第四話 テーブルライター ~X003年製・欧米のあるカジノ備え付けの品~ その3

 勝負が始まった。トランプは店内にあらかじめ用意されていた未開封のものを使用している。一度勝負が終わるたびに使用したトランプは破棄していた。使用済みトランプの山が出来上がる程度に勝負は続く。

 その間にカジノの従業員たちが観衆にこう言って回っている。

「幾らかお賭けになりませんか? 勿論、賭けないというのも結構です。ですが、賭けた方が楽しめますよ。一口1万円となります。いかなる場合でも賭けは成立しますのでご容赦を。あなたが予想を外した場合はその掛け金は失われれます。」

Aは無言のまま60万円手渡した。

「A様、ということは挑戦者の方に賭けるということですか。」

首を縦に振るA。Bはその顔を覗きこむ。Bには、その顔からは瘴気のようなものが見えた気がした。

「こうするつもりだったんですね。自分で勝負するではなく、外馬に乗るというわけですか。らしくないですね。」

「そんなことはないですよ、Bさん。私には自信があるのですよ。今回の挑戦者が勝つという自信が、もし勝てなくともいいところまでいきそうだという空気を感じたんですよ。彼は徹底している。これまでの思いつきでオーナーに挑んだ愚か者とは違うみたいですからね、そりゃ全額賭けますよ。」

Aの意外な一面を見てBは驚く。一見空気などという曖昧なものは一切信じなさそうで理屈で固めているAが、自身の感性に身を任せて大金を投げ打ったのだから。

「あちゃ~。そうと知っていれば私も溜め込んでいるお金持ってくるべきでしたね。」

Bは少し残念そうにおどけてみせた。そう、Bも狂気に囚われつつあったのだから。


 AとBが遣り取りしているうちに、展開が少し変わったようである。

「ふふ、君はいつになったら勝負に出るのかな?」

「機が訪れたらさ。あんたは強い。隙を突かなければ勝てない程度には。ここで働いていた俺はそのことをよく知っている。」

観客たちがざわめく。この勝負が師弟勝負であることに気づいたのだ。このカジノの従業員たちは、あらゆるギャンブルに精通したこのオーナーから技術を授かっていることは周知の事実だからだ。

「さて、用意しておいたトランプのストックが切れてしまったね。さて、どうしようか。」

「地下の倉庫に大量のトランプをストックしてあるだろ。それを持って来させればいい。分かっているだろう、それくらいなあ。」

眉間に皺を寄せ露骨にいらいらを表現する挑戦者。対して、余裕ありげに微笑んでいるオーナー。二人の会話は従業員が戻ってくるまで暫く続くことになる。

「君は最後まで本当に勝負する気なのかな?」

「どういう意味だ。」

「言葉通りの意味だよ。君は今勝負してないように見えるのさ。卓に座ってはいるが、勝負の姿勢になっていない。君には、勝負の姿勢があっただろう。体が前のめりになって、鼻息が荒くなり、目が釣りあがっていたじゃないか。そうなっていないんだよ、今の君は。」

「はぁ、あんたの言うとおりだな。勝負が始まるのは、あんたがトランプを取りに行かせた従業員が戻ってきてからだったぜ。」


 そう挑戦者が言い放ったところで従業員が戻ってきた。慌てて。泣きそうな顔でオーナーに事実を報告する。

「水没してます、オーナー。トランプ部屋は浸水しており、無傷未使用未開封のトランプはもうありません!」

従業員はびくびくと怯えている。

「はは、それはきっと事故だろう。君のせいではないよ。未使用と未開封、意味が少し被ってるじゃないか。落ち着きたまえ。」

従業員をなだめた後、オーナーは挑戦者の方を向く。

「今回は事故ということにしておこう。調査すれば犯人はすぐ分かるだろうが、時間が惜しいからね。」

相変わらず不敵な笑みを浮かべている。それを聞いて挑戦者もその顔がほころんだ。

「あなたならそう言うと思っていたぜ。で、トランプはもうないようだが、これでは勝負ができないだろ。だから、代わりを用意するというのはどうだ?」

「ほぉ、言うじゃないか。しかし、どうやって代わりを用意するんだい? 君が未使用かつ仕込みなしのトランプを持っているのかい? もし持っているとしてもそれが仕込みなしと証明できるのかい?」

「いや、俺はトランプは用意していない。アイデアだけだ。紙とペンと鋏を用意してくれ。」

オーナーは数秒考え込み、そして、はっと何か思いついたようで席から不意に立ち上がった。そして、自身の両手を合わせ、両目を見開いて口角を上げた。

「なるほど。ないなら作ってしまえばいいわけだ。」

そして、少し落ち着いたがまだ若干びくびくしている従業員に指示を飛ばした。

「君、びくびくは納まったかな。彼が言っていたものを複数持って来てくれないかな。」

「はい!」

従業員はきれいに敬礼して、回れ右して駆けていった。オーナーは席に座って咳払いをする。

「さてと。また時間が空いてしまったね。今のうちにトランプ作りのルールを決めておこうか。君がアイデアを提案したんだから、私がルールを決めるけれど構わないね。」

「ああ。」

「紙とペン。これは別色であることにしよう。そして、私たちは別の色の紙とペンを使うことにしよう。それで、私がスペードとクローバー。君がダイヤとハート。担当はそれでいいかね? トランプのサイズに指定はあるかね?」

「俺の機械なら、どのような形のトランプであろうともランダムにシャッフルすることができる。」

オーナーは手を叩いてこう提案した。

「では、形は縦16cm横10cmにしよう。」

「了解だ。」


 そうしているうちに道具が運ばれてきた。裏が透けない厚めの紙。様々なタイプのペン。細工が施されたアンティークな手芸鋏。二人はさっと作業に取り掛かり、52枚のトランプが作成された。予備も含めて10セット程度。イカサマ対策に、全てのセットで使われる色が違うものになるようにされた。

「ふふ、では再開といこうか。それと、時間を掛けて作ったトランプを1ゲームで使い捨てるのは少々勿体無いね。2ゲーム終了ごとに次のセットに取り替えることにしようか。」

「ああ。ルールを変えたこと、後悔するなよ。」

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