第二話 テーブルライター ~X003年製・欧米のあるカジノ備え付けの品~ その1
二人の男が歩いている。
「今日は寒いですね。Bさん、こんな日はギャンブルで熱くなりませんか?」
「いいですね。最近行ってなかったですからね、あそこ。Aさん、行くのはいいんですが、手持ちは幾らほどありますかね。」
二人は職場の同僚だった。その日の仕事を終えての帰り道でのことであった、
「1000円ほどですね。ははは。」
AはBに資金を頼る気満々だった。
「いや、笑ってる場合じゃあないでしょ、Bさん! あそこは裏カジノなんですから、そんな手持ちで足りる訳がないじゃないですか。そんなのだと、表のカジノすら行けませんよ。」
この時代は厳しい不景気であった。世界中の経済が冷え切っていて、給料は上がらない。職があるだけまだ幸運といえるような状態だった。だから、せめてもの希望を与えるという名目で欧米諸国ではカジノが広く運営されるようになっていた。各町に一つは公営のカジノがあるという状態だった。しかし、希望を与えるというのはあくまでも名目。心汚い銭ゲバたちが市民の少ない持ち金をできる限り搾り取るため政府に話を持ちかけて作った、胴元が圧倒的に有利なカジノだったのだ。市民が10投入した金のうち、1返ってきたらいい方という、とんでもなく市民に不利な勝負が行われるのが表カジノの常だった。
だからこそ、裏カジノなんてものができてしまったのだ。最低掛け金の単位が二桁ほど表カジノより大きい代わり、市民が10投入した金のうち、3は返ってくるという、表カジノよりは希望が持てるというものだった。どちらも胴元がとても有利であるが、余裕がない市民たちはそのことに気づけない。ただ希望を追いかけて破滅へと突き進んでいくのみだった。それにしても、裏カジノの方が市民にまだ優しいというのは何とも皮肉である。
二人は喋りながら歩いているうちに目的地へと辿り着いた。裏カジノ003である。この国で3番目にできた裏カジノだからこういう名前らしい。ここのカジノのウリは、他のカジノよりもまだ客が有利であることである。市民が10投入した金のうち、5返ってくるのが普通という破格のカジノだった。たまにであるが、大勝負に勝ち、大金を得る者もたびたび見られる。警察幹部や軍将校も頻繁に通っているという噂もあり、そういう意味で安全とも言われていた。二人はこのカジノに月1回は訪れる。そこで、見果てぬ夢を追いかけるのだ。
「Bさん、私の今日の軍資金は60万円です。今日はちょっと勝負に出てみようかと思っていましてね。」
Aは妖しい笑いを浮かべていた。その目には何だかの野心が篭っているようである。
「Aさん、それは燃えますねえ! それだけあるなら私にも貸してくれますよね。」
Bはそれを聞いて盛り上がる振りをする。ただAから軍資金を借りるために。
「いえいえ、Bさん。今回はあなたに貸すお金は一銭もありませんよ。しかしですね、それで問題ないのですよ。」
Aは意味深な笑みを浮かべる。しかし、Bの発言は完全に聞き流しているようだった。
「いえいえ、どういうことですか、それは。それだと私、卓に付けないじゃないですか!」
聞き流すAに対してBは強く抗議する。大概はこれで何とかなり、お金を貸してくれるからだ。
「ふふ、中に入れば分かりますよ。」
Bの不満は解消されなかったがとりあえずAと共にカジノへと足を踏み入れようとする。目の前の暗闇の中に浮かぶ3m程度の銀色の大きな扉が自動で開き、二人を招き入れた。
数十m四方の大きな黒い部屋に、天井や壁に等間隔に設置された白い明かり。上下黒のスーツ姿の男性たち。その目はぎらついていた。いつの時代も、ギャンブルに深く踏み込むのはほとんどが男性なのだ。
Bは、早速Aがなぜ自信を持って今回ギャンブルに挑みに来たのか理解した。ある看板が出ていたからだ。
【本日の特選台:クローズドポーカー(興味のある人は係員まで)】
Aは相手の心理を読むのが得意だった。Aは異常にポーカーが強かったのだ。
「なるほど、これならAさんの独断場ですね!」
BはAの本日の勝利を確信する。だから、Aを持ち上げてお零れに預かる気満々だったのだ。BはAがポーカーで負けるのは見たことがなく、Aが負けたという噂すら聞いたことはなかったのだから。
「いえ、Bさん。そんなに甘くはないですよ。少し記憶を辿ってみてください。私がここでポーカーしたことありましたか? 常設のポーカー台があるにも関わらず私は一度もポーカーの卓には着いてませんよ。」
Bはそれを聞いて、納得する。確かにそうだった、と。しかし、そうすると疑問が湧いてくる。A自身が最も勝てそうな勝負になぜこれまで一度も挑んでいなかったのかということである。BはAの顔を見るがAはただ微笑を浮かべているばかりで、その答えを示そうとはしない。その目は語っていた。見ていればそのうち分かる、と。
特選台はこのカジノの目玉であり、毎日レートやルールの違うポーカーが行われていた。ディーラーはこのカジノのオーナーが直々にやっている。オーナーの趣味らしい。また、特選台は部屋の中央、逆ピラミッド状に掘られた地面の底に安置されていた。その上を透明な板で覆ってあり、カジノに来た客たちがその中の勝負の様子を伺うことができるようになっているのだ。
Bはこれまでしっかり見たことのなかったその台を上から見下ろす。地面の透明な板は拡大鏡になっているようで、その台の様子がよく見えた。特選台は、アンティークのポーカー台だった。樫の木でできており、経年劣化が見られるが丁寧に扱われていたのだろう。目立つ傷はなかった。カードを乗せる台部分の緑色も剥げている部分はなかった。おそらく何度か張替えされているのだろう。そして、プレーヤー側とティーラー側の右手を置く部分より少し右側には銀製の卓上ライターが備え付けられていた。
Bがそうやってのんびりと特選台を観察していると、周囲に客が集まってきていた。そんなとき、BはAから肩を叩かれる。
「Bさん、Bさん! 特選台に着く勇者が現れたようですよ!」
Aの体から何か熱気のようなものが噴き上がってくるのをBは見た。
「なるほど。彼を見ていたら何か分かるということですか。」
Bもなんだか気持ちが盛り上がってきた。
その特選台は、アンティークのポーカー台だった。樫の木でできており、経年劣化が見られるが丁寧に扱われていたのだろう。目立つ傷はなかった。カードを乗せる台部分の緑色も剥げている部分はなかった。おそらく何度か張替えされているのだろう。そして、プレーヤーの右手を置く部分より少し右側には銀製の卓上ライターが備え付けられていた。
観衆の輪を割って道ができ、そこを真っ直ぐ進んでいく挑戦者。そして挑戦者は席に着いた。アンティークの一人掛けの本革のソファーに深く座り、足を組む挑戦者。シャツやネクタイまで真っ黒。全身真っ黒なスーツ姿の挑戦者。歳は30前後だろうか。苦労によって刻まれた皺が少々目立つ。肌は浅黒く、髪は黒。瞳は茶色で二重瞼。彫りが深い二枚目。髭は全て剃ってあるようだが、何だか圧迫感を発している。目力が強いからだろう。
特選台に着く勇者のことは挑戦者と呼ばれる。なぜなら、そこに着いて無事に帰った者はこれまで誰一人居なかったのだから。このカジノの勝負で勝って帰る客は通常の台での勝負で大勝ちした客に限られる。特選台の支配者であるオーナーの腕が異様であるからだ。
「彼、これまでの挑戦者とは何か違いますね。放つ空気の重さが桁違いですね、Bさん!」
「うーん、そうですかね。何か怖そうな人だなあとしか……。」
「Bさん、彼は明らかに強者の気配を醸し出していますよ。私でも勝てるかどうか。」
Aは君の悪い笑いを浮かべ、生唾を飲み込んでいる。ごくり、という音がBに聞こえるほど。
BはAにこれまでの挑戦者について尋ねる。それによると、オーナーに敗れたある挑戦者はこういい残していたらしい。
「目の前の相手が人と思ってはいけない。それができなかったから私はここで消えることになったのだ。」
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