第1話 雨乃音の過去 その1
少し前の話をしよう。
俺がまだこの仕事をする前、そう、高校生だった頃の話。
都立エスカリエ高校という学校の1年B組に在籍していた。
まだ4月の初めだったので、そんなに親しい友達もいなかった俺は、とりあえずクラスの雰囲気を掴むことから始めていた。
別に話す友達がいなかったわけじゃないけれど、このクラスの特性をいち早く知る事で俺の今後のクラスでの立ち位置を決めようとしていた。クラスには必ず存在してしまうであろういじめっ子や、男子からモテモテのマドンナ、こいつと仲良くしていたら嫌われないであろうムードメーカーなど、一人一人調べ上げていた。その中で最も見つけやすかったのが、マドンナだ。名前は
誰から見ても美人だし、芸能界にいてもおかしくないレベルの人だった。そのうえ高身長でスタイル抜群となれば男子は放ってはいないだろう。最大の特徴は髪の長さがベリーショートという事。本物の美人は髪が短くても似合うって誰かが言ってたしな。、俺自身も思春期真っ只中だったのでとてつもなく彼女が欲しかったの。ゆえにその五十嵐紅葉さんと友達になるべく話しかけてみた。
「ねえねえ、五十嵐さん。さっきの数学の問題でちょっとわからないところがあるから、良かったら教えてくれないかな?」
「えっ・・・・・・いいです、けど。君の名前、何て言う名前だったっけ?」
「なぬっ!?!」
思わず大声で変なリアクションをしてしまったので、クラスメイトからの視線を感じた。
あいつ普段全然しゃべらないくせにとか、何あいつ急にキモくない?などと思われていないだろうか。
いや別に思われてもいいんだけど。五十嵐さんと友達になれるならお前らの評価など、もはやそこらへんの道に落ちてる犬の糞より気にならないわ。
いや、それにしても名前を覚えられていないのは少しショックだ。
最初のホームルームで自己紹介あったじゃん・・・。
すると、俺がショックを受けたのを感じ取ったのか、「あ、別に名前を覚えてないのは君だけじゃないし安心して。この学校の生徒の名前全員わからないから。あと先生方の名前も。なんていうか、興味のない情報で私の脳の記憶容量が減るのが嫌なんだよね~あははっ」
なんて事を言い出すんだこの子は。でも笑った五十嵐さんの顔が見れたのでよしとする。
「そ、それじゃ改めて自己紹介するよ。俺の名前は雨乃音っていいます。よろしく。」
「雨乃音かぁ。これなら覚えやすいな。私は五十嵐紅葉。よろしくね」
軽く自己紹介をしたところで、「俺と友達になってください!」と切り出してみた。
「いいよ!」
あっさり了承の返事が来た。超ハッピーだぜ。
「それでさ~、さっきのわからなかった問題ってどれ?」
「あ、ああこの問題なんだけど・・・・・・」
「どれどれ・・・・・・ん?雨乃君?」
「な、何でございますか?」
五十嵐さんの顔が少しひきつっているのを見た俺は緊張して言葉が変になった。
「この問題、中学校で習うぐらいの因数分解だよ。何でわからないの?今までどうやって乗り越えてきたの?ねえ雨乃君?君は馬鹿なの?想像の上をいく馬鹿なの?ねえ?よくこの高校に入れたね」
急に罵倒されはじめたので、思わずひるんでしまった。いまいちよくわからない人だな・・・・・・
「えっと・・・・・・ほら、中学の時は勉強ができなくても卒業できるし。ていうか俺ができないの数学とか理科だけだから!理科も生物とかの時はかなり点数よかったし!俺文系だから!!!」
精一杯の弁明をしたので、少しは納得してもらえただろうか。
俺の文系スキルを使っての説明はなかなかすごいんだぞ。
「ふーん」
ふーん。その一言だけで返された。何これ。これは馬鹿にされているのか、それとも呆れられているのかわからなかったが、とにかく彼女を納得させるために、俺はある提案を投げかけた。
「五十嵐さん、次の中間テストで俺と勝負をしませんか?ただし!国語の点数だけで勝負しましょう」
「勝負?いいけど、私、どの教科もできるから負けないよ?しかも、勝負をしたところで何が変わるの?」
「俺が文系であることも証明してみせますよ」
「証明したところでどうなるの?」
確かに。的を得すぎていて何も言えない。
「ま、まあとりあえず勝負しましょうよ!中間テストまであと三日ももないことだし」
「わかった。わかったから、その中途半端な敬語はもうやめてよね」
「お、おう。いいぜ。それじゃ紅葉って呼ぶから!」
急に偉そうになったけど気にしてないだろうか。五十嵐さんの事だから気にしてないだろうけど。
俺は昔から人にどう思われているか気になってしまう性格で、見た目と相反して気が小さい。
この性格も少しずつ変えていこう。
とりあえず中間テストでの勝負は受けてもらえたので、少し勉強でもするか。
といっても、国語なんぞ試験範囲さえわかっていたら余裕なんだよな。
数学とかは教師が応用を利かしてくるせいで、中学の時は散々な結果だった。
これだから理系はひねくれてるって言われるんだよ。
何はともあれ、今回は国語だけの勝負だから今回は大丈夫だろう。
いくら五十嵐がどの教科もできるといってもせいぜい八十点、良くて九十点台だろう。
全部の教科が得意って言ってる人間は、確かにどの点数も高得点だ。
だけど全ての教科が百点というやつは見たことがない。本物の天才なら可能かもしれないけど。
まあ俺の経験から言わせるとこんな感じだ。
ゆえに俺の勝ちは目に見えている。怖いものなんてない。
勝ち負けのわかっている勝負ほどつまらないものはないけど、今回は特別だ。
「それじゃ、お互い三日後の中間テスト頑張ろうぜ」
「ほーい。ま、私の勝ちだろうけどね」
ニヤッと不敵な笑みを浮かべて五十嵐は家に帰っていった。
あ、五十嵐の帰る方向俺の家と同じじゃん。
一緒に帰ろうぜ!とはまだ言えなかったけど。
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