第五話 テーブルライター ~X003年製・欧米のあるカジノ備え付けの品~ その4

 機械の右手の上に二人が半分づつ作った1セットのトランプが置かれる。そして、5枚の手札が配られた。

「さてと、これまでとは色々具合が違うね。トランプの色、それでスートが少し絞れるわけだ。場合によれば、自身から見える札から他の札の特定がより正確に行えるようになったのだから。」

オーナーは観衆たち向けにわざわざ説明を入れ、場をさらに盛り上がらせる。

「全交換だ。」

挑戦者は全ての札を捨てる。そして新たに5枚の札を受け取る。オーナーは1枚も交換しなかった。

「さて、どうする? 勝負するかい?」

「いや、まだだ。」

そうして手作りカードでの一戦目は終わった。


 それから、何度も試合は流れる。ひたすらカードを消化して。その間、挑戦者は溢れる汗を何度も自前のハンカチで拭いていた。それは何度も汗まみれになり、その度に絞ってまた使っていた。そして、何戦目かはもう分からないが、終わりの時、勝負の時がやってきた。

 5枚のカードを見て淀んだ笑みを浮かべる挑戦者。その目には殺意が篭っていた。勝負に出る気なのだ。カード交換前であるにも関わらず。相当いい手が揃っているのだろう。しかし、その手札は見えない。この回においてのみ、挑戦者がカードの札を観客に見えないように隠していたからだ。

「俺は1枚交換する。そして、今回、勝負する。」

男は力を込めてゆっくりとそう宣言した。少々冷め始めていた周囲の観衆から歓声が上がる。


 BはAに尋ねる。

「いよいよ勝負のときですね。あなたにとっても、あの挑戦者にとっても。どうです? 勝てそうですか?」

Bは自身が感じる不安がどんどん大きくなっていくのを感じている。それは、濃厚な破滅の臭いがこの会場から感じられるからである。

「いや、なんとも。ごくり、だが、彼は何だかの仕込みをしているんでしょうね、きっと。さもなければカード交換前に勝負宣言なんてできはしないでしょうから。」

Aは、興奮の余り、目つきがおかしくなっていた。悪いクスリでも打ったかのように、虹彩が震えている。そして、目全体が真っ赤に血走っていた。

「……Bさん、悪いこと言わないから、やめておきませんか、やっぱり。挑戦者の勝敗が決まる直前まではキャンセル効くんですから……。まだ付き合いが浅くて、この国の者でもなく、ただ派遣されてきているだけの私が言うのも何ですが……。」

BはAの国へと派遣された外交官であった。この国の外務官であるAとはこの国に来てから日は浅いが随分仲良くなっていたつもりであった。だからこそ、このような説得を試みたわけだが。

 しかし、Bがいくら力を込めてAを説得しようとも、Aの心は動かない。オーナーに魅了され、スリルの虜となった彼を救う手はもうBにはないのだ。肩を落として説得を諦め、せめて最後まで見届けることに決めたBはただ前を向き、勝負をしている二人を見つめるのだった。


 オーナーが3枚、挑戦者が1枚カードを交換し終わった後、オーナーは確認する。

「本当に勝負するのかね? 今ならまた先延ばしも可能だよ。」

挑発するように笑いかける。

「いや、ここだ、ここしかない。勝負だ。だが、その前に一服させてくれないか。ここに卓上ライターあるわけだしな。」

そう言って懐から煙草を取り出した挑戦者は、数十分掛けて一本の煙草を吸いきった。周囲の観客はその直後行われる勝負が気になってずっと緊張していたが。勝負中の二人はいたってリラックスしていたのだ。


 そして、煙草が尽きたとき、それをテーブルに押さえつけ、その火を消した。

「では、勝負だ! どうだぁぁぁ!」

そこに並んだのはダイヤのスート、10、J、Q、K、A。つまり、ロイヤルフラッシュだった。日本で言うロイヤルストレートフラッシュ。最強の役。これが出ると相手の役はジョーカーなしのルールでは必ず下回る。つまり、この瞬間、無敗のオーナーが破れ、挑戦者は全てを賭けたギャンブルに勝利したことになる……筈だった。


 オーナーは低い声で笑い出した。挑戦者を嘲笑うかのように。

「黙れぇぇぇ、この敗者がぁぁ!」

ホール内に挑戦者の怒号が響き渡る。辺りはしーんとなった。

「いやね、私が敗者になったのは間違いない。そこは認めよう。しかし、君が勝者になったわけでもないのだよ。なぜなら、君はその手札を仕込みによって引き寄せたのだから。」

しーんとしていた周囲はざわめき立つ。イカサマをするような隙は一見なかったかのように見受けられたからだ。機械はオーナーがチェックしており、挑戦者の様子は上からしっかりと見られていた。不審な動きがあったらすぐにばれるはずなのだから。

「おい、オーナー。俺が何をしたって言うんだ? 言ってみろよ、おい!」

大声は出さないものの、眉間に青筋を立てて挑戦者はオーナーを睨み付ける。それを見てオーナーは邪悪な笑みを浮かべる。

「さて、君のトリックをここで明らかにしてみせよう。君のトリックははじめは実によかったよ。証拠も残さず、的確に事を行っていた。しかし、あとの方は割かしいい加減だったね。そのおかげで君の仕込んだトリックは私の前で丸裸になることになったのさ。」


 観衆たちが見入り、挑戦者が怒りをオーナーに向ける中、オーナーによる種明かしが行われることになった。

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