第6話 雨乃音の過去 その6
深い眠りについた後の事はよく覚えていない。
思い出したくてもあんまり思いだせない。
とにかく、あの後いろんな人に怒られて。けど、話なんか聞いてなくて。
両親は二人とも俺が六歳の時に他界しているので、代わりにおばあちゃんが学校に呼び出された。
おばあちゃんが大好きな分、迷惑をかけた事を後悔している。
だからこそ、俺はこの学校を去ることにした。また学校でやらかすかも知れないからな。
おばあちゃんには止められたけど俺の決心は揺るがなかった。
「音ちゃん、本当に学校やめちゃうのかい?」
「うん、いいんだおばあちゃん。これからは何とかやってくよ。て言っても、これからもおばあちゃんにはお世話になるかもしれないけど。学校行くことだけがすべてじゃないだし」
「そうかい。音ちゃんが言うなら、もう何も言わないよ」
「ありがとう、おばあちゃん!それと、お願いなんだけどね・・・。俺、これから一人暮らしようと思ってるんだ。だから、ちょっとお金を貯めないといけないし。家にいる時間が長くなって迷惑だと思うし、ごめんね」
「気にする事ないよ。あ、それとね。音ちゃん一人暮らししたいって言ったね。その事なんだけど、お金の事については考えなくていいよ」
「えっ、どういう事?」
そう疑問を投げかけたところで、おばあちゃんは地下室に行って何か探している。
探し終えたおばあちゃんは、何やら重厚な箱を手にしてやってきた。
その箱の中身を聞こうとする前に、おばあちゃんがその箱を開けた。
「ええっ!?」
その箱の中には、札束が入っていた。しかも二つ。
「こ、これどうしたのおばあちゃん!?」
「これはね、音ちゃんが二十歳になったときのお祝いにって音ちゃんのパパとママが大事にとっておいたんだよ。ほんとは二人からあげたかったんだろうけど、今はもう亡くなってしまったからね。亡くなる前に私にこれを音ちゃんに渡してって頼まれたんだよ」
「そ、そうなのか」
俺は嬉しさより驚きの方が勝ってしまって、いまいち落ち着けない。
見たところ、札束が二つあるけど。
「二百万だよ音ちゃん。なんか二十歳って事だから二百万にしようって確か言ってたね」
「に、二百万。二百万て・・・」
普通の学生ならこんな大金見た事ないはずだろう。そりゃ俺だってその普通の学生だし。
両親は何の仕事をしているか教えてくれなかったけど、お金の面で困ってる様子はなかったし、それなりには稼いでいたんだろうけど。それでも、毎日高級な食べ物を食べていたわけじゃない。学生時代は冷凍食品オンパレードの弁当だったし、夕食はおばあちゃんが健康の事を考えて美味しい料理を作ってくれてたから、外食とかした記憶があんまりない。それにお小遣いなんて月に三千円だったから、決して贅沢をしていたわけじゃなかった。だからこそ驚いた。
「でもな~、こんな大金俺にはちょっと荷が重いわおばあちゃん」
「いいからいいから、大切に使うんだよ?」
「そうは言ってもなー・・・・・・」
俺は言葉に詰まり、その場で黙り込みを決める。どうしても、二百万円は全部受け取りたくないし、かといってせっかくの思わぬ収入を貰わない訳にはいかないし・・・・・・。
そこで俺は、一つの提案を思いついたのでおばあちゃんに話した。
「おばあちゃん、じゃあこうしよう。百万円は俺が貰って一人暮らしの費用に使う事にするよ。残った百万円はおばあちゃんが好きに使ってよ!今までお世話になりっぱなしだし」
「そんな気を使わなくていいんだよ~音ちゃん。あんたの好きに使いなさい」
「だから、俺は好きに使ってるんだよ!おばあちゃんにあげるっていう大事な使い方だよ!」
「そうかい。音ちゃんがそんなに必死になるなんて珍しいね。だったらそのご厚意に甘えさせてもらおうとしようかね。ありがとね」
六月五日。無事に二百万の使い方を認めてもらえたところで、俺は早速一人暮らしの準備に始めた。
住む部屋や一人暮らし用の家具や家電を必死に探す事一か月弱。
遂に一人暮らしを始める事になった。
費用はめちゃくちゃ安く抑える事に成功したので、とりあえず住んでから一か月は無収入でも乗り切れる事が発覚したため、俺は安堵した。
ふうっと深呼吸をしながら一人用のふかふかな椅子に座った。社長が座る様なかなか高そうな椅子なんだけど、訳アリ市場で五千円で買えたから驚きだ。
「さてっ、まずはバイトでも探すか」
そう独り言を呟きながらパソコンに向かって求人情報を見ていたが、俺にはどのバイトもしたいという気持ちが出なかった。いや、働きたくないって事じゃないんだぜ。まぁバイトと言ったらコンビニやスーパーの接客とかぐらいしかパッと思いつかないんだけど、絶対に接客とか無理だと思うんだよな。接客の時に変な奴が来たら、また学校の時の二の舞みたいになるのは目に見えてるし。かといって、工場の流れ作業とかも絶対にしたくないし。俺は社会不適合者なのかもしれない。
「となるとだな・・・・・・」
思いついた。自営業だ。自営業なら自分の好きなように仕事ができるじゃないか!
ははっ!!なんでこんな簡単な事を思いつかなかったんだ!
ワクワク止まらなくなった俺は次に何をしようか考えた。
色々思いついたけど、すぐに手っ取りばやくお金を稼げて、尚且つ俺が出来そうな事。
「そうだ、人の悩みを解決してお金を稼ごう!」
人の悩みを解決するのにお金を取るのかって苦情がきそうだけど、この際もういい。
俺は人に頼られるのも好きだし、何より解決したときの依頼者の顔を見るのが好きだしな。
何より、紅葉にお礼を言われたのが嬉しかった。
俺が学校を退学したという情報が紅葉にも伝わったらしく、電話でお礼を言われたんだよな。
後日談になるけど、俺が退学した後に森も退学したらしい。俺を悪者だと思うやつも当然多かったが、森がした事ももちろん事実だったので、森の立場もそうとう酷いものになったらしい。
我慢できなくなった森は自ら退学を志願し、どこか遠い所に引っ越していったと紅葉から聞いた。
そのおかげで平穏な日常を取り戻せたと紅葉がお礼を言ってきたのだ。
このとき気持ちは最高に嬉しい気分になった。森の悪事を学校中に知らせた時もなかなか最高な気分だったけど、人に感謝されるってのはまた違う喜びって事がわかった。
だから、俺はこの感覚を味わいつつお金も稼げそうなお悩み解決を仕事にすると決めた。
「よっし!そうと決まったら早速作業に移るか!」
俺はグッと拳を握りしめて、コピー用紙を用意した。
まずはこんな仕事があるんだよっていうのを人に知らせるために、チラシみたいなものを用意しようと考えて、マジックペンを握りしめて、パパッと書いた。
書いた内容をざっと説明すると、あなたのお悩み解決します!金額は応相談!というのと、自分のメールアドレスと電話番号を書いた。このご時世に個人情報を自分からさらけ出しているなんて自分でも馬鹿だとは思ってるが、とりあえずなんとかなるだろうと思って書いた。
そしてチラシの右下に大き、雨乃お悩み相談事務所と書いた。
事務所って名前つけたけど、ただの一人暮らししている部屋だから詳しく問い詰められると困るが、それこそ誰も気にしないだろうと思い書いてしまった。
とりあえず書けた手書きチラシを百枚くらいコピーして俺は街に繰り出した。
電信柱や公園、公衆トイレなどありきたりな場所に貼ってきた。
ばれたらすぐ撤去されてやばいことになりそうだったけど、マンションやアパートのお知らせ掲示板にもこそっと貼っていき、無事に百枚貼る事が終わった。
「これでよしっと」
一仕事終えた俺は、帰りにから揚げ棒と野菜ジュースをコンビニで買って家路についた。
こんなやり方だと依頼が来るかわかんないけど、とりあえず待ってみるか。
俺は不安と期待を胸に秘めて、明日に備えた。
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