性格という第一印象だけで久保田が選ばれた。
俺がガルーダに選ばれたのは、このフォーベックが俺のオーラを気に入ったとかいう、すごくアバウトな理由だ。
なんでそんなとこだけテキトーなのか。
ともかく、このフェニックスとスザク、ガルーダの3隻は、魔力が強い異世界者用に作られた軍艦らしい。
こっちの世界の魔術師でも扱えるそうだが、必要な乗組員の量が半端じゃなく、しかも本来の力を発揮できないとのこと。
ま、量産機ではない、異世界者専用機ってことだ。
う~ん、こういうところは異世界っぽいな。
ホント、世界観がわからん。
「武装の射程と攻撃力じゃフェニックスには敵わねえ。防御力じゃスザクには敵わねえ。だがこのガルーダは、その2隻よりも遥かにスピード力と機動力に優れてる」
「……でも、この大きさの軍艦じゃスピードと機動力には限界がありそうですが」
「へっへ、実際に動かしてみろ。驚くぞ」
随分と楽しそうな、それでいて年に似合わずいたずらな笑みを浮かべるフォーベック。
200メートルの巨体じゃ物理的に無理な動きはできそうにないが、艦長が言うのだから期待はしておこう。
だいたい、話を聞いているとガルーダの特徴はスピードと機動力以外にはあまりなさそうだし。
どんなに微妙な性能でも、そこに頼り、利用するしかないのだ。
なんて説明を受けているうちに、俺たちは広い部屋に到着した。
相も変わらず無骨な部屋だが、幾つもの椅子がずらりと並べられた部屋。
フォーベックの説明によると、ここで魔術師が魔力を使い、船を動かしているそうだ。
操作室というらしいが、まんまだな。
そんな部屋に300人の船員が集まり、その視線が全て俺に向けられる。
こんな一斉に見られると、すげえ怖い。
「全員聞け! こちらが第三艦隊司令だ。ほらアイサカ司令、部下に自己紹介を」
「えっと……相坂守です。よろしくお願いします」
緊張のあまり、それしか言えなかった。
そんな俺に船員たちは、なんとも不安そうな表情をしている。
こりゃ、自己紹介に失敗したかな。
幸先悪いぞ。
「じゃ、艦橋はこっちだ」
だがそんなことは気にしないかのように、フォーベックの案内は続く。
操作室を出てからすぐの階段を登ると、すぐに艦橋に到着した。
なんとも、想像通りの部屋だ。
階段を上がって最初に目に入ったのが、前方を見渡すことのできる大きな窓。
この窓は右舷と左舷方向にも繋がっており、180度の景色を一望できる。
次に目に入ったのが、ずらりと並ぶ大小様々、多種多様な計器類。
何が何を示す計器なのか、それは全くわからない。
これは覚えなきゃいけないのだろうか、めんどくさい。
膨大な量の計器だが、それらは一定の秩序を保って配置されている。
その秩序とは、必ず椅子の近くに集中している、ということだ。
艦橋には12の椅子があり、その内の5つが最前列に、3つがその後ろに、2つが艦橋後方に位置している。
この10の椅子を囲うように、計器類が配置されているのである。
椅子にはすでに兵士が座り、計器から目を離さない。
さて、2つの椅子が残ったが、これは見たその瞬間、誰が座るものなのかわかった。
1つは艦橋の中央にある、立派な背もたれと赤いシートの椅子。
これは明らかに艦長の椅子だ。
というか、フォーベックが真っ先に座ったので、確実であろう。
そしてもう1つの椅子、のようなもの。
幾つもの管が絡み付いた鉄のかたまりに、削りだしたような窪み。
その窪みにシートが備え付けられており、それが椅子であることを俺は辛うじて理解した。
「そこが、アイサカ司令の席だ。まあ、座ってみろ」
艦長席にゆったりと座るフォーベックの言葉に従い、俺は鉄のかたまりの窪みに腰掛けた。
思った以上にデカい。
背もたれは俺の座高の倍以上はあるし、座っている場所が窪みなだけあって、埋もれた感じだ。
ただ、シートの座り心地は悪くない。
家具屋で一度だけ座ってみた、社長椅子みたいな座り心地だ。
「どう?」
何を思ったか自分でもわからないが、俺はロミリアに感想を求めていた。
「え? あの……お似合いです」
返ってきたのは無難な答え。
そうだよな、他に言い様がない。
鉄のかたまりに埋もれるのが、どうお似合いなのかわからんけど。
ホント、なんで俺はロミリアに感想を求めたんだろうか。
ここで俺は気づいた。
ロミリアの座る場所がないじゃないか。
いくら使い魔だとはいえ、彼女だってずっと立っていれば疲れるだろう。
「ロミリアさんは、どこに座るんですか?」
俺はすぐにフォーベックに聞いた。
すると彼は即答する。
「そこの奥にある椅子だ。そこは客人用の椅子だが、今日から嬢ちゃんの特等席だ」
フォーベックの指差す方向、俺の座る席の右隣に、ちょっと豪華なパイプ椅子、みたいな椅子が一つだけある。
ここがどうやらロミリアの席らしい。
場所的には俺のすぐ側で、艦長席からも遠くはない。
「そこなら、アイサカ司令の魔力の助けもできるだろ」
確かに、フォーベックの言う通りだ。
俺はまだ、魔力を使いこなせていない。
にもかかわらず、これからいきなり実戦なのである。
そう、俺がこの椅子に座ったのは、単に見学しにきたわけでも、これから訓練するためでもないのである。
これから俺、俺たちは、フォークマス奪還作戦に出発するのである。
艦隊を率いて、戦わなければならないのである。
魔力が使いこなせない俺にとって、唯一頼れる存在はロミリアだ。
彼女が俺を補佐してくれなければ、このガルーダを飛ばすことすらできない。
こんな状態でいきなり実戦だなんて、エリノル参謀総長はどうかしていると思う。
せめて訓練ぐらいはさせてほしいものだ。
こっちの世界の住人は、なんだか異世界の人間に過大な期待をしているようだが、それは間違っている。
俺たちの魔力がどれだけ多くたって、こんなでかい船を、そう簡単に動かせるわけがないじゃないか。
まったく、テキトーなヤツらだ。
見ろよ、外では既にフェニックスが空を飛び、スザクのエンジンが青く光り輝いて……。
……あれ、まさか村上と久保田、もう軍艦動かせてんの?
……え、訓練もなしに、そんなことができるの?
「おっと、他のヤツらはもう飛んでんのか。アイサカ司令、俺たちもいくぞ」
え、ちょっと、もうやるの?
いくらなんでも話が早すぎる。
まず何をすりゃ良いのか、それもわからない。
あれ、やばい、ホントにどうすりゃいいんだ俺。
ちょっと待ってよ、いきなり召還されて、魔法の使い方も理解しきれない状態で、こんなデカい軍艦をどうやって動かせばいいんだ。
ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って!
ああ! もう頭が動かない!
「ロミリアさん!」
「は、はい?」
「魔力って、どうやって使うんですか!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます